映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ドント・ウォーリー」

「ドント・ウォーリー」
新宿武蔵野にて。2019年5月9日(木)午後12時35分より鑑賞(スクリーン1/D-5)。

どん底の生活から再起した男をガス・ヴァン・サントが温かな視線で描く

1週間以上ぶりの更新です。

連休中は連日映画を観倒して……と言いたいところだが、諸般の事情によってそうもいかず、連休が明けて久しぶりの映画鑑賞となった次第。

鑑賞したのは、「ドラッグストア・カウボーイ」「マイ・プライベート・アイダホ」「グッド・ウィル・ハンティング~旅立ち」「エレファント」「ミルク」など数々の名作を生み出してきたガス・ヴァン・サント監督による新作「ドント・ウォーリー」(DON'T WORRY, HE WON'T GET FAR ON FOOT)(2018年 アメリカ)だ。

聞くところによると、この作品は2014年に死去したロビン・ウィリアムズが、自身の主演で映画化の構想を練っていたとのこと。その遺志を継いだヴァン・サント監督が企画から約20年の時を経て完成させた。

2010年に59歳で他界した風刺漫画家ジョン・キャラハンの実話をもとにした映画だ。その人生は壮絶なもの。オレゴン州ポートランドで酒浸りの日々を送っていたジョン・キャラハン(ホアキン・フェニックス)は、その酒がもとで車いす生活となる。だが、苦闘の末に、やがて風刺漫画家として第2の人生をスタートさせる。

とくれば、涙腺決壊の感動のドラマを想像するが、そこはさすがにヴァン・サント監督。安直な再起のヒーロー物語などにはしていない。主人公を弱点だらけの生身の人間として描くのだ。

構成的にも、単純にキャラハンの足跡を追うようなことはしない。大きな特徴は時系列を無視しているところ。それによってキャラハンの多面的な姿が見えてくる。

冒頭は、様々な人々が自身について語るドキュメンタリータッチの映像(ヴァン・サント監督の映画ではこうしたドキュメンタリータッチの映像がよく出てくる)。実は、これ、断酒のグループ・セラピーなのだ。そこには、車いす姿のキャラハンもいる。そこでの彼の告白をはじめ、いくつかの場面を導入として彼の過去が綴られる。

前半のヤマ場は、何といっても交通事故とその直後の日々だろう。アルコール依存でハチャメチャな日々を送っていたキャラハンは、同じく泥酔状態のデクスター(ジャック・ブラック)が運転する車で事故に遭い、胸から下が麻痺して車いす生活となる。

その経緯を見れば、とても同情などできないのだが、運転していたデクスターが軽傷だったという運命の皮肉が、やるせなさを漂わせる。そして何よりも、日々の行動に支障をきたすキャラハンの姿をリアルに見せられることによって、観客は彼が抱えた苦悩ややり場のない怒りを余すところなく感じるのである。

とはいえ、暗さや重たさに包まれた映画ではない。事故後のキャラハンの性生活のネタで笑いを取るなど、ユーモアにも満ちている。キャラハン自身、バイタリティーにかけては人一倍の人物だけに、躍動感を感じさせる場面も多い。また、キャラハンが見る体操選手の幻覚を効果的に使うなど、細かな映像テクニックも冴え渡っている。

このドラマの大きなポイントは、車いす生活となったキャラハンが、絶望からますます酒に溺れ、自暴自棄の日々を送る点だ。そんな彼が、断酒を決意するシーンも印象深い。彼を酒に走らせた原因の一つであろう実母が、幻となって彼に語りかける。

後半は、キャラハンが酒から抜け出し、風刺漫画家として活躍する経緯が描かれる。そこでは、セラピーのステップに沿ってキャラハンの変化が描かれる。一歩間違えば、宗教的、あるいはスピリチュアル系の話になりそうだが、セラピーの主催者である青年ドニー(ジョナ・ヒル)と、キャラハンの人間的なつながりを根底に据えているので、鼻につくようなこともなくストンと胸に落ちてくる。

後に恋人となるアヌー(ルーニー・マーラ)やセラピーに参加する人々など、それ以外の周囲の人々との関係も、キャラハンに変化を促す存在として、重要な役どころを与えられている。

キャラハンの決定的な変化は、「許し」である。事故を恨み、思い通りにならない周囲に苛立ち、軋轢を生んできた彼が、様々な人々への謝罪を始める。その過程でのデクスターとの再会は、素直に胸が熱くなる場面である。さらに、その「許し」はキャラハン自身にも向けられる。

このあたりも、描き方によってはあざとくなりがちだが、そうはなっていない。ここに至るまでに、キャラハンの様々な側面を見せられることで、彼の変化が自然なものに感じられるのだ。

そして何よりも、キャラハンを見守るヴァン・サント監督の温かな視線が、この映画を味わい深いものにしている。

キャラハンが、風刺漫画家として活躍するようになってからの描き方も面白い。持ち前の辛辣さや過激な表現から、彼の漫画に対しては熱烈なファンがいる半面で、徹底的に嫌悪する人々も多い。それをありのままに見せる。おかげで、それをすべて受け止めて前に進むキャラハンの生き様がより際立ってくるのである。

ストレートな感動は期待しないほうがいい。その代わりジワジワとくる味わいがある。観終わって最も感じたのは、他人を恨むことの愚かさと人とのつながりの大切さだ。当たり前のことではあるのだが、それをごく自然に伝えてくれる作品である。

言わずもがなだが、ホアキン・フェニックスは文句なしの素晴らしい演技だ。キャラハンの多面的な顔を演じ分けている。ジョナ・ヒルルーニー・マーラジャック・ブラックなどの脇役の演技も印象深い。

 

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◆「ドント・ウォーリー」(DON'T WORRY, HE WON'T GET FAR ON FOOT)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:ガス・ヴァン・サント
出演:ホアキン・フェニックスジョナ・ヒルルーニー・マーラジャック・ブラックマーク・ウェバーウド・キア、キャリー・ブラウンスタイン、ベス・ディットー、キム・ゴードン
*ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://www.dontworry-movie.com/