映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ラストナイト・イン・ソーホー」

「ラストナイト・イン・ソーホー」
2021年12月11日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時50分より鑑賞(スクリーン2/D-7)

エドガー・ライト監督らしい世界が全開。美しく飛び切りスリリングなホラー映画

前作「ベイビー・ドライバー」が日本でもヒットしたエドガー・ライト監督。そのせいか新作「ラストナイト・イン・ソーホー」はかなりの規模での公開。なんと、うちの近くのシネコンでも上映されているのを知ってビックリ。

それ以前の監督作が「ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!」「スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団」「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」と、どれも超マニアックな映画だったことを考えれば、信じられない躍進ぶりである。

しかも、過去作のほとんどがダメダメ男を主人公にした作品だったライト監督。今回の「ラストナイト・イン・ソーホー」は一転して2人の女性が活躍するドラマなのだ。

主人公のエロイーズ(トーマシン・マッケンジー)がノリノリで踊りながら登場する場面から映画が始まる。音楽は60年代の音楽。エロイーズは60年代の音楽&カルチャーを信奉する変わった女の子という設定だ。もちろんそれはライト監督の趣味でもある。

田舎で祖母と2人で暮らすエロイーズは、ファッションデザイナーを目指してロンドンのソーホーにあるデザイン専門学校に入学する。初めは寮生活を送るものの、同室の女性にバカにされるなど疎外感を味わうようになり、寮を出て一人暮らしを始める。住み始めたのはソーホーの古い家の屋根裏部屋。

ある時、その部屋で眠りについたエロイーズは、夢の中できらびやかな1960年代のソーホーにタイムリープする。そこで彼女は歌手を目指す美しい女性サンディ(アニャ・テイラー=ジョイ)と出会う。その姿に魅了されたエロイーズは、夜ごと夢の中でサンディを追いかける。そうするうちに、彼女は次第にサンディとシンクロしていく。

まずエロイーズがサンディとシンクロする様子が秀逸だ。夢の中の世界では、基本的にサンディが行動する。エロイーズはそれを鏡の中から見つめている。現代のエロイーズと50年前のサンディをつなぐのは鏡。鏡は特別なアイテムだ。自殺したエロイーズの母が鏡の中に現れる場面も登場する。

しかし、それだけではない。サンディは時々エロイーズと入れ替わる。男とダンスをしている最中に、その姿がサンディからエロイーズに替わったりするのだ。その入れ代わり具合が何とも絶妙である。計算したものかどうかは知らないが、2人の関係性を如実に反映させている。

映像も鮮烈だ。毒々しいばかりの色彩が独特の雰囲気を醸し出す。特に60年代のソーホーの風景が魅惑的。ライト監督はよほどこの時代が好きなのだろう。ナイトクラブ「カフェ・ド・パリ」をはじめとして、どれもこだわりの光景を現出させている。もちろん音楽も60年代風。次から次へとご機嫌なポップスが流れてくる。

ホラー映画にはあまり詳しくないのでよくわからないのだが、本作にはダリオ・アルジェントやマリオ・バーヴァといったホラー映画の先達をリスペクトした要素もあるらしい。そういう意味でもライト監督らしいオタク趣味が全開の作品といえるだろう。

後半はますますホラー映画の様相を呈してくる。エロイーズはサンディを追いかけるうちに、彼女がショービズ界で男どもの食い物にされていたことを知る。そして、その先に怖ろしい出来事が待っていたことも……。

「男どもに搾取されてきた女性たち」というシビアな問題を扱っているのも、本作の大きな特徴。それを通して、時空を超えた女性の連帯という思いもよらぬテーマにまで言及する。これも過去のライト作品にはなかったことだ。

途中までは夢の中にだけ現出していた60年代のソーホー、そしてサンディと男たちだが、終盤になるとそれが現実にも現れる。といっても、それはあくまでもエロイーズにとっての現実なのだが。

サンディはどんどん落ちていき、それとともにエロイーズも憔悴していく。幽霊の大行進が始まり、エロイーズが絶叫する。まさに阿鼻叫喚の世界。そしてついにサンディの正体と事件の真相が明らかになる。

ラストも鏡を印象的に使ったシーン。惨劇の果てにエロイーズの成長をクッキリとスクリーンに刻み付けてドラマは終わる。そしてまたしても流れる60年代音楽。

ストーリーだけを見れば、「悪夢の下宿屋」とも呼ぶべきありふれたホラー作品。だが、ライト監督の独自のテイストで、エロイーズの成長を描いた青春ドラマ、60年代音楽満載の音楽ドラマなどの要素を加味し、飛び切り美しくスリリングな映画に仕上げている。たくさんの要素を詰め込み過ぎて窮屈になった感は否めないが、それも含めてライト監督の世界観が余すところなく発揮された作品だ。一度ハマると抜け出せなくなりそう。そのぐらい妖しい魅力を秘めた作品である。

エロイーズを演じたトーマシン・マッケンジーの絶叫は迫力満点。サンディを演じたアニャ・テイラー=ジョイのコケティッシュさは反則と言いたくなるほど魅力タップリ。さらに、謎の銀髪男を演じたテレンス・スタンプのクセモノ演技、屋根裏部屋の大家を演じたダイアナ・リグ(本作出演後に死去)の怪演も一見の価値あり。

 

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◆「ラストナイト・イン・ソーホー」(LAST NIGHT IN SOHO)
(2021年 イギリス)(上映時間1時間58分)
監督:エドガー・ライト
出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ、マイケル・アジャオ、ダイアナ・リグ、シノーヴ・カールセン、リタ・トゥシンハム、ジェシー・メイ・リー、カシウス・ネルソン
*TOHOシネマズ日比谷、シネクイントほかにて全国公開中
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