映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「理想郷」

「理想郷」
2023年11月4日(土)Bunkamura渋谷宮下にて。午後4時より鑑賞(7F/C列12番)

~移住者と地元民の激しい対立から母と娘のドラマへ。重層的で濃厚なドラマ

まだ見ぬ世界の優れた映画に出会えるのが映画祭の醍醐味。東京国際映画祭でも数多くの世界の映画が上映される。以前は私も無料招待されて、たくさん映画を観たっけなぁ~。

などという話はどうでもよい。その「理想郷」は2022年の第35回東京国際映画祭で、東京グランプリ(最優秀作品賞)、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞を受賞した作品(その時のタイトルは「ザ・ビースト」)。その他にも、スペインのゴヤ賞で主要9部門を受賞するなど、世界の映画祭でたくさんの受賞歴がある。

実話をもとにしたドラマだ。主人公はフランスからスペインの農村に移住した夫妻。夫のアントワーヌ(ドゥニ・メノーシェ)と妻のオルガ(マリナ・フォイス)。

2人は美しい自然の中で、念願の農業を営み、充実した日々を送っている。だが、村人たちは移住者に冷淡で、特に隣に住むシャン(ルイス・サエラ)とロレンソ(ディエゴ・アニード)兄弟は何かといえばアントワーヌに文句を言い、嫌がらせをする。その嫌がらせは次第にエスカレートするが、警察は取り合ってくれない。そこで、アントワーヌは嫌がらせの証拠を押さえるために、ビデオカメラで兄弟を隠し撮りするが、それがバレて対立はさらに深刻化する……。

この地方では、野生の馬を捕まえて印をつけ、そして再び放すという習慣があるという。映画の冒頭は、その場面だ。男たちが馬を捕まえるシーンをスローモーションで映す。荒々しく不気味な雰囲気が漂う。その雰囲気がこの映画全体を支配している。

その後はアントワーヌ夫妻と村人、特に兄弟との対立が臨場感たっぷりに描かれる。まるで自分たちもこの村に移住させられ、渦中に放り込まれたた気分だ。おまけに冒頭の映像に象徴される不気味な空気感が、観客の恐怖感、緊張感を高める。

この映画にはスリラーやサスペンスとしての魅力もあるが、それだけではない。移住したら隣人がサイコパスだったというスリラー調の映画はよくあるが、この映画はそれとは違う。そもそも映画がスタートした時点で、すでに村人たちはアントワーヌ夫妻に冷淡だ。スリラー、あるいはサスペンスとしての魅力を増すなら、最初はみんな良い人そうだったのがその裏では別の顔が……という展開にしたほうがよかったはず。しかし、この映画はそうしない。

その代わりに、本作がクローズアップするのは現代社会が直面する問題だ。

この村は、過疎化と高齢化が進み住民は激減。頼るべき産業もない。そんな中、風力発電の施設を誘致する話が持ち上がる。村人には多額の補償金がもたらされる。ほとんどの住民はこの計画に賛成だったが、アントワーヌ夫妻は景観が破壊されると反対していた。それが彼らと村人との関係をさらに悪化させる。

こうした価値観の違いが端的に表れたのが、中盤の酒場でのアントワーヌと兄弟の真正面からの議論だ。両者はそれぞれ持論を展開する。それを固定カメラで、長回しで映し出す。アントワーヌが理想論を唱えるのに対して、兄弟は「これは移住者に対する差別ではないのだ」として現実論を語る。彼らの苦境がリアリティを持って語られる。

わかりやすいスリラーやサスペンスなら、兄弟は完全な悪役(見た目はいかにもゴロツキ兄弟だし)。だが、彼らにもそれなりの事情があって。善悪を簡単には語れないのだ。

とはいえ、彼らがアントワーヌに対する嫌がらせをエスカレートする様は、背筋ゾクゾクものの怖さ。一方、それに対抗するアントワーヌの姿も、うすら寒い感覚を抱かせる。彼は何かにとりつかれたように、ビデオカメラを回し、兄弟に立ち向かう。その姿は狂気さえ感じさせる。ここに至って、このドラマは人間の本性や暴力性をも浮き彫りにするのである。

対立の行きつく先がどうなるのかは、ここでは伏せるが、実はこの映画は2部構成になっている。後半は妻のオルガと娘のドラマである。オルガは、この村に住み続けることに固執する。フランスからやって来た娘は、それに強硬に反対する。2人は激しく対立する。

そこでは、自由奔放に生きてきた娘と、何事も夫に従ってきたオルガの生き方の違いも描かれる。それは世代間の対立ともいえる。このドラマは、都市と農村、地元民と移住者、インテリと無学者などの様々な対立軸を打ち出すが、そこには世代間の対立も含まれるのである。

ラストは母と娘の対立の先に和解をもたらし、さらに一部で描かれたドラマに決着をつける。そこでは例のアントワーヌのビデオカメラが効果的に使われる。

ラストの車の中のオルガの表情がなんとも言えない。微妙な表情だ。それは安堵の表情なのか。あるいは……。

アントワーヌ役は「ジュリアン」のドゥニ・メノーシェ。ガタイが大きくて、見た目は、こっちが悪人のよう。特に兄弟への対抗がエスカレートする様子が怖かった。一方、オルガを演じるのは「私は確信する」のマリナ・フォイス。こちらは特に2部での感情表現豊かな芝居が素晴らしい。

監督のロドリゴ・ソロゴイェンは前作「おもかげ」も高く評価された。本作では、現代のグローバル化を背景にした様々な対立を描き、さらに家族愛や親子愛も描くなど重層的で濃厚なドラマを構築した。さすがに映画祭で賞を取るだけのことはある。

◆「理想郷」(AS BESTAS/THE BEASTS)
(2022年 スペイン・フランス)(上映時間2時間18分)
監督:ロドリゴ・ソロゴイェン
出演:ドゥニ・メノーシェ、マリナ・フォイス、ルイス・サエラ、ディエゴ・アニード、マリー・コロン
Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下ほかにて公開中
ホームページ https://unpfilm.com/risokyo/

 


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