映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「エンドレス・ポエトリー」

エンドレス・ポエトリー
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年11月19日(日)午後2時45分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

幻覚を引き起こすといえば、LSDマリファナなどの麻薬や一部のキノコなどにその作用があるようだ。だが、幻覚を見たければそんなものに頼る必要はない。数ある映画の中にも、幻覚を引き起こしそうな強烈な映画が存在するのだ。

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エンドレス・ポエトリー」(POESIA SIN FIN)(2016年 フランス・チリ・日本)は、まるで幻覚、あるいは魔法にかかったかのような強烈な映像が次々に飛び出す作品だ。何の予備知識もなしに観ると、あっけにとられてしまうかもしれない。

アレハンドロ・ホドロフスキーといえば「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」などでカルト的な人気を持つ監督だ。お騒がせエピソード的には、70年代に超大作「デューン砂の惑星」の監督に抜擢されたものの、トラブルで降板したことでも有名だ。ちなみに、その経緯はのちにドキュメンタリー映画にもなっている。

今年88歳になったそんなホドロフスキー監督が、自伝的作品だった前作「リアリティのダンス」の続編として送り出したのが「エンドレス・ポエトリー」だ。今回は、青年時代の自身を描いている。

チリで故郷のトコピージャから首都サンティアゴへ移住したホドロフスキー一家。しかし、アレハンドロ(アダン・ホドロフスキー)は、抑圧的で金儲けのことばかり考え、文学を理解しようとしない父親に反発して家を出る。親戚の同性愛の青年から、芸術家姉妹を紹介されたアレハンドロは、彼女たちの家に住み着き、そこに訪れる個性的な芸術家たちと触れ合う。その中で、後に世界的な詩人となるエンリケ・リンやニカノール・パラらとも出会う。

ストーリー的には典型的な青春物語である。アレハンドロの青春の輝き、苦悩、友情、裏切り、そして成長がスクリーンに映し出される。しかし、そこはさすがにホドロフスキー監督。普通の青春物語とは違う。

目の前に現れるのは、およそ現実とは思えない妖しく、美しく、不可思議な人物や出来事ばかり。アレハンドロの母親がオペラのような歌でしか会話しなかったり、歌舞伎の黒衣のような黒装束の人物が登場人物に対して物を受け渡しするのは、前作「リアリティのダンス」でもおなじみの光景。

芸術家姉妹の家に来る芸術家たちも個性揃いだ。常に体を密着させるダンサーの男女、全身を使ってカンバスに色を塗りたくる画家、ピアノを破壊しながら演奏するピアニストなどなど。奇妙すぎる人物のオンパレードである。

アレハンドロが恋する赤い髪の女詩人もすさまじい女性だ。パメラ・フローレスというオペラ歌手が母親役と二役を演じているのだが、エキセントリックな振る舞いで若いアレハンドロを翻弄する。

そうした個性的な人物たちの姿を、原色を中心にした鮮やかな色遣いの映像で描いているのは、ウォン・カーウァイ作品などでおなじみの撮影監督クリストファー・ドイルである。鮮烈な映像で知られる彼を初めて起用したことで、ますます映像のすさまじさに磨きがかかっている。映像美などというものを超越して、もはや夢に出てきそうなほど強烈な映像だ。

個人的に、特に印象深いのは後半で登場する骸骨のコスチュームや赤い服の人々が乱舞するカーニバルシーン。まさに「何じゃこりゃ?」と叫びたくなるような唯一無二の映像。そういう幻覚、あるいは魔法のような映像が、次々に現れるのである。度肝を抜かれないわけがない。

とはいえ、小難しい気持ちで顔をしかめて観る必要はない。笑いの要素もあちこちにある。例えば、アレハンドロと友人のエンリケ・リンが、「まっすぐ道を進もう!」と決めて、障害物になっているトラックの屋根を歩いたり、知らない人の家に上がり込んで直進するシーン。若者らしいエピソードであるの同時に、思わずくすくすと笑ってしまう。

アレハンドロや女詩人が通い詰める店も面白い。正装した老人たちがウェイターを務める奇妙な店で、そのあまりの奇妙さについ微笑んでしまうのである。

もちろんホドロフスキー監督は、ただやみくもに強烈な映像で観客を幻惑したり、笑わせるだけではなく、自身の思いもきちんとドラマに込めている。主人公のアレンハンドロは、当然ながら監督自身の若き日の姿。苦悩する彼の前に、現在のホドロフスキー監督自身が現れて、様々な含蓄に富んだ言葉を送る。

「生きる意味などない。ただ生きるんだ!」「老いは素晴らしい。すべてから解放されるんだ」。そんなメッセージは、様々な人生経験を経た現在のホドロフスキー監督の本音だろう。そこには絶対的で圧倒的な「生」に対する肯定感がある。過去の自身へのメッセージを通して、人生賛歌を高らかに歌っているのである。

ラストで、ファシズムが国を覆い始める中で、アレハンドロはパリへ旅立つことを決意する。そこでの父との別れのシーンが胸を打つ。細かなニュアンスは伏せておくが、父と向き合うアレハンドロの前にホドロフスキー監督が登場して、あるアドバイスを送る。そこには、監督自身の過去の自分に対する痛切な思いが込められているに違いない。

強烈な映像の連続で約2時間があっという間だった。頭を柔軟にすれば、これほど面白い映画はないかもしれない。何にしてもホドロフスキー監督でなければ作れない映画なのは間違いない。

前作に引き続き、ホドロフスキー監督の長男ブロンティス・ホドロフスキーホドロフスキー監督の父親役を、青年となったホドロフスキー監督役を、末の息子であるアダン・ホドロフスキーが演じているのも面白いところ。そのあたりもホドロフスキー・ワールドの源泉かもしれない。

映画が、いかに自由で、何でもアリの世界かを改めて思い知らせてくれるユニークこの上ない作品だ。今までホドロフスキー監督の映画を観たことがない人も、一見の価値があると思う。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。ちなみにこの日は入場者に抽選でプレゼントがあり、何と見事に海外版ポスターをゲット! ラッキー!!

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◆「エンドレス・ポエトリー」(POESIA SIN FIN)
(2016年 フランス・チリ・日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・製作:アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:アダン・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、ブロンティス・ホドロフスキーレアンドロ・タウブ、アレハンドロ・ホドロフスキー、イェレミアス・ハースコヴィッツ
*新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中、全国順次公開予定
ホームページ http://uplink.co.jp/endless

「セブン・シスターズ」

セブン・シスターズ
新宿シネマカリテにて。2017年11月15日(水)午後3時30分より鑑賞(スクリーン2/A-6)。

役者にとっての醍醐味は、何といっても様々な人物を演じ分けられることだろう。一般人ではこうはいかない。例えば、オレが毎回違う人物に扮して誰かの前に現れたならば、それはただのヘンなヤツである。

そんな役者の醍醐味が詰まった映画が「セブン・シスターズ」(WHAT HAPPENED TO MONDAY?)(2016年 イギリス・アメリカ・フランス・ベルギー)である。

「処刑山 -デッド・スノウ-」「ヘンゼル&グレーテル」のトミー・ウィルコラ監督による近未来SFだ。

近未来。地球環境が悪化し、資源が枯渇。おまけに遺伝子組み換え作物の影響による多生児の増加により、食糧不足に陥ってしまう。そこで欧州連邦は、人口抑制のために厳格な一人っ子政策を施行。2人目以降の子供は“児童分配局”に連行されて、食糧の心配がない未来まで冷凍保存されることになっている。

そんな中、ある女性が7つ子を出産する。その女性は出産直後に亡くなるが、その父、つまり7つ子の祖父(ウィレム・デフォー)は、孫たちの存在を秘密にして自分で育てようと決意する。

それから30年後の2073年。成長した7つ子姉妹は“月曜”から“日曜”まで各曜日の名前を持ち、それぞれの曜日に週1日だけ外出し、カレン・セットマン(ノオミ・ラパス)という1人の人格を演じることで、どうにか監視の目を逃れている。

前半は、そんな7人姉妹の日常が描かれる。同時に、かつて祖父が彼女たちを育てていた過去の日々が描かれる。それは生き延びるための厳しい訓練の日々だ。いざという時に備えて隠し部屋に身を隠し、7つ子の痕跡を消す。一人がケガをして指をなくすと、他の子供の指を切り落とす。そんな過激な訓練の裏に、孫たちを何としてでも守ろうという祖父の愛があるのは当然だ。

そうした訓練を経て成人し、銀行員のカレン・セットマンとして生活している7つ子たち。ところが、ある日、そのうちの1人の月曜が忽然と姿を消してしまう。はたして彼女はどうなったのか。その行方を追う残りの6人。

この映画で何よりすごいのが、「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスが7人姉妹すべてを1人で演じていることだ。何しろ7つ子だけに顔は一緒。しかし、性格や髪型、ファッションはまったく違う。優等生風、ヒッピー風、セクシーガール風、武闘派風などバラバラな個性の人物を全部演じ分けているのだ。「どう? 私、こんな役もできるのよ」とアピールしているかのごとき、圧巻の演技である。これぞまさに役者の醍醐味!!

まもなく失踪した月曜を探しに火曜が街に出る。しかし、彼女も何者かに捕まってしまう。そして、残りの姉妹にも魔の手が迫る。

中盤以降はアクション満載の展開になる。街に出た姉妹と家に残っている姉妹、それぞれに敵が襲う。それと闘い、必死で逃げ延び、真相を暴こうとする姉妹たち。

格闘、銃撃戦など、いずれもド迫力のアクションが展開。この手のアクション映画によくある既視感ある展開とはいえ、やはりここもノオミ・ラパスのキレキレのアクションが炸裂して観客を飽きさせない。「どう? 私、アクションもすごいでしょ」とアピールしているかのごとき、圧巻のアクションである。

まあ、正直なところ冷静に考えればツッコミどころが多いのも事実。例えば、すでに当局に居場所が知られて敵が襲ってくるというのに、姉妹が依然として家にいるあたりは違和感あり。とはいえ、アクションの波状攻撃で、それをあまり感じさせないのが巧みなところだ。

何しろこの映画、ヒロインが7人いるわけだ。普通はヒロインが死んだり消えたら、そこでドラマはストップしてしまうのだが、7人いるからへっちゃら。誰かが消えたり、殺されても、残った姉妹が活躍できるのである。何ともうまいことを考えたものだ。

近未来SFらしくハイテク装置を駆使して、街中と家の名で連携して敵に立ち向かうあたりも、なかなかスリリングで面白い展開だ。

さて、どうやら月曜が失踪した背景には、児童分配局のリーダーで政治的野心を持つ女性ニコレット・ケイマン博士(グレン・クローズ)が関係しているらしいことが判明する。

そんな中、月曜の恋人だったらしい児童分配局の職員ジョーも味方につけて、残った姉妹はいよいよ真実に迫る。そこで明らかになった驚愕の事実。ゲゲゲッ!!!

クライマックスのパーティーシーンで、姉妹たちはその事実を公表しようとする。そして、そこで、最大のアクションの見せ場が登場する。だって、あなた、こんなことは前代未聞ですよ。あの人と、あの人が闘っちゃうんですから……。

ラストはいかにも近未来SFらしいオチ。とはいえ、そこも考えようによってはツッコミどころのある展開。でも、まあ、そんな細かなことは関係ない映画である。とにかく、ノオミ・ラパスの七変化と、キレキレのアクションを堪能する映画なのだ。彼女のために存在する作品といっても過言ではないだろう。恐るべし、ノオミ・ラパス

そんな中でやや影は薄くなってしまったものの、ケイマン博士役のグレン・クローズ、7つ後の祖父役のウィレム・デフォーという2人の超ベテラン名優の存在感も、この映画に花を添えていることを最後に付記しておこう。

●今日の映画代、1000円。新宿シネマカリテの毎週水曜のサービス料金。

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◆「セブン・シスターズ」(WHAT HAPPENED TO MONDAY?)
(2016年 イギリス・アメリカ・フランス・ベルギー)(上映時間2時間3分)
監督:トミー・ウィルコラ
出演:ノオミ・ラパスグレン・クローズウィレム・デフォー、マーワン・ケンザリ、クリスティアン・ルーベク、ポール・スベーレ・ハーゲン
*新宿シネマカリテほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://7-sisters.com/

「密偵」

密偵
シネマート新宿にて。2017年11月14日(火)午後12時55分より鑑賞(スクリーン1/E-12)。

最近の若い子の中には、日本がアメリカと戦争して負けた事実を知らないヤツがけっこう多い、と新聞かどこかに書いてあった。てことは、日本が朝鮮を35年も植民地支配したことを知らんヤツも多いのだろうな。きっと。それが今も両国の関係に深い影を落としているというのにネ。

というわけで、今さらだが復習を。1910年に大韓帝国が日本に併合されてから、日本が第二次世界大戦に敗北して朝鮮総督府が降伏する1945年まで、朝鮮は日本の統治下にあったのだ。それは紛れもない事実である。

そんな歴史を背景にした映画が「密偵」(THE AGE OF SHADOWS)(2016年 韓国)だ。ただし、小難しい歴史ドラマでも、反日機運を煽るドラマでもない。エンタメ性タップリのスパイ・アクション映画なのだ。

舞台となるのは1920年代、日本統治下の朝鮮。そこでは日本からの独立を目指す武装組織織「義烈団」が過激な活動を展開していた。映画の冒頭は、その義烈団のメンバーが、資金稼ぎのために美術品を売りつけようとあるお金持ちの屋敷に来たシーン。だが、彼らは何者かに密告されて、日本警察に包囲されて逃げ出す。それを追うのは朝鮮人でありながら、日本警察に所属して義烈団の摘発を進めるイ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)だ。

この冒頭のシーンから激しいアクションが炸裂する。それはある種の様式美にも近いケレン味のあるアクションだ。しかし、この映画、全編にアクションが散りばめられているわけではない。むしろ大半は静かなシーンだ。その代わり手に汗握るような緊張感にあふれている。こうした「静」と「動」が絶妙のバランスで配された映画なのだ。

ジョンチュルは、上司の日本人ヒガシ(鶴見辰吾)から義烈団の監視を命じられていた。そこで彼は、義烈団のリーダー格のキム・ウジン(コン・ユ)に接近を図る。その目論見は思いのほかうまくいき、ウジンと親しくなる。自分が日本警察だと身分を明かしても、ウジンは平気な顔をしていた。だが、それは義烈団の団長チョン・チェサン(イ・ビョンホン)がジョンチュルを味方に引き入れるための餌だったのだ。

こうしてジョンチュルは義烈団に情報を流す羽目になる。いや、そもそも彼に限らず警察と義烈団の周囲ではたくさんの密偵がうごめいて不穏な動きをしていた。たとえ敵に情報を流しても、それを利用して敵を痛い目に遭わせることを企んでいるとも考えられる。つまり、誰が敵で誰が味方か皆目見当がつかない疑心暗鬼の状態なのだ。そんなピリピリした緊張感がスクリーンを包む。

ジョンチュルにはもう一つの懸念事項があった。ヒガシに命じられてコンビを組むことになったハシモト(オム・テグ)という日本人の存在だ。いけ好かないハシモトは、最初からジョンチュルに不信の目を向け、隙あらば足元をすくおうという態度が見え見えだ。ジョンチュルと彼との騙し合いも、この映画の大きなポイントになる。

まもなく、義烈団は京城で日本の主要施設を標的にした大規模な破壊工作を計画する。その準備のためにウジンたちメンバーは上海に飛ぶ。それを追ってジョンチュルやハシモトたち日本警察も上海に飛ぶ。上海で展開する両者のせめぎ合い。そこでも何度もあわやの場合が出現する。スクリーンを覆う緊張感はまったく途切れないのである。

やがて、義烈団メンバーは、爆弾とともに列車に乗り込み京城を目指す。本来なら、ジョンチュルが流した偽情報によってハシモトは違う場所にいるはずだ。だが、なぜか彼と部下は列車に乗り込んでいた。そう。実は義烈団のメンバーの中にも密偵がいたのだ。

そこからは列車の中でのスリリングなヤマ場が続く。義烈団メンバーを発見しようとするハシモト。それをどうにか阻止しようとするジョンチュル。同時に義烈団のウジンは、仲間の誰が密偵なのかを突き止めるためにある仕掛けを用意する。そして、ついにそれが明らかになる。だが、その直後、ジョンチュルとウジンはハシモトによって絶体絶命のピンチに追い詰められる。

そこから緊張感あふれるアクションが展開し、その果てにいったんドラマは落ち着くかに見えるのだが、そうは問屋が卸さない。まあ、その先の展開までばらしてしまうのは、これから観る人にとって興ざめだろうから詳しい話は伏せておくが、まだまだ波乱が続くのだ。

そして、そのあたりからはジョンチュルを演じる実力派俳優ソン・ガンホの演技力が一段と輝いてくる。朝鮮人でありながら、依然として日本警察の一員である彼は、義烈団に対する過酷で非人道的な追及の先頭に立たされる。その苦悩がひしひしと伝わってくる。

その後の裁判シーンでの彼の陳述も印象深い。この映画は日本統治下が舞台ということで、日本語のセリフがたくさん飛び出すのだが、そこでもジョンチュルが日本語で叫びをあげる。彼自身の苦悩を振り切るかのような痛切な叫びである。

だが、それにも実は裏があったのだ。最後の最後になって、ジョンチュルは決然と行動する。それは彼の様々な思いが交錯した末の行動だ。そこで流れるのはラベルの「ボレロ」。中嶋一貴監督の「いぬむこいり」でも効果的に使われていたが、ここでも場面を最高潮に盛り上げる。そして。ついに……。ラストで冒頭の出来事の決着をつける構成も見事である。

「グッド・バッド・ウィアード」「悪魔を見た」のキム・ジウン監督による演出は、細部まで強いこだわりが感じられる。当時を再現した街の様子なども本格的だ。また、ソン・ガンホだけでなく、コン・ユ(最近では「新感染 ファイナル・エクスプレス」の演技が印象的)、イ・ビョンホン(出番は少ないながらさすがの迫力)など他の役者の演技も見応えがある。

 

韓国人にとって屈辱の歴史を、こういうエンタメ映画にしてしまう余裕が心憎い。文句なしに面白かった。おまけにエンタメ性を前面に押し出しつつも、日本統治下の朝鮮の人々の悲しみ、怒りも、スクリーンに無理なく刻み込んでいる。それがこの映画の最大の特徴だろう。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの火曜サービスデー料金。

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◆「密偵」(THE AGE OF SHADOWS)
(2016年 韓国)(上映時間2時間20分)
監督:キム・ジウン
出演:ソン・ガンホ、コン・ユ、ハン・ジミン鶴見辰吾、オム・テグ、シン・ソンロク、ソ・ヨンジュ、チェ・ユファ、フォスター・バーデン、パク・ヒスン、イ・ビョンホン
*シネマート新宿ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://mittei.ayapro.ne.jp/

 

 

「人生はシネマティック!」

人生はシネマティック!
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年11月12日(日)午後1時55分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

今年公開されたクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」は、フランスのダンケルクでドイツ軍に包囲された英軍兵士40万人を、軍艦はもとより、民間の船舶も総動員して救出した歴史に残る撤退作戦を描いたスペクタクルな作品だ。

イギリス映画「人生はシネマティック!」でも、そのダンケルクでの戦いが重要な役割を果たす。とはいえ、こちらはダンケルクの戦いそのものを描いた映画ではない。ダンケルクの戦いをテーマにした映画の製作チームに参加した女性の話なのである。

時代は1940年。第二次世界大戦下のロンドン。ドイツ軍の空爆が続く中で、政府は国民を鼓舞するプロパガンダ映画の製作に力を入れていた。その一方で、映画界は度重なる徴兵で人手不足に陥っていた。そんな中で登場するのが主人公のカトリン(ジェマ・アータートン)だ。コピーライターの秘書として働いていた彼女だが、人手不足のためコピーライターの代理で書いたコピーが情報省映画局の特別顧問バックリー(サム・クラフリン)の目に留まる。そして、戦意高揚を目的としたPR映画(映画の上映の合間に流れる短い作品)の脚本家に採用される。

いや、それだけではない。実は映画局では、ダンケルクの撤退作戦でイギリス兵の救出に尽力した双子の姉妹の実話をもとにした映画を企画しており、カトリンに彼女たちの取材を依頼した。うまくいけば脚本チームに加えてくれるという。カトリンは、さっそく双子の姉妹に会う。だが、実は、彼女たちは船で兵士の救出に向かったものの、エンジンがストップして目的を果たせなかったのだという。

そのことを正直に告げれば、映画製作の話は流れてしまうかもしれない。カトリンはそれを秘密にする。おかげで映画の製作はスタートして、カトリンはバックリーとパーフィット(ポール・リッター)とともに3人の共同で脚本化に挑戦する。

こうして脚本作りから撮影へと、ダンケルクの戦いを題材にした映画の製作現場を描く内幕もののドラマが進行する。そこには、様々な困難が伴う。戸惑いつつも初めての仕事にチャレンジするカトリン。だが、製作が開始されると、政府や軍による無理難題、ベテラン役者のわがままなど、多くの困難が待ち受けていたのだ。

なかでも面白いのが、イギリスの名優ビル・ナイ演じるベテラン役者だ。元は刑事ドラマなどでスター俳優だったらしいのだが、いまでもすっかり落ち目。それでもプライドだけはやたらに高い。そんなキャラを生かしてユーモアをあちこちにまぶしている。この映画には笑える要素がたくさんあるのだ。

また、政府や軍による無理難題という点では、その最たるものがアメリカ人の素人役者の起用だ。戦争への参戦を嫌がるアメリカにアピールするため、戦争で有名になったアメリカ人パイロットを重要な役どころで起用しろというのである。だが、当然ながら彼はまともな演技などできない。はたして製作側はどうしたのか。

というわけで、ドラマの大半は映画撮影の内幕が描かれるのだが、実はこの映画の本当のドラマはそこにはない。カトリンは正式な結婚こそしていないものの内縁の夫がいる。彼はかつての戦争の負傷兵で今は売れない画家をしている。

以前は彼の意向に対して従順な女性として振る舞っていたカトリン。しかし、映画の脚本家という職を得て、仕事にまい進するうちに自立の芽が芽生えてくる。当初は稼ぎのない夫に代わって家計を支えるつもりで働いていた彼女だが、次第にそれとは違う思いが膨らんでいく。時間的にも夫と過ごす時間が減り、夫婦の間には隙間風が吹き始める。

それと並行して、カトリンとバックリーの間には、単なる仕事仲間という以上の感情が生まれ始める。その経緯には、ちょっと昔風のラブコメの要素もある。そして何よりも、この映画の大きな柱はカトリンという女性の自立と愛のドラマなのである。

「17歳の肖像」がアカデミー作品賞などにノミネートされたこともあるロネ・シェルフィグ監督は、そんなカトリンのドラマを劇中劇(新作映画の完成途上の映像)とリンクさせながら描く。カトリンの自立と愛、映画製作の内幕もの、さらには空爆などの戦争の実情などたくさんの要素を詰め込んでいるのに、それほど窮屈な感じがしないのだから鮮やかな手腕だ。

そして何よりも本作の終幕が素晴らしい。映画の終盤に関して大きな難題が持ち上がり、脚本作りはストップしてしまう。だが、それを救ったのがカトリンだ。ここで彼女の脚本家としての成長がクッキリとスクリーンに刻まれる。

そして同時にカトリンは新たな愛を獲得する。だが……。

そこから先の展開は完全なネタバレになるので伏せるが、カトリンの新たな旅立ちを告げて映画は終わる。ラストは温かく清々しさに満ちている。そこに至るまでに、またしてもビル・ナイ演じるベテラン役者が存在感を発揮しているのも、心憎い展開だ。

戦争中という特別な状況下で、映画製作の現場を通して1人の女性の愛と成長をユーモアを交えつつ描いた作品。なかなかの味わいである。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。

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◆「人生はシネマティック!」(THEIR FINEST)
(2016年 イギリス)(上映時間1時間57分)
監督:ロネ・シェルフィグ
出演:ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ、ジャック・ヒューストン、ヘレン・マックロリー、エディ・マーサン、ジェイク・レイシー、レイチェル・スターリング、ポール・リッター、ジェレミー・アイアンズ、リチャード・E・グラント
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://jinsei-cinema.jp/

「女神の見えざる手」

女神の見えざる手
TOHOシネマズシャンテにて。2017年11月8日(水)午後1時10分より鑑賞(スクリーン2/D-10)。

あんなに銃撃事件が相次いでいるのに、なかなか銃規制が進まないアメリカ。どう考えても規制したほうが社会は安全になると思うのだが、どうしてそれができないのか。

女神の見えざる手」(MISS SLOANE)(2016年 アランス・アメリカ)は、そんなアメリカの銃規制をめぐる事情を背景にした社会派サスペンスだ。

主人公のエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)は花形ロビイスト。だが、映画の序盤で彼女は上院の聴聞会に呼ばれる。どうやら何かやらかしたらしい。いったい何があったのか。その過去の出来事を並行して描いていく。

エリザベスは、大手ロビー会社“コール=クラヴィッツ&W”に勤務していた。ある日、銃擁護派団体から新たな銃規制法案の成立を阻止してほしいという依頼を受ける。だが、彼女はこれをきっぱりと拒否する。

そんな時に、銃規制法案の成立を目指して活動する小さな新興ロビー会社のCEO、シュミット(マーク・ストロング)から移籍の誘いを受けたエリザベスは、部下を引き連れて移籍し、銃規制法成立へ向けた活動を開始する。

この映画でまず驚くのがエリザベスの仕事ぶりだ。目的のためには手段を選ばず、敵の弱点を調べ上げて、そこを効果的に突いていく。法的、倫理的に危ないことも平気で実行する。議員への接待や贈り物はもちろん、盗聴や盗撮もいとわないのだ(そのために秘密のスタッフまで雇ったりしている)。

その一方で、私生活では問題も抱えている。24時間稼働中ともいえるような生活の中で薬に依存し、金で男性を買って欲望を満たしている。それでも、人前で弱みを見せることはない。

移籍後、銃規制法案成立に向けて邁進するエリザベス。そこでもまた巧妙な作戦を繰り出す。「そうくるか!」と思わず膝を打つような場面が何度もある。

エリザベスを演じるのは「ゼロ・ダーク・サーティ」のジェシカ・チャステイン。全身ビシッと決めたファッションとメイクで、ほとんど笑顔を見せることなく、ひたすら前に進んでいく。その圧倒的なカッコよさがスクリーン全体に緊張感を与える。実に素晴らしい演技である。

恋におちたシェイクスピア」「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」のジョン・マッデン監督は、そんなエリザベスと敵陣営との対決をスリリングかつテンポよく見せる。

エリザベスの活躍で銃規制法案支持派が勢いを増す。だが、その過程ではトラブルも起きる。テレビ番組に出演したエリザベスは、部下の秘密をばらしてしまう。それは、高校時代に銃乱射事件に遭遇したという過去だ。他人の気持ちなど省みず、あらゆることを利用するエリザベスの本領発揮というところだが、それが思わぬ事態を引き起こしてしまう。そのあたりから、エリザベスの苦悩もチラチラと見え始める。

そんな中、エリザベスがかつて在籍していたロビー会社が反撃を試みる。彼女の弱点を探し、それをネタにスパーリング上院議員ジョン・リスゴー)を使って、上院で聴聞会を開かせようというのだ。

というわけで、終盤には、冒頭から断続的に登場していた聴聞会の結末が描かれる。そこでエリザベスは当初の作戦だった証言拒否を貫けずに、窮地に追い詰められてしまう。彼女にまつわる様々なことが暴露され、絶体絶命のピンチに陥ってしまうのである。

彼女の最後の意見陳述では、多くの反省の言葉が述べられる。ついに彼女も一巻の終わりか。そう思った瞬間、オレは驚愕した。エリザベスが最後の最後で起死回生の逆転満塁ホームランを放つのだ。それも予想もしない人物を使って仕組んだ、あまりにも巧妙な策略によってである。

ここに至って、観客はサスペンスドラマとしてのカタルシスを間違いなく味わうことだろう。エンターティメントとして、文句なしに面白いドラマだと思う。

だが、それだけではない。同時に、そこにはアメリカの銃規制の現状の問題点が、様々な形で表れている。政治家も無茶苦茶なら、それを取り巻くロビイストたちも無茶苦茶だ。これでは銃規制など、そう簡単には進まないだろう。

このように社会派の側面とエンタメ性を見事に融合させたのがこの映画だ。まさに快作といってもいいだろう。

それにしても、はたしてすべてはエリザベスの思い通りだったのか。あるいは、そこには多少なりとも偶然の幸運があったのか。それは神のみぞ知る。「女神の見えざる手」という邦題が何とも意味深ではないか。

●今日の映画代、1500円。だいぶ前にムビチケ購入済みで。

◆「女神の見えざる手」(MISS SLOANE)
(2016年 アランス・アメリカ)(上映時間2時間13分)
監督:ジョン・マッデン
出演:ジェシカ・チャステインマーク・ストロング、ググ・ンバータ=ロー、アリソン・ピル、マイケル・スタールバーグ、ジェイク・レイシー、サム・ウォーターストンジョン・リスゴー
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://miss-sloane.jp/

 

「おじいちゃん、死んじゃったって。」

おじいちゃん、死んじゃったって。
テアトル新宿にて。2017年11月7日(火)午後12時10分より鑑賞(D-11)。

核家族化が進み、自宅よりも病院で亡くなるケースが増えている。そのせいか、「死」が昔ほど身近ではなくなった気がする。特に若い人は、死に対してなかなか実感が持てないのではないだろうか。

おじいちゃん、死んじゃったって。」(2017年 日本)の主人公のOL春野吉子(岸井ゆきの)も、「死」に対する実感が希薄なようだ。それが劇中での「インドでは死体がゴロゴロ転がっているのだろうか?」という疑問に象徴されている。

おまけに彼女は罪悪感も抱えている。彼氏とのセックス中に祖父の死を報せる電話を取ったからだ。報せを聞いて、二階から父に声をかける吉子。「おじいちゃん、死んじゃったって」。

さっそく祖父の家に家族が集まり、慌ただしく葬儀の準備を進める。吉子の祖母(大方斐沙子)は家族の顔もわからないほどボケている。そんな中、吉子の父・清二(光石研)、母の京子(赤間麻里子)、東京の大学に通う弟・清太(池本啓太)。そして、喪主を務める叔父・昭男(岩松了)、その元妻・ふみ江(美保純)、彼らの長男・洋平(岡山天音)、高校生の娘・千春(小野花梨)が集まる。やがて、地元を離れた独身の叔母・薫(水野美紀)も駆けつける。

そのうち清二と昭男は、すでに葬儀の準備を始める前から段取りに関して兄弟げんかを始める。その他の人々も、それぞれが抱えた事情が次第に明らかになり、不満や本音が吐き出されていく。清二は会社を辞めてしまった。昭男はふみ江と離婚して一人暮らし。洋平はひきこもり。千春はそんな家庭環境が影響しているのか、高校生なのにタバコを吸うし、酒も飲む。

こうして兄弟の不和、家庭崩壊、親子の断絶など家族をめぐる様々な問題が噴出する。伊丹十三監督の「お葬式」などにもある構図だが、葬儀をきっかけに様々な人間模様が見えてくるというのはなかなか興味深い。特に本作は登場人物のキャラが立っているおかげでリアルさが際立ち、それぞれの微妙な心の揺れ動きが伝わってくるのである。

そして、そんな彼らを見ているうちに吉子は思う。「なんだか悲しそうじゃない」と。死に対する実感は希薄でも、何かが違うという違和感が拭い去れない。それなら死とはどういうものなのか。生とはどういうものなのか。吉子の戸惑いを通して、観客もそうした問題に思いを巡らせることになる。つまり、このドラマは家族のドラマであると同時に、生と死のドラマでもあるわけだ。

ただし、けっして重たい映画ではない。全編がユーモアに満ちている。祖母のボケっぷりなどをネタにあちこちに笑いの要素を盛り込んでいる。頭髪が薄いのを気にした昭男がスプレーで地肌を黒く染めたら、葬儀中に黒い汗がタラタラ……なんて爆笑のシーンもある。

このドラマは明確な起承転結に色分けされているわけではない。家族をめぐる問題も良い方向と逆方向を行きつ戻りつする。そんな中でも、後半に2台の車を使って2つの家族の関係を好転させる展開が秀逸だ。

その後には、この映画最大のバトルともいえる兄弟げんかが勃発するのだが(ボケた祖母の予想もしない制止が心地よい)、最終的には両家族とも光の差す方向へと少しだけ歩み出す。

一方、吉子の生と死に対する思いは、ラストのインドへの旅によって一つの地平線が開ける。劇中で若い僧が吉子の問いに対して、「人が死んでもお腹は空くし、セックスしてもいいのではないか。それが人生ではないか」と答えるのだが、その言葉がラストでより深い意味を持ってくるのである。

本作の監督はCM界で活躍する森ガキ侑大。祖母が元気だったころの回想シーンや村の自然など、光を効果的に使った瑞々しい映像が印象的だ。花火の下でのイメージショットなども鮮烈な印象を残す。山崎佐保子の脚本もよく書けていると思う。

そして、岩松了、美保純、水野美紀光石研といった演技派の脇役陣に交じって、抜群の存在感を発揮しているのが岸井ゆきのの演技だ。彼女の演技を観るのは初めてだが、得難い個性の持ち主だと感じた。今後の活躍が楽しみだ。

家族というもの、そして生と死について考えさせられ、観終わって清々しい気持ちになれる映画だった。観ておいて損はないと思う。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの毎週火曜のサービス料金で。

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◆「おじいちゃん、死んじゃったって。
(2017年 日本)(上映時間1時間44分)
監督:森ガキ侑大
出演:岸井ゆきの岩松了、美保純、岡山天音小野花梨赤間麻里子、池本啓太、五歩一豊、大方斐紗子、松澤匠、水野美紀光石研
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://www.ojiichan-movie.com/

 

「ノクターナル・アニマルズ」

ノクターナル・アニマルズ
角川シネマ新宿にて。2017年11月5日(日)午後1時30分より鑑賞の回(シネマ1/E-11)。

ファッションには全く疎い。自分が着る服はユニクロやスーパーで買ったもので十分だ。ブランド物などまったく持ち合わせていない。まあ、ブランド物を買う金銭的余裕がないのも事実なのだが。

それゆえデザイナーの名前などもよく知らないのだが、トム・フォードという人物は世界的な著名デザイナーらしい。グッチだの、イヴ・サンローランだので、クリエイティブディレクターを務めた経歴を持つとか。

そんなトム・フォードが、監督デビューを果たした2009年の「シングルマン」に続く監督第2作として完成させたのが、「ノクターナル・アニマルズ」(NOCTURNAL ANIMALS)(2016年 アメリカ)。オースティン・ライトが1993年に発表した小説「ミステリ原稿」の映画化だ。

オープニングタイトルの映像が強烈だ。とてつもなく太った女性が裸でダンスをしている。肉塊がゆらゆらと揺れる。美しいとか醜いとかいう次元を超えて、もはや悪夢的なアートな世界である。そう。この映画は悪夢の映画といってもいいかもしれない。

主人公はアート・ディーラーとして成功を収めているスーザン(エイミー・アダムス)という女性。名だたるセレブと交流するなど華やかな生活を送る。だが、その反面、夫との夫婦関係は冷え切っており、彼が不倫をしていることも後で判明する。

ある日、そんな彼女のもとに、20年近く前に離婚した元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から自作の小説が送られてくる。そのタイトルは『夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)』。それはスーザンに捧げられた作品だった。

というわけで、そこからはその小説の内容が映像化される。同時に、それを読む現在のスーザンの姿も描かれる。いったいどんな小説なのか。

登場するのは車で移動中の家族。トニー(ジェイク・ギレンホール二役)とその妻(アイラ・フィッシャー)と娘(エリー・バンバー)。彼らは夜のハイウェイで、レイ(アーロン・テイラー=ジョンソン)らに襲われる。妻と娘は彼らに拉致され、殺されてしまう。トニーはボビー・アンディーズ警部補(マイケル・シャノン)と共に犯人たちを追い詰めていく……。

かつてのスーザンとの結婚生活を踏まえたらしいエドワードの小説。それは暴力に彩られた壮絶な復讐劇。小説中の妻はスーザンにそっくりであり、スーザンにとって悪夢のような内容ともいえる。いったい元夫のエドワードは、どうしてこんな小説を書いてスーザンに捧げたのか。それが、このドラマの最大の謎である。

それにヒントを与えるのが、途中から挿入される過去の出来事だ。同郷だったスーザンとエドワードがニューヨークで再会し、つきあい始める。スーザンは毛嫌いしている母親からの反対にもかかわらず、エドワードと結婚する。だが、やがて2人に隙間風が吹く。何事にも前向きで強気なスーザンにとって、エドワードのあまりの弱気が我慢できなかったのだ。

はたしてエドワードの小説は、スーザンに対する復讐の思いから書かれたものなのか。それとも悔恨の念がそこに隠れているのか。スーザンはエドワードの意図をはかりかねて不安になる。

このスーザンの不安や苦悩こそが、本作の核になる部分である。それを例えば手持ちカメラなどを使った映像で描くのではなく、前作同様のスタイリッシュな映像でミステリアスに描いていくのがフォード監督の真骨頂だ。登場人物が着る服や部屋のデザイン、細かなディテールなど、すべてにおいてこだわり抜き、場面場面にふさわしい映像を紡ぎ出す。まさにアートといってもいい世界である。

小説を映像化した劇中劇のスリリングさもかなりのもの。フォード監督、ごく普通のエンタメ映画を撮っても、それなりに面白くしてしまうのではないだろうか。そんなことも思わせる。

実は、この映画の結末は明快ではない。エドワードが小説に込めた思いが明らかになりそうな場面で、寸止めして終わってしまう。スーザンが小説を読み始めた頃の悪夢的な状況に、微妙な変化が訪れているようにも思えるのだが、それについては観客の想像力に判断をゆだねているのだろう。それもまた、アート的な雰囲気の漂うこの映画にふさわしいものといえるかもしれない。

エイミー・アダムスジェイク・ギレンホールに加え、マイケル・シャノンの相変わらずのアクの強い演技が光る。本作でアカデミー助演男優賞にノミネートされたというのも納得の演技である。

トップデザイナーらしいスタイリッシュでこだわり抜いた映像美と、スリリングでミステリアスな雰囲気に酔いしれる映画だと思う。やはりトム・フォードストーリーテラーというよりは、アーティストなのだろう。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で鑑賞。

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◆「ノクターナル・アニマルズ」(NOCTURNAL ANIMALS)
(2016年 アメリカ)(上映時間1時間56分)
監督・脚本・製作:トム・フォード
出演:エイミー・アダムスジェイク・ギレンホールマイケル・シャノンアーロン・テイラー=ジョンソンアイラ・フィッシャー、エリー・バンバー、カール・グルスマン
ルー、アーミー・ハマーローラ・リニーアンドレア・ライズブローマイケル・シーン
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://www.nocturnalanimals.jp/