映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アトミック・ブロンド」

アトミック・ブロンド
池袋HUMAXシネマズにて。2017年10月21日(土)午後1時30分より鑑賞(シネマ6/D-7)。

アクション映画はアクションが命。とはいえ、そればっかりでは困りものだ。その背後にある人間心理をキッチリ見せてくれないと、気の抜けたサイダーのような感じがしてしまうのである。

アトミック・ブロンド」(ATOMIC BLONDE)(2017年 アメリカ)は、アントニー・ジョンソンによる人気グラフィックノベルを映画化したスパイ・アクション映画だ。監督は、スタント畑出身で、「ジョン・ウィック」では共同監督を務め、「デッドプール」続編の監督にも抜擢されたデヴィッド・リーチ

冷戦末期、1989年のベルリンからドラマがスタートする。英国秘密情報部“MI6”の捜査官が殺され、極秘リストが奪われてしまう。そのリストには西側のスパイの名が記されており、それが東側に渡ってしまえば大変なことになる。

そこでMI6のエージェント、ローレン・ブロートン(シャーリーズ・セロン)は、極秘リストの奪還と二重スパイ“サッチェル”の正体を突き止めるよう命じられベルリンへ向かう。だが、彼女はそこで大変な目に遭い、体中にあざを作った痛々しい姿で帰国する。いったいベルリンで何があったのか。上司たちの尋問に応じて、ローレンはベルリンで起きた出来事を話し始める。

というわけで、ドラマ全体がローレンの供述という形で進行する。ローレンはベルリンに飛び、現地で活動するスパイのデヴィッド・パーシヴァル(ジェームズ・マカヴォイ)と合流する。だが、彼はかなりのくせ者でいかにもヤバそうなヤツ。ローレンは任務を遂行しながら彼に翻弄される。

おまけにローレンを尾行する謎の女や、リストのネタ元の東側の役人など怪しげな人物が現れて混乱が深まる。そんな中、ローレンの行動は敵側に筒抜けとなり、彼女は何度も命を狙われるのである。

ベルリンの壁崩壊前夜を背景に、誰が敵で誰が味方なのか全くわからない展開が続き、ドラマが二転三転する。MI6だけでなくソ連KGBやフランスの諜報機関DGSE、アメリカのCIAまでが入り乱れて暗躍し、裏切りのゲームを繰り広げる。それが破格のスリリングさを生んでいる。

映像も素晴らしい。グラフィックノベルの映画化らしい独特の暗めの世界観の中、ポップでテンポの良い映像が続く。ニュー・オーダーデビッド・ボウイザ・クラッシュなど懐かしめの音楽も場面ごとにふさわしい形で使われ、場を盛り上げている。

だが、この映画で最大の見せ場は何といっても、シャーリーズ・セロンの演技である。全身あざだらけの体を、氷をはったバスタブに沈める登場シーンから存在感がたっぷりだ。無表情で次々に襲いくる敵を倒すバトルアクションもキレまくっている。これぞクール&ビューティー!!

タルコフスキーの名画「ストーカー」が上映されている映画館でのバトルなども印象深い。カーチェイスや、水中に突き落とされた車からの脱出シーンなどもある。

そしてクライマックスは、ベルリンの壁崩壊のまさにその時。群衆に紛れて決死の脱出劇に挑むローレン。しかし、またしても情報が漏れ敵に襲われる。

そこでビルの中で繰り広げられるバトルが圧巻だ。手近な武器を使って敵をなぎ倒していく。だが、そのバトルにウソ臭さはない。リアルな痛みさえ伝わってくる。相当なトレーニングをしたであろうシャーリーズのリアルな動きとカメラワークが、スクリーンからオレの目が離れるのを許さないのである。

このドラマの最大の謎は、二重スパイ“サッチェル”の正体は誰かというところにある。それに関して、いったんは予想通りの結論を提示しつつ、後日談では意外な真相で度肝を抜く。ところがである。最後の最後でまた、それがまた見事にひっくり返されるのだ。むむ、そうだったのか!!!

こうしてローレンという女スパイの全貌がついに明らかになる。そこで、オレはハッとした。それまでの彼女の一挙手一投足に違った意味を見出したのだ。自らの真の使命と目の前で起きていることとのギャップに戸惑いつつも、自らを奮い立たせて前に進んでいたローレン。要するに、この映画はただのアクションだけの映画ではなかったのだ。そこには、間違いなく彼女の心情が無表情の奥にクッキリと刻まれていたのである。

おそらく筋肉バカが演じていたら、これほど面白い映画にはならなかっただろう。ご存知のようにシャーリーズ・セロンは、これまでに様々な役を演じ、その演技力には定評がある。2003年に主演した「モンスター」では、シリアルキラーを熱演し、見事にアカデミー主演女優賞を獲得している。

そんな演技派女優が完璧なアクションをこなすのだから、鬼に金棒だ。最近では本作以外にも、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「ワイルド・スピード ICE BREAK」などのアクション映画に出演しているが、本作はそのハイライトともいうべき作品だろう。

同様に元々の演技力にアクションが加わった俳優といえば、リーアム・ニーソンが思い浮かぶ。そうした役者が演じるアクション映画は、中身の充実度が違うのである。

そのシャーリーズの抜群の存在感に加え、ジェームズ・マカヴォイジョン・グッドマンソフィア・ブテラら脇役の好演も光る。あらゆる角度から見て、文句なしに一級品のスパイ・アクション映画だ。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。

f:id:cinemaking:20171022211555j:plain

◆「アトミック・ブロンド」(ATOMIC BLONDE)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督:デヴィッド・リーチ
出演:シャーリーズ・セロンジェームズ・マカヴォイジョン・グッドマンティル・シュヴァイガーエディ・マーサンソフィア・ブテラ、ジェームズ・フォークナー、ビル・スカルスガルド、サム・ハーグレイヴ、ヨハンネス・ヨハネッソン、トビー・ジョーンズ
*TOHOシネマズみゆき座ほかにて全国公開中
ホームページ http://atomic-blonde.jp/

「リングサイド・ストーリー」

「リングサイド・ストーリー」
新宿武蔵野館にて。2017年10月18日(水)午後12時20分より鑑賞(スクリーン1/B-9)。

子供の頃はテレビでけっこう観たプロレスだが、今はまったく興味がない。かつては真剣勝負だと思っていたのだが、スポーツとショーを合体させたものだということがわかってしまってからは、あまり観る気がしなくなった。とはいえ、そうしたことを承知でエンターティメントとしてのプロレスを楽しむファンも多いようだ。彼らのほうが、オレよりもよほど寛容で人生を楽しんでいるのかもしれない。

プロレスが大きく取り上げられている映画が「リングサイド・ストーリー」(2017年 日本)である。何しろ映画の冒頭では、いきなり力道山以来の日本のプロレスの歴史を語っているのだ。

そこから主人公の江ノ島カナコ(佐藤江梨子)が、勤め先の弁当工場を突然クビになる展開へとなだれ込む。そのあたりのテンポの良さとポップな描き方が心地よい。

カナコには10年間付き合い同棲中の彼氏・村上ヒデオ(瑛太)がいる。だが、こいつがとんでもないヤツなのだ。7年前には大河ドラマにチラッと出たりもしたが、今はまったく売れない役者で、ヒモ同然の生活を送っている。そのくせ口では偉そうなことばかり言い、気に入らない仕事を断ったりしている。まさにサイテーのダメ男なのである。

そんな中、カナコは弁当工場をクビになり、2人の収入源は断たれてしまう。カナコは新たな仕事を探すが、プロレス団体が裏方のスタッフを募集していることを知ったプロレス好きのヒデオは、勝手に志望動機を送ったりしてカナコを無理やりそこに就職させる。

こうして戸惑いつつ働き始めたカナコだが、すっかりプロレスの世界に魅了されて生き生きと輝きだすのだった。

というわけで、武藤敬司などプロレスラーが続々登場。練習や試合シーンもあるし、プロレスの舞台裏も目撃できる。それだけに、プロレスファンにはたまらない映画なのではないだろうか。

もちろん、そうでない人にも楽しめる映画だとは思う。何よりもユーモアにあふれたケレン味タップリの展開が楽しい。全編笑いどころには事欠かない。

さて、こうして輝きだしたカナコだが、それを見たヒデオはカナコが浮気していると勘違いする。そして、嫉妬のあまりとんでもない事件を起こしてしまうのだ。それによって、カナコはプロレス団体を自ら辞める。

ところが、その次にカナコが就職したのはなんとK-1の主催団体。なので、ここからは武尊はじめK-1選手も登場。どこまでも格闘技がついて回る映画なのだ。

しかし、相変わらずダメ男のヒデオは、またしてもカナコが浮気しているものと誤解。またまたとんでもない事件を起こしてしまう。そして、そのケリをつけるべく、K-1チャンピオン・和希との一騎打ちをするハメになるのである。

俳優が格闘技のリングに上がるという奇想天外な展開。だが、残念ながら物足りなさが残る。この手のドラマなら、「ロッキー」ではないが、トレーニング風景の面白さや迫力をしっかり見せて欲しかった。それがイマイチないのだ。

いや、それ以前に肝心の試合もセコイ。入場シーンで延々とヒデオにダンスを躍らせて盛り上げに盛り上げて、それであの試合はないだろう。もちろん現実に素人がリングに上がればあんなものだろうが、せめてもう少し工夫して「ミジメだけどカッコよかった」と思わせてほしいのである。

それより何より、このドラマに決定的に欠けているのはカナコとヒデオの人間ドラマだ。2人の苦悩や葛藤、行動の原点となった過去などがきちんと描かれていない。特にヒデオは最初から終幕近くまでずっとダメ男のままだ。彼の内面の変化がほとんど感じられないのである。

ドラマが薄味すぎるから結末もしっくりこない。まさか「ラブコメだから人間ドラマなんていらない」というものでもないだろう。ヒデオの変化を促すなら、ヒデオではなく、むしろカナコをリングにあげてしまったほうがよかったのではないか。な~んてことまで考えてしまったのである。

武正晴監督は前作「百円の恋」で名を上げた監督。主演の安藤サクラの力が大きかったといはいえ、演出にも抜群のキレがあった。今回もその点は抜かりがないのだが、問題なのはやはり脚本だろう。ちなみに本作は「百円の恋」の脚本を書いた足立紳の実話をヒントにしたらしいが、どうせなら脚本も彼に書かせるべきではなかったのか。

とまあ、いろいろ注文を付けてしまったのだが、ポップコーンやビール片手に気楽に観る分には十分にモトをとれる映画かもしれない。遊び心も満点で、映画監督の岩井俊二がチラリと顔を見せていたりもする。

瑛太の半端でないダメ男ぶりも面白い。本人もノリノリで演じていたのではないだろうか。一方、サトエリはさすがにアラサー設定は厳しかったが、相変わらずスタイルがいいから、こういうアクティブな役にはピッタリだ。パンツスーツ姿がキマっている。

●今日の映画代、1000円。新宿武蔵野館の毎週水曜のサービス料金で鑑賞。

f:id:cinemaking:20171020074434j:plain

◆「リングサイド・ストーリー」
(2017年 日本)(上映時間1時間44分)
監督:武正晴
出演:佐藤江梨子瑛太、有薗芳記、田中要次伊藤俊輔奈緒村上和成高橋和也峯村リエ武藤敬司、武尊、黒潮“イケメン”二郎、菅原大吉、小宮孝泰、前野朋哉、角替和枝近藤芳正余貴美子
新宿武蔵野館、渋谷シネパレスほかにて全国公開中
ホームページ http://ringside.jp/

「ユリゴコロ」

ユリゴコロ
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年10月15日(日)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/D-08)。

沼田まほかるという作家がいる。ここ数年、本屋でよく作品を見かけるようになったので、てっきり新人作家だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。何でも50代で初めて書いた長編『九月が永遠に続けば』で第5回ホラーサスペンス大賞を受賞し、56歳で遅咲きのデビューを果たしたものの、その後はあまり売れず、最近になってようやくブレイクしたのだとか。

その『九月が永遠に続けば』を読んだことがあるのだが、何やらおどおどろしいミステリーで心がザワザワしたものである。

そんな沼田まほかるが2012年に第14回大藪春彦賞を受賞した同名小説(残念ながらオレは未読です)を映画化したのが「ユリゴコロ」(2017年 日本)だ。監督は「君に届け」「心が叫びたがってるんだ。」の熊澤尚人

それにしても、「ユリゴコロ」ってなんだ?と思ったら、「拠り所(ヨリドコロ)」を幼い少女が聞き違えたものらしい。その聞き違いをした少女を描いたドラマなのだ。

最初に登場するのは亮介(松坂桃李)というカフェレストランのオーナー。婚約者の千絵(清野菜名)とともに車に乗って、職場へと向かっている。いかにも幸せそうな2人。だが、まもなくその千絵が失踪してしまう。

冒頭の展開を観て、亮介が千絵の行方と失踪の理由を追うドラマなのかと思ったら、大外れだった。その後は、なんとホラー、それもかなりエグいホラー映画の色彩を帯びてくるのだった。

亮介は、末期のすい臓がんで自宅療養中の父の書斎の押し入れで、1冊のノートを見つける。それは、人を殺すことに心の拠り所を感じてしまう美紗子(吉高由里子)と名乗る女が、自らの殺人について綴ったものだった。これは事実なのか、それとも父の創作なのか。激しく動揺するとともに、強烈にそのノートに惹きつけられていく亮介だったが……

というわけで、婚約者に失踪された亮介の現在と、彼が読む手記に書かれた内容が同時並行で描かれるのだが、手記の内容があまりにもエグすぎるのである。幼い頃に口がきけず、医師から「この子には心の拠り所がない」と言われた美紗子。周囲に対する違和感と空虚な心を抱えて、彼女はまもなく殺人に拠り所を見出していく。要するに、ある種のサイコパスなわけである。

彼女が殺人を犯す場面がかなり凄惨だ。少年の体の上から側溝のふたを閉めるなど、まるで虫けらのように人を殺していく。料理学校で知り合った女との一件も気色が悪い。その女が年中リストカットを繰り返すシーンを見ているだけで、何だかムカムカしてくるのだった。

熊沢尚人監督は、この映画全体にまるでアートのような美しい映像を散りばめている。そのせいで、多少はエグさが緩和されるものの、それでもやはり観ていて正視できない観客もいそうである。

そして、そのおぞましい手記を読んだ亮介は、次第にその不思議な魅力にとりつかれ、自らの中にある狂気が目覚めていく。

さあ、これで亮介が殺人鬼にでも変身すれば、完全なスプラッターホラーだ。なんせ料理人だからキッチンに凶器は山ほどある。それを使って連続殺人!

とはならないのである。中盤になると、ドラマのテイストは大きく変化する。悲しい運命を背負った女の愛と人生の物語がスタートするのだ。

手記の続きで、美紗子は洋介(松山ケンイチ)という男性との運命的な出会いを果たす。彼は罪を背負って生きる男だ。一方、美紗子も数々の罪を背負っている。しかし、美紗子には罪の意識がない。そんな2人が交流を重ねる中で、大きな変化が起きていく。

このあたりからの人間ドラマは、なかなか見応えがあった。洋介の無上の愛、美紗子の罪悪感と葛藤がスクリーンに交差して、何とも言えない切なさを漂わせる。

映像も相変わらず魅力的だ。特に美紗子と洋介が初めて関係を持つところのイメージショットの鮮烈さが際立つ。子供の頃から彼女を悩ませてきた引っ付く植物(あれ、なんていうんだっけ?)を効果的に使った美しいシーンである。

そして、ついに亮介と父と美紗子との関係が明らかになる……。

終盤は亮介の失踪した婚約者を巡って、途中から出現したかつての同僚だという女性(木村多江)が絡んで大変なことになるのだが、残念ながらテレビの2時間サスペンスのような既視感のある展開だった。

おまけに、この映画、あちこちにあり得ない、ご都合主義な展開が目についてしまう。そのあたりが、どうにももったいないところだ。

それでもラストシーンは心にしみる。ありがちとはいえ、愛のドラマの結末として素直に感動できるシーンだろう。

役者たちの演技も見ものである。これまでとは違うイメージの難役を演じ切った吉高由里子をはじめ、松山ケンイチ松坂桃李佐津川愛美(なまじのホラー映画よりもコワい演技)などが存在感ある演技を披露。木村多江の相変わらずの薄幸そうな雰囲気も、この映画にはぴったりだった。

この映画を楽しめるかどうかは、ひとえに前半の陰惨さを乗り越えられるかどうかにかかっていると思う。そうすれば、後半には切ない愛のドラマが待っている。コワイいのが嫌いな人も、何とかこらえて最後まで観ればモトは取れるかもしれない。

●今日の映画代、1300円。ユナイテッド・シネマの会員料金で鑑賞。

◆「ユリゴコロ
(2017年 日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・編集:熊澤尚人
出演:吉高由里子松坂桃李松山ケンイチ佐津川愛美清野菜名、清原果耶、木村多江
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
ホームページ http://yurigokoro-movie.jp/

 

「月と雷」

「月と雷」
テアトル新宿にて。2017年10月12日(木)午後1時30分より鑑賞(C-9)。

草刈民代といえば、日本を代表するバレリーナの1人として活躍し、1996年に「Shall we ダンス?」で映画初出演を果たし、その直後に同作の周防正行監督と結婚。2009年にバレリーナを引退したのちは、女優に転身して存在感のある演技を披露している。そんな彼女の素晴らしい演技が目撃できるのが映画「月と雷」(2016年 日本)である。

角田光代の小説を「海を感じる時」「花芯」の安藤尋監督が映画化した。ちなみに角田作品の映画化では、成島出監督の「八日目の蝉」(2011年)、吉田大八監督の「紙の月」(2014年)という見事な作品がある。

本作で最初に登場するのは、2人の幼い女の子と男の子だ。タンスの中に入ったりして無邪気に遊んでいる。ただし、部屋の中は乱雑に散らかっている。そして、縁側では1人の女がタバコを吸ってぼんやりと外を見ている。2人の子供は彼女にじゃれつくが、女は微動だにしない。

続いて、今度は女の子だけが映る。タンスから出てくると、そこには誰もいない。部屋もきれいに片付いている。女の子は外に飛び出して誰かを探す。その後、雨の中、女の子は1人の男に「もうあの人は戻ってこないの?」と問う。その男は「もう忘れなさい」と告げる。

そしてオープニングタイトルが映り、場面が変わる。登場するのはスーパーのレジで働く泰子(初音映莉子)。彼女は父が遺してくれた家に住み、職場の男性と結婚間近らしい。

まもなくスーパーから帰ろうとする泰子に、1人の青年が声をかける。智(高良健吾)というその青年は、20年前、母の直子(草刈民代)とともに家に転がり込んできて、半年間だけ一緒に暮らしていたのだった。そう。本作の最初に登場した幼い女の子と男の子は、20年前の泰子と智だったのである。結婚を機に、普通の生活を送ろうと思っていた泰子だったが、突然の智の登場でそれが大きく揺らぎだす……。

正直なところ、序盤の展開を観てオレは戸惑ってしまった。何しろ智は泰子の家にやってきて、それからほどなく2人はエッチをしてしまうのだ。しかも泰子の側からアプローチをして。何じゃ、こりゃ。いくら子供の頃に親密な仲だったといっても、20年ぶりに再会したばかりでそんなことになるのか?????

その後、泰子は「母を探して欲しい」と智に言う。彼女の実母は、直子が転がり込んできたタイミングで家を出たのだった。それ以来、泰子は実母と会っていない。

すると、次の瞬間、泰子がテレビの再会番組に出演して、実母に再会するのである。実母は、「あの時はちょうど家を出たかったから都合がよかった」などと言い放つ。彼女はその後再婚したという。

これまたあまりにも唐突すぎる展開だ。しかも、問題の再会番組がいやにお茶らけているではないか。これまた何じゃ、こりゃ、である。

しかし、よくよく考えてみると、この序盤の奇妙さは意図されたものなのかもしれない。そもそも、このドラマはリアルとは言い難い色彩に彩られている。

その最たるものが智の母・直子である。何しろ次々に男の家を渡り歩き、しばらくそこで暮らすと出て行く生活を繰り返してきたのだ。劇中で智が彼女の転居先を列挙するシーンがあるのだが、その数ときたら半端ではない。どんなに身軽に男の間を泳ぎ回るにしても、現実にそんなことは不可能だろう。

それゆえ、中途半端にリアリティを持たせるよりも、オフビートの笑いも含めてある種のファンタジー的なタッチを加えて描こうというのが、作り手側の意図だったのかもしれない。そういえば、ドラマの後半では、すでに死んだはずの泰子の父親を普通にスクリーンに映りこませたりもしているのだ。

とはいえ、ただの絵空事のドラマというわけではない。中盤以降は、泰子や智の葛藤がクローズアップされてくる。子連れの愛人によって家族を壊された過去を持つ泰子は、普通の生活を志向しつつも、家族というものに対して懐疑的な思いがぬぐえない。

一方の智も、泰子と違い母は常にそばにいたものの、彼女の行動は世間的には常識はずれなものであり普通の生活とはほど遠い。

いわば2人とも大切なものが欠落しており、それに対する大きな不安を抱えているわけだ。そんな中、泰子は妊娠してしまう。はたして彼女は母親になる決断ができるのか。そして智は……。

そんな2人に変化を促す仕掛けが秀逸だ。なんと新しい男の家を出たばかりの直子が、泰子の家に転がり込んでくるのだ。おまけに、再婚した泰子の母が生んだ異父妹の亜里砂(藤井武美)までが加わって、4人で奇妙な同居生活を始めるのである。

この疑似家族ともいえる生活の中で、温かな触れ合いや激しい軋轢が演じられて、様々な化学変化が起きる。そして、泰子と智は変化していく。

本作のラストはかなり微妙なものだ。泰子が最後に見せる笑顔の意味は、明確には明かされずに観客に判断をゆだねている。ありきたりのハッピーエンドとも、リセットとも違う余韻の残るラストである。個人的には、やはりそこに明るい希望を見出しのではあるが。

何はともあれ本作で最も光るのは、間違いなく草刈民代の演技である。あのハンパでないヤサグレ感、現実と虚構の狭間を行き来するような浮遊感が、何とも素晴らしい。まさに必見の演技といえるだろう。元名バレリーナという経歴に関係なく、今や立派な演技派女優だ。

泰子役の初音映莉子、智役の高良健吾の演技もなかなかのもの。そして、泰子の婚約者役を演じた名バイプレーヤーの黒田大輔が相変わらず良い味を出している。そのあたりの役者たちのアンサンブルに、最も心を動かされた作品である。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で鑑賞。

f:id:cinemaking:20171014113107j:plain

◆「月と雷」
(2016年 日本)(上映時間2時間)
監督:安藤尋
出演:初音映莉子高良健吾藤井武美黒田大輔市川由衣村上淳木場勝己草刈民代
テアトル新宿ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://tsukitokaminari.com/

「ポルト」

ポルト
新宿武蔵野館にて。2017年10月11日(水)午前9時45分より鑑賞(スクリーン3/B-3)。

ジム・ジャームッシュといえば、先日公開された「パターソン」をはじめ独特の世界観を持つ作品で知られる監督だ。そんな彼が製作総指揮を務めた映画が公開になった。ポルトガル北部の港湾都市ポルトを舞台にしたアメリカ人の男とフランス人の女によるラブストーリー「ポルト」(PORTO)(2016年 ポルトガル・フランス・アメリカ・ポーランド)である。

こうした異国の地での異邦人同士の刹那的なロマンス話は、数限りなくある。というわけで話自体は陳腐なのだが、それをあの手この手で魅惑的かつ独特なタッチの作品に仕上げているのが、この映画のミソだ。

主人公は26歳のアメリカ人青年ジェイク(アントン・イェルチン)。家族が住むリスボンを離れてこの地で暮らしている。一方、32歳の考古学を学ぶフランス人留学生マティ(リュシー・リュカ)は、ソルボンヌの大学で知り合ったポルトガル人の教授ジョアンとともにこの地にやって来た。

そんなある日、考古学調査の現場でジェイクとマティは互いの存在に気づく。ジェイクは臨時雇いの作業員として、そこで働いていたのだ。その後カフェで2人は再会し、マティはジェイクに引っ越しの手伝いを頼む。そして、まだ家具もベッドもない新居で一夜の関係を結ぶのだった。

だが、翌日の昼過ぎにジェイクが起きるとすでにマティはおらず、しばらくすると彼女は恋人のジョアン(パウロ・カラトレ)と一緒に帰ってくる。気まずい雰囲気で過ごす3人。

その後も、あの夜を忘れられないジェイクはマティにしつこくつきまとう。だが、今の生活を壊すつもりはない彼女は、ジェイクのあまりの執拗さに悩み警察に通報する。ジェイクは留置所に入れられて絶望する。

数年後。ジェイクは、ポルトで相変わらずの生活を送っている。それに対して、マティはジョアンとの間に娘をもうけるが、夫との関係は壊れていた……。

そんな2人のドラマを3章に分けて描くのが本作である。ユニークなのはスクリーンサイズが、8ミリ、16ミリ、35ミリと変化することだ。また、そこに描かれる映像も様々に変化する。ジョアンとマティを映したシーンでは、セリフに頼らずに2人の表情から、その心理を切り取った映像が印象深い。また、プライベートフィルムのような荒い映像や、ポルトの風景を早回しで見せた映像などもある。

さらに、この映画は時制が明確ではない。発掘現場での2人の出会い、カフェでの会話、新居でのセックスなどが、過去と未来の出来事がぶつ切りにされて行き来し、同じシーンが視点を変えて何度も登場したりする。いったい何が現在の出来事で、何が過去の出来事なのかさえ、よくわからなくなってくるのである。

それを通して、2人が抱えているものが少しずつ見えてくる。ジェイクは父が外交官のため幼い頃からリスボンに住んでいたが、家族と折り合いが悪く、今はこの地で暮らしている。定職もなく、友人もおらず、心を通わせるのは愛犬のみの孤独な人生だ。「ひょっとしたらコイツ、ヤバイんじゃない?」と思わせるような心の闇さえ感じさせる。

一方、マティは年上のポルトガル人教授との関係に悩むだけでなく、心を病んで病院に入っていたこともあるらしい。その病は今も癒えていないという。

そんなことが判明してくるにつれて、ただの行きずりの刹那的に見えた一夜の関係が、2人にとっては必然であり、それゆえ、いつまでも心から消せないことがよくわかってくるのである。

この映画の監督は、第70回ヴェネチア国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、本作で長編劇映画デビューを果たしたゲイブ・クリンガー。ジャームッシュ監督がその才能を評価しただけあって、ありふれた一夜のロマンスを技巧を凝らしてこれだけの作品にするのだから、今後が楽しみな監督だと思う。

もちろん粗削りなところもある。例えば3度も続けて濃厚なセックスシーンを映すのはやりすぎではないのか。それほどあの一夜が2人にとって特別なものだと言いたかったのかもしれないが、一度だけでも十分に2人の関係性や心の奥底を見せられたと思うのだが。

ラストは見つめあう2人。その表情を延々と映す。はたして、それは何を物語っているのか。解釈は人それぞれだろうが、切なさが漂うのは確かである。

ジェイク役は2016年に事故死してしまったアントン・イェルチン。まだ27歳でこれからの活躍が楽しみな俳優だっただけに、何とも惜しまれるところだ。相手役のリュシー・リュカもなかなかきれいな女優さんである。

●今日の映画代、1000円。新宿武蔵野館の毎週水曜のサービス料金で鑑賞。

f:id:cinemaking:20171012221036j:plain

◆「ポルト」(PORTO)
(2016年 ポルトガル・フランス・アメリカ・ポーランド)(上映時間1時間16分)
監督:ゲイブ・クリンガー
出演:アントン・イェルチン、リュシー・リュカ、フランソワーズ・ルブラン、パウロ・カラトレ
新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://mermaidfilms.co.jp/port

「愛を綴る女」

「愛を綴る女」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年10月9日(月・祝)午後12時25分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

「私は絶対に不倫は致しません!」
「いやいや。キミの場合、嫁もおらんのだから不倫しようにもできないでしょ!」
と漫才みたいにツッコまれたオレである。これ、ホントの話。

まあ、正直なところ不倫なんてどうでもいいことだ。そんなものは当人たちの問題で、こちらには何の関係もない。

だからというわけでもないが、不倫をネタにした映画やドラマには、あまり興味が持てなかったりする。予告編を観て「どうせただの不倫映画でしょ」と思っていたフランス映画「愛を綴る女」を観に行ったのも、他に上映時間がピッタリの映画がなくて、会員料金で安く観られるという理由からである。

ミレーナ・アグスの小説『祖母の手帖』の映画化だ。ドラマの幕開けは謎めいている。タクシーに乗る両親と息子。息子はこれからピアノコンクールに出るらしい。ところが、タクシーが停止してたまたま住居表示を見た母親は急に慌てだし、突然タクシーを降りて「先に行って」と告げる。いったい、その場所に何があるのか。

そこから時間がさかのぼる。1950年代、南仏プロヴァンスの田舎町。美しい娘ガブリエル(マリオン・コティヤール)は、小説『嵐が丘』を読んで心をときめかせるなど情熱的な運命の愛を求めている。だが思いを寄せる地元の(『嵐が丘』を貸してくれた)教師に相手にされない。そこで彼女はブチ切れて突拍子もない行動に出る。

そうなのだ。彼女は精神的に不安定なところがあり、エキセントリックな振る舞いで周囲を困惑させ、両親(特に母親)から疎まれていたのだ。時々何かの発作が起きることもあって、病院にも連れていかれる。

そんな中、母親は、どうやらガブリエルに気があるらしいスペイン人労働者ジョゼ(アレックス・ブレンデミュール)に、娘と結婚してくれるように頼む。いわば厄介払いというわけだ。

そんな事情を知りつつも、母親から“結婚か、精神病院か”と迫られたこともあり、ガブリエルは不本意な結婚を受け入れる。ジョゼは無骨で正直者で戦争で苦労していたが、ガブリエルにとってはよく知らない男。だから彼女は、「あなたを絶対に愛さない」とジョゼに告げて結婚するのである。

新婚生活が始まっても2人の間に肉体関係はない。しかし、やがてジョゼが週末に娼婦を買っていたことから、ガブリエルは彼に金を払わせて体を許す。何という屈折した夫婦関係だろう。

やがてガブリエルは、流産をきっかけに腎臓結石の持病が発覚し、医師からアルプスの療養所で温泉治療を勧められる。乗り気でなかった彼女だが、ジョゼが高額な費用を工面するというので、仕方なく6週間の治療に出向く。そして、彼女はそこで運命的な出会いを果たすのである。

相手は、インドシナ戦争で負傷した若い帰還兵アンドレ・ソヴァージュ(ルイ・ガレル)。ジョゼとは対照的に、知的な雰囲気を漂わせ、しかも死の影に取りつかれている。そんなアンドレに、ガブリエルはどんどんのめり込んでいく。

ここまでは完全な不倫ドラマの趣なのだが、それを下世話な話にしていないのが主演のマリオン・コティヤールの演技だ。不安定な精神状態を背景に、純愛を貫きつつも、危うさやもろさをチラチラと見せるガブリエルを巧みに演じている。ほんの少しの表情の変化で彼女の心理を示すあたりは、さすがに「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」でアカデミー主演女優賞を獲得しただけのことはある(「マリアンヌ」「サンドラの週末」なども素晴らしい演技だった)。おかげで陳腐な不倫ドラマが、説得力の恋愛ドラマに変身してしまうのだ。

女優としても活躍するニコール・ガルシア監督のていねいな演出も光る。特にアンドレがピアノで演奏するチャイコフスキーの「四季」の“舟歌”の使い方などが印象に残る。ガブリエルが、かつて「愛を与えて」と祈ったキリスト像に対して、アンドレと知り合ったことで感謝の言葉を述べるあたりも心憎いシーンである。

こうしてアンドレを運命の相手と確信し、激しい愛へと溺れていくガブリエル。そのハイライトは2人の濡れ場だ。ジョゼとの濡れ場がいかにも愛のないガサツものだったのに対して、こちらは愛に満ちた美しい映像が描かれる。その対比が面白い。

だが、やがて2人に退院の日が訪れる。「今は一緒にいられない。その日が来るまで手紙をやり取りしよう」というアンドレの言葉を信じて、ガブリエルは夫の元に戻っていくのだが……。

その後、ガブリエルとアンドレはどうなったのか。冒頭のシーンに戻って明らかにされる。冒頭のシーンの両親こそが、17年後のガブリエルとジョゼなのだ。そこからは意外な仕掛けが用意されている。実は、ジョゼはガブリエルとアンドレの関係に関して、ある秘密を持っていたのだ。それが、いかにも事実として描かれていたガブリエルの記憶までをも揺るがせるのである。

さて、そうした出来事を受けてガブリエルはどんな決断をするのか。そのあたりの詳細は伏せるが、鍵になるのはジョゼの「君に生きて欲しくて……」という言葉である。

最後まで観れば不倫ドラマが究極の愛のドラマに転化し、マジメではあるもののサエない男だったジョゼに対する印象が、まったく違って見えてくるのである。ジョゼを演じたアレックス・ブレンデミュールの抑制的な演技も味わいがある。

うーむ、ただの不倫ドラマなどと侮って申し訳ない。予想に反して、なかなか見応えのある作品だったのである。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で鑑賞。

◆「愛を綴る女」(MAL DE PIERRES)
(2016年 フランス)(上映時間2時間)
出演:マリオン・コティヤール、ルイ・ガレル、アレックス・ブレンデミュール、ブリジット・ルアン、ヴィクトワール・デュボワ、アロイーズ・ソヴァージュ、ダニエル・パラ
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中
ホームページ http://aiotsuzuru.com/

「アウトレイジ 最終章」

アウトレイジ 最終章」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年10月8日(日)午後2時40分より鑑賞(スクリーン3/E-15)。

子供の頃に、「あそこの家の息子はヤクザだからあんまり近づくな」と注意されたことを覚えている。それからほどなく、その男は何かの事件で警察に捕まったと記憶しているが、いずれにしても現実のヤクザとの接点といえばその程度だ。

それに比べて、映画やテレビドラマではたくさんのヤクザを見てきた。その描かれ方は多種多様だ。その中でも、バイオレントさでは他に引けをとらないのが、ヤクザ同士の抗争を描いた北野武監督・主演の「アウトレイジ」シリーズだろう。

第一作の「アウトレイジ」は過去の北野映画の中で最大のヒットとなり、続編「アウトレイジ ビヨンド」も大ヒット。それに味を占めてシリーズ第3弾「アウトレイジ 最終章」(2017年 日本)の登場だ。とはいえ、さすがにこれ以上作るのは無理なようで、そのタイトル通りに一応最終作ということになっている。

前作で展開された関東の山王会と関西の花菱会という暴力団同士の巨大抗争が終結した後、ヤクザの大友(ビートたけし)は韓国へ渡り、日韓を牛耳るフィクサーの張会長(金田時男)のもとにいた。冒頭は、彼が手下の市川(大森南朋)と釣りをするシーン。大友は明らかに暇をかこっている。何か行動を起こしたいのだが、それが許されない状況だ。

そんな中、花菱会の幹部・花田(ピエール瀧)が滞在中の韓国でトラブルを起こす。というと何やらきな臭いが、何のことはない風俗嬢に変態プレーを要求して大モメしただけなのだ。

そこに登場したのが大友である。「落とし前をつけろ」と言う花田に、逆にド迫力ですごみ、金を払わせることで決着する。だが、大友の素性を知らない花田は、約束を反故にして子分に張会長の手下を殺させてしまう。これがきっかけで、張会長率いる張グループと花菱会は一触即発の緊張状態に突入する。

一方、花菱会は内部抗争の火種を抱えていた。新たに会長となっていた野村(大杉連)は元証券マンで、生え抜きのヤクザではない。おまけに金儲け第一主義で、それまで組が避けていたシャブの取引にまで手を出している。そして権力をかさに着て、古参の幹部たちをバカにする。若頭の西野(西田敏行)、若頭補佐の中田(塩見三省)らは、それがどうにも気に入らない。

そんな様子を見た野村は、中田を焚きつけて西野を殺させようとする。花菱会の内部抗争の幕開けである。

そこに市川を連れて帰国したのが大友だ。前作と本作で抱えた様々な恨みを晴らすべく、彼は満を持して行動を開始する……。

大友の基本にあるのは、いわば義理人情を重んじる古い気質のヤクザである。冷酷非道に人を殺すが、それも自己の利益のためではなく、彼なりの理屈があってのものなのだ。それに対して、抗争を繰り返す既成のヤクザたちは、自分や組織の利益のために行動する。大友とは、そもそも行動原理が違うわけだ。そこから両者の軋轢によるバイオレンスが生まれてくるのである。

ただし、過去作以上に直接的なバイオレンスの色彩は薄い。それよりも言葉の応酬が中心に展開される。登場するヤクザたちは、常に誰かを罵倒し、脅かし、なだめすかし、懐柔しようとする。そのあまりに大げさな言動が、笑いを引き起こす。ただし、爆笑には至らないところで寸止めする。この絶妙なさじ加減が北野監督の真骨頂だろう。さすがに漫才師出身の監督だけのことはある。

それらを通して伝わってくるのは、ヤクザの怖さよりも、滑稽さや愚かさである。観ているうちに、「コイツらしょーもないなぁ」とあきれて、苦笑しまうのだ。だが、次の瞬間、ヤクザたちが繰り広げている抗争劇の構図は、考えてみれば一般企業や様々なコミュニティーなどにも共通するものであることに気づく。そして、そのことにまたしても苦笑してしまうのである。

何しろそのヤクザを演じて怒鳴り合いの丁々発止を繰り広げるのが、日本を代表する実力派のベテラン俳優たちなのだ。ビートたけし西田敏行大杉漣塩見三省岸部一徳などなど。彼らの演技は、もはや伝統芸能のような雰囲気さえ漂わせている。彼らの競演を見ているだけでも楽しい映画である。

当然ながらバイオレントなアクションシーンも登場する。そのほとんどは銃によるものだ。しかも、誰かが誰かをあっさり撃ち殺すシーンが多い。その一方で、時には銃を突きつけただけで引き金を引かない場面もあり、「いったいいつ引き金を引くのか」というスリリングさにつなげている。

銃撃の最たるものは、終盤のパーティーでの無差別乱射シーンだろう。ここはケレン味たっぷりでサービス精神旺盛なシーン。そこで右往左往する組幹部が笑える。

その後には二度に渡って、エグイ暴力シーンがある。だが、これもまたコントにも思える大げさかつ滑稽な仕掛けのせいで、凄惨さはまったく感じられない。むしろ笑いさえ生んでしまうのだ。

ラストシーンは壮絶な死。あれはやはり、昔気質の古いヤクザが現実には存在しえない時代を象徴したものだろうか。いずれにしても、最終作を飾るにふさわしいものだ。

けっして傑作と呼べるような作品ではない。警察内部の上からの圧力など、ありがちな展開も多い。というか、そもそも全体の話自体が既視感ありありだ。たが、おそらくそれは北野監督にとって承知の上。確信犯的に、過去の様々な映画のエッセンスや、過去の北野映画のエッセンスをあちこちに散りばめているのだろう。そういう点で、実に興味深い映画だと思う。はたして次の北野映画の進む先は?

●今日の映画代、1500円。ユナイテッド・シネマの会員料金で鑑賞。

◆「アウトレイジ 最終章
(2017年 日本)(上映時間1時間44分)
監督・脚本・編集:北野武
出演:ビートたけし西田敏行大森南朋ピエール瀧松重豊大杉漣塩見三省、白竜、名高達男光石研原田泰造池内博之津田寛治、金田時男、中村育二、岸部一徳
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://outrage-movie.jp/