映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「スキャンダル」

「スキャンダル」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2020年2月21日(金)午前11時40分の回(スクリーン7/D-8)。

~テレビ局を舞台にしたセクハラ騒動を3人の女優でスリリングに見せる。

セクハラなどの性的被害を告発する「#MeToo(ミートゥー)」運動が広がったが、それに呼応したような映画が登場した。アメリカのテレビ局を舞台にした実際の事件を基に描かれた「スキャンダル」(BOMBSHELL)(2019年 アメリカ)である。

そのテレビ局とは、アメリカで視聴率ナンバーワンを誇るテレビ局FOXニュース。メディア王ルパート・マードックがオーナーで、保守的な論調で知られ、トランプ大統領が大好きなテレビ局である。

映画の冒頭は、そんな局の事情を看板キャスターのメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)らが、社内見学よろしく軽妙に紹介するところから始まる。そうである。セクハラ問題を扱ったなどというと、陰湿で暗い映画を想像するかもしれないが、本作はエンターティメントとしての魅力にあふれた作品なのだ。

このドラマは3人の女性を中心に描かれる。最初に登場するエピソードは、メーガン・ケリーとトランプ大統領(当時は候補)との対決。2016年、メーガンは女性蔑視が目に余るドナルド・トランプに対して、女性問題に関する質問をする。それがトランプや支持者の逆鱗に触れて、彼女は大変なバッシングにさらされる。それが、のちのセクハラ問題にも大きくかかわってくる。

続いて登場するのは、同局のベテラン女性キャスター、グレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)。朝の人気番組の担当を降ろされたのを機に、長年セクハラを繰り返してきたCEOのロジャー・エイルズ(ジョン・リスゴー)を訴える準備を進める。

そして3人目は、野心的でメインキャスターの座を狙う虎視眈々と狙う若手のケイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)。彼女は、出世への階段を上るべくロジャーとの面接のチャンスを得る。だが……。

やがて現在の番組も降板させられたグレッチェンは、ついにエイルズCEOを訴える。その訴えの行方をスピーディーかつスリリングに描き出す。事態は二転三転。攻めるグレッチェン側に対して、守るエイルズ側も黙ってはいない。あの手この手で防戦に努める。このあたりの手に汗握る展開が見ものだ。

そこで印象深かったのがFOX社内の同調圧力。彼を支持する人々が揃いのTシャツまで着て、エイルズを守ろうとするのだ。もちろん心から彼を支持する者がいるが、彼がいなくなれば自分たちの生活が脅かされると考えて、消極的に支持する者もいる。

また、局内にはLGBTでヒラリー支持の女性などもいるのだが(彼女とケイラの微妙な関係なども描かれる)、保守メディアということもあって局内では自分を偽り、不正にも見て見ぬふりをしている。何やら日本でもありそうなエピソードのオンパレードだ。

そんなところからもわかるように、本作はセクハラ問題だけではなく、さまざまな社会の在りように対して問題提起しているドラマである。序盤のメーガンVSトランプの対決を通して、トランプ大統領に対する批判も込められている。

さて、グレッチェンによるセクハラ訴訟の鍵は、社内から証言者が出るかどうかだ。元キャスターなど、社外の人間の証言は続々出るのだが、社内に関しては先ほど述べた同調圧力もあってなかなか証言が出ない。

そんな中、悩みに悩むのがケリーである。彼女も、過去にエイルズのセクハラを経験している。だが、それを証言すればトランプや支持者にひどい目に遭わされたように、また恐怖や苦痛を味わうのではないか。そんな疑念から動くに動けない。

一方、ケイラも悩む。ロジャーとの面接を経て出世の扉を開きかけただけに、もしもセクハラを告発すればすべてが水の泡になる。はたして、彼女はどんな決断をするのか。

2人の決断の行方は実際に映画を観ていただくとして、彼女たちの苦悩や葛藤を通じて、セクハラの実態がリアルに見えてくる。それがもたらす心の傷もクッキリと描かれる。エンタメ映画とは言いながら、そこは手抜かりがない。まさに「#MeToo」運動などと陸続きの映画である。

何せエンタメ映画だから、ラストは一応は明確な勝敗を示すのだが、同時にそこに曖昧さも残す。そして何よりも、このドラマに描かれたような問題が過去のものではなく、依然として現在進行形であることを明確に示して終わる。娯楽性とメッセージ性をきちんと両立させた映画だと言えるだろう。

シャーリーズ・セロンニコール・キッドマンマーゴット・ロビーという3人のスターの共演も見もののだ。シャーリーズ、ニコールの貫禄の演技に加え、キャピキャピ女から苦悩の女へと変化するマーゴットの演技もなかなのもの。さらに、セクハラ全開CEOを「いかにも」という感じで見せる、大ベテランのジョン・リスゴーの演技も絶品だ。

ちなみに本作では、シャーリーズ・セロンの特殊メイクを、「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」でアカデミー賞を受賞したカズ・ヒロ(辻一弘)が担当し、今作でもアカデミー賞のメイクアップ&スタイリング賞を受賞した。ニュース映像なども登場するとあって、実在の本人に寄せているのだが、なるほど最初はシャーリーズとは思わないほどの見事なメイクだった。

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◆「スキャンダル」(BOMBSHELL)
(2019年 アメリカ)(上映時間1時間49分)
監督:ジェイ・ローチ
出演:シャーリーズ・セロンニコール・キッドマンマーゴット・ロビージョン・リスゴーケイト・マッキノン、コニー・ブリットン、マルコム・マクダウェルアリソン・ジャネイ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/scandal/

 

「嘘八百 京町ロワイヤル」

嘘八百 京町ロワイヤル」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2020年2月8日(土)午後2時10分より鑑賞(スクリーン7/D-9)。

~古美術商と陶芸家、ひたすら安心して楽しめるエンタメ映画の第二弾

いわゆるバディー(相棒)ものの映画は数限りなくある。個人的に印象深いのは、1982年のニック・ノルティエディ・マーフィのコンビによる「48時間」あたりだろうか。また、日本でも「まほろ駅前多田便利軒」や「探偵はBARにいる」など、なかなか面白いバディームービーが作られている。

2018年にヒットした「嘘八百」もバディーもののコメディー。その名(迷?)コンビである古物商の小池則夫(中井貴一)と、陶芸家・野田佐輔(佐々木蔵之介)が、舞台を大阪から京都に移して活躍する続編が「嘘八百 京町ロワイヤル」(2020年 日本)である。

前作では、大阪・堺で幻の利休の茶器をでっち上げて、ある人物を痛い目に遭わせようとした二人。いまは則夫は、京都で人気占い師の娘の店に間借りして細々と古美術店を営んでいた。そんな中、TV番組の取材でやって来た有名古美術店の主人・嵐山直矢(加藤雅也)と大御所鑑定家の億野万蔵(竜雷太)に、過去をばらされて大恥をかかされる。まもなく、その則夫のもとに、謎の着物美人・橘志野(広末涼子)が「父の形見を騙し取られた」と相談に訪れる。それは古田織部の幻の茶器“はたかけ”だった。美女に鼻の下を伸ばした則夫は、さっそく佐輔に話を持ち掛け、贋作作戦に乗り出すのだが……。

主要な登場人物も同じならタッチも同じ。則夫と佐輔の凸凹コンビを中心に、笑いをタップリ振りまきながらドラマが進んで行く。突飛なことは何もない。いわゆる定番パターンの物語。だが、それこそがこの映画の魅力だ。誰もが安心して楽しめる娯楽映画の王道を行く作品である。

広末涼子演じる和服美人が、どう見ても訳ありなのもいかにも……という感じ。実際に、最初に彼女の言っていることは嘘なのだが、それをもったいぶって引っ張らずに、早いうちに明かしてしまう。そして、また別の嘘でドラマを展開していく。このあたりも、娯楽映画らしい手練れの技だ。

監督は、前作に引き続いて武正晴。脚本も、前作に引き続き武監督と「百円の恋」でコンビを組んだ足立紳、そして今井雅子が担当している。

則夫と佐輔がやっていることはインチキには違いないわけだが、彼らのターゲットである敵はもっとエグいことをやっている。しかも、彼らは金のために悪事を働いているのに対して、則夫と佐輔は正義感と茶器への愛と、ほんのちょっぴりのスケベ心からの行動。だから、憎めないのである。

ドラマのクライマックスは、テレビで生中継される茶会。そこに向けて佐輔は贋作作りに励み、則夫は様々な仕掛けを準備する。そこでは、前作でも活躍した居酒屋のユニークな常連客たちが、持ち前の特殊技能を駆使して協力する。そんな様子も実に楽しい。

そしていよいよ茶会の場面。そこで展開されるのはおバカな作戦(悪徳古美術商の先代の幽霊話など)。とはいえ、ここまでてらいもなく漫画チックに描かれれば、ただ笑って楽しむしかない。リアリティーが欠如しているなどとは、言うだけ無駄な話。それこそ野暮というものでしょう。

もちろん作戦中には予期せぬアクシデントなどもあって、さぁて、結果はどうなりますやら。

クライマックス後の居酒屋での意外なネタバラシ、それに続く和服美人との別れを通して、「やっぱりお金じゃないのよ」という則夫と佐輔の姿勢をキッチリ見せる後味の良さ。さらに劇中では陶芸のうんちくに加え、佐輔や若い陶芸家(陶芸王子)の創作の苦悩を描くなど、細かなところまでよく考えられている。まさに良質の娯楽作。お気楽に楽しむべし。あ、お気楽に楽しみすぎて写真撮ってくるの忘れた……。

俳優陣が楽し気に演じているのも、娯楽作品としての本作の面目躍如たるところ。中井貴一佐々木蔵之介の主演二人はもとより、和服美人の広末涼子、オマヌケなワルの加藤雅也、嫉妬妻の友近など、すべてのキャストが輝いている。

さて、映画の終わりで則夫と佐輔は「今度は北海道で……」などと発言するので、「もしかしてまだ続編があるのか?」と思ったら、最後に「つづく……かも」のテロップが。人を食ったこの告知も本作にふさわしいところ。

◆「嘘八百 京町ロワイヤル」
(2020年 日本)(上映時間1時間46分)
監督:武正晴
出演:中井貴一佐々木蔵之介広末涼子友近森川葵山田裕貴竜雷太加藤雅也坂田利夫前野朋哉、木下ほうか、宇野祥平塚地武雅桂雀々吹越満坂田聡、ブレイク・クロフォード、冨手麻妙山田雅人浜村淳国広富之
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/uso800-2/

「37セカンズ」

「37セカンズ」
新宿ピカデリーにて。2020年2月7日(金)午後1時10分より鑑賞(シアター4/D-9)。

~障がいを持つ女性の成長への軌跡。そのひたむきな姿に共感

5年ほど前に転倒して膝の膝蓋骨を粉砕骨折。1か月入院して1年リハビリに通った。今でこそ日常生活に大きな支障はないが、当時は階段の上り下りも出来ずに往生したものだ。「障がい者の方々は、ふだんからこういう苦労をしているのだなぁ~」とつくづく思ったのはその時である。

とはいえ、日常的に障がい者の方に接する機会があるわけでもなく、彼らの実情を正しく理解しているとは言い難い。そこに見えない壁のようなものがあるのは事実。そんな中、障がいを持つヒロインの姿をリアルに感じ、自然に共感できた映画が『37セカンズ』(2019年 日本・アメリカ)である。

主人公は脳性麻痺車いす生活を送る23歳の貴田ユマ(佳山明)。彼女は出生時に37秒間呼吸ができなかったために、手足が自由に動かない身体になってしまった。タイトルの「37セカンズ」とは、そのことを指す。

ユマは、親友の漫画家のアシスタントをしていた。アシスタントと言えば聞こえはいいが、実際はゴーストライターだ。もちろんその存在も秘密にされていた。一方、家では過保護な母親・恭子(神野三鈴)によって、身の回りのことを全て取り仕切られていた。

そんな日々に息苦しさを感じて独り立ちしたいと願うユマは、アダルト漫画専門誌に自作を持ち込む。だが、女性編集長から「実体験がないと良い作品は描けない」と言われてしまう。その言葉に発奮して、未知の世界に飛び込んでいくユマ。マッチングアプリで様々な男と会い、夜の街で男娼を買うなど性の世界へ踏み出す……。

本作で(特に前半で)特徴的なのは、漫画やアニメなどを使ったポップでカラフルな世界観。ユマが描いた漫画が動き出すような場面もある。これは障がい者や性を扱うことを意識して、暗さや淫靡さを払拭しようとしたものなのだろうか?

それにしても、アダルト漫画専門誌の女性編集長の「実体験がないと良い作品は描けない」という言葉は何とステレオタイプな。むしろ想像の方がイヤらしかったりするわけで、ピントが外れたセリフだよなぁ~。

などと思っていたのだが、観ているうちにどんどん引き込まれていった。確かに現実離れした描写やステレオタイプな部分も目立つ作品だが、それでも基本はリアルなのだ。障がい者の、いや障がいの有無にかかわらず、閉塞状況にある一人の女の子の冒険と成長がリアルに描き込まれているのである。

転機となるのが、ユマと障がい者専門の風俗嬢・舞(渡辺真起子)との出会いだ。公式サイトで瀬々敬久監督も同様のことをコメントしていたが、そこから物語が生き生きと輝き始める。舞という媒介を通して、ユマの新たな人生の扉が開く。そこには舞やユマに自然体で寄り添う介護福祉士の俊哉(大東駿介)の存在もある。

だが、そんなユマの新たな生き方を快く思わない(というか心配でたまらないのだろう)母の恭子は、さらにユマを支配しようとする。そして、ついにユマは家を出る。

障害者の性を扱うというと、何やらセンセーショナルに聞こえてしまうが、それはあくまでもユマの自立と成長に向けた一つの過程でしかない。後半に描かれるのは、彼女の出生と家族を巡る旅だ。

何と、そこでは舞台がタイにまで飛ぶ。そのあたりの展開は唐突で都合がよすぎることも多いのだが(たとえば渡航費用の問題とか、何であいつはタイ語ができるんだ?とか)、それでも現地でのある人物との出会いを静かに抑制的に描き、ユマの成長を示すところに好感を覚えた。全編を通した繊細な心理描写もあって、説得力は十分だった。

様々な経験を経て、新たな一歩を踏み出すユマと母の恭子の姿を、さりげなく描いた結末も心に染みる。

本作は、サンダンス映画祭とNHKが主宰する脚本ワークショップで日本代表作品に選ばれた作品とのこと。日米合作となっているのはそのためだろう。第69回ベルリン国際映画祭でもパノラマ部門で観客賞とCICAEアートシネマ賞を受賞した。HIKARI監督はロサンゼルスを拠点にしているようだが、まだ粗削りとはいえなかなかの才能の持ち主で、今後が楽しみだ。

それより何より、本作の最大の魅力は役者たちの演技だろう。神野三鈴、渡辺真起子大東駿介、芋生悠ら脇役陣の好演も素晴らしいのだが、何といっても白眉は主演の佳山明の演技。実は彼女自身も出生時のトラブルで脳性麻痺になり、今回は約100名の応募者の中から選ばれたとのこと。

障がい者障がい者を演じるのだからリアルなのは当たり前」と思うかもしれないが、そんな次元を超えたリアルで存在感のある演技だった。そして笑顔がとびっきり可愛い。おかげで、悩み苦しみ葛藤し、それでも懸命に前を向こうとするマユのひたむきな姿に、心を揺さぶられてしまった。

障がい者差別や障がい者の性といったテーマも織り込まれているものの、強いメッセージ性や感動の押し売りとは無縁。障がいの有無に関係なく困難を抱えた一人の女の子の成長物語として、とても魅力的な作品だった。ぜひ固定観念や常識を捨てて観て欲しいと思う。

 

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◆「37セカンズ」
(2019年 日本・アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督・脚本:HIKARI
出演:佳山明、神野三鈴、大東駿介渡辺真起子熊篠慶彦、萩原みのり、宇野祥平、芋生悠、渋川清彦、奥野瑛太石橋静河尾美としのり板谷由夏
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://37seconds.jp/

 

「淪落の人」

「淪落の人」
新宿武蔵野館にて。2020年2月5日(水)午後12時15分より鑑賞(スクリーン1/A-9)。

~半身不随の中年男とフィリピン人家政婦の交流を繊細かつヴィヴィッドに見せる

アンソニー・ウォンと言えば、個人的には、ハリウッドでリメイクもされた名作「インファナル・アフェア」(2002年)の強面の警部役としての印象が強い。とはいえ、出世作の「八仙飯店之人肉饅頭」はスプラッタ・ホラーだったりするわけで、これまでに多彩な映画で様々な役柄を演じてきた。文字通り香港の名優である。

そんなアンソニー・ウォンが、脚本を気に入って、何とノーギャラで出演したというのが「淪落の人」(淪落人/STILL HUMAN)(2018年 香港)。半身不随の孤独な中年男と、フィリピン人家政婦との心の交流を、四季の中で描いたドラマである。

邦題にも原題にもある「淪落」とは何なのか。公式サイトによれば、「淪落の人」は、白居易の「琵琶行」の一節“同じく是、天涯淪落の人。何ぞ必ずしも、曾て相職らんや”がもとになっているらしい。淪落とは、「落ちぶれること。落ちぶれて身をもちくずすこと」を指す言葉である。

主人公のリョン・チョンウィン(アンソニー・ウォン)は、事故で半身不随となり、妻と離婚、息子とも離れて暮らす日々。孤独で夢も希望もない毎日だった。妹ジンイン(セシリア・イップ)との関係もうまくいかず、楽しみは唯一の友人である元同僚ファイ(サム・リー)との会話。そして、海外の大学に通いネットを通じて会話をする息子の成長だけだった。

そんなある日、チョンウィンの家に若いフィリピン人女性エヴリン(クリセル・コンサンジ)が住み込み家政婦としてやって来る。広東語が話せない彼女に最初はいらつくチョンウィンだったが、片言の英語で会話をするうちに、次第に心が通い始める。

この設定自体は、日本でもヒットした(そしてハリウッドリメイク作が最近公開になった)フランス映画「最強のふたり」と似ている。ただし、あちらは大金持ちの半身不随の男のところに、やる気のない介護人の男がやっと来るというお話。それに対して、チョンウィンは団地住まいの庶民だし、エヴリンは最初から真面目に仕事をする。何しろクビにされたら彼女は国に帰らねばならないのだ。

この映画のミソは、チョンウィンもエヴリンも、お互いに心に傷を抱えていること。チョンウィンは突然の事故に加え、妻との離婚(しかも奥さんは再婚しているらしい)、息子との離れ離れの生活などに起因する怒り、後悔、孤独を抱えている。一方のエヴリンは愛のない相手との離婚訴訟に加え、実家への仕送りなど金銭的に苦境に立っている。

そんな2人の関係は最初のうちギクシャクしている。エヴリンは広東語が話せないためチョンウィンはいらつき、エヴリンも彼に対して疑心暗鬼になる。それでも片言の英語で会話をするうちに、次第に2人の心が通い始める。劇中で何度か登場する、チョンウィンとエヴリンが電動車いすに2人乗りするシーンがそれを象徴している。

脚本と監督を担当した新人女性監督のオリヴァー・チャンは、その様子を繊細かつヴィヴィッドに切り取っていく。感動の押し売りをしようと思えば、いくらでも可能な素材だが、そんなことはしない。全体を通して抑制的なタッチを貫き、登場人物の過不足ないセリフやほんのわずかな表情、しぐさなどでそれぞれの心理をあぶりだす。

過剰な説明も排除している。チョンウィンの事故に関しては、断片的な情報が提供されるのみ。彼と妹ジンインとの仲違いの原因についても同様だ。それが余白となって、観客の想像力を刺激する。

チョンウィンの回想などの使い方も絶妙だ。そして適宜笑いも織り交ぜる。劇中でエヴリンたちフィリピン人家政婦仲間が羽目を外す場面では、まるで「チャーリーズ・エンジェル」のようなド派手なシーンも登場する。

新人にしてこれだけツボを心得た脚本&演出。恐れ入ったものである。日本でも知られたベテランのフルーツ・チャン監督が製作に加わり、全面的なバックアップを受けたとはいうものの、今後が楽しみな監督なのは間違いない。

本作には障がいを抱えた人々の困難さや、フィリピン人家政婦たちの置かれた過酷な環境なども描き込まれている。けっして甘いだけの映画ではない。だが、それでも全体のカラーはポジティブだ。

そこで大きなテーマとなるのが夢である。実は、エヴリンは生活のために写真家の道を諦めた過去を持つ。それを知ったチョンウィンは、彼女の夢を叶える手助けをしようと考える。

終盤、写真コンテストを経て、エヴリンに“あるもの”を届けさせるチョンウィン。そこはわかっていても、自然に涙腺が緩んでしまった。さらに、その後のエヴリンが今度はチョンウィンの夢をかなえてあげる展開も感動もの。そして、ラストのバス停でのシーンでまたしても感涙。ここも仰々しさがない分、なおさら感動させられてしまった。

それにしても、アンソニー・ウォンである。チョンウィンの複雑な心の奥、微妙な心理の変化を見せる演技はさすがだ。第38回香港電影金像奨最優秀主演男優賞など数々の賞に輝いたのも頷ける。そして、これが映画初出演だという香港在住のフィリピン人女優のクリセル・コンサンジの自然体の演技も見逃せない。

ベタな話ではあるもののツボを心得た脚本&演出、役者たちの繊細な感情表現など見どころ満載。何よりも、作り手の温かな視線がこちらにも伝わって、心地よく映画館を後にできた。文句なしの良作!

 

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◆「淪落の人」(淪落人/STILL HUMAN)
(2018年 香港)(上映時間1時間52分)
監督:オリヴァー・チャン
出演:アンソニー・ウォン、クリセル・コンサンジ、サム・リー、セシリア・イップ、ヒミー・ウォン
新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://rinraku.musashino-k.jp

「リチャード・ジュエル」

「リチャード・ジュエル」
新宿ピカデリーにて。2020年2月1日(土)午前11時15分より鑑賞(シアター7/B-8)。

イーストウッドが描く、一市民を英雄から奈落に突き落とす権力とマスコミの恐ろしさ

ご存知、クリント・イーストウッド監督の最新作。「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」「15時17分、パリ行き」「運び屋」など、過去にも良質の実話映画を監督してきたイーストウッド監督だが、今作も実際に起きた出来事を取り上げている。

1996年にアメリカ・アトランタで起きた爆弾事件を描いたドラマである。ただし、冒頭はその10年前の1986年にさかのぼる。中小企業庁で備品係をしているリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、弁護士のワトソン(サム・ロックウェル)がスニッカーズ好きだと察して、何も言われないのに新しいスニッカーズを補充する。それをきっかけに2人は親しくなる。

それから10年後の1996年。オリンピック開催中のアトランタ。ジュエルはコンサート開催中の公園で警備員をしていた。そこで彼は不審なリュックを発見する。その中身は無数の釘が仕込まれたパイプ爆弾だった。爆弾は爆発し死傷者を出す。だが、ジュエルのおかげで多くの人々の命が救われたことから、マスコミはこぞって彼を英雄として報道する。「本を書かないか」という誘いも受け、その契約に関してジュエルはワトソンに相談を持ちかける。

こうしてあっという間に英雄になったジュエルだが、わずか3日後には今度は奈落の底に突き落とされる。事件の捜査に当たるFBIはジュエルに疑いの目を向け始める。それを地元メディアが実名報道したため、ジュエルは激しいバッシングにさらされるようになる。

ジュエルは警官などの「法執行官」に憧れ、国家を信じ、正義と秩序を重んじる人物だ。かつて大学の警備員をしていた時には、それが災いして暴走し、クビになってしまった過去を持つ。不器用で実直、そして本来なら国家から見ても好ましい、善良極まりない一市民なのである。

そんな人物が、あっという間に英雄となり、その直後に国家の敵として非難を浴びようになる。その構図が何とも皮肉で痛々しい。

ジュエルに襲い掛かるFBIの手口は容赦がない。訓練用のビデオ撮影だと偽って強引に自白を引き出そうとする。その他にも盗聴をはじめ、ありとあらゆる手段でジュエルを追い詰めようとする。さらに、マスコミによる取材攻勢も容赦ない。この間までは英雄として持ち上げていた人物を、さしたる確証もないのに犯人と決めつけて、連日報道し続ける。

それに抗するのがジュエルとワトソン弁護士だ。この2人による戦いには、ある種のバディ・ムービー的な要素もある。

ただし、ジュエルはとても危なっかしい。不器用で実直なところが災いし、FBIに対して話す必要のないことまで話してしまう。ワトソンから「喋るな!」と口止めされても、ついつい喋ってしまうのだ。それを見ている観客は、その危なっかしさにハラハラすることになる。

ジュエルを演じるのはポール・ウォルター・ハウザー。「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」で演じたマヌケなワル役を思い起こさせる今回の役柄だ。同時に中盤で怒りに震える本音を吐露するなど、リチャードの複雑な内面を巧みに演じ切っていた。本来はこの役はジョナ・ヒルが演じる予定だったらしいが(レオナルド・ディカプリオとともにプロデューサーに名を連ねている)、結果的にウォルター・ハウザーが演じて大正解だったと思う。

一方、彼を支えるワトソンもなかなかに人間味あふれる人物だ。口が悪くて皮肉屋。弁護士稼業もうまく行っているようには見えない。それでも旧知のジュエルが国家に翻弄される姿が我慢ならずに、あの手この手でジュエルの無実を証明しようとする。それをサム・ロックウェルが演じるからますます魅力的に映る。「スリー・ビルボード」でトラブルメーカーの警官を演じてアカデミー助演男優賞を獲得。先日の「ジョジョ・ラビット」の演技も素晴らしかったが、今回も見事な芝居を披露している。

そしてもう1人、ジュエルを支えるのが母のボビである。本作はジュエルとボビの母子の絆の物語でもあるのだ。こちらも演じるキャシー・ベイツが素晴らしい。特に終盤での息子の無実を訴える演説は圧巻。誰しもハートを揺さぶられてしまうのではないだろうか。

けっこう重たいテーマを突きつけた作品ではあるものの、ちゃんとエンタメ性も担保しているところがイーストウッド監督らしいところ。事件前のコンサートの模様はド派手だし(当時流行っていた「マカレラ」での全員ダンスなど)、爆弾発見→爆発という一連の展開もスリリングに描き出す。

その一方で、女性記者が肉体を武器にネタを取ろうとしたり、FBIの面々が完全な悪役として描かれるなど、ステレオタイプなところが目立つのが本作の欠点といえば欠点だろうか。

それでも暴走する権力やマスコミの恐ろしさは十分に伝わってきたし、それに翻弄される一市民の姿には「明日は我が身」と戦慄を覚えずにはいられない。特に現在はSNSが発達して、既存のマスコミ以上に人々の暴走を加速させる傾向があるだけに、なおさら恐ろしく感じられるドラマだった。それを90歳になろうというイーストウッド監督が描くのだから恐れ入るしかない。

ちなみに、この映画、小ネタにもしっかり配慮されている。劇中でジュエルが胸のあたりを気にするシーンが何度か出てくるのだが、最後に映るテロップでその理由がわかった。また、ワトソンと秘書役の女性の関係もラストで納得。そのあたりの細かな描写にも感心させられた。

 

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◆「リチャード・ジュエル」(RICHARD JEWELL)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間11分)
監督:クリント・イーストウッド
出演:ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェルキャシー・ベイツジョン・ハムオリヴィア・ワイルド、ニナ・アリアンダ、アン・ゴメス、ウェイン・デュヴァル、ディラン・カスマン、マイク・ニュースキー
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://wwws.warnerbros.co.jp/richard-jewelljp/

「ジョジョ・ラビット」

ジョジョ・ラビット」
池袋シネマ・ロサにて。2020年1月25日(土)午後1時より鑑賞(シネマ・ロサ1/D-8)。

~少年の目を通して描いた新機軸のナチス映画。ユーモラスで生き生きした日常の先に見える恐怖

ナチスものの映画は数多い。「もうネタ切れでは?」と思うたびに、また新たなタイプの作品が登場してくる。欧米の人々にとって、それほどナチスは歴史上忘れられない、そして忘れてはいけない存在なのだろう。

そんな中、また新たなナチスものの映画が登場した。「ジョジョ・ラビット」(JOJO RABBIT)(2019年 ドイツ・アメリカ)である。第44回トロント国際映画祭で最高賞の観客賞を受賞しただけでなく、第77回ゴールデングローブ賞で作品賞、主演男優に、第92回アカデミー賞で作品賞、助演女優賞など6部門にノミネートされた。

この映画の特徴は、10歳の子供を主役に据えて、その視点からナチスを描いているところ。しかも、ファンタジーの要素を大胆に導入し、笑いとともにドラマを展開する。こうした切り口の作品は、過去にはあまりなかったように思える。

第二次世界大戦下のドイツ。主人公の10歳の少年ジョジョ(ローマン・グリフィン・デイヴィス)は、母のロージースカーレット・ヨハンソン)と暮らしている。ある日、彼はナチスの青少年団「ヒトラーユーゲント」の合宿に参加することになる。

そこでジョジョは、厳しい訓練を懸命にこなしていく。だが、訓練でウサギを殺すことができなかったジョジョは、教官から「ジョジョ・ラビット」という不名誉なあだ名をつけられ、仲間たちからもからかわれる。しかも、その後、彼は手榴弾の投てき訓練に失敗して、大ケガを負ってしまう……。

ジョジョのそばには、常にある人物がいる。合宿への参加を前にして、その人物は「僕にはムリかも」と不安を感じるジョジョを励ます。合宿参加後も何かと彼を元気づける。その人物とは、なんと、あのヒトラーなのだ!!!

「なんで、普通の少年のそばにヒトラーがいるの?」と思うかもしれないが、実はこれ、ジョジョの空想上の友達のアドルフ(タイカ・ワイティティ)なのだ。ジョジョは独裁者を自身の空想の中に取り込んで、理想の友達としてつきあっていたのである。理想化されたヒトラーだから、その人物像も極悪非道というわけではない。ジョジョとアドルフの会話は、シニカルで軽妙でユーモラス。そこから自然に笑いが湧き上がる。こうした設定が秀逸だ。

ユダヤ人を敵視する座学だったり、本格的な軍事教練だったりするヒトラーユーゲントの合宿も、ユーモアたっぷりに見せる。ジョジョとアドルフの会話に加え、戦いで片目を失ったクレンツェンドルフ大尉(サム・ロックウェル)、18人も子供を産んだという教官のミス・ラーム(レベル・ウィルソン)などのユニークな人物たちの言動によって、笑いに包んで描くのだ。

そしてもう一人、ジョジョを支える人物がいる。美しい母ロージーである。大けがをして訓練を外れ、雑用係に回された失意のジョジョを励ます。その母子の明るくハジケたやり取りが良い。ナチスに心酔するジョジョを、ロージーは温かく受け止めたり、巧みにあしらうなどして彼の成長を促す。その絶妙な距離感が素晴らしい。

ロージージョジョの靴ひもを結んでやる場面が印象的だ。靴と靴ひもは、この後もドラマの重要な場面で登場する。また、ロージーが不在の夫に扮してジョジョを諭し、“3人”でダンスを踊る場面も心に染みる。

そんな中、ドラマは大きな転機を迎える。ジョジョは自宅の屋根裏に潜む少女の存在に気づく。それはロージーによって匿われていたユダヤ人少女のエルサ(トーマシン・マッケンジー)だった。ナチスによってユダヤ人敵視を叩きこまれたジョジョは、当初は彼女を毛嫌いする。だが、やがて彼女に心惹かれるようになる。

この2人の交流も本作の大きなポイントだ。ジョジョは姉を亡くしており、エルサにその影も見ているようだ。エルサの話をヒントに、スケッチブックにユダヤ人の絵を描くジョジョジョジョがでっち上げたエルサのフィアンセからの偽の手紙も、2人の交流において大きな役割を果たす。

終盤は怒涛の展開だ。秘密警察による家宅捜索でのあわやという展開、その後に起きるあまりにも悲しい出来事(ここでも靴と靴ひもが観客の情感を刺激する)。そこに至るまでにも、戦争の悲劇やナチスの恐ろしさは十分に伝わるのだが、終盤の激しい市街戦がそれをさらにダメ押しする。それでも、その合間にチラリとユーモアを紛れ込ませる心憎さもある。

最後に描かれるのはナチス敗北後のエピソード。敗北を受け入れ難かったのか、あるいはエルサと離れたくなかったのか、ジョジョは嘘をついてしまう。だが、それでも彼はある決断をする。そして、アドルフと決別して新たな一歩を踏み出す。

本作はドイツ語ではなく、英語でドラマが展開する。そんな中、オープニングではザ・ビートルズの「抱きしめたい」のドイツ語バージョンが流れ、ラストではデヴィッド・ボウイの「ヒーロー」のドイツ語バージョンが流れる。

このラストの「ヒーロー」をバックにしたジョジョとエルサの姿は必見だ。様々な経験を経たジョジョの成長とエルサの新たな人生を象徴した、温かで心が躍る見事なラストシーンである。

この映画の監督・脚本はアドルフ役も兼ねたタイカ・ワイティティ。「マイティ・ソー バトルロイヤル」でブレイクした人だが、これだけ存在感のあるナチスものの映画を撮るのだから、その才能はかなりのものと見た。

そして忘れてはならないのが、オーディションで選ばれたというジョジョ役のローマン・グリフィン・デイヴィス。とてもこれが初演技とは思えない見事さだ。新たな天才子役の誕生と言っても過言ではないだろう。ロージー役のスカーレット・ヨハンソン、エルサ役のトーマシン・マッケンジー、教官役のサム・ロックウェルなど脇役たちの演技も素晴らしい。

新機軸のナチス映画の誕生だ。ジョジョの視点で描かれたナチスや戦争は、まるでおとぎ話のようであり、同時に残酷でもある。空想のアドルフも含めて、そうした戦時下の日常から戦争やナチズムに対する観客の様々な思いを喚起する。その点で、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」と共通するものがあるかもしれない。

 

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◆「ジョジョ・ラビット」(JOJO RABBIT)
(2019年 ドイツ・アメリカ)(上映時間1時間49分)
監督・脚本:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイヴィス、トーマシン・マッケンジータイカ・ワイティティレベル・ウィルソン、スティーヴン・マーチャント、アルフィー・アレン、アーチー・イェーツ、サム・ロックウェルスカーレット・ヨハンソン
*りTOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/jojorabbit/

 

「ラストレター」

「ラストレター」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2020年1月18日(土)午後1時25分より鑑賞(スクリーン9/E-11)。

~ノスタルジーと切なさに満ちたあの日の初恋、そして人生

岩井俊二監督の長編デビュー作「Love Letter」(1995年)を劇場で観た記憶はない。観たのはおそらくテレビだったのではないだろうか。いずれにしても、独特の映像美はその頃から際立っていた。

そんな「Love Letter」をどうしても思い起こしてしまうのが、2016年公開の「リップヴァンウィンクルの花嫁」以来の劇場用映画「ラストレター」(2019年 日本)である。舞台となるのは岩井監督の故郷の宮城。そして「Love Letter」がそうだったように、本作でも手紙が物語のキーポイントになる。

ちなみに、先日GYAO!で鑑賞した岩井監督による韓国のWEBドラマ「チャンオクの手紙」でも、文字通り手紙が重要なアイテムになっていた。岩井監督にとって、手紙は特別な意味を持つものなのだろう。

岸辺野裕里(松たか子)が姉・未咲の葬儀に参列する。そこで彼女は、未咲の娘・鮎美(広瀬すず)から未咲宛てに届いた同窓会の案内と、未咲が鮎美に残した手紙の存在を告げられる。その後、未咲の死を知らせるために同窓会に出かけた裕理だったが、会場で学校の人気者だった姉と勘違いされてしまう。さらに、初恋の相手で小説家の乙坂鏡史郎(福山雅治)から声を掛けられる。ひょんなことから、裕理は未咲のフリをしたまま鏡史郎と手紙のやり取りをするようになる……。

SNS全盛のこの時代に、違和感なく手紙が使われるのは難しいのでは?と思うかもしれないが、そこはさすが岩井監督。スマホに届いた裕理宛て(というか相手は未咲だと思っているわけだが)のメッセージを夫が誤解したことがきっかけで、スマホが壊れてしまい……という設定で無理なく手紙のやりとりにつなげる。さらに時間設定も、「夏休み」に限定することで違和感なくドラマを構築している。

しかも手紙のやりとりは単なる文通ではない。裕理は未咲のふりをして鏡史郎に手紙を出すが、その手紙に自身の住所は書かない。そのため、やがて鏡史郎は未咲の実家宛に手紙の返事を出す。その実家には未咲の娘・鮎美と裕理の娘・颯香(森七菜)がいる。鮎美は母のフリをして鏡史郎宛てに手紙を書く。

というわけで本作は、手紙の行き違いをきっかけに始まった2つの世代の男女が繰り広げる恋愛模様と、それぞれの再生、成長を描くドラマである。事前に初恋相手に再会した女性のドラマと聞いて、ありがちな大人のロマンスを描いた作品なのかと思ったら、そうではなかった。

ドラマは、裕里の高校時代の回想シーンと現在が交互に展開する。高校時代の回想パートでは、未咲を広瀬すず、裕里を森七菜、鏡史郎を神木隆之介が演じる。それは実にみずみずしくキラキラ輝く青春の日々だ。

転校生の鏡史郎は入部した生物部で裕理と出会う。裕理は彼に恋心を抱く。だが、鏡史郎は裕理の姉で生徒会長の未咲に出会い、彼女に恋をする。そして、そこでも手紙が重要な役割を果たす。鏡史郎は未咲宛にラブレターを書き、それを裕理に託す。

岩井監督作品らしく、本作も美しい映像が観る者の心を揺さぶる。繊細な心理描写によって、淡い恋心や嫉妬など高校生たちの思いがこちら側に自然に伝播してくる。おかげで観ているうちに、自然にスクリーンに引き込まれてしまった。

それは現在を描いたパートでも同様だ。映画の中盤で鏡史郎は事実を知る。未咲はけっして幸福ではなかった。その死にも意外な事実が隠されていた。それを知った鏡史郎は、彼女の過去をたどり始める。

映画の終盤、未咲の遺影を前にした鏡史郎のシーンが胸を打つ。彼の胸に去来する様々な思いが、まるで自分もその場にいるかのようにリアルに伝わり、心を揺さぶられてしまう。ここでも岩井監督らしい美しい映像と繊細な心理描写が光る。ノスタルジーと切なさが最高潮に達する場面である。

キャストにも注目だ。過去にも女優たちの素晴らしい表情をとらえてきた岩井監督だけに、松たか子広瀬すず、森七菜らの描き方は特に見事。そして、福山雅治神木隆之介木内みどり(惜しくも先日急逝……)らプロの役者と、庵野秀明(映画監督)、小室等(シンガーソングライター)、水越けいこ(シンガーソングライター)、鈴木慶一(ミュージシャン)ら異業種からのキャストを違和感なく溶け込ませているのも特徴。さらに、「Love Letter」の豊川悦司中山美穂を登場させる遊び心も。

実のところ、本作の企画・プロデュースを川村元気が担当していると聞き不安が胸をよぎった。ヒット作を連発する人物だが、作品によっては監督の持ち味が消えてしまっているケースも観られるからだ。だが、その心配は杞憂だった。

まあ、考えてみれば若い監督ならいざ知らず、岩井監督ですからね。押しつけがましくなく、ごく自然に観客の感情を揺さぶる技はもはや職人芸のレベルと言ってもいいだろう。

未咲の過去を中心に、描きようによっては重く暗くなりそうなドラマである。だが、岩井監督はそうしない。全体のタッチは明るい。美咲の夫がいきなり巨大な犬を2匹も購入するシーンなど、笑える場面もあったりする。

裕里と彼女の現在の家族をはじめ、基本的にはみんなが幸せそうに描かれる。そんな幸せそうに見える人々の人生にも、必ず苦い思い出や後悔がある。誰しも思い通りには生きられない。それでもそれを丸ごと抱えながら、私たちは生きていく。そんなことを考えさせられる作品だった。

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◆「ラストレター」
(2019年 日本)(上映時間2時間1分)
監督・共同製作・原作・脚本・編集:岩井俊二
出演:松たか子広瀬すず庵野秀明、森七菜、小室等水越けいこ木内みどり鈴木慶一豊川悦司中山美穂神木隆之介福山雅治
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://last-letter-movie.jp/