映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」

IT/イット “それ”が見えたら、終わり。
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2017年11月24日(金)午後1時20分より鑑賞(スクリーン2/H-9)。

スティーヴン・キングの小説はたくさん映画化されている。しかし、ホラー映画に関しては、それほど成功したと思える映画はない(興行的に、ではなく映画の質として)。わずかに、ブライアン・デ・パルマ監督の「キャリー」や、スタンリー・キューブリック監督の「シャイニング」あたりが成功例だろうか。「スタンド・バイ・ミー」や「ショーシャンクの空に」は素晴らしい映画だったが、あれはホラーではなかったし。

そんな中、新たに登場したのが「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」(IT)(2017年 アメリカ)である。スティーヴン・キングのベストセラー小説を、ギレルモ・デル・トロ製作総指揮の「MAMA」で評判になったアンディ・ムスキエティ監督が映画化した。

タイトルにある「IT」=「それ」とは何だろう? 実は、すぐにその答えがわかってしまう。

冒頭に描かれるのは、内気で病弱な少年ビルと弟ジョージーのエピソードだ。ビルはジョージーのために紙で船を作ってあげる。ジョージーは雨の中、それを持って外で遊ぶ。しかし、激しい雨に流されて船は道端の排水溝に消える。ジョージーがのぞくと、そこにいたのは不気味なピエロ。言葉巧みにジョージーの心をつかみ、その後彼に襲いかかる。そうである。こいつこそが「それ」なのだ。

「こんなに早く正体をばらしていいのか?」と思ったのだが、心配は無用だった。その後も様々な仕掛けで観客を怖がらせてくれる。わかっていても、怖くなってしまうのだから大したものである。冒頭のジョージーの失踪に関しても、一度地下室に彼を行かせて恐怖体験をさせながら、そこでは何事も起こさずに、タメをつくる心憎さだ。

さて、ジョージーはおびただしい血痕を残して姿を消す。ビルは彼の失踪に責任を感じる。そんな彼と仲良しなのは、不良少年たちにいじめられている子供たち。彼らは病気や親との関係などそれ以外の問題も抱えている。

というわけで、ビルは仲間とともにジョージーや行方不明になったその他の子供たちを見つけ出し、事件の真相を探ろうと動き始める。それを通して、少年少女の冒険&友情&成長物語を描いていくのが、この映画のドラマ的な見どころだ。それは、あたかも「スタンド・バイ・ミー」とも共通する世界である。

そして、ビリーたちには、新たな仲間が加わる。父親から虐待を受ける少女、両親が焼死した黒人少年、いじめられている転校生の少年。

これだけたくさんの少年少女が登場するにもかかわらず、それぞれのキャラをきちんと描いているのもこの映画の特徴だろう。ベバリーという大人びた少女とビルとの初々しいロマンスも、さりげなく盛り込まれている。また、転校生の少年は図書館でこの町の歴史を調べるうちに、27年に一度奇怪な事件が起きている歴史を知ってしまう。そうしたエピソードが、ドラマに厚みを加えている。

ただし、この映画最大のセールスポイントは、やっぱりホラーの要素だろう。ビルは目の前に現れた「それ」を見てしまい恐怖にとりつかれる。いやいや、ビルだけではない。仲間たちも、自分の部屋、学校、町の中など何かに恐怖を感じるたびに、現実なのか、はたまた幻覚なのかわからない恐怖体験をする。

それは、ベバリーが体験する血だらけのバスルームをはじめ、強烈なインパクトの体験ばかりだ。怪奇現象のバリエーションといい、飛び出す絶妙のタイミングといい、本当に巧みに構築されている。そして、その背後には必ず「それ」がいるのだ。

そんな恐怖のヤマ場は、井戸のある廃屋敷での場面だ。ビリーたちはそこに入り込み、家の中を探る。はたして、そこに行方不明の子供たちはいるのか。「それ」が隠れているのか。

そこでの恐怖は完全にお化け屋敷の世界だ。次々に恐ろしい現象が子供たちを襲い、あわやの場面が連続する。ここで観客の恐怖感は最高潮に達することだろう。

しかし、ヤマ場はもう一つある。一度は喧嘩別れしながらも、再び結集した子供たちは、勇気を出してもう一度問題の屋敷に乗り込む。

つまり、後半は廃屋敷での恐ろしいヤマ場が二度も用意されているのである。しかも、二度目のヤマ場は、一度目を上回る壮絶さだ。

それにしても、例の「ペニーワイズ」という不気味なピエロの怖いこと。「アトミック・ブロンド」にも出演していたビル・スカルスガルドが演じているのだが、その動きからしておぞましく、憎らしい。ホラー映画にはピエロがたびたび登場するが、その中でも群を抜いた怖さだろう。

とはいえ、ただ怖いだけの映画なら吐いて捨てるほどある。この映画はそうではない。登場する少年少女は、いじめや家庭の問題などで恐怖を抱えたまま身動きがとれないでいる。そんな中で、それとは別の究極の恐怖を体験することによって成長を果たすという構図が、実に効果的な映画である。スティーヴン・キング原作のホラーものの映画化の中では、成功の部類といってもいいのではないか。全米で大ヒットしたのも納得の作品だと思う。

ただし、「それ」の素顔は不明。本当に現実なのかさえわからないままだ。そんな中途半端な終わり方でいいのか?

と思ったら、この映画の最後には「第1章」というテロップが……。どうやら登場人物の大人時代を描いた続編が用意されている模様である。だが、「少年少女の冒険&友情&成長」という魅力的な要素がなくなったなら、ただ怖いだけのホラーになるのではないだろうか。うーむ、何だか嫌な予感がするなぁ。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの金曜サービス料金。

◆「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」(IT)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間15分)
監督:アンディ・ムスキエティ
出演:ジェイデン・リーバハー、ビル・スカルスガルド、ジェレミー・レイ・テイラー、ソフィア・リリス、フィン・ウォルフハード、ワイアット・オレフ、チョーズン・ジェイコブズ、ジャック・ディラン・グレイザー、ニコラス・ハミルトン、ジャクソン・ロバート・スコット
丸の内ピカデリー新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://wwws.warnerbros.co.jp/itthemovie/

「最低。」

「最低。」
2017年10月31日(火)第30回東京国際映画祭P&I上映にて鑑賞(TOHOシネマズ六本木ヒルズ スクリーン9)。

東京国際映画祭で鑑賞した映画についても、きちんとしたレビューを書きたいと思うのだが、なにせ立て続けにたくさんの作品を鑑賞するので思うようにいかない。今年もコラムとして簡単な感想を書くのがやっとだった。

とはいえ、せめて一般公開される作品については、なるべくレビューを書くようにしたいものである。

というわけで、今年の東京国際映画祭で、「勝手にふるえてろ」とともに日本映画としてコンペティション部門にノミネートされた「最低。」が本日より公開になったので、あらためてレビューをまとめてみた。

「最低。」(2017年 日本)は、瀬々敬久監督の作品である。瀬々監督といえば、メジャーな作品(最近では「64-ロクヨン」のような)とインディーズ系の作品(2010年の4時間半を超える長尺の「ヘヴンズ ストーリー」など)とを行き来している監督だ。ちなみに、オレも製作費をほんの少しだけカンパしたインディーズ映画「菊とギロチン」が、来年夏あたりに公開予定らしい。

そんな瀬々監督が、人気AV女優・紗倉まなの同名短編集を映画化した。境遇も年齢も性格もバラバラながら、何らかの形でAVと関わりを持った3人の女性と、その家族の姿を描いた群像劇である。

登場する1人目の女性は、夫と平穏な日々を送りつつ、満たされない思いを抱えてAVに出演する美穂(森口彩乃)。2人目は、田舎町に祖母と母と住む17歳の女子高生・あやこ(山田愛奈)。絵を描くのが好きな彼女は、母親(高岡早紀)が元AV女優だという噂を聞いて心を乱す。そして3人目の女性は、家族から逃げるように上京した25歳の彩乃(佐々木心音)。軽い気持ちでAVに出演し、そのままAV女優として多忙な毎日を送っている。

AVがネタになっているだけに、その撮影現場などエロいシーンが何度か登場する映画だが(R-15)、当然ながら本作の真骨頂はそこではない。迷い、もがき苦しむ3人の女性と、その家族たちの心理描写こそが、この映画の最大の見どころである。

美保は、心の隙間を埋めようとするかのように夫に内緒でAVに出演し、その間に病床の父親が亡くなり、大きな罪悪感にさいなまれる。あやこは、ストーカー的に近づいてくる男の子に戸惑い、母親の噂話で同級生からからかわれて傷つき、母への怒りを募らせる。彩乃の前には彼女の仕事を知った母親が現われ、AVの仕事を辞めるよう懇願する。それに反発する彩乃。

そんな彼女たちの心理の揺れ動きが、手に取るように伝わってくる作品である。昔からそうだったが、瀬々監督は女性の心理を切り取るのが巧みな監督だ。今回も手持ちカメラによるアップを中心に、リアルかつ繊細に女性心理を映し出す。とはいえ、それは昔のような鋭い描き方ではなく、そこには温かく優しい視線が感じられる。それがこの映画の大きな特徴だろう。

余白の残し方も印象的だ。美保や彩乃がAVに出演するに至る動機は、直接的には描かれない。彼女たちと家族との関係性の中から、チラリチラリとそのヒントを見せていき、あとは観客の想像に任せていく。3人の女性たちを取り巻く家族についても、同様に過剰な描き方は排している。

以前から群像劇を得意とする瀬々監督だけに、3つのドラマの絡ませ方も巧みだ(あやこの父親の話はやや強引な気もするが)。AV女優を白眼視する社会の風潮なども、ドラマの背景として自然に織り込まれている。

終盤、3人の女性にはそれぞれ波乱が起きる。その結末は明確に提示されない。しかし、瀬々監督の視線は最後まで温かい。彼女たちの身に何が起ころうとも、一人の人間として力強く生きていくであろうことを予感させるエンディングである。

まあ、個人的なことを言えば、美保や彩乃がAVに出る動機には、最後まで共感できなかった。何しろオレは「自分探し」的なものに対して懐疑的な人間なのである。

だって、あなた、探さなくなって、あなたという人間はそこにいるでしょう。自分探しに拘泥するよりも、目の前のやるべきことをやってたほうが、そのうちに何かが見えてくるんじゃないのかなぁ。

な~んて考えてしまうもので、自分探し的な匂いを感じる美保や彩乃の心理が、イマイチ理解できなかったりするわけだ。

だが、そういう個人的なことを置いておけば、なかなかよくできた人間ドラマだと思う。AVというセンセーショナルなネタに関係なく、どこにでもいる女性たちの葛藤に満ちたドラマとして見応えがある。

3人の女性を演じた森口彩乃佐々木心音山田愛奈は、それぞれに存在感のある演技を披露している。忍成修吾江口のりこ渡辺真起子根岸季衣などの脇役も良い。そんな中でも最も目を引いたのは、あやこの母親を演じた高岡早紀の半端ないヤサグレ感である。あのヤサグレ感は彼女ならではのものかもしれない。

AV女優原作の映画、などという先入観を捨てて、生身の女性たちの人間ドラマとして素直に観るべき作品だと思う。そうすれば、何か心に響くものがあるかもしれない。

●今日の映画代、関係者向けのP&I上映につき無料。

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◆「最低。」
(2017年 日本)(上映時間2時間1分)
監督:瀬々敬久
出演:森口彩乃佐々木心音山田愛奈忍成修吾森岡龍斉藤陽一郎江口のりこ渡辺真起子根岸季衣高岡早紀
角川シネマ新宿ほかにて全国公開中
ホームページ http://saitei-movie.jp/

「エンドレス・ポエトリー」

エンドレス・ポエトリー
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年11月19日(日)午後2時45分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

幻覚を引き起こすといえば、LSDマリファナなどの麻薬や一部のキノコなどにその作用があるようだ。だが、幻覚を見たければそんなものに頼る必要はない。数ある映画の中にも、幻覚を引き起こしそうな強烈な映画が存在するのだ。

アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「エンドレス・ポエトリー」(POESIA SIN FIN)(2016年 フランス・チリ・日本)は、まるで幻覚、あるいは魔法にかかったかのような強烈な映像が次々に飛び出す作品だ。何の予備知識もなしに観ると、あっけにとられてしまうかもしれない。

アレハンドロ・ホドロフスキーといえば「エル・トポ」「ホーリー・マウンテン」などでカルト的な人気を持つ監督だ。お騒がせエピソード的には、70年代に超大作「デューン砂の惑星」の監督に抜擢されたものの、トラブルで降板したことでも有名だ。ちなみに、その経緯はのちにドキュメンタリー映画にもなっている。

今年88歳になったそんなホドロフスキー監督が、自伝的作品だった前作「リアリティのダンス」の続編として送り出したのが「エンドレス・ポエトリー」だ。今回は、青年時代の自身を描いている。

チリで故郷のトコピージャから首都サンティアゴへ移住したホドロフスキー一家。しかし、アレハンドロ(アダン・ホドロフスキー)は、抑圧的で金儲けのことばかり考え、文学を理解しようとしない父親に反発して家を出る。親戚の同性愛の青年から、芸術家姉妹を紹介されたアレハンドロは、彼女たちの家に住み着き、そこに訪れる個性的な芸術家たちと触れ合う。その中で、後に世界的な詩人となるエンリケ・リンやニカノール・パラらとも出会う。

ストーリー的には典型的な青春物語である。アレハンドロの青春の輝き、苦悩、友情、裏切り、そして成長がスクリーンに映し出される。しかし、そこはさすがにホドロフスキー監督。普通の青春物語とは違う。

目の前に現れるのは、およそ現実とは思えない妖しく、美しく、不可思議な人物や出来事ばかり。アレハンドロの母親がオペラのような歌でしか会話しなかったり、歌舞伎の黒衣のような黒装束の人物が登場人物に対して物を受け渡しするのは、前作「リアリティのダンス」でもおなじみの光景。

芸術家姉妹の家に来る芸術家たちも個性揃いだ。常に体を密着させるダンサーの男女、全身を使ってカンバスに色を塗りたくる画家、ピアノを破壊しながら演奏するピアニストなどなど。奇妙すぎる人物のオンパレードである。

アレハンドロが恋する赤い髪の女詩人もすさまじい女性だ。パメラ・フローレスというオペラ歌手が母親役と二役を演じているのだが、エキセントリックな振る舞いで若いアレハンドロを翻弄する。

そうした個性的な人物たちの姿を、原色を中心にした鮮やかな色遣いの映像で描いているのは、ウォン・カーウァイ作品などでおなじみの撮影監督クリストファー・ドイルである。鮮烈な映像で知られる彼を初めて起用したことで、ますます映像のすさまじさに磨きがかかっている。映像美などというものを超越して、もはや夢に出てきそうなほど強烈な映像だ。

個人的に、特に印象深いのは後半で登場する骸骨のコスチュームや赤い服の人々が乱舞するカーニバルシーン。まさに「何じゃこりゃ?」と叫びたくなるような唯一無二の映像。そういう幻覚、あるいは魔法のような映像が、次々に現れるのである。度肝を抜かれないわけがない。

とはいえ、小難しい気持ちで顔をしかめて観る必要はない。笑いの要素もあちこちにある。例えば、アレハンドロと友人のエンリケ・リンが、「まっすぐ道を進もう!」と決めて、障害物になっているトラックの屋根を歩いたり、知らない人の家に上がり込んで直進するシーン。若者らしいエピソードであるの同時に、思わずくすくすと笑ってしまう。

アレハンドロや女詩人が通い詰める店も面白い。正装した老人たちがウェイターを務める奇妙な店で、そのあまりの奇妙さについ微笑んでしまうのである。

もちろんホドロフスキー監督は、ただやみくもに強烈な映像で観客を幻惑したり、笑わせるだけではなく、自身の思いもきちんとドラマに込めている。主人公のアレンハンドロは、当然ながら監督自身の若き日の姿。苦悩する彼の前に、現在のホドロフスキー監督自身が現れて、様々な含蓄に富んだ言葉を送る。

「生きる意味などない。ただ生きるんだ!」「老いは素晴らしい。すべてから解放されるんだ」。そんなメッセージは、様々な人生経験を経た現在のホドロフスキー監督の本音だろう。そこには絶対的で圧倒的な「生」に対する肯定感がある。過去の自身へのメッセージを通して、人生賛歌を高らかに歌っているのである。

ラストで、ファシズムが国を覆い始める中で、アレハンドロはパリへ旅立つことを決意する。そこでの父との別れのシーンが胸を打つ。細かなニュアンスは伏せておくが、父と向き合うアレハンドロの前にホドロフスキー監督が登場して、あるアドバイスを送る。そこには、監督自身の過去の自分に対する痛切な思いが込められているに違いない。

強烈な映像の連続で約2時間があっという間だった。頭を柔軟にすれば、これほど面白い映画はないかもしれない。何にしてもホドロフスキー監督でなければ作れない映画なのは間違いない。

前作に引き続き、ホドロフスキー監督の長男ブロンティス・ホドロフスキーホドロフスキー監督の父親役を、青年となったホドロフスキー監督役を、末の息子であるアダン・ホドロフスキーが演じているのも面白いところ。そのあたりもホドロフスキー・ワールドの源泉かもしれない。

映画が、いかに自由で、何でもアリの世界かを改めて思い知らせてくれるユニークこの上ない作品だ。今までホドロフスキー監督の映画を観たことがない人も、一見の価値があると思う。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。ちなみにこの日は入場者に抽選でプレゼントがあり、何と見事に海外版ポスターをゲット! ラッキー!!

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◆「エンドレス・ポエトリー」(POESIA SIN FIN)
(2016年 フランス・チリ・日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・製作:アレハンドロ・ホドロフスキー
出演:アダン・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、ブロンティス・ホドロフスキーレアンドロ・タウブ、アレハンドロ・ホドロフスキー、イェレミアス・ハースコヴィッツ
*新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中、全国順次公開予定
ホームページ http://uplink.co.jp/endless

「セブン・シスターズ」

セブン・シスターズ
新宿シネマカリテにて。2017年11月15日(水)午後3時30分より鑑賞(スクリーン2/A-6)。

役者にとっての醍醐味は、何といっても様々な人物を演じ分けられることだろう。一般人ではこうはいかない。例えば、オレが毎回違う人物に扮して誰かの前に現れたならば、それはただのヘンなヤツである。

そんな役者の醍醐味が詰まった映画が「セブン・シスターズ」(WHAT HAPPENED TO MONDAY?)(2016年 イギリス・アメリカ・フランス・ベルギー)である。

「処刑山 -デッド・スノウ-」「ヘンゼル&グレーテル」のトミー・ウィルコラ監督による近未来SFだ。

近未来。地球環境が悪化し、資源が枯渇。おまけに遺伝子組み換え作物の影響による多生児の増加により、食糧不足に陥ってしまう。そこで欧州連邦は、人口抑制のために厳格な一人っ子政策を施行。2人目以降の子供は“児童分配局”に連行されて、食糧の心配がない未来まで冷凍保存されることになっている。

そんな中、ある女性が7つ子を出産する。その女性は出産直後に亡くなるが、その父、つまり7つ子の祖父(ウィレム・デフォー)は、孫たちの存在を秘密にして自分で育てようと決意する。

それから30年後の2073年。成長した7つ子姉妹は“月曜”から“日曜”まで各曜日の名前を持ち、それぞれの曜日に週1日だけ外出し、カレン・セットマン(ノオミ・ラパス)という1人の人格を演じることで、どうにか監視の目を逃れている。

前半は、そんな7人姉妹の日常が描かれる。同時に、かつて祖父が彼女たちを育てていた過去の日々が描かれる。それは生き延びるための厳しい訓練の日々だ。いざという時に備えて隠し部屋に身を隠し、7つ子の痕跡を消す。一人がケガをして指をなくすと、他の子供の指を切り落とす。そんな過激な訓練の裏に、孫たちを何としてでも守ろうという祖父の愛があるのは当然だ。

そうした訓練を経て成人し、銀行員のカレン・セットマンとして生活している7つ子たち。ところが、ある日、そのうちの1人の月曜が忽然と姿を消してしまう。はたして彼女はどうなったのか。その行方を追う残りの6人。

この映画で何よりすごいのが、「ミレニアム」シリーズのノオミ・ラパスが7人姉妹すべてを1人で演じていることだ。何しろ7つ子だけに顔は一緒。しかし、性格や髪型、ファッションはまったく違う。優等生風、ヒッピー風、セクシーガール風、武闘派風などバラバラな個性の人物を全部演じ分けているのだ。「どう? 私、こんな役もできるのよ」とアピールしているかのごとき、圧巻の演技である。これぞまさに役者の醍醐味!!

まもなく失踪した月曜を探しに火曜が街に出る。しかし、彼女も何者かに捕まってしまう。そして、残りの姉妹にも魔の手が迫る。

中盤以降はアクション満載の展開になる。街に出た姉妹と家に残っている姉妹、それぞれに敵が襲う。それと闘い、必死で逃げ延び、真相を暴こうとする姉妹たち。

格闘、銃撃戦など、いずれもド迫力のアクションが展開。この手のアクション映画によくある既視感ある展開とはいえ、やはりここもノオミ・ラパスのキレキレのアクションが炸裂して観客を飽きさせない。「どう? 私、アクションもすごいでしょ」とアピールしているかのごとき、圧巻のアクションである。

まあ、正直なところ冷静に考えればツッコミどころが多いのも事実。例えば、すでに当局に居場所が知られて敵が襲ってくるというのに、姉妹が依然として家にいるあたりは違和感あり。とはいえ、アクションの波状攻撃で、それをあまり感じさせないのが巧みなところだ。

何しろこの映画、ヒロインが7人いるわけだ。普通はヒロインが死んだり消えたら、そこでドラマはストップしてしまうのだが、7人いるからへっちゃら。誰かが消えたり、殺されても、残った姉妹が活躍できるのである。何ともうまいことを考えたものだ。

近未来SFらしくハイテク装置を駆使して、街中と家の名で連携して敵に立ち向かうあたりも、なかなかスリリングで面白い展開だ。

さて、どうやら月曜が失踪した背景には、児童分配局のリーダーで政治的野心を持つ女性ニコレット・ケイマン博士(グレン・クローズ)が関係しているらしいことが判明する。

そんな中、月曜の恋人だったらしい児童分配局の職員ジョーも味方につけて、残った姉妹はいよいよ真実に迫る。そこで明らかになった驚愕の事実。ゲゲゲッ!!!

クライマックスのパーティーシーンで、姉妹たちはその事実を公表しようとする。そして、そこで、最大のアクションの見せ場が登場する。だって、あなた、こんなことは前代未聞ですよ。あの人と、あの人が闘っちゃうんですから……。

ラストはいかにも近未来SFらしいオチ。とはいえ、そこも考えようによってはツッコミどころのある展開。でも、まあ、そんな細かなことは関係ない映画である。とにかく、ノオミ・ラパスの七変化と、キレキレのアクションを堪能する映画なのだ。彼女のために存在する作品といっても過言ではないだろう。恐るべし、ノオミ・ラパス

そんな中でやや影は薄くなってしまったものの、ケイマン博士役のグレン・クローズ、7つ後の祖父役のウィレム・デフォーという2人の超ベテラン名優の存在感も、この映画に花を添えていることを最後に付記しておこう。

●今日の映画代、1000円。新宿シネマカリテの毎週水曜のサービス料金。

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◆「セブン・シスターズ」(WHAT HAPPENED TO MONDAY?)
(2016年 イギリス・アメリカ・フランス・ベルギー)(上映時間2時間3分)
監督:トミー・ウィルコラ
出演:ノオミ・ラパスグレン・クローズウィレム・デフォー、マーワン・ケンザリ、クリスティアン・ルーベク、ポール・スベーレ・ハーゲン
*新宿シネマカリテほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://7-sisters.com/

「密偵」

密偵
シネマート新宿にて。2017年11月14日(火)午後12時55分より鑑賞(スクリーン1/E-12)。

最近の若い子の中には、日本がアメリカと戦争して負けた事実を知らないヤツがけっこう多い、と新聞かどこかに書いてあった。てことは、日本が朝鮮を35年も植民地支配したことを知らんヤツも多いのだろうな。きっと。それが今も両国の関係に深い影を落としているというのにネ。

というわけで、今さらだが復習を。1910年に大韓帝国が日本に併合されてから、日本が第二次世界大戦に敗北して朝鮮総督府が降伏する1945年まで、朝鮮は日本の統治下にあったのだ。それは紛れもない事実である。

そんな歴史を背景にした映画が「密偵」(THE AGE OF SHADOWS)(2016年 韓国)だ。ただし、小難しい歴史ドラマでも、反日機運を煽るドラマでもない。エンタメ性タップリのスパイ・アクション映画なのだ。

舞台となるのは1920年代、日本統治下の朝鮮。そこでは日本からの独立を目指す武装組織織「義烈団」が過激な活動を展開していた。映画の冒頭は、その義烈団のメンバーが、資金稼ぎのために美術品を売りつけようとあるお金持ちの屋敷に来たシーン。だが、彼らは何者かに密告されて、日本警察に包囲されて逃げ出す。それを追うのは朝鮮人でありながら、日本警察に所属して義烈団の摘発を進めるイ・ジョンチュル(ソン・ガンホ)だ。

この冒頭のシーンから激しいアクションが炸裂する。それはある種の様式美にも近いケレン味のあるアクションだ。しかし、この映画、全編にアクションが散りばめられているわけではない。むしろ大半は静かなシーンだ。その代わり手に汗握るような緊張感にあふれている。こうした「静」と「動」が絶妙のバランスで配された映画なのだ。

ジョンチュルは、上司の日本人ヒガシ(鶴見辰吾)から義烈団の監視を命じられていた。そこで彼は、義烈団のリーダー格のキム・ウジン(コン・ユ)に接近を図る。その目論見は思いのほかうまくいき、ウジンと親しくなる。自分が日本警察だと身分を明かしても、ウジンは平気な顔をしていた。だが、それは義烈団の団長チョン・チェサン(イ・ビョンホン)がジョンチュルを味方に引き入れるための餌だったのだ。

こうしてジョンチュルは義烈団に情報を流す羽目になる。いや、そもそも彼に限らず警察と義烈団の周囲ではたくさんの密偵がうごめいて不穏な動きをしていた。たとえ敵に情報を流しても、それを利用して敵を痛い目に遭わせることを企んでいるとも考えられる。つまり、誰が敵で誰が味方か皆目見当がつかない疑心暗鬼の状態なのだ。そんなピリピリした緊張感がスクリーンを包む。

ジョンチュルにはもう一つの懸念事項があった。ヒガシに命じられてコンビを組むことになったハシモト(オム・テグ)という日本人の存在だ。いけ好かないハシモトは、最初からジョンチュルに不信の目を向け、隙あらば足元をすくおうという態度が見え見えだ。ジョンチュルと彼との騙し合いも、この映画の大きなポイントになる。

まもなく、義烈団は京城で日本の主要施設を標的にした大規模な破壊工作を計画する。その準備のためにウジンたちメンバーは上海に飛ぶ。それを追ってジョンチュルやハシモトたち日本警察も上海に飛ぶ。上海で展開する両者のせめぎ合い。そこでも何度もあわやの場合が出現する。スクリーンを覆う緊張感はまったく途切れないのである。

やがて、義烈団メンバーは、爆弾とともに列車に乗り込み京城を目指す。本来なら、ジョンチュルが流した偽情報によってハシモトは違う場所にいるはずだ。だが、なぜか彼と部下は列車に乗り込んでいた。そう。実は義烈団のメンバーの中にも密偵がいたのだ。

そこからは列車の中でのスリリングなヤマ場が続く。義烈団メンバーを発見しようとするハシモト。それをどうにか阻止しようとするジョンチュル。同時に義烈団のウジンは、仲間の誰が密偵なのかを突き止めるためにある仕掛けを用意する。そして、ついにそれが明らかになる。だが、その直後、ジョンチュルとウジンはハシモトによって絶体絶命のピンチに追い詰められる。

そこから緊張感あふれるアクションが展開し、その果てにいったんドラマは落ち着くかに見えるのだが、そうは問屋が卸さない。まあ、その先の展開までばらしてしまうのは、これから観る人にとって興ざめだろうから詳しい話は伏せておくが、まだまだ波乱が続くのだ。

そして、そのあたりからはジョンチュルを演じる実力派俳優ソン・ガンホの演技力が一段と輝いてくる。朝鮮人でありながら、依然として日本警察の一員である彼は、義烈団に対する過酷で非人道的な追及の先頭に立たされる。その苦悩がひしひしと伝わってくる。

その後の裁判シーンでの彼の陳述も印象深い。この映画は日本統治下が舞台ということで、日本語のセリフがたくさん飛び出すのだが、そこでもジョンチュルが日本語で叫びをあげる。彼自身の苦悩を振り切るかのような痛切な叫びである。

だが、それにも実は裏があったのだ。最後の最後になって、ジョンチュルは決然と行動する。それは彼の様々な思いが交錯した末の行動だ。そこで流れるのはラベルの「ボレロ」。中嶋一貴監督の「いぬむこいり」でも効果的に使われていたが、ここでも場面を最高潮に盛り上げる。そして。ついに……。ラストで冒頭の出来事の決着をつける構成も見事である。

「グッド・バッド・ウィアード」「悪魔を見た」のキム・ジウン監督による演出は、細部まで強いこだわりが感じられる。当時を再現した街の様子なども本格的だ。また、ソン・ガンホだけでなく、コン・ユ(最近では「新感染 ファイナル・エクスプレス」の演技が印象的)、イ・ビョンホン(出番は少ないながらさすがの迫力)など他の役者の演技も見応えがある。

 

韓国人にとって屈辱の歴史を、こういうエンタメ映画にしてしまう余裕が心憎い。文句なしに面白かった。おまけにエンタメ性を前面に押し出しつつも、日本統治下の朝鮮の人々の悲しみ、怒りも、スクリーンに無理なく刻み込んでいる。それがこの映画の最大の特徴だろう。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの火曜サービスデー料金。

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◆「密偵」(THE AGE OF SHADOWS)
(2016年 韓国)(上映時間2時間20分)
監督:キム・ジウン
出演:ソン・ガンホ、コン・ユ、ハン・ジミン鶴見辰吾、オム・テグ、シン・ソンロク、ソ・ヨンジュ、チェ・ユファ、フォスター・バーデン、パク・ヒスン、イ・ビョンホン
*シネマート新宿ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://mittei.ayapro.ne.jp/

 

 

「人生はシネマティック!」

人生はシネマティック!
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年11月12日(日)午後1時55分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

今年公開されたクリストファー・ノーラン監督の「ダンケルク」は、フランスのダンケルクでドイツ軍に包囲された英軍兵士40万人を、軍艦はもとより、民間の船舶も総動員して救出した歴史に残る撤退作戦を描いたスペクタクルな作品だ。

イギリス映画「人生はシネマティック!」でも、そのダンケルクでの戦いが重要な役割を果たす。とはいえ、こちらはダンケルクの戦いそのものを描いた映画ではない。ダンケルクの戦いをテーマにした映画の製作チームに参加した女性の話なのである。

時代は1940年。第二次世界大戦下のロンドン。ドイツ軍の空爆が続く中で、政府は国民を鼓舞するプロパガンダ映画の製作に力を入れていた。その一方で、映画界は度重なる徴兵で人手不足に陥っていた。そんな中で登場するのが主人公のカトリン(ジェマ・アータートン)だ。コピーライターの秘書として働いていた彼女だが、人手不足のためコピーライターの代理で書いたコピーが情報省映画局の特別顧問バックリー(サム・クラフリン)の目に留まる。そして、戦意高揚を目的としたPR映画(映画の上映の合間に流れる短い作品)の脚本家に採用される。

いや、それだけではない。実は映画局では、ダンケルクの撤退作戦でイギリス兵の救出に尽力した双子の姉妹の実話をもとにした映画を企画しており、カトリンに彼女たちの取材を依頼した。うまくいけば脚本チームに加えてくれるという。カトリンは、さっそく双子の姉妹に会う。だが、実は、彼女たちは船で兵士の救出に向かったものの、エンジンがストップして目的を果たせなかったのだという。

そのことを正直に告げれば、映画製作の話は流れてしまうかもしれない。カトリンはそれを秘密にする。おかげで映画の製作はスタートして、カトリンはバックリーとパーフィット(ポール・リッター)とともに3人の共同で脚本化に挑戦する。

こうして脚本作りから撮影へと、ダンケルクの戦いを題材にした映画の製作現場を描く内幕もののドラマが進行する。そこには、様々な困難が伴う。戸惑いつつも初めての仕事にチャレンジするカトリン。だが、製作が開始されると、政府や軍による無理難題、ベテラン役者のわがままなど、多くの困難が待ち受けていたのだ。

なかでも面白いのが、イギリスの名優ビル・ナイ演じるベテラン役者だ。元は刑事ドラマなどでスター俳優だったらしいのだが、いまでもすっかり落ち目。それでもプライドだけはやたらに高い。そんなキャラを生かしてユーモアをあちこちにまぶしている。この映画には笑える要素がたくさんあるのだ。

また、政府や軍による無理難題という点では、その最たるものがアメリカ人の素人役者の起用だ。戦争への参戦を嫌がるアメリカにアピールするため、戦争で有名になったアメリカ人パイロットを重要な役どころで起用しろというのである。だが、当然ながら彼はまともな演技などできない。はたして製作側はどうしたのか。

というわけで、ドラマの大半は映画撮影の内幕が描かれるのだが、実はこの映画の本当のドラマはそこにはない。カトリンは正式な結婚こそしていないものの内縁の夫がいる。彼はかつての戦争の負傷兵で今は売れない画家をしている。

以前は彼の意向に対して従順な女性として振る舞っていたカトリン。しかし、映画の脚本家という職を得て、仕事にまい進するうちに自立の芽が芽生えてくる。当初は稼ぎのない夫に代わって家計を支えるつもりで働いていた彼女だが、次第にそれとは違う思いが膨らんでいく。時間的にも夫と過ごす時間が減り、夫婦の間には隙間風が吹き始める。

それと並行して、カトリンとバックリーの間には、単なる仕事仲間という以上の感情が生まれ始める。その経緯には、ちょっと昔風のラブコメの要素もある。そして何よりも、この映画の大きな柱はカトリンという女性の自立と愛のドラマなのである。

「17歳の肖像」がアカデミー作品賞などにノミネートされたこともあるロネ・シェルフィグ監督は、そんなカトリンのドラマを劇中劇(新作映画の完成途上の映像)とリンクさせながら描く。カトリンの自立と愛、映画製作の内幕もの、さらには空爆などの戦争の実情などたくさんの要素を詰め込んでいるのに、それほど窮屈な感じがしないのだから鮮やかな手腕だ。

そして何よりも本作の終幕が素晴らしい。映画の終盤に関して大きな難題が持ち上がり、脚本作りはストップしてしまう。だが、それを救ったのがカトリンだ。ここで彼女の脚本家としての成長がクッキリとスクリーンに刻まれる。

そして同時にカトリンは新たな愛を獲得する。だが……。

そこから先の展開は完全なネタバレになるので伏せるが、カトリンの新たな旅立ちを告げて映画は終わる。ラストは温かく清々しさに満ちている。そこに至るまでに、またしてもビル・ナイ演じるベテラン役者が存在感を発揮しているのも、心憎い展開だ。

戦争中という特別な状況下で、映画製作の現場を通して1人の女性の愛と成長をユーモアを交えつつ描いた作品。なかなかの味わいである。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金。

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◆「人生はシネマティック!」(THEIR FINEST)
(2016年 イギリス)(上映時間1時間57分)
監督:ロネ・シェルフィグ
出演:ジェマ・アータートン、サム・クラフリン、ビル・ナイ、ジャック・ヒューストン、ヘレン・マックロリー、エディ・マーサン、ジェイク・レイシー、レイチェル・スターリング、ポール・リッター、ジェレミー・アイアンズ、リチャード・E・グラント
新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://jinsei-cinema.jp/

「女神の見えざる手」

女神の見えざる手
TOHOシネマズシャンテにて。2017年11月8日(水)午後1時10分より鑑賞(スクリーン2/D-10)。

あんなに銃撃事件が相次いでいるのに、なかなか銃規制が進まないアメリカ。どう考えても規制したほうが社会は安全になると思うのだが、どうしてそれができないのか。

女神の見えざる手」(MISS SLOANE)(2016年 アランス・アメリカ)は、そんなアメリカの銃規制をめぐる事情を背景にした社会派サスペンスだ。

主人公のエリザベス・スローン(ジェシカ・チャステイン)は花形ロビイスト。だが、映画の序盤で彼女は上院の聴聞会に呼ばれる。どうやら何かやらかしたらしい。いったい何があったのか。その過去の出来事を並行して描いていく。

エリザベスは、大手ロビー会社“コール=クラヴィッツ&W”に勤務していた。ある日、銃擁護派団体から新たな銃規制法案の成立を阻止してほしいという依頼を受ける。だが、彼女はこれをきっぱりと拒否する。

そんな時に、銃規制法案の成立を目指して活動する小さな新興ロビー会社のCEO、シュミット(マーク・ストロング)から移籍の誘いを受けたエリザベスは、部下を引き連れて移籍し、銃規制法成立へ向けた活動を開始する。

この映画でまず驚くのがエリザベスの仕事ぶりだ。目的のためには手段を選ばず、敵の弱点を調べ上げて、そこを効果的に突いていく。法的、倫理的に危ないことも平気で実行する。議員への接待や贈り物はもちろん、盗聴や盗撮もいとわないのだ(そのために秘密のスタッフまで雇ったりしている)。

その一方で、私生活では問題も抱えている。24時間稼働中ともいえるような生活の中で薬に依存し、金で男性を買って欲望を満たしている。それでも、人前で弱みを見せることはない。

移籍後、銃規制法案成立に向けて邁進するエリザベス。そこでもまた巧妙な作戦を繰り出す。「そうくるか!」と思わず膝を打つような場面が何度もある。

エリザベスを演じるのは「ゼロ・ダーク・サーティ」のジェシカ・チャステイン。全身ビシッと決めたファッションとメイクで、ほとんど笑顔を見せることなく、ひたすら前に進んでいく。その圧倒的なカッコよさがスクリーン全体に緊張感を与える。実に素晴らしい演技である。

恋におちたシェイクスピア」「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」のジョン・マッデン監督は、そんなエリザベスと敵陣営との対決をスリリングかつテンポよく見せる。

エリザベスの活躍で銃規制法案支持派が勢いを増す。だが、その過程ではトラブルも起きる。テレビ番組に出演したエリザベスは、部下の秘密をばらしてしまう。それは、高校時代に銃乱射事件に遭遇したという過去だ。他人の気持ちなど省みず、あらゆることを利用するエリザベスの本領発揮というところだが、それが思わぬ事態を引き起こしてしまう。そのあたりから、エリザベスの苦悩もチラチラと見え始める。

そんな中、エリザベスがかつて在籍していたロビー会社が反撃を試みる。彼女の弱点を探し、それをネタにスパーリング上院議員ジョン・リスゴー)を使って、上院で聴聞会を開かせようというのだ。

というわけで、終盤には、冒頭から断続的に登場していた聴聞会の結末が描かれる。そこでエリザベスは当初の作戦だった証言拒否を貫けずに、窮地に追い詰められてしまう。彼女にまつわる様々なことが暴露され、絶体絶命のピンチに陥ってしまうのである。

彼女の最後の意見陳述では、多くの反省の言葉が述べられる。ついに彼女も一巻の終わりか。そう思った瞬間、オレは驚愕した。エリザベスが最後の最後で起死回生の逆転満塁ホームランを放つのだ。それも予想もしない人物を使って仕組んだ、あまりにも巧妙な策略によってである。

ここに至って、観客はサスペンスドラマとしてのカタルシスを間違いなく味わうことだろう。エンターティメントとして、文句なしに面白いドラマだと思う。

だが、それだけではない。同時に、そこにはアメリカの銃規制の現状の問題点が、様々な形で表れている。政治家も無茶苦茶なら、それを取り巻くロビイストたちも無茶苦茶だ。これでは銃規制など、そう簡単には進まないだろう。

このように社会派の側面とエンタメ性を見事に融合させたのがこの映画だ。まさに快作といってもいいだろう。

それにしても、はたしてすべてはエリザベスの思い通りだったのか。あるいは、そこには多少なりとも偶然の幸運があったのか。それは神のみぞ知る。「女神の見えざる手」という邦題が何とも意味深ではないか。

●今日の映画代、1500円。だいぶ前にムビチケ購入済みで。

◆「女神の見えざる手」(MISS SLOANE)
(2016年 アランス・アメリカ)(上映時間2時間13分)
監督:ジョン・マッデン
出演:ジェシカ・チャステインマーク・ストロング、ググ・ンバータ=ロー、アリソン・ピル、マイケル・スタールバーグ、ジェイク・レイシー、サム・ウォーターストンジョン・リスゴー
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://miss-sloane.jp/