映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ファーストボイス」

「ファーストボイス」
2026年10月2日(金)新宿ピカデリーにて。午後2時15分より鑑賞(スクリーン7/C-9)

~日本初のセクハラ裁判の行方を描く。社会派とエンタメを融合させた前田哲監督の真骨頂

 

「ファーストボイス」は、1989年に提訴された日本初のセクシュアル・ハラスメント裁判に着想を得て、社会の常識に異議を唱え新たな未来を切りひらいた女性たちの奮闘ぶりを描いたドラマ。とくればお堅い社会派映画を想像しがちだが、そうではない。何しろ監督は「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」など、社会派ドラマとエンターティメントを融合させた作品で知られる前田哲。本作でもその職人芸的な手腕が冴えわたる。

冒頭は法廷シーン。弁護士の朝日道子(綾瀬はるか)が遅刻して、子連れで慌てて法廷に飛び込んでくる。ワンオペ状態で家事と子育て、そして仕事をこなす朝日の現状を示すとともに、彼女の人間臭さを面白おかしく描き、さらに女性がハラスメント裁判で勝利することの難しさを伝える秀逸なオープニングだ。

一方で、上原恵(ファーストサマーウイカ)という女性が様々なところに訴訟を持ちかけるものの、「前例がない」と相手にされない場面が映される。そんな時、女性のために事務所を開設した弁護士の新聞記事が彼女の目に飛び込んでくる。それが朝日だった。上原は朝日のもとに向かう。

上原はもともと不動産会社に勤務していたが、当時の常識として女性は結婚までの腰掛で、大した仕事を与えられない現状に嫌気がさし、タウン誌の編集部に転職したのだ。ところが、年下の彼女が仕事ができることに嫉妬した編集長が、あれやこれやと嫌がらせをし、根も葉もない噂をばらまいて、彼女を退職に追い込んでしまったのである。上原は編集長と社長を訴えたいという。

朝日は話を聞いて前向きに考えるが、同じ事務所の新人弁護士・藤野栞(松本穂香)は「勝ち目がない」と反対する。それでなくても、朝日はお人好しでお金にならない案件ばかりを受けていた。

しかし、朝日は北原の熱意を評価し、弁護を引き受けることにする。それに反対した藤野は他の弁護士事務所に移籍する。

このあたりまでの筆致はさすがに前田監督。コンパクトにきっちりと必要事項を盛り込み、難しい話は絶妙に避けて観客の興味を引き付ける。序盤から大袈裟なぐらいの描写を繰り出し、エンテメ性を担保している。

同時に、北原に対する仕打ちが当時は常識といってもいいものであり、社会全体がセクハラを「公認」していたことを印象付ける。

特に興味深いのは、北原がボディコン衣装に身を包んでいることだ。「そんな恰好をしているから……」と被害女性を批判するのは今でもある言説だが、当時はもっとひどかった。そうした時代性をきっちり描き、社会的視点も失わない。

さらに、朝日自身のドラマも描く。彼女は3人の子供を抱えているが、同じ弁護士の夫は「家事は女性がするのが当たり前」という当時の常識を受け入れ、何もしていなかった。それが朝日の奮闘ぶりを知るうちに、少しずつ変わっていく。

さて、前例のないセクハラ裁判をどう闘うのか。そこでは支援者の存在が大きい。朝日は有能な女性弁護士や支援者を集め、体制を整える。そこには困難もある。人々の思惑が食い違い、内部分裂の様相を呈することもある。それを朝日のまっすぐな気持ちが修復する。他の事務所に移っていた藤野も、女性の置かれた立場を思い知らされ、再び戦列に加わる。

北原の心境も複雑だ。訴訟に向けた強い気持ちは変わらないものの、心は様々に惑う。何しろ、セクハラの実態を暴くには事実を赤裸々に語らねばならない。それは恥ずかしいことでもあった。朝日の勧めで匿名の「A」として裁判を闘うことにするものの、週刊誌等は興味本位で彼女のことをかき立てた。

その後、いよいよ裁判が始まる。しかし、ここでも苦難が続く。北原が遭った被害の詳細を語ってくれる証人がいないのだ。勤務先の元同僚たちはみんな尻込みし、アルバイト社員だった吉井だけが頼りだったが、現在の職場に気兼ねして証言を拒否していた。それを翻意させたのも朝日の熱意だった。吉井は編集長が北原にしたことを証言する。

ところが、会社側はとんでもない策に出る。スポンサー企業の社長にでたらめな証言をさせ、朝日たちを窮地に追いつめる。

そんな中、弁護団や支援者の思いはすれ違い、またしても空中分解寸前。はたして裁判の行方は?

後半の法廷劇が始まっても、エンタメの醍醐味は失わない。正義VS悪という図式を取りつつ、正義側を徹底的に不利な状況に追い込む。そこからどう逆転するかが見どころ。観客は自然に朝日たちを応援したくなる。

そしてもちろん社会派の側面も失わない。特に最終弁論で朝日が述べたことはまさに正論。思わず「その通り!!」と叫びたくなる。「誰もが差別を受けることがない社会の実現」。社会的メッセージとして重い意味を持つ言葉だ。しかも、そこで朝日が北原と同じボディコンスーツで登場する痛快さよ!

ラストはこの一件をきっかけに、女性を取り巻く環境が改善されたものの、依然としてセクハラとの闘いが続いていることが告げられる。この映画で描かれた過去の出来事と、現代をきちんとつないでみせるのである。

綾瀬はるかはこういう役が巧い。お人好しで元気がよく、時に暴走気味になるところなど、実に魅力的なキャラを演じている。「レッツ・ビギン!」の掛け声が何ともユーモラス。

北原役のファーストサマーウイカもなかなかの存在感。微妙な感情の揺れなど、脚本に書かれていない部分も多いのだが、それを見事に演じ切っていた。

この2人に加え、弁護士たちや支援者たちを演じた俳優も個性的。そして、何よりも編集長役の水川かたまり(空気階段)、被告側弁護士役の筒井道隆など、悪役たちがいいキャラをしているのもこの映画を面白くしている理由だ。

社会的テーマを扱いつつ、エンタメ映画としても面白い。前田哲監督の面目躍如といった映画。いまだにセクハラをはじめハラスメントが横行する時代だけに、十分に観る価値のある作品だと言えるだろう。

◆「ファーストボイス」
(2026年 日本)(上映時間1時間45分)
監督:前田哲
出演:綾瀬はるか、ファーストサマーウイカ、松本穂香、峯村リエ、山田真歩、工藤阿須加、水川かたまり、鈴鹿央士、迫田孝也、酒向芳、木村多江、筒井道隆
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
公式ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/firstvoicemovie/
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