映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ルイの9番目の人生」

ルイの9番目の人生
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2018年1月26日(金)午後2時30分より鑑賞(シアター2/F-8)。

1996年の「イングリッシュ・ペイシェント」でアカデミー監督賞を獲得したアンソニー・ミンゲラ監督。受賞も納得の素晴らしい映画だったが、残念ながら2008年に54歳の若さで病死してしまった。

そのミンゲラ監督が映画化を望んでいたのが、リズ・ジェンセンによるベストセラー小説『ルイの九番目の命』だという。その思いを引き継いだ息子で俳優のマックス・ミンゲラがプロデューサーと脚本を担当して、アレクサンドル・アジャ監督が映画化したのが本作「ルイの9番目の人生」(THE 9TH LIFE OF LOUIS DRAX)(2015年 カナダ・イギリス)である。

難産の末に生まれ、毎年のように事故や病気で生死をさまよってきた少年ルイ(エイデン・ロングワース)。9歳の誕生日に両親とピクニックに出かけた彼は、崖から落ちて昏睡状態に陥る。ルイの父ピーターは現場から行方不明となってしまい、美しき母ナタリー(サラ・ガドン)のもとにも謎の警告文が届くようになる。そんな中、ルイの主治医となった小児神経科医アラン・パスカルジェイミー・ドーナン)は、事件の真相を探るため、自ら調査に乗り出すのだが……。

本作の骨格は、ルイが昏睡状態になった事件の真相をめぐるサスペンス・ミステリーだ。とはいえ、それをダーク・ファンタジーの切り口で描き、サイコ・スリラー的な要素まで盛り込んでいるところがユニークである。ギレルモ・デル・トロ監督の映画や、昨年日本公開されたJ・A・バヨナ監督の「怪物はささやく」あたりを思い起こさせる。

主人公の少年ルイの設定が面白い。生まれた時から何度も事故や病気になり、そのたびに死にかけて生還し続けている。なんと9年で9度死にかけたという。まさに奇跡のような存在だ。この怪しく不可思議な設定が効いている。

ルイがペットのハムスターを殺害するなど、恐ろしい一面があることを示すあたりも、ドラマ全体の不気味さを高めている。昏睡状態の彼がドラマの途中で一瞬だけ目覚める展開も、不可思議に満ちていてゾクゾクさせられる。

そんな彼が崖から転落した事件の真相が、このドラマの肝である。それを探るのは女性刑事。当初は父親に突き落とされたとみられていたルイだが、どうやら彼女はそれに疑問を感じているらしい。そしてルイの主治医のアランもまた事件の謎を追う。

そんな事件前後の経緯を、昏睡状態のルイの独白で綴る手法が面白い。しかも、そこには謎の怪物なども登場する。まさにターク・ファンタジー的な世界が現出する。ちなみに、この怪物の正体が後半で明らかになり、ドラマに情感を漂わせる。

いかにもダーク・ファンタジーらしい暗く、美しく、鮮烈な映像も特徴的だ。水中でのシーンをはじめとしてどれも印象的で、それもまたこの映画の魅力になっている。

また、映画の中盤では、事件の謎を追う主治医アランがおぞましい悪夢を見るのだが、そのあたりもダーク・ファンタジーやホラー的な世界である。同時に、彼はリアルな世界の中では、ルイの母親と親密な関係になり、それが事件の真相をさらに霧の中に包み込んでしまう。途中で謎の手紙の存在が明らかになるなど、ミステリーとしての仕掛けも色々と工夫されている。

はたしてルイは本当に父親によって突き落とされたのか。その父親はどこに消えたのか。過去の回想も挟みつつ真相追求が続くのだが、謎は深まっていくばかりだ。様々な可能性が示唆されては消え、先が見えない展開が続く。

そんな中、前半からたびたび登場するのが、事件前にルイにセラピーを施していた精神科医。彼とルイとのセラピーのようすが、回想として何度も登場するのだが、その精神科医が終盤で大きな役割を果たす。

ラスト9分で明らかにされる真相。それはけっして驚くべきものではなかった。それまでのドラマの過程を冷静に見れば、何となく想像がつくと思う。しかし、問題はそれを解き明かす仕掛けだ。ルイの主治医に対して精神科医が行うある行為。その内容と映像に驚かされる。途中で、主治医がルイと入れ替わる展開にも、思わず息を飲んでしまった。ここでは、サイコ・スリラー的な世界も垣間見える。

結局のところ、ルイは悲惨な環境に置かれた少年である。事件の構図そのものや、そこに登場する病そのものは、けっして珍しい話ではないだろう。だが、それを独特の世界観で描き、心をざわつかせる。その監督の手口に感心させられた。

ラストは少年とある人物との絆が明らかになり、さりげなく希望を灯す。けっして後味は悪くなかった。

●今日の映画代、1000円。TCGメンバーズカードの火・金曜の特別料金で。

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◆「ルイの9番目の人生」(THE 9TH LIFE OF LOUIS DRAX)
(2015年 カナダ・イギリス)(上映時間1時間48分)
監督:アレクサンドル・アジャ
出演:ジェイミー・ドーナンサラ・ガドン、エイデン・ロングワース、オリヴァー・プラットモリー・パーカー、ジュリアン・ワダム、ジェーン・マグレガー、バーバラ・ハーシー、アーロン・ポール
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://louis9.jp/

「はじめてのおもてなし」

はじめてのおもてなし
シネスイッチ銀座にて。2018年1月24日(水)午後6時50分より鑑賞(シネスイッチ2/D-8)。

銀座の老舗映画館・シネスイッチ銀座。昔は日本映画と外国映画を交互に上映していたから、この名がついたという話をどこかで聞いたことがあるが、今は特にそうしたシステムはない。それでも2つのスクリーンで上映される映画は、どれも「うーむ、なるほど」と納得させられるセレクションで、ハズレがない。

今回鑑賞したのは「はじめてのおもてなし」(WILLKOMMEN BEI DEN HARTMANNS)(2016年 ドイツ)。

ミュンヘンの閑静な住宅地に暮らすハートマン家。ある日、元教師の母アンゲリカ(センタ・バーガー)がいきなり難民を一人受け入れると宣言する。大病院の医長を務める夫のリヒャルト(ハイナー・ラウターバッハ)をはじめ家族の反対を押し切って、ナイジェリアから来た難民の青年ディアロ(エリック・カボンゴ)を自宅に住まわせるアンゲリカ。それがきっかけで、ハートマン家の周辺では大騒動が巻き起こる……。

ヨーロッパで、いや世界中で問題になっている難民を扱ったドラマだ。難民問題を扱った映画は多いが、ここまで徹底して笑いの要素を盛り込んだ作品は珍しい。リアルな素材をユーモアとうまく融合させている。

その源泉は、登場人物のユニークなキャラにある。元教師の妻アンゲリカは、ヒューマニストでいい人なのだが、暇を持て余していることもあって、時々とんでもない行動に出る。大病院の医長を務める夫のリヒャルトは、老いに恐怖を感じてプチ整形に励み、フェイスブックを始めたりする。長男のフィリップはやり手弁護士で仕事漬けの日々。妻と離婚したシングルファーザーだ。そして長女のゾフィは30過ぎても自分探しを続け、いまだに学生をやっている。

それ以外にも本作には、ヒップホップ好きのフィリップの息子、どこまでもゾフィを追いかけるストーカー男など、強烈な個性の面々が登場する。こうした人たちのエキセントリックな行動が、自然に笑いを生み出すのである。

その笑いは、時としておバカ映画の世界にまで突入する。ナイジェリア青年ディアロを引き取った直後に、アンゲリカの友達が主催して開いたパーティはまるで「ハング・オーバー」の世界だ。大量の人々が押しかけて、大どんちゃん騒ぎを繰り広げる。なんと本物のシマウマまで登場。ついに警察沙汰にまでなってしまうのだ。

それでも、ただ笑える映画で終わらないのが本作の魅力である。アンゲリカをはじめデフォルメされたキャラではあるものの、どれも本質的には身の回りにいそうな問題を抱えた人々。だから、どんなにおバカをやっても、ドラマからリアルさが消えることはないのである。

異質なものが家に入り込んできたことで、ハートマン家の家族は少しずつ変わっていく。アンゲリカは、ディアロにドイツ語を教え、庭仕事を指導するなどするうちに、次第に輝いてくる。一方、リヒャルトはストレスがたまり、部下にあたりちらし、職場で孤立。さらに夫婦仲もますます険悪になる。

そんな家族に転機をもたらすのが、ディアロだ。彼はドイツ人とは違う価値観を持ち出して家族に影響を与える。夫婦仲が悪くなって、ついに別居したハートマン夫妻に、「夫は妻を守り、妻は夫を支えるべきだ」と主張したり、独身のゾフィに男性を紹介しようとしたりもする。

その異質さに反発しつつも、同時に大切なものを再確認していくことによって、やがて家族は良い方に向かっていく。そこにディアロの亡命申請をめぐる一件を絡ませたところが、なかなか見事な構成である。

ヒップホップのビデオ制作のため学校にストリッパーを呼んだフィリップの息子は、退学の瀬戸際に追い込まれ。授業でイスラム過激派に関する発表を行う。そこでディアロが、ナイジェリアで自分の家族に何が起きたかを語るシーンが心を揺さぶる。それまで、ほとんど語ろうとしなかった事実だけに、なおさらである。

そして、その後に最大のクライマックスがやってくる。一度亡命申請を却下されたディアロの裁判が行われるのだが、そこにハートマン夫妻とフィリップ父子の絆の再構築劇と、ゾフィのロマンスを絡ませていく。このあたりも、素直に胸に響く展開だ。

本作のドラマの背景には、当然ながらドイツの難民問題がある。難民を積極的に受け入れてきたドイツだが、そこには依然として差別や偏見がある。この映画にも、それがあちこちに出てくるのだが、けっしてシリアスに流れ過ぎず、あくまでもコメディー映画の枠内で、それを描こうとしている。それこそが作り手の狙いだろう。

よく考えれば都合よすぎの展開も多い。ディアロが良い人過ぎるのも、不自然といえば不自然。ラストのほうで、イスラム教徒のディアロにビールを飲ませるのも、やりすぎだろう。

とはいえ、難民や家族の問題を笑いに包んで、しっかり届けてくれる作品なのは間違いない。観終わって心が温まってくる。エンドロールのあとに極めつけのジョークが用意されているのも、楽しいところだ。

●今日の映画代、1500円。前日に渋谷チケットポートで鑑賞券を購入。

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◆「はじめてのおもてなし」(WILLKOMMEN BEI DEN HARTMANNS)
(2016年 ドイツ)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:ジーモン・ファーフーフェン
出演:センタ・バーガー、ハイナー・ラウターバッハ、フロリアン・ダーヴィト・フィッツ、パリーナロジンスキー、エリアス・ムバレク、エリック・カボンゴ
シネスイッチ銀座ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://www.cetera.co.jp/welcome/

「ピンカートンに会いにいく」

「ピンカートンに会いにいく」
新宿武蔵野館にて。2018年1月22日(月)午後4時より鑑賞(シアター3/C-5)。

一昨日(1月22日)、東京は大雪に見舞われた。といっても、雪国からすればどうってことはない量なのだろうが、何せ無防備な東京だから大変だ。会社も早く切り上げたところが多かったらしい。ところが、そんな中、オレは敢然と街に出たのである。なぜなら四ッ谷で取引先の新年会が予定されており、まさかこんな天気になるとは思わずに出席の返事をしていたからだ。

しかし、ずんずん雪が積もる中、暗くなってから家を出るのは気が引けた。帰りはどっちみち夜中になるにしても、行きはまだ明るいうちに家を出たい。そう思って早めに新宿に出て映画を観ることにした。いわば時間潰しのつもりだったのだが、これが大当たりだった。期待をはるかに上回る面白い映画に出会ったのである。

その映画とは、「ピンカートンに会いにいく」(2017年 日本)。20年前にブレイク寸前で突然解散してしまった5人組アイドル“ピンカートン”の再結成劇をユーモアたっぷりに描いたドラマだ。

映画の冒頭が面白い。若き日のピンカートンのメンバーたちがコーヒーを飲むシーン。そこである出来事が起きる。それが当時の彼女たちの関係性を象徴している。

そして解散から20年後。当時のリーダーだった神崎優子(内田慈)は、今も売れない女優を続けていた。とはいえ、女優だけでは食えないので、派遣でコールセンターで働いている。おまけに事務所に内緒で、とっぱらいの女優仕事をしたりもしている。やたらにプライドが高くて嫌な仕事は断るし、口は悪いし、上から目線。まさにイタいアラフォー女子の典型なのだ。

そんな中、優子のもとにレコード会社の松本(田村健太郎)という男から電話が入る。子供の頃にピンカートンのファンだった彼は、ピンカートンの再結成話を持ち掛けてきたのだ。今さら何をと最初は断る優子。しかし、事務所をクビになり崖っぷちに追い込まれたことから、誘いに乗ることにする。こうして、優子は松本とともにかつてのメンバーのもとを訪ねる……。

本作でまず感心するのは、5人の元メンバーのキャラ設定のうまさだ。若い頃のキャラを今の彼女たちにきちんと投影させ、それぞれに個性を与えている。そのせいもあって、彼女たちが交わす会話が実に面白い。

もう一つ感心したのが、昔の彼女たち(回想)と今の彼女たちの絡ませ方だ。同時並行に描くだけでなく、一つの場面に同居させたりもする。それどころか、昔の優子と今の優子が普通に会話をするシーンまである。今の優子が昔の優子に、「今が人生のピークで、あとはろくなことがない」という主旨の発言をしたりするのだ。

そういう構成を通して、この20年の間に彼女たちが失ったもの、そして変わらないものが自然に伝わってくる。そのおかげで、それぞれの人生の機微がリアルに見えてくるのである。

まずは3人のメンバー(山田真歩、水野小論、岩野未知)を訪ねて説得を開始する優子。だが、相変わらずの上から目線。すでに芸能界を引退して、主婦に収まっていたり思春期の娘とバトルを展開するなど、ワケありのメンバーをなかなか説得できない。

そして、最大の問題は、もう一人のメンバー、葵(松本若菜)だった。彼女と優子との間には、大きな確執があり、それが解散の引き金になった。行方不明だった葵をようやく見つけた優子と松本。だが、優子はなかなか葵と向き合えない。

そんな2人の距離の近づけ方が見事だ。2人には。その後の人生に大きな共通点があったことがわかる。どちらも、ずっと同じような場所でもがいていたのだ。それを知った優子は、ようやく葵に会いに行くことにする。そのために予行演習をする優子の姿が笑いを誘う。空想で葵とハグして、大木に抱きつくシーンは爆笑モノだ。

さらに、2人の再会時の会話が素晴らしい。葵はバイトで加湿器の店頭セールスをしているのだが、その加湿器のセールス話と再結成話を巧みにリンクさせる。思わず膝を打つような気の利いた会話である。

最初は目を覆いたくなるように独善的でイタい女だった優子。しかし、メンバーとの再会劇を通して、懸命に夢を追おうとする姿勢が際立ってくる。そして、そんな姿に思わず共感してしまったのである。

ついに再結成コンサートを敢行するピンカートン。そこでも、かつての彼女たちのステージ風景と、今の彼女たちのステージ風景をうまく絡ませる。今の彼女たちに昔の若さは当然もうないが、一心不乱に歌い踊る姿は変わらない。そうである。やはりこのドラマは、20年の時を経た女性たちが失ったものと、変わらないものをしっかりとらえた、味わいあるドラマなのである。

ラストの居酒屋のシーンも面白い。冒頭のシーンとリンクさせた仕掛けだが、冒頭と違って最後をぼかして観客に余韻を残している。思わずニヤリとさせられた。

本作の主演は内田滋。映画やテレビドラマを観ていると、ちょくちょく顔を出す脇役の俳優がいる。世間的な知名度はそれほどないが、絶妙の存在感を発揮していたりする。内田慈も、そんな女優の一人。過去の出演作は多数あるが、そのすべてが脇役だ。彼女にとって初の主演作だが、今回もその存在感を十二分に発揮している。さらに、他のメンバーを演じる松本若菜山田真歩、水野小論、岩野未知も、素晴らしい演技を見せている。

監督・脚本の坂下雄一郎は、東京芸大大学院映像研究科の7期生で、修了製作の「神奈川芸術大学映像学科研究室」が評判になり、その後もオリジナル脚本の作品を立て続けに発表しているそうだ(すいません。オレはどれも未見です)。若手監督に、こういうオリジナル作品を作らせるのだから、日本映画もまだまだ捨てたものではない。

地味な小品ではあるが、笑って、ちょっぴり共感して、最後はニッコリして映画館を後にできる。なかなかの作品だと思う。

●今日の映画代、1400円。伊勢丹のチケットポートで直前に鑑賞券を購入。

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◆「ピンカートンに会いにいく」
(2017年 日本)(上映時間1時間26分)
監督・脚本:坂下雄一郎
出演:内田慈、松本若菜山田真歩、水野小論、岩野未知、田村健太郎、小川あん、岡本夏美柴田杏花、芋生悠、鈴木まはな
新宿武蔵野館にて公開中。全国順次公開予定。
ホームページ http://www.pinkerton-movie.com/

 

「嘘を愛する女」

嘘を愛する女
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年1月20日(土)午後2時10分より鑑賞(スクリーン5/G-13)。

長澤まさみの演技を最初に観たのはいつだったろう。彼女のフィルモグラフィーを見ると、どうやら2002年の塩田明彦監督の「黄泉がえり」のようだが、脇役だったこともあって印象は薄い。

彼女の存在感を強烈に印象付けたのは、何といっても2011年の大根仁監督の「モテキ」だろう。女優を撮るのに天才的才能を発揮する大根監督のもとで、彼女の魅力がいかんなく発揮されていた。その後の出演作でも、是枝裕和監督の「海街diary」をはじめ、見応えある演技を披露している。

 

その長澤まさみの最新主演作が「嘘を愛する女」(2018年 日本)である。オリジナルの映画企画を募集する「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM」の第1回でグランプリを受賞した企画の映画化。監督はCM監督として活躍してきた中江和仁。これが初の長編映画となる。

主人公は食品メーカーで働く川原由加利(長澤まさみ)。バリバリのキャリアウーマンとしてメディアでも取り上げられる存在だ。

映画の冒頭は、彼女が研究医の小出桔平(高橋一生)と知り合うシーン。それは、東日本大震災が起きた当日。電車がストップし、駅で気分が悪くなった由加利を桔平が助ける。それをきっかけに2人は同棲を始める。

そして5年目を迎えたある日。突然警察が訪ねてきて、桔平がくも膜下出血で倒れたと告げる。しかも、彼の運転免許証や医師免許証はすべて偽造されたものだった。職業も名前も全てが嘘だったのだ。

ショックを受けた由加利は、桔平の正体を突き止めるべく、私立探偵の海原匠(吉田鋼太郎)に調査を依頼する。その調査の過程で、桔平が書き溜めていた700ページもの未完成の小説が見つかる。その内容を手掛かりに、瀬戸内海へと向かう由加利だったが……。

サスペンスと恋愛ドラマがミックスされた作品だ。身の回りの人物の身元が全部ウソだったというのは、けっして珍しくない設定だが(結婚詐欺師ネタをはじめ)、その人物が書いた小説を手掛かりに正体を突き止めるという展開が面白い。

その小説は、夫婦と幼い子供の幸せな日々を描いたもの。どうやら、夫は桔平らしい。では、妻と子供は誰なのか? それがこのドラマの大きな鍵になる。

というわけで、ネタ自体はなかなか面白いのだが、残念ながら脚本(中江監督と近藤希実の共同脚本)が物足りなく感じた。まず由加利をはじめ人物のキャラがステレオタイプすぎる。そのため彼らの口から飛び出すセリフも、ありきたりで今ひとつ面白みがない。

せっかく東日本大震災をドラマの起点にしつつ、それだけで終わっているのも何だかもったいない。震災を起点にするなら、そことリンクさせる何かがドラマに欲しかった。

それより何より物足りないのがサスペンスとしての緊迫感だ。由加利と探偵の海原が真相に迫る経緯は、それなりによく考えられているのだが(一度桔平の正体に迫ったと思わせてアララララ……という展開など)、どうでもいいシーンも多くて盛り上がらない。由加利と海原が旅館で同じ部屋に泊まるエピソードなんて不要だろう。全然笑えなかったし。

恋愛ドラマとしての深みもあまりない。これはセリフのつまらなさとも大いに関係していると思うのだが、由加利と桔平の結びつきの強さや、それが崩れた時のショック、切なさがうまく伝わってこないのだ。

それでも終盤に向かうにつれて、ようやく心が動かされ始めた。桔平の正体がついに判明し、それにまつわる悲しく衝撃的な出来事が提示されるのである。

さらに、その後に明かされるのは、小説自体の根幹にかかわる秘密だ。過去を見ていたと思われた桔平が、実はそうではなかった……という事実。それをふまえて由加利が、昏睡状態の桔平に語りかけるシーンが圧巻だ。文句なしに感動せずにはいられない。ここでの長澤まさみの演技は、さすがだという以外にない。

脚本にはケチをつけたが、一方で演出はなかなかのものである。フラッシュバックの使い方をはじめ、いかにもCM監督らしい鮮烈さを感じさせた。

それより何より、この映画の最大の見どころは役者の演技だろう。進境著しい長澤まさみの演技に加え、探偵を演じた吉田鋼太郎が演技派らしい貫禄の演技を披露している。彼の妻を演じた奥貫薫、徐主役を演じたDAIGOなどの脇役の演技にも、見るべきものがあった。

それに対して、この映画の最大の謎は川栄李奈演じるストーカー女である。あの役には何の意味があったのか。ただの賑やかしにしか思えないのだが。せっかく出すなら、もっとドラマ的に意味のある出し方をして欲しかったのである。

とまあ、けっこう文句は付けたものの、けっしてひどい映画ではないし、恋愛サスペンスとしてそつなくまとまっているので、観ればそれなりに満足できるかもしれない。女性は特に由加利に感情移入できれば、心を動かされるのではないか。

ただし、これが「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM」のグランプリというのはどうなんでしょう。映画化したくてもなかなかできない面白い企画が、他にもたくさん埋もれていそうな気がするのだが。ねぇ、TSUTAYAさん。

●今日の映画代、1500円。ユナイテッド・シネマの会員料金で。

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◆「嘘を愛する女
(2018年 日本)(上映時間1時間57分)
監督:中江和仁
出演:長澤まさみ高橋一生、DAIGO、川栄李奈野波麻帆初音映莉子嶋田久作奥貫薫津嘉山正種黒木瞳吉田鋼太郎
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://usoai.jp/

「目撃者 闇の中の瞳」

「目撃者 闇の中の瞳」
新宿シネマカリテにて。2018年1月17日(水)午前11時45分より鑑賞(スクリーン1/A-9)。

そんなにたくさん観ているわけではないのだが、台湾映画といえば瑞々しい青春映画のイメージが強い。2002年の「藍色夏恋」などは、今でもオレのベスト青春映画の上位にランクされる作品だ(製作は台湾・フランスの合作)。

だが、そんなイメージをひっくり返す台湾映画が現れた。「目撃者 闇の中の瞳」(目撃者/WHO KILLED COCK ROBIN)(2017年 台湾)である。まさに戦慄のサスペンス・スリラー。台湾映画だと告げられずに観たら、韓国映画か香港映画だと思ってしまったかもしれない。

冒頭の嵐の中のシーンから、一気にスクリーンに引き込まれてしまった。暗く、重く、ヒリヒリするような緊迫感が漂う。いったい何が起こったのか。

2007年。新聞社で実習生として働くワン・イーチー、通称シャオチー(カイザー・チュアン)は、ある嵐の夜、郊外の山道で車同士の当て逃げ事故を目撃する。被害者の男は死亡し、助手席の女性も瀕死の状態だった。シャオチーはとっさに現場から逃走する車の写真を撮影し、上司のチウ編集局長(クリストファー・リー)に見せるが、ナンバープレートの数字が判読不可能であったため記事にはならず、犯人が捕まることもなかった。

と、あらすじを書いてみたものの、実はそれがすべて明らかになるのは後のこと。最初は何がなんだかわけがわからないのだ。事件の全容を一度に見せるのではなく、小出しにしてフラッシュバックで少しずつ明らかにしていく仕掛けだ。これが謎を増幅していくのである。

そして、場面は9年後に移る。敏腕記者となったシャオチーは、交通事故の現場に行き、そこで国会議員の不倫を目撃する。その帰り道、彼は買ったばかりの中古車をぶつけてしまい修理に出す。すると、その車は過去にも事故に遭っていたことが判明する。さらに警察で車両番号を照会したところ、なんと以前の持ち主は9年前の当て逃げ事故の被害者だった。そう。シャオチー自身が目撃者となったあの事故だった。

そんな中、シャオチーは新聞社を解雇されてしまう。例の国会議員の不倫報道だが、実は2人は夫婦であり、名誉毀損で新聞社を訴えると言い出したのだ。それでもシャオチーは、先輩記者マギー(シュー・ウェイニン)の協力を得て9年前の事故の真相を調べ始める。

最初にシャオチーが行きついたのは、瀕死だった事故の被害者女性シュー・アイティン(アリス・クー)だった。病院を抜け出して姿をくらましていた彼女を探し当て、話を聞こうとするシャオチー。だが、それは悪夢の始まりだった……。

それにしても謎が謎を呼ぶドラマである。かつてシャオチーが撮影した写真は、何者かによって一部のデータが消去されていた。また、シュー・アイティンは車を運転していた男は飲酒運転だったというが、それは真っ赤なウソだった。9年前の事故と同じ日には身代金目的の幼女誘拐事件が発生していた。というように、次々と疑惑が浮かび上がってくる。謎のテンコ盛り状態なのである。

事件周辺でうごめく怪しい人々の姿も気になるところだ。すでに述べた先輩記者マギー、上司のチウ編集局長に加え、自動車修理工のジー、若い警官ウェイ(メイソン・リー)などなど。そしてシャオチー自身も……。そうした人々の証言が食い違い、真相がますますわからなくなる「藪の中」状態も、この映画の大きな特徴である。

チェン・ウェイハオ監督の手腕が見事だ。特に映像に特筆すべきものがある。手持ちカメラの映像を中心に鮮烈な映像を次々に繰り出して、ミステリアスさやおどろおどろしさ、緊迫感などを生み出していく。フラッシュバックの使い方も印象に残る。

ドラマは二転三転して先が読めない。「え!そうなの?」と何度も驚かされてしまった。冷静に考えれば都合のよすぎる展開もあるし、つじつまが合わないように思える部分もある。だが、作り手の気迫や熱量のようなものに圧倒されて、観ているうちはそれほど気にならなかった。

いったいこの複雑怪奇な物語に出口はあるのか。後半になって、実はシャオチー自身にも秘密があることがわかる。彼が事件の真相を追う真の動機も、そこにあったのだ。

だが、終盤の見どころは謎解きではない。欲望にとりつかれた人間たちのおぞましい姿だ。凄惨で猟奇的な場面も登場する。圧倒的なエネルギーを持つ本作においても、終盤のエネルギーは異様なすさまじさである。

ここに至って、この映画はサスペンス・スリラーの枠を飛び越えて、戦慄のホラー的世界へ突入する。人間の暗黒面が大きな渦を作り、底なし沼のようになっていく。何なんだ。こいつらは~~!!

当然ながら、エンタメ映画のようなわかりやすさやカタルシスには行きつかない。苦く、そして重たく、含みを残すエンディングである。

同時に、一度観ただけでこの複雑怪奇な物語の全容まで知るのは困難だ。途中で疑問に思った部分も、最後の結論から考えれば巧妙な伏線だったのかもしれない。というわけで、もう一度観たくなってしまったのである。

この手のサスペンス・スリラーやホラー映画が好きな人にはぜひおススメしたい映画だ。逆に、映画に楽しさやストレス解消を求める人には絶対におススメしない。何にしても破格の映画である。こんな台湾映画は初めて観たぜ!

●今日の映画代、1000円。シネマカリテの毎週水曜の映画ファンサービスデー料金で。

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◆「目撃者 闇の中の瞳」(目撃者/WHO KILLED COCK ROBIN)
(2017年 台湾)(上映時間1時間57分)
監督:チェン・ウェイハオ
出演:カイザー・チュアン、シュー・ウェイニン、アリス・クー、クリストファー・リー、メイソン・リー
*新宿シネマカリテほかにて公開中。順次全国公開予定
ホームページ http://mokugekisha.com/

「5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生」

「5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生」
角川シネマ有楽町にて。2018年1月14日(日)午後1時35分より鑑賞(G-8)。

子供の頃から視力が弱かったのだが、最近はますますひどくなった。両目とも眼底出血を起こして、左目は注射(1本4万6000円だっ!)でどうにか回復したものの、右目は注射が効かなかったため視野の中央がゆがんでよく見えないのだ。とはいえ、日常生活に大きな支障はないし、眼鏡をかければ映画の字幕も読めるので贅沢は言えない。

それに比べたら、「5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生」(MEIN BLIND DATE MIT DEM LEBEN)(2017年 ドイツ)の主人公は、すべてがぼんやりとしか見えないのだから大変だ。何しろ邦題通りに、普通の人の5%しか視力が残っていないのだ。

白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」のマルク・ローテムント監督による本作は、ドイツの一流ホテルで実際にあった感動の実話を映画化した伝記ドラマである。

主人公はスリランカ人の父とドイツ人の母を持つ青年サリヤ(コスティア・ウルマン)。彼はとても頭が良く明るい性格の青年だ。そして、かつて父の母国のスリランカのホテルに滞在した経験から、将来は一流ホテルで働きたいという希望を持っている。

ところが、ある日突然、目がよく見えなくなる。病院で診てもらった結果、先天性の病気であることがわかる。手術をして、何とか普通の人の5パーセントの視力は残ったものの、95%の視力を失って弱視になってしまう。

父親は盲学校への転校を進めるが、サリヤは断固として拒否する。そして、抜群の記憶力と努力によって卒業を果たす。

となれば、次はいよいよ憧れのホテルへの就職だ。だが、目の障害を素直に告げて願書を出すもののすべて不採用になってしまう。そこで、サリヤは弱視であることを隠してミュンヘンにある最高級5つ星ホテルを志望。母と姉の献身的な協力もあって見事に研修生に採用される。

そんなサリヤに襲いかかる数々の困難と、それを乗り越えようとする奮闘ぶりをウェットに、あるいはシリアスに描くかと思いきや、そうではなかった。ユーモアにあふれた会話や個性的なキャラの活躍で、笑いどころが満載の映画なのだ。全体のテンポも抜群に良い。

前半に描かれるのは、弱視を隠して研修課題をこなしていくサリヤの姿である。客室の掃除、フロント業務、レストランやバーのスタッフなど、ホテルの業務をいろいろと経験していく。ただし、さすがに一人では課題をクリアできない。そこで彼をサポートするのが、同じ研修生のマックス(ヤコブ・マッチェンツ)だ。

彼はお調子者でいい加減な男。サリヤとは正反対のキャラだ。ただし、本質的にはとってもいいヤツ。だから、サリヤの目のことを知ったマックスは、何かと彼をサポートする。この2人の凸凹コンビぶりも、笑いを生み出す大きな要因である。

しかも、サリヤはただサポートされるだけではなく、逆にマックスをサポートすることもある。研修生としてけっして優秀でないマックスは、何度もサリヤの頭の良さに救われるのである。

他にもサリヤを助ける人物がいる。アフガンから逃れてきた皿洗いの男だ。実は、彼はアフガンでは外科医だった。そのため皿洗いではなく別の仕事をしたいのだが、移民に対する様々な規則があって思うようにいかない。そんな彼をサリヤがサポートする。

このように、障害者を健常者がサポートするというのではなく、おたがいにサポートしあう設定が秀逸だ。そうである。このドラマは病気や障害というテーマを超えて、より広い人と人とのつながりを描いた作品なのだ。

映画の中盤で、サリヤの前にはある女性が現れる。ホテルに出入りする農場のシングルマザーのラウラ(アンナ・マリア・ミューエ)だ。やがてサリヤは彼女と付き合うようになり、その息子とも交流するようになる。しかし、目のことは隠したまま。このことが、のちの波乱を巻き起こす。

順風満帆の研修生活を送っているかに見えたサリヤだが、やがてどんどん追い詰められて破綻が訪れる。この映画では、冒頭からしばしばサリヤ目線のぼやけた風景が挟み込まれる。これが効果的だ。サリヤが抱えた困難がいかに大きなものであり、そう簡単には乗り越えられないことを予感させる。

ついにウソで固めた研修生活に破綻をきたしたサリヤ。そこで彼は、あることに気づく。そして、再びチャレンジを始める。

そのあたりの詳細はネタバレになるので伏せるが、それを通して伝わってくるのは、人間は助け合って生きる存在だという事実である。自分を偽ったり強がるのではなく、自分の弱さを素直に認めて、足りないところは誰かの助けを借りればいいじゃないか。作り手たちのそんなメッセージが自然に伝わってきた。当たり前でも、なかなか気づかないこのことこそが、本作のテーマではないだろうか。

正直なところ、都合よすぎの場面も多いし、そもそも「世の中あんなに良い人ばかりではないでしょう」と言いたくなるような善人揃いのお話である。意地悪で厳しい指導係も最後に温情を見せたりする。でも、それはあえてやっていることなのだろう。そのあたりは、テンポの良い描き方もあって、それほど気にならなかった。

障害者差別や移民問題などもチラリと織り込み(ほんのチラリとだが)、たっぷりの笑いと押しつけがましくない感動を届けてくれる作品。多くの人が温かな心持ちで映画館を後にできるはずだ。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金にて。

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◆「5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生」(MEIN BLIND DATE MIT DEM LEBEN)
(2017年 ドイツ)(上映時間1時間51分)
監督:マルク・ローテムント
出演:コスティア・ウルマン、ヤコブ・マッチェンツ、アンナ・マリア・ミューエ、ヨハン・フォン・ビューロー、アレクサンダー・ヘルト、ミヒャエル・A・グリム、キダ・コードル・ラマダン、ニラム・ファルーク、ジルヴァーナ・クラパッチュ
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://5p-kiseki.com/

「ブリムストーン」

「ブリムストーン」
新宿武蔵野館にて。2018年1月12日(金)午後1時40分より鑑賞(劇場1/C-6)。

洋の東西を問わず天才子役は消えていく。幼い頃に強烈な印象を残せば残すほど、そのイメージが足を引っ張って、大人の俳優としての成長を妨げてしまう。スクリーンから消えるだけならまだしも、人生そのものから転落してしまう子役も珍しくない。

ダコタ・ファニングも天才子役として一世を風靡した。何といっても印象深いのは、2001年の「I am Sam アイ・アム・サム」だろう。ショーン・ペン演じる知的障害のある父親の娘役で、あまりのかわいらしさと健気な演技によって一躍大ブレイクした。

その後も彼女は、デンゼル・ワシントンロバート・デ・ニーロトム・クルーズなどと共演する売れっ子子役として活躍した。そして、大人になったダコタはどうなったのか?

オランダのマルティン・コールホーヴェン監督が手がけた「ブリムストーン」(BRIMSTONE)(2016年 オランダ・フランス・ドイツ・ベルギー・スウェーデン・イギリス・アメリカ)は、そんなダコタの大人の女優としての成長ぶりを、より明確にスクリーンに刻み付けた作品である。

舞台となるのは西部開拓時代のアメリカ。主人公は小さな村で助産師をしながら、夫と2人の子どもと穏やかに暮らすリズ(ダコタ・ファニング)。彼女はオランダからの移民であることが、あとになってわかる。そして彼女は耳は聞こえるものの、言葉を発することができなかったのだ。

そんなある日、彼女の住む村に顔に傷のある牧師(ガイ・ピアース)が現われる。何やら不気味な雰囲気を漂わせた男だ。彼を見るリズの目には明らかに普通でない光が宿っていた。そして牧師もまたリズを憎悪に満ちた目で見ていた。

まもなく教会での礼拝の後に、村の女が産気づく。リズは彼女の出産を手伝うが、子供は死産となってしまう。女の夫は、それをリズのせいだとして、彼女を攻撃しようとする。そして、牧師もまたリズを責め、「汝の罪を罰しなければならない」と告げる。リズは、家族に危険が迫っていることを伝えるのだが……。

1人の女性が得体の知れない人物によって追いつめられていく。そんなどこかで聞いたようなスリラー映画だと思ったら、本作はそんな簡単なものではなかった。全体の切り口は西部劇風スリラーなのだが、そこに描かれているのは壮絶かつ壮大な叙事詩なのだ。

この映画は「啓示」「脱出」「起源」「報復」という4章立てになっている。1章の「啓示」では、リズが牧師と出会い、運命を狂わせられるまでが描かれる。そして続く2章は時間をさかのぼって、彼女がその村に住むまでが描かれる。荒野をさまようリズはまもなく助けられるものの、売春宿に売られてしまう。そこからの脱出劇を通して、彼女がなぜ口がきけなくなったかが語られる。牧師との関係もおぼろ気に浮かぶ。

続く3章は、さらに時間をさかのぼる。そして、ついにリズの正体と牧師との関係が明らかになる。

1~3章を通して描かれるのは、女性蔑視の時代に虐げられた女たちの悲痛な叫びと、そこからの決起である。リズの母親は夫に虐げられ、反抗することもできずに滅んでいく。そのあまりに悲しい運命がリズの行動の源泉になる。母親とは違う人生を歩むべくリズはついに決起する。だが、そこには大変な困難が待ち受けている。それでも彼女はひるまずに前に進もうとする。

つまり、この物語は理不尽な支配に苦しむ女たちの年代記であり、そこから抜け出そうとするリズの一代記なのだ。それはあまりにも壮絶で、ときには目を覆いたくなる暴力シーンなどもある。だが、けっして目をそらしてはいけない。それもまたリズと女たちの闘いの記録なのだから。

さらに、本作は宗教のある一面を突いてもいる。牧師はとんでもない変態野郎なのだが、それを宗教と結びつけて、すべての行動を神の名のもとに正当化する。建国期のアメリカのキリスト教の極端な面を背景にしているとはいえ、それはあらゆる宗教にも通じることだろう。カルト宗教が起こす様々な事件を見るまではなく、宗教の持つ危うさが垣間見えてくる映画でもある。

3章ですべてが明らかになり、4章で時系列は再び1章につながる。牧師の魔の手を逃れようとするリズだが、そうたやすくは逃げおおせない。そのためドラマはすさまじい復讐劇へと突入していく。手に汗握るスリリングな展開。その果てに待っているのはカタルシスだ。なるほど、最後は西部劇風スリラーらしい観客をほっとさせるエンディングなのね。

と思ったらそうは問屋が卸さなかった。なんとその先には意外などんでん返しが待っていた。多少のやりすぎ感もないわけではないが、哀愁と余韻が残るエンディングで、壮大な叙事詩である本作の締めくくりにふさわしいものだろう。

マルティン・コールホーヴェン監督の重厚な演出が光る。ヒリヒリするような緊迫感、舞台となる様々な土地柄や季節の空気感などがよく伝わってくる演出だ。

そして何よりもダコタ・ファニングの見事な演技が見逃せない。とても23歳とは思えない貫禄さえ感じさせる演技だ。西部劇風スリラーを壮大な叙事詩に深化させた最大の立役者は、彼女かもしれない。まさに天才子役が、見事な大人の女優に成長した稀有な例だろう。

ちなみに、彼女の妹のエル・ファニングも昨年公開の「20センチュリー・ウーマン」「パーティで女の子に話しかけるには」で、魅力的な演技を見せていた。何という姉妹やねん!!

おっと、忘れるところだった。もう一人、忘れてはいけない役者がいた。得体の知れない牧師を演じたガイ・ピアースである。この世のものとは思うないほどの憎々しさと、狂気(特に宗教と結びついた)を見事に演じきっていた。あんなオッサンが本当にいたら怖くて表を歩けませんぜ。ホントに。

観終わって良い意味での徒労感が押し寄せてきた作品である。それほど観応え十分だったのだ。

●今日の映画代、1500円。新宿武蔵野館のクーポン(WEBで誰でも入手可能)で300円引き。

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◆「ブリムストーン」(BRIMSTONE)
(2016年 オランダ・フランス・ドイツ・ベルギー・スウェーデン・イギリス・アメリカ)(上映時間2時間48分)
監督・脚本:マルティン・コールホーヴェン
出演:ガイ・ピアースダコタ・ファニングエミリアジョーンズ、カリス・ファン・ハウテンキット・ハリントン、ジャック・ホリントン、ヴェラ・ヴィタリ、カルラ・ユーリ
新宿武蔵野館ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://world-extreme-cinema.com/brimstone/