映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「第30回東京国際映画祭」~その4

「第30回東京国際映画祭」~その4

本日、10月29日は、台風が来るとか来ないとかで、朝から雨模様。どんどん風雨が強まって、昼前にはかなりなことになっていた。

それでも朝から東京国際映画祭開催中の六本木ヒルズへ足を運ぶオレ。もはや自分が「映画バカ」ではなくて、ただの「バカ」なんじゃないかとさえ思えてきたのである。

ともあれ、本日は4本の映画を鑑賞。

「ある肖像画(アジアの未来部門)
~フィリピンのミュージカル映画。1941年、太平洋戦争開戦直前のマニラを舞台に、ある画家の邸宅を舞台に、彼の2人の娘を中心に様々な人々が織りなす悲喜こもごものドラマ。笑いや感動などあらゆる要素をバランスよく配した構成、そして何よりも楽曲の素晴らしさと歌の上手さが光る。ミュージカル映画として、すべてにおいてハイレベルな作品。

「ザ・ホーム-父が死んだ-」コンペティション部門)
イラン映画(ただし、言語はトルコ語)。疎遠だった父が死に、遺言の献体を必死で阻止しようとする娘。ワン・シチュエーションで激しい会話を繰り広げる人々を、独特のカメラワークでスリリングに見せる。あまりにも強硬な態度の娘が、実はとんでもない秘密を抱えていたことがわかるラスト。現実と真実の違いを描きたかったという監督の言葉に納得。

「飢えたライオン」(日本映画スプラッシュ部門)
~女子高生・瞳の担任が児童ポルノ禁止法違反の容疑で警察に連行される。その性的動画が流出し、相手が瞳だというデマが流れる。それがさも事実のように広がっていき、瞳はどんどん転落していく。短いカットをつないだ淡々とした映像がリアルな怖さを醸し出す。SNSやマスコミ、学校、親など社会が抱える闇を容赦なく突きつける。重たい作品だが、今だからこそ観るべき一作。

「4月の終わりに霧雨が降る」(CROSSCUT ASIA部門)
~2012年のタイ映画(オランダ合作)。失業して故郷に戻った青年の日常を描く。現実と虚構が入り交じり、映画を撮る側と撮られる側が入れ替わるなど、かなり実験的な作品で、すぐには理解しがたいところもあるが、全体を包む緩くて穏やかないタッチが魅力的で後味は悪くなかった。

実は今日は5本目の予約もしていたのだが、あまりの悪天候に予約をキャンセルして急いで帰宅。そしたら、まあ、帰宅時には雨が上がっているではないか。ま、こんなこともあるさ。

「第30回東京国際映画祭」~その3

「第30回東京国際映画祭」~その3

10月28日も雨の中、東京国際映画祭へ。雨とはいえ、さすがに土曜日だけあってすごい人出。おまけにハロウィン関係のイベントが多いらしく、仮装している人があちこちに。映画祭期間中は、上映の合間にマクドナルドで時間を調整することが多いのだが、本日は席を確保するのにも一苦労だった。

そして今日鑑賞した作品の感想。

・「マリリンヌ」(コンペティション部門)
~フランス映画。主人公は女優を目指す女性マリリンヌ。せっかく映画出演のチャンスをつかんだものの、無理難題を押し付ける監督にキレて、それをきっかけにアルコール依存症になりドン底に落ち込む。しかし、やがて様々な人々との出会いによって立ち直っていく。正統派の人間ドラマだが、苦悩する主人公を温かく見守る作り手の視線が印象深い。何よりも、ドラマの展開とともに容貌や雰囲気を変える主演のアデリーヌ・デルミーの演技が見事。

・「人生なき人生」(アジアの未来部門)
イラン映画。海外留学しようとするミュージシャンの青年。だが、父はガンで余命わずかと判明する。そんな父と息子による絆のドラマ。父親が突然若い娘と結婚したり、息子が父が貸した借金の取り立てをする際に自分の演奏を使うなど、ユーモラスなシーンがたっぷり。終盤の予想もしない急展開には度肝を抜かれたが、父親がパラグライダーで空を飛ぶラストシーンで登場する美しい空撮映像が、爽やかな余韻を残してくれる。

というわけでこの日は2作品のみ。本日はもう少し観る予定。台風なんか関係ないのだ!!

「第30回東京国際映画祭」その2

「第30回東京国際映画祭」その2

昨日、10月27日も東京国際映画祭へ。TOHOシネマズ六本木ヒルズにて、プレス&関係者向け上映で4本を鑑賞した。

「そんなにたくさんの映画を観たら疲れるだろう」とよく言われるのだが、「まったくそんなことはない!!」と断言する。どうしようもない映画だったりすれば、たとえ1本でも嫌になるわけだが、何せここに集まっているのは、世界の選りすぐりの映画ばかりなのだ。何本観ても全く飽きないし、全然疲れないのである。何ならあと1~2本観てもいいぐらいだ。いや、ホントの話。

さて、この日鑑賞した映画の簡単な感想を……。

・「神と人との間」(日本映画スプラッシュ部門)
谷崎潤一郎の短編小説を原案にした映画。監督は「下衆の愛」の内田英治。好きな女性を友達に譲った男の苦悩を描く。本来ならシリアスにすべき素材なのかもしれないが、舞台を現代に移し、笑いに満ちたタッチで描いたところが秀逸。どうしようもない三角関係に陥る男女の姿を通して、人間の愚かさ、恋愛の不可思議さが伝わってくる。渋川清彦、戸次重幸、内田滋の演技も印象的。

・「スヴェタ」(コンペティション部門)
カザフスタン映画。家のローンとリストラに追い詰められた聾唖者の女が、とんでもない生き残り策に出る。ほぼ手話のみで描かれる作品。手持ちカメラによる映像も印象的。生きるために手段を選ばない主人公の悪女ぶりに圧倒されるが、ラストの号泣シーンなどで、彼女がそうなった背景もキッチリ描き込んでいる。ヒロインやその夫など、主要キャストは演技初体験の聾唖者たち。

・「ナポリ、輝きの陰で」(コンペティション部門)
~イタリア映画。娘を何が何でも歌手にしようとする露天商の父親と、それに苦悩する娘をドキュメンタリータッチで描いた作品。極端なアップを多用し、2人の心理をあぶりだす。父親の行動の根底には愛情がありながら、どんどん暴走していく自分を止められないところが怖い。ラストの彼の何ともいえない表情が苦みを残す。演じるのが本当の露天商の父と娘だというのにビックリ。

・「花筐/HANAGATAMI」(Japan Now部門)
~九州・唐津で戦争の時代を生きた若者たちの青春群像ドラマ。窪塚俊介満島真之介長塚圭史柄本時生、矢作穂香、山崎紘菜門脇麦常盤貴子らが演じる個性的な人々が、独特の世界観の中で様々なドラマを織りなす。3時間近い作品だが、鮮烈なイメージショットなど圧倒的な映像美でまったく目が離せない。そして反戦への強い思いが全編を貫く。大林宣彦監督の渾身の一作。12月16日より一般公開されるのでぜひ。

というわけで、昨日は11時にようやく終了。

そして今日もオレは六本木ヒルズへ。

「第30回東京国際映画祭」その1

「第30回東京国際映画祭」その1

今年も東京国際映画祭が始まった。この間、オレは連日映画を観倒すのである。

なに? よくそんなお金と時間があるな、ですと?

いやいや。実のところ全部無料で鑑賞するのである。一般の人は良く知らないと思うが、映画祭ではプレスと関係者向けの無料上映が行われており、オレが所属する某放送関係の団体にも入場可能なパスが何枚か支給される。ありがたいことに、皆さまのご厚意でオレもそのパスがもらえるのである。

これぞまさに無上の喜び。映画好きにとっては、馬の鼻先に人参をぶら下げられたような状態だ。当然、ホイホイとついていく。そのためにだいぶ前から仕事もやりくりして、映画祭期間中はできるだけ時間を空けてある。さぁ、行くぜ!

というわけで、さっそく本日から会場の六本木ヒルズへ足を運んだ。鑑賞したのは4本。1本ずつ詳しいレビューを書きたいところだが、映画を観倒すので精いっぱいで、とてもその時間がない。睡眠時間を確保するのがやっとだ。なので、とりあえずほんのひと言だけ感想を書いておく。

・「キリスト」(CROSSCUT ASIA部門)
~闘鶏で稼いだ金で妻子を養う男の悲劇を描くフィリピン映画。家族を大切にしながらも、危険と隣り合わせの仕事から足を洗えない主人公の苦悩が、ドキュメンタリータッチの映像で綴られる。あまりにもあっけないラストが何とも切ない。

・「シップ・イン・ア・ルーム」(コンペティション部門)
ブルガリア映画。カメラマンの男が、偶然知り合った女と、その弟と共同生活を始める。引きこもりの弟の心をほぐすため、男が外の世界で撮影した映像を見せる設定が秀逸。映像の持つ圧倒的な力と、傷ついた人々への優しいまなざしが伝わる作品。

・「ペット安楽死請負人」(コンペティション部門)
フィンランド映画。動物の安楽死を請け負う男を描いたハードボイルド。主人公が、ある犬を助けたことから意外な方向に運命が転がる展開が面白い。人間という存在の複雑さを改めて痛感する作品。主演のマッティ・オンニスマーの存在感が圧倒的。

・「隣人たち」(ワールド・フォーカス部門)
イスラエル映画イスラエル人である主人公が、仕事場の改装をアラブ人青年に依頼したことから起きる騒動。少女暴行事件をきっかけに露わになるアラブ人に対する憎悪には戦慄さえ覚えるが、シリアスになりすぎず、全体をユーモアに包んだ作風が素晴らしい。

どれもユニークで、観応えのある作品ばかりだった。

さぁ~、明日以降はどんな素晴らしい映画に出会えるのだろうか。

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「アトミック・ブロンド」

アトミック・ブロンド
池袋HUMAXシネマズにて。2017年10月21日(土)午後1時30分より鑑賞(シネマ6/D-7)。

アクション映画はアクションが命。とはいえ、そればっかりでは困りものだ。その背後にある人間心理をキッチリ見せてくれないと、気の抜けたサイダーのような感じがしてしまうのである。

アトミック・ブロンド」(ATOMIC BLONDE)(2017年 アメリカ)は、アントニー・ジョンソンによる人気グラフィックノベルを映画化したスパイ・アクション映画だ。監督は、スタント畑出身で、「ジョン・ウィック」では共同監督を務め、「デッドプール」続編の監督にも抜擢されたデヴィッド・リーチ

冷戦末期、1989年のベルリンからドラマがスタートする。英国秘密情報部“MI6”の捜査官が殺され、極秘リストが奪われてしまう。そのリストには西側のスパイの名が記されており、それが東側に渡ってしまえば大変なことになる。

そこでMI6のエージェント、ローレン・ブロートン(シャーリーズ・セロン)は、極秘リストの奪還と二重スパイ“サッチェル”の正体を突き止めるよう命じられベルリンへ向かう。だが、彼女はそこで大変な目に遭い、体中にあざを作った痛々しい姿で帰国する。いったいベルリンで何があったのか。上司たちの尋問に応じて、ローレンはベルリンで起きた出来事を話し始める。

というわけで、ドラマ全体がローレンの供述という形で進行する。ローレンはベルリンに飛び、現地で活動するスパイのデヴィッド・パーシヴァル(ジェームズ・マカヴォイ)と合流する。だが、彼はかなりのくせ者でいかにもヤバそうなヤツ。ローレンは任務を遂行しながら彼に翻弄される。

おまけにローレンを尾行する謎の女や、リストのネタ元の東側の役人など怪しげな人物が現れて混乱が深まる。そんな中、ローレンの行動は敵側に筒抜けとなり、彼女は何度も命を狙われるのである。

ベルリンの壁崩壊前夜を背景に、誰が敵で誰が味方なのか全くわからない展開が続き、ドラマが二転三転する。MI6だけでなくソ連KGBやフランスの諜報機関DGSE、アメリカのCIAまでが入り乱れて暗躍し、裏切りのゲームを繰り広げる。それが破格のスリリングさを生んでいる。

映像も素晴らしい。グラフィックノベルの映画化らしい独特の暗めの世界観の中、ポップでテンポの良い映像が続く。ニュー・オーダーデビッド・ボウイザ・クラッシュなど懐かしめの音楽も場面ごとにふさわしい形で使われ、場を盛り上げている。

だが、この映画で最大の見せ場は何といっても、シャーリーズ・セロンの演技である。全身あざだらけの体を、氷をはったバスタブに沈める登場シーンから存在感がたっぷりだ。無表情で次々に襲いくる敵を倒すバトルアクションもキレまくっている。これぞクール&ビューティー!!

タルコフスキーの名画「ストーカー」が上映されている映画館でのバトルなども印象深い。カーチェイスや、水中に突き落とされた車からの脱出シーンなどもある。

そしてクライマックスは、ベルリンの壁崩壊のまさにその時。群衆に紛れて決死の脱出劇に挑むローレン。しかし、またしても情報が漏れ敵に襲われる。

そこでビルの中で繰り広げられるバトルが圧巻だ。手近な武器を使って敵をなぎ倒していく。だが、そのバトルにウソ臭さはない。リアルな痛みさえ伝わってくる。相当なトレーニングをしたであろうシャーリーズのリアルな動きとカメラワークが、スクリーンからオレの目が離れるのを許さないのである。

このドラマの最大の謎は、二重スパイ“サッチェル”の正体は誰かというところにある。それに関して、いったんは予想通りの結論を提示しつつ、後日談では意外な真相で度肝を抜く。ところがである。最後の最後でまた、それがまた見事にひっくり返されるのだ。むむ、そうだったのか!!!

こうしてローレンという女スパイの全貌がついに明らかになる。そこで、オレはハッとした。それまでの彼女の一挙手一投足に違った意味を見出したのだ。自らの真の使命と目の前で起きていることとのギャップに戸惑いつつも、自らを奮い立たせて前に進んでいたローレン。要するに、この映画はただのアクションだけの映画ではなかったのだ。そこには、間違いなく彼女の心情が無表情の奥にクッキリと刻まれていたのである。

おそらく筋肉バカが演じていたら、これほど面白い映画にはならなかっただろう。ご存知のようにシャーリーズ・セロンは、これまでに様々な役を演じ、その演技力には定評がある。2003年に主演した「モンスター」では、シリアルキラーを熱演し、見事にアカデミー主演女優賞を獲得している。

そんな演技派女優が完璧なアクションをこなすのだから、鬼に金棒だ。最近では本作以外にも、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」「ワイルド・スピード ICE BREAK」などのアクション映画に出演しているが、本作はそのハイライトともいうべき作品だろう。

同様に元々の演技力にアクションが加わった俳優といえば、リーアム・ニーソンが思い浮かぶ。そうした役者が演じるアクション映画は、中身の充実度が違うのである。

そのシャーリーズの抜群の存在感に加え、ジェームズ・マカヴォイジョン・グッドマンソフィア・ブテラら脇役の好演も光る。あらゆる角度から見て、文句なしに一級品のスパイ・アクション映画だ。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。

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◆「アトミック・ブロンド」(ATOMIC BLONDE)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間55分)
監督:デヴィッド・リーチ
出演:シャーリーズ・セロンジェームズ・マカヴォイジョン・グッドマンティル・シュヴァイガーエディ・マーサンソフィア・ブテラ、ジェームズ・フォークナー、ビル・スカルスガルド、サム・ハーグレイヴ、ヨハンネス・ヨハネッソン、トビー・ジョーンズ
*TOHOシネマズみゆき座ほかにて全国公開中
ホームページ http://atomic-blonde.jp/

「リングサイド・ストーリー」

「リングサイド・ストーリー」
新宿武蔵野館にて。2017年10月18日(水)午後12時20分より鑑賞(スクリーン1/B-9)。

子供の頃はテレビでけっこう観たプロレスだが、今はまったく興味がない。かつては真剣勝負だと思っていたのだが、スポーツとショーを合体させたものだということがわかってしまってからは、あまり観る気がしなくなった。とはいえ、そうしたことを承知でエンターティメントとしてのプロレスを楽しむファンも多いようだ。彼らのほうが、オレよりもよほど寛容で人生を楽しんでいるのかもしれない。

プロレスが大きく取り上げられている映画が「リングサイド・ストーリー」(2017年 日本)である。何しろ映画の冒頭では、いきなり力道山以来の日本のプロレスの歴史を語っているのだ。

そこから主人公の江ノ島カナコ(佐藤江梨子)が、勤め先の弁当工場を突然クビになる展開へとなだれ込む。そのあたりのテンポの良さとポップな描き方が心地よい。

カナコには10年間付き合い同棲中の彼氏・村上ヒデオ(瑛太)がいる。だが、こいつがとんでもないヤツなのだ。7年前には大河ドラマにチラッと出たりもしたが、今はまったく売れない役者で、ヒモ同然の生活を送っている。そのくせ口では偉そうなことばかり言い、気に入らない仕事を断ったりしている。まさにサイテーのダメ男なのである。

そんな中、カナコは弁当工場をクビになり、2人の収入源は断たれてしまう。カナコは新たな仕事を探すが、プロレス団体が裏方のスタッフを募集していることを知ったプロレス好きのヒデオは、勝手に志望動機を送ったりしてカナコを無理やりそこに就職させる。

こうして戸惑いつつ働き始めたカナコだが、すっかりプロレスの世界に魅了されて生き生きと輝きだすのだった。

というわけで、武藤敬司などプロレスラーが続々登場。練習や試合シーンもあるし、プロレスの舞台裏も目撃できる。それだけに、プロレスファンにはたまらない映画なのではないだろうか。

もちろん、そうでない人にも楽しめる映画だとは思う。何よりもユーモアにあふれたケレン味タップリの展開が楽しい。全編笑いどころには事欠かない。

さて、こうして輝きだしたカナコだが、それを見たヒデオはカナコが浮気していると勘違いする。そして、嫉妬のあまりとんでもない事件を起こしてしまうのだ。それによって、カナコはプロレス団体を自ら辞める。

ところが、その次にカナコが就職したのはなんとK-1の主催団体。なので、ここからは武尊はじめK-1選手も登場。どこまでも格闘技がついて回る映画なのだ。

しかし、相変わらずダメ男のヒデオは、またしてもカナコが浮気しているものと誤解。またまたとんでもない事件を起こしてしまう。そして、そのケリをつけるべく、K-1チャンピオン・和希との一騎打ちをするハメになるのである。

俳優が格闘技のリングに上がるという奇想天外な展開。だが、残念ながら物足りなさが残る。この手のドラマなら、「ロッキー」ではないが、トレーニング風景の面白さや迫力をしっかり見せて欲しかった。それがイマイチないのだ。

いや、それ以前に肝心の試合もセコイ。入場シーンで延々とヒデオにダンスを躍らせて盛り上げに盛り上げて、それであの試合はないだろう。もちろん現実に素人がリングに上がればあんなものだろうが、せめてもう少し工夫して「ミジメだけどカッコよかった」と思わせてほしいのである。

それより何より、このドラマに決定的に欠けているのはカナコとヒデオの人間ドラマだ。2人の苦悩や葛藤、行動の原点となった過去などがきちんと描かれていない。特にヒデオは最初から終幕近くまでずっとダメ男のままだ。彼の内面の変化がほとんど感じられないのである。

ドラマが薄味すぎるから結末もしっくりこない。まさか「ラブコメだから人間ドラマなんていらない」というものでもないだろう。ヒデオの変化を促すなら、ヒデオではなく、むしろカナコをリングにあげてしまったほうがよかったのではないか。な~んてことまで考えてしまったのである。

武正晴監督は前作「百円の恋」で名を上げた監督。主演の安藤サクラの力が大きかったといはいえ、演出にも抜群のキレがあった。今回もその点は抜かりがないのだが、問題なのはやはり脚本だろう。ちなみに本作は「百円の恋」の脚本を書いた足立紳の実話をヒントにしたらしいが、どうせなら脚本も彼に書かせるべきではなかったのか。

とまあ、いろいろ注文を付けてしまったのだが、ポップコーンやビール片手に気楽に観る分には十分にモトをとれる映画かもしれない。遊び心も満点で、映画監督の岩井俊二がチラリと顔を見せていたりもする。

瑛太の半端でないダメ男ぶりも面白い。本人もノリノリで演じていたのではないだろうか。一方、サトエリはさすがにアラサー設定は厳しかったが、相変わらずスタイルがいいから、こういうアクティブな役にはピッタリだ。パンツスーツ姿がキマっている。

●今日の映画代、1000円。新宿武蔵野館の毎週水曜のサービス料金で鑑賞。

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◆「リングサイド・ストーリー」
(2017年 日本)(上映時間1時間44分)
監督:武正晴
出演:佐藤江梨子瑛太、有薗芳記、田中要次伊藤俊輔奈緒村上和成高橋和也峯村リエ武藤敬司、武尊、黒潮“イケメン”二郎、菅原大吉、小宮孝泰、前野朋哉、角替和枝近藤芳正余貴美子
新宿武蔵野館、渋谷シネパレスほかにて全国公開中
ホームページ http://ringside.jp/

「ユリゴコロ」

ユリゴコロ
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年10月15日(日)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/D-08)。

沼田まほかるという作家がいる。ここ数年、本屋でよく作品を見かけるようになったので、てっきり新人作家だと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。何でも50代で初めて書いた長編『九月が永遠に続けば』で第5回ホラーサスペンス大賞を受賞し、56歳で遅咲きのデビューを果たしたものの、その後はあまり売れず、最近になってようやくブレイクしたのだとか。

その『九月が永遠に続けば』を読んだことがあるのだが、何やらおどおどろしいミステリーで心がザワザワしたものである。

そんな沼田まほかるが2012年に第14回大藪春彦賞を受賞した同名小説(残念ながらオレは未読です)を映画化したのが「ユリゴコロ」(2017年 日本)だ。監督は「君に届け」「心が叫びたがってるんだ。」の熊澤尚人

それにしても、「ユリゴコロ」ってなんだ?と思ったら、「拠り所(ヨリドコロ)」を幼い少女が聞き違えたものらしい。その聞き違いをした少女を描いたドラマなのだ。

最初に登場するのは亮介(松坂桃李)というカフェレストランのオーナー。婚約者の千絵(清野菜名)とともに車に乗って、職場へと向かっている。いかにも幸せそうな2人。だが、まもなくその千絵が失踪してしまう。

冒頭の展開を観て、亮介が千絵の行方と失踪の理由を追うドラマなのかと思ったら、大外れだった。その後は、なんとホラー、それもかなりエグいホラー映画の色彩を帯びてくるのだった。

亮介は、末期のすい臓がんで自宅療養中の父の書斎の押し入れで、1冊のノートを見つける。それは、人を殺すことに心の拠り所を感じてしまう美紗子(吉高由里子)と名乗る女が、自らの殺人について綴ったものだった。これは事実なのか、それとも父の創作なのか。激しく動揺するとともに、強烈にそのノートに惹きつけられていく亮介だったが……

というわけで、婚約者に失踪された亮介の現在と、彼が読む手記に書かれた内容が同時並行で描かれるのだが、手記の内容があまりにもエグすぎるのである。幼い頃に口がきけず、医師から「この子には心の拠り所がない」と言われた美紗子。周囲に対する違和感と空虚な心を抱えて、彼女はまもなく殺人に拠り所を見出していく。要するに、ある種のサイコパスなわけである。

彼女が殺人を犯す場面がかなり凄惨だ。少年の体の上から側溝のふたを閉めるなど、まるで虫けらのように人を殺していく。料理学校で知り合った女との一件も気色が悪い。その女が年中リストカットを繰り返すシーンを見ているだけで、何だかムカムカしてくるのだった。

熊沢尚人監督は、この映画全体にまるでアートのような美しい映像を散りばめている。そのせいで、多少はエグさが緩和されるものの、それでもやはり観ていて正視できない観客もいそうである。

そして、そのおぞましい手記を読んだ亮介は、次第にその不思議な魅力にとりつかれ、自らの中にある狂気が目覚めていく。

さあ、これで亮介が殺人鬼にでも変身すれば、完全なスプラッターホラーだ。なんせ料理人だからキッチンに凶器は山ほどある。それを使って連続殺人!

とはならないのである。中盤になると、ドラマのテイストは大きく変化する。悲しい運命を背負った女の愛と人生の物語がスタートするのだ。

手記の続きで、美紗子は洋介(松山ケンイチ)という男性との運命的な出会いを果たす。彼は罪を背負って生きる男だ。一方、美紗子も数々の罪を背負っている。しかし、美紗子には罪の意識がない。そんな2人が交流を重ねる中で、大きな変化が起きていく。

このあたりからの人間ドラマは、なかなか見応えがあった。洋介の無上の愛、美紗子の罪悪感と葛藤がスクリーンに交差して、何とも言えない切なさを漂わせる。

映像も相変わらず魅力的だ。特に美紗子と洋介が初めて関係を持つところのイメージショットの鮮烈さが際立つ。子供の頃から彼女を悩ませてきた引っ付く植物(あれ、なんていうんだっけ?)を効果的に使った美しいシーンである。

そして、ついに亮介と父と美紗子との関係が明らかになる……。

終盤は亮介の失踪した婚約者を巡って、途中から出現したかつての同僚だという女性(木村多江)が絡んで大変なことになるのだが、残念ながらテレビの2時間サスペンスのような既視感のある展開だった。

おまけに、この映画、あちこちにあり得ない、ご都合主義な展開が目についてしまう。そのあたりが、どうにももったいないところだ。

それでもラストシーンは心にしみる。ありがちとはいえ、愛のドラマの結末として素直に感動できるシーンだろう。

役者たちの演技も見ものである。これまでとは違うイメージの難役を演じ切った吉高由里子をはじめ、松山ケンイチ松坂桃李佐津川愛美(なまじのホラー映画よりもコワい演技)などが存在感ある演技を披露。木村多江の相変わらずの薄幸そうな雰囲気も、この映画にはぴったりだった。

この映画を楽しめるかどうかは、ひとえに前半の陰惨さを乗り越えられるかどうかにかかっていると思う。そうすれば、後半には切ない愛のドラマが待っている。コワイいのが嫌いな人も、何とかこらえて最後まで観ればモトは取れるかもしれない。

●今日の映画代、1300円。ユナイテッド・シネマの会員料金で鑑賞。

◆「ユリゴコロ
(2017年 日本)(上映時間2時間8分)
監督・脚本・編集:熊澤尚人
出演:吉高由里子松坂桃李松山ケンイチ佐津川愛美清野菜名、清原果耶、木村多江
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
ホームページ http://yurigokoro-movie.jp/