「哭声/コクソン」
シネマート新宿にて。2017年3月11日(土)午前9時30分より鑑賞(スクリーン1/E-14)。
韓国映画「八月のクリスマス」(1998年)を観た時にはぶっ飛んだ。死期の迫った男と駐車違反取締員の女のラブストーリーだが、韓国の熱いイメージとは真反対の静謐で抑制的な世界にノックアウトされてしまった。未見の人は絶対に観るべき映画だと思う。
それ以来、韓国映画をよく観るようになったのだが、これがなかなか奥が深い。ありとあらゆるタイプの映画があり、監督にしろ役者にしろツワモノ揃いなのだ。前回取り上げた「お嬢さん」のパク・チャヌク監督なども、初期から注目していた存在だ。
そして、ここで取り上げる「哭声/コクソン」(THE WAILING)(2016年 韓国)のナ・ホンジン監督も鬼才と呼ぶべき存在だろう。「チェイサー」(2006)、「哀しき獣」(2010)と、密度の濃いクライム・サスペンスを送り出してきた監督による今回の映画には、サスペンス、スリラー、オカルト、ゾンビなど様々な要素が盛り込まれている。
冒頭に登場するのは新約聖書の福音書の一節。これがラストにも登場する重要なモチーフになる。
舞台は山奥の静かな村。そこで猟奇殺人が起きる。村人が自分の家族を惨殺したのだ。しかも、同種の事件が連続して発生する。犯人はいずれも全身に湿疹があり、濁った眼をして、何かにとりつかれたような状態でいた。原因は毒キノコではないかという話も出るが、村人たちは山中の一軒家に住み着いた日本人の男(國村隼)が怪しいと疑うようになる。その男がいつ何のために住み着いたのか誰も知らない。そんな中、事件を担当する地元の警察官ジョング(クァク・ドウォン)は、その男を追及する……。
山奥の美しい風景の中、それとは対極のおどろおどろしい事件の犯人捜しのサスペンスに、謎の男の存在が絡む前半。ナ・ホンジン監督の映画は相変わらず映像が凄い。緊迫感にあふれ、おぞましく、迫力満点の映像が続く。
そして、國村隼演じる謎の日本人の怪しさときたら。裸で四つん這いになってシカの肉を食らうなど、まさに悪魔的な存在である。実は、それは警察官ジョングの悪夢だったり、村人の噂を映像化したものなのだが、巧みな描き方で現実との境目を曖昧にして謎と恐怖を増幅させていく。男が住む家の中の不気味な様子や、凶暴な飼い犬なども効果的に使われる。
彼はいったい何者なのか。それに関して終盤で重要な役割を担う女を、途中で笑いとともにさりげなく登場させるあたりの仕掛けも見事だ。それ以外にも、こんなに恐ろしいドラマなのに、ところどころに笑いが散りばめられているのが面白い。
このドラマの核は、謎の存在によって日常を破壊された人たちが、自分を見失い、集団ヒステリーのように暴走していくところにある。前半から後半にかけて、謎と恐怖がじわじわと積み上がっていく。そして、それが爆発する後半。警察官ジョングの娘ヒョジンにも犯人と同じ湿疹が現れ、奇怪な行動をとるようになったことから、ジョングは娘を救うために暴走していく。
そこでジョングが頼ったのは祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)だ。彼はヒョジンには悪霊がとりついているといい、それを追い払う儀式を行う。おお、これはオカルト映画の名作「エクソシスト」と同じ展開ではないか!
しかし、シンプルに善と悪の対決に落とし込んだ「エクソシスト」と違い、この映画は複雑な展開を見せていく。祈祷師は悪霊の正体は例の日本人の男だとして、彼を呪い殺そうとする。後半のヤマ場はその祈祷の儀式の場面だ。太鼓の響き(これ以外にも全編で使われる)がとどろく中で、高揚感に満ちた儀式が行われる。
それに対して、謎の日本人もまた呪術的な行為に出る。うーむ、これは何がどうなっているのやら。わからないことだらけである。それでも有無を言わさぬ迫力に一瞬たりともスクリーンから目が離せない。
だが、それで話は終わらない。詳しくは伏せるが、終盤はジョング、謎の日本人、祈祷師、謎の女が入り乱れて、二転三転する展開。ギリギリの場面が続く。その過程ではゾンビ映画のようなシーンも登場する。
ちなみに、カタルシスを求める人には、この映画はお勧めしない。なぜなら事件の真相や謎の日本人の正体は、最後まで明らかにならないからだ。それについては観客の判断に委ねている。だが、その曖昧さがこの映画をより印象深いものにしている。
役者たちの怪演もこの映画の見どころだ。規格外の演技を見せる國村隼に加え、これが初主演だという警察官ジョングを演じたクァク・ドウォンの力感あふれる演技は、あのソン・ガンホを思い起こさせる。祈祷師を演じた「国際市場で逢いましょう」のファン・ジョンミンの陶酔感あふれる演技(マックス・フォン・シドーやジェイソン・ミラーを超えた?)、ジョングの娘を演じたキム・ファニの壮絶な演技(リンダ・ブレアを超えた?)も必見だ。
単純に怖くて謎めいて面白い映画である。かなりエグいところが多いし、オカルト的な要素もあるし、話自体はかなり無茶なのだが、人間の奥底にあるものを見せつつ、力技で観客をスクリーンに引きずり込む。2時間36分という長尺があっという間だった。
力作?怪作?いずれにしてもスゴイ映画だと思う。
●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金で。