映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マイ・ブロークン・マリコ」

「マイ・ブロークン・マリコ
2022年9月30日(金)TOHOシネマズ池袋にて。午後3時20分より鑑賞(スクリーン5/D-14)

~死んだ親友と旅する女。過酷な現実を生きぬく決意

まだまだ暑い日が続く。なので、今日も映画館へ。何だ?その理屈は?

タナダユキ監督の「マイ・ブロークン・マリコ」を鑑賞。原作は平庫ワカの同名コミック(残念ながら未読)。脚本はタナダ監督自身とタナダ監督の「ふがいない僕は空を見た」の脚本を担当した向井康介

映画はショッキングな場面からスタートする。主人公のシイノトモヨ(永野芽郁)が食堂で食事をしていると、テレビから若い女性が自殺したというニュースが流れる。それはシイノの親友イカガワマリコ奈緒)だった。

マリコは幼い頃から、実の父親にひどい虐待を受けていた。せめて遺骨だけは救いたいと、シイノは包丁を持ってマリコの実家に乗り込んで、彼女の遺骨を奪って逃走する。そして、マリコの遺骨を抱いて、彼女が行きたがっていた海へ向かうのだが……。

ロードムービーといえば、普通は生きている者が旅をする。しかし、このドラマでは主役の女性のうち1人はすでに死んでいる。生き残った1人が遺骨を抱いて旅をする。旅をするのは1人だが、それは間違いなく2人旅だ。生と死を行き来するロードムービーである。

などというと、ひどく暗い話に思える。だが、本作には笑える場面もたくさんある。何よりシイノのヤサグレ感が半端でない。中学時代からタバコをスパスパ吸っていたような彼女だが、ブラック企業に勤める今はさらにパワーアップ。これ以上ないぐらいのヤサグレ感なのだ。そのキャラが様々な笑いを生んでいく。

おまけにドライブ感あふれるタッチで描かれるので、ベタベタな感じはしない。むしろ、シリアスな場面が余計に引き立つのだ。登場人物が吐露する真摯な言葉が、スッと胸に入ってくるのである。

遺骨を奪い、さてどうしようかと思ったシイノは、生前マリコが「まりがおか岬」に行きたいと言っていたのを思い出して、夜行バスに乗る。彼女を突き動かしているのは、「なぜマリコを救えなかったのか」「自分にできることはなかったのか」という思いだ。悶々とした気持ちを抱えてシイノは旅を続ける。

旅の途中には、シイノとマリコの過去の回想が随所に挟まれる。そこには楽しいことばかりではなく嫌なこともある。2人の仲は友情以上の関係だ。父親のDVを受けているマリコはシイノを頼る。「シイノに彼氏ができたら死ぬ」などと物騒なことも言う。そればかりかリストカットまでするのだ。シイノはそんなマリコを面倒くさいと思う。両者の思いはすれ違う。それでもシイノはマリコを突き放せない。

そんな回想以外にもマリコの遺骨にシイノが語りかけたり、かつてマリコがシイノに出した手紙を読み上げたり、はては死んだはずのマリコがシイノの目の前に現れたりする。それはシイノにとって不思議なことではないのかもしれない。彼女にとってマリコの死は受け入れがたいもので、まだマリコは生きているのだから。

旅の途中でシイノはひったくりにあう。そのピンチを救ったのが偶然出会った釣り人のマキオ(窪田正孝)だ。彼との交流が、悶々としたシイノの心を少しだけなごませる。

だが、その後死んだマリコが現れ、シイノとの思いが決定的にすれ違ったその時。衝動的にシイノはある行動に出る。

それを救ったのもマキオである。ほとんど話さない彼だが、数少ない言葉がシイノの胸に響く。死んだ人を弔うためにも生きるべきではないか、という彼の言葉は、スクリーンのこちら側にも説得力を持って届いてくる。

その言葉にシイノは生きていくことを決意する。

帰りの列車に乗ったシイノが、マキオからもらった弁当をかき込むシーンがいい。生きる希望を再発見したかのようなシーンだ。

そして、最後には素晴らしい仕掛けが用意されている。マリコからの手紙をシイノが読む。そこで心憎いばかりの演出がなされる。観る者に余白を残した見事なラストである。エンディングに流れるTheピーズ(ビーズではない)の『生きのばし』も、この映画にピッタリだった。

シイノ役は永野芽郁。ヤサグレた感じと心の奥底の苦悩を両立させた演技が心を打つ。マリコ役は奈緒。DVにさらされた女性の役を多面的に演じていた。マキオ役の窪田正孝もいい味を出している。シイノとマリコの子供時代を演じた子役も好演。

わずか85分の死者と生者によるロードムービー。それは奥深く骨のあるドラマだ。あまりにも過酷な世界で、生きられなかった者と生きる決意をする者。葛藤の果てにたどり着いたシイノの境地から、観客はきっと元気をもらえるだろう。間違いなく今年の日本映画で上位にランクされる1本だと思う。

◆「マイ・ブロークン・マリコ
(2022年 日本)(上映時間1時間25分)
監督:タナダユキ
出演:永野芽郁奈緒窪田正孝尾美としのり、吉田羊
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://happinet-phantom.com/mariko/


www.youtube.com

 

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