「顔を捨てた男」
2025年7月23日(水)kino cinema新宿にて。午後1時45分より鑑賞(シアター1/D-9)
~特異な顔をした男の皮肉な運命を通して突き付けるルッキズム問題
この日出かけたKino cinema新宿。アイスコーヒーを買おうと思ったら、ドリンクバーですって。というわけでカップをもらって自分でコーヒーを注ぐ。あら、でもこれ氷が入っていないわ。氷はどこで入れるのかしら。氷がないぞー! というところで時間切れで上映開始。結局ぬるーいアイスコーヒーを飲む羽目になったのであった。だからドリンクバーは嫌いなんだよ~。
さて、「人は見た目が9割」なんて本が売れるほど、私たちの社会では見た目が重視されてしまう。とはいえ、人を外見だけで判断したり、差別したりする「ルッキズム」には強い批判がある。
かくいう私も、外見はパッとしない。まあ、いわゆるブサイクな顔の部類だろう。昔、バンドをやっている時に某バンドのボーカルオーディションを受けたら「歌はいいんだけど、君はロックバンドのボーカルの顔じゃないよ。コミックバンドとかやったらどう?」と言われて、「コイツら殺してやる!」と思ったものだが、もちろん実行はしていない(笑)。
そんな次元ではない特異な顔の持ち主が、映画「顔を捨てた男」の主人公だ。彼の皮肉な運命を描いた不条理スリラーである。監督は本作が長編3作目となるアーロン・シンバーグ。これまでも外見やアイデンティティをテーマにした作品を手がけてきたという。
顔に特異な形態的特徴を持ちながら俳優を目指しているエドワード(セバスチャン・スタン)は、劇作家を目指す隣人のイングリッド(レナーテ・レインスヴェ)に惹かれるが、消極的な性格ゆえ告白できずにいた。そんなある日、外見を劇的に変える実験段階の治療を受けたエドワードは、念願だった新たな顔を手に入れる。過去を捨て別人として新たな人生を歩み始めたエドワードだが、かつての自分の顔にそっくりな男オズワルド(アダム・ピアソン)が現れたことで運命の歯車が狂いはじめる……。
エドワードの外見はかなり特異だ。地下鉄の中で彼を見た乗客は、一瞬ギョッとし、その後チラチラと視線を送ったり、なにも見なかった風を装ったりする。
映画の冒頭は撮影シーン。役者志望のエドワードが社員教育用の映像作品で演技をしている。外見が特異な人との接し方といった内容で、ワンシーンだけの出演だ。
彼はその外見のせいで、内気で消極的な性格だった。家に帰ってもおとなしい。天井から雨漏りしているのを見つけても、強く抗議するようなことはしない。
そんな時、隣の部屋に引っ越してきたイングリッドという女性が挨拶に来る。彼女はエドワードの顔を見ても、特に驚くようなこともなく自然に接してくれる。エドワードが料理で手を切ったのを見て、家から救急セットを持ってきて手当してくれる。エドワードはお礼に、彼女に道で拾ったという古いタイプライターをあげる。イングリッドは劇作家志望だったのだ。
エドワードはイングリッドと食事をしたりして親しくなる。彼は明らかに彼女に惹かれていた。だが、それを口にすることはできない。どうやら彼女には男の影もあった。
ちょうどその頃、エドワードは新たな治療法の治験を受ける。画期的な治療法という医師の触れ込みだったが、エドワードは半信半疑だった。プラセボ(偽薬)ではないかという疑念を持ったりもする。
だが、治療の効果は意外に早く表れる。エドワードの顔の皮膚が塊となってボロボロと落ちてきたのだ。顔を血だらけにしたエドワードがさらに皮膚をめくっていく。その場面はリアルで恐ろしい。
後半は顔が一変してイケメンになってしまったエドワードが登場する。彼は過去の自分を捨て(自殺したことにする)、ガイという別人になって暮らしていた。不動産業で成功するなど人生を好転させ、以前とは違い自信満々の日々のようだった。
そんな彼は、偶然にもイングリッドが自作の芝居を小劇場で上演するために、オーディションを行っているのを知る。それはかつての自分をモデルにして芝居だった。エドワードは正体を隠したままオーディションを受け、見事に主役に抜擢される。イングリッドとの距離も縮まっていく。
ところが、そこに昔のエドワードと似た顔を持つ男オズワルドが現れる。オズワルドは知的で自信家、社交的だった。すぐにイングリッドをはじめスタッフたちとも打ち解けていく。エドワードは彼の出現に心穏やかではなく、イングリッドとも対立し始める。その結果、主役を奪われ、イングリッドも奪われてしまう。そして、転落していくのである。
せっかく念願だった顔を手に入れたのに、以前の自分の顔そっくりの男に翻弄されるエドワード。すっかり自身のアイデンティティを見失い、「こんなはずではなかった」「自分は何だったんだ?」と苦悩する。その姿を通して、ルッキズムなどについて色々と考えさせられるのが本作だ。けっしてスカッとするような映画ではないが、その分、大きな問いが秘められている。
特異な顔の人物を扱った映画は過去にもあったが、本作は独特な色合いを持つ。不条理スリラーであるのと同時に、ホラーやブラックコメディの雰囲気もある。
後半の劇中劇的な展開も特徴だ。以前のエドワードを、新たな顔を手に入れたエドワードがマスクをつけて演じる。一方、オズワルドはマスクなしの素の顔で演じる。この逆転現象が、エドワードのアイデンティティの揺らぎを描くのに絶大な効果を発揮している。
本作はA24製作。人の心をざわつかせる挑発的な映画という点で、いかにもという感じである。ちなみに毎月24日は「A24」の日らしい。何じゃ、そりゃ。
主演のセバスチャン・スタン(「サンダーボルツ」「アプレンティス ドナルド・トランプの創り方」)は、前半は特殊メイクで熱演。全編を通して、揺れ動く心理をセリフ以外で表現した演技に感心させられた。
また、オズワルド役のアダム・ピアソンは、実際に神経線維腫症1型の当事者として特異な顔を持ち、障害者の権利向上に取り組む活動のかたわら、「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」などで俳優としても活躍している。その華のある演技がこの映画をさらに輝かせている。
イングリッド役のレナーテ・レインスヴェ(「わたしは最悪。」)も好演。
それにしてもなぁ、ルッキズムなぁ。見た目なぁ。まったく厄介な問題だよなぁ。というように、観終わってあれこれ考えてしまったのである。
◆「顔を捨てた男」(A DIFFERENT MAN)
(2023年 アメリカ)(上映時間1時間52分)
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン、レナーテ・レインスヴェ、アダム・ピアソン、C・メイソン・ウェルズ、オーウェン・クライン、マイケル・シャノン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームぺージ https://happinet-phantom.com/different-man/
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