「シック・オブ・マイセルフ」
2023年10月13日（金）新宿武蔵野館にて。午後2時20分より鑑賞（スクリーン3／Ｃ－8）
～強烈な承認欲求で暴走するヒロインがひたすら笑える
自己顕示欲の強い人はどこにでもいる。というか、誰だってある程度は持っているはずだ。他人から認めてもらいたいという承認欲求もまた然り。SNSなどを通じて簡単に自己アピールができる現在は、なおさらその傾向が強いだろう。
ノルウェーのオスロを舞台にしたドラマ「シック・オブ・マイセルフ」は、その自己顕示欲と承認欲求が異常に強いヒロインの話。そのあまりの暴走ぶりがグロテスクで、ホラー的な側面も垣間見せるが、どちらかというとシニカルなコメディーといった趣が強い。
主人公のシグネ（クリスティン・クヤトゥ・ソープ）はカフェの店員。これといって打ち込むものもなく、人生に行き詰っている。同棲中の恋人トーマス（エイリック・セザー）はアーティストを気取っているが、何やら胡散臭い。そして、この2人には似通っている所があった。両者とも自己顕示欲と承認欲求が異常に強いのだ。
というわけで、映画の冒頭は2人がレストランで高級ワインを開けるシーン。だが、コイツら、早くも食い逃げ（飲み逃げ？）する相談をしているのだ。そしてもまもなくそれを実行する。本当にろくでもないカップルです(笑)。
そんなある日、シグネはカフェに犬に噛まれた通行人が飛び込んできたため、とっさにその人を抱きしめて介抱する。おかげで、全身に返り血を浴びるが、それがかえって周囲の注目を浴びる。シグネが怪我したのかと思った道行く人が、「大丈夫か？」と尋ねてくる。恋人のトーマスにも優しくされる。それが彼女にとって快感だったのだ。
そこでシグネは自分も犬にかまれようとする。だが、道につながれている犬にちょっかいをかけるが全く相手にされず、戻ってきた飼い主にこっぴどく叱られる。もう笑うしかない場面だ。
ちょうどその頃、トーマスは個展を開いてアーティストとして脚光を浴び始める（といっても実は盗品の家具を展示したりして、やはりコイツは胡散臭いのだが）。シグネは彼ばかりが注目されるのが我慢ならない。そこで食事会でナッツのアレルギーだと嘘を言い、症状が出たと言って大騒ぎして周囲の注目を集める。
こうして、人から愛されたい、認められたいという強い欲求を持ち、病気になれば人から注目されると知ったシグネは、インターネットで見た強烈な副作用を持つロシアの薬に注目する。知人からそれを入手したシグネは大量に服用し始める。するとすぐに発疹ができる。最初は腕から。やがて顔面にまで症状が現れ、どんどん悪化していく。おかげで彼女は入院して、みんなからの注目を獲得することに成功する。
入院したシグネが検査を逃れまくるシーンが面白い。何しろ検査を受ければ、自分の病気が違法薬物のせいだとばれてしまう。彼女が悲劇のヒロインでいるには、絶対に検査などさせてはならないのだ。
途中からシグネの顔はもはや顔面崩壊状態。それにもかかわらず自分の道を突き進む。トーマスが雑誌の取材を受け記事になったと知れば、自分も雑誌の取材を受ける。謎の奇病に侵された悲劇のヒロインというわけだ。凄まじい対抗意識。もちろん現代社会ならではのSNSも活用して、せっせと自己アピールに走る。
まあ、実際にここまで極端な人はいないだろうし、あきらかに暴走しすぎ。でも、それがシニカルな笑いを生み出す。シグネのあまりの暴走ぶりに、ケラケラと笑ってしまったのであった。
そんなシグネに死の影が迫る。彼女はトーマスと自身の葬式について語り合う。しかし、そこでも彼女は自己顕示欲の塊。葬式には多くの人々が訪れて、涙にくれるという彼女にとって嬉しすぎる想像をする。嫌いな父や友人は締め出すのだ。
彼女の承認欲求は止まらない。ついにテレビに出演するほどの人気者となる。と思ったら、これも彼女の妄想だった。こうして現実と妄想をまぜこぜにする手法が面白い。
とにかく着眼点がユニークなこのドラマ。監督&脚本は本作が長編2作目となるノルウェーの新鋭クリストファー・ボルグリ。演出もテンポがよくてキレがある。ポップな映像も特徴だ。アホアホなカップルの行状に嫌悪感もそれほど抱かず、笑って観てしまえるのはそのせいだろう。
ちなみに、ボルグリ監督はA24に目を付けられ、「ミッドサマー」のアリ・アスター監督のプロデュースで、アメリカで次回作を撮ったらしい。
終盤のCM撮影の場面も面白い。シグネはハンディキャップをもつモデルを専門に雇う事務所と契約し、華々しく撮影の場に挑むのだ。しかし……。
この場面では、劇中の監督をボルグリ監督自身が演じている。そして、現在のルッキズムや偽善も痛烈に皮肉っている。
行くところまで行ったシグネがどうなるのか。詳細は伏せるが、ラストを破たんさせずにそれなりのところに着地させているところにも、ボルグリ監督の才能を感じさせた。
主演のクリスティン・クヤトゥ・ソープも素晴らしい。顔面崩壊状態(もちろん特殊メイク)で暴走するヒロインを熱演。終盤はおかしさの中に悲しみもにじませる見事な演技だった。
◆「シック・オブ・マイセルフ」（SYK PIKE／SICK OF MYSELF）
（2022年 ノルウェー・スウェーデン・デンマーク・フランス）（上映時間1時間37分）
監督・脚本・編集：クリストファー・ボルグリ
出演：クリスティン・クヤトゥ・ソープ、エイリック・セザー、ファニー・ベイガー、フレデリック・ステンバーグ・ディトレフ＝シモンセン、サラ・フランチェスカ・ブレンネ、イングリッド・ボラン、スタイナー・クローマン・ハラート、アンドレア・ブライン・フービグ、フリーダ・ナットランド、グリ・グランス、ヘンリク・メスタド、マチルダ・ホーグ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://klockworx-v.com/sickofmyself/
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