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映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「エリザのために」

「エリザのために」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年2月5日(日)午前11時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)

.ルーマニアといえば、1989年の革命でチャウシェスク大統領夫妻があっさりと処刑されてしまった映像が今も記憶に残る。いくら独裁者とはいえ、あんなに情け容赦なく、混乱の中のどさくさ紛れみたいに処刑するのはどうなんだ? そんなことして民主化しても、ろくなことにならんのじゃないか?という不安感がぬぐえなかった。

あれから30年近くたった今、オレの不安は的中したようだ。少なくともクリスティアン・ムンジウ監督の「エリザのために」で描かれたルーマニア社会は、かなりヤバイことになっている。

ルーマニアの家族の物語だ。冒頭は、ある家の窓ガラスが投石によって割れるシーン。この家に住む一家が、このドラマの主人公。父のロメオ(アドリアン・ティティエニ)は医師、母のマグダは図書館員、娘のエリザ(マリア・ドラグシ)はイギリス留学を間近に控えている。

ある朝、ロメオはエリザを車で学校に送る。しかし、ロメオが急いでいるらしいことを知ったエリザは、途中で車を降りて徒歩で学校に向かう。しかし、その後彼女はすぐに暴漢に襲われてしまう。

その知らせをロメオが受けたのは、なんと愛人宅。実は彼と妻のマグダの夫婦関係は破たん状態。マグダは夫の愛人の存在を知っているが、エリザはそれを知らなかった。

ロメオは考えようによっては身勝手な人間にも思えるが、その一方で医師としては患者からのお礼を一切受け取らず、常に倫理的に振る舞う。そして何よりも娘のエリザのことを強く気にかけている。

ただし、その方向性が問題だ。どうやらイギリス留学の話はエリザが希望したものではなく、ロメオが強く勧めたものらしい。彼はルーマニア民主化された1991年に妻とともに帰国したのだが、ルーマニアの現状は彼の期待とは大きく違ってしまった。民主化後も汚職と不正が蔓延し、治安も良いとはいえない状態だ。そのため、彼は何が何でも娘を外国に送り出そうとしているのである。

エリザは幸い腕を負傷しただけで大事には至らなかったものの、ショックで激しく動揺する。留学を実現するには卒業試験で一定の成績を取らねばならないが、今の精神状態ではそれもおぼつかない。事件の起きた朝に愛人宅へ向かった自責の念もあって、ロメオは娘のために何かをしたいと考える。

そこで彼は警察署長や副市長など、あらゆるコネを使って娘が無事に試験を通過できるように働きかける。 そこに、民主化後のルーマニアのゆがんだ現状が、赤裸々に映し出される。

ムンジウ監督は手持ちカメラを使って、ドキュメンタリータッチの映像でドラマを描く。それによって、登場人物の心理がリアルに伝わってくる。ロメオが抱えた不倫の後ろめたさや、娘のためとはいえあれほど嫌っていた不正に手を染める苦悩と葛藤。あるいは、恐ろしい事件に遭い苦しみながらも、それを乗り越えようとするエリザの心の揺れ動き。それらがヒシヒシと伝わってくる。

同時に何やらサスペンスフルで、謎めいた雰囲気も漂ってくる。エリザを襲った犯人は誰なのか。そしてロメオの自宅や車への投石は誰の仕業なのか。そんな出来事を背景に不穏な緊張感がスクリーンを包みこむ。

後半、エリザはロメオに反発し、ロメオは自らの不正が暴かれそうになるなど、ドラマは急展開を迎える。自分が尾行されていると信じ込み、突然バスを降りて夜の住宅街をさまようロメオの姿が、何ともやるせなく感じられる。

この映画には、わかりやすい結末や明確なハッピーエンドが用意されているわけではない。しかし、ラストの卒業式シーンでのエリザの笑顔は、彼女の成長と自立を予感させるもので、微かな希望を感じさせる。

ルーマニアの社会問題を背景にしつつ、親子や夫婦の関係、正義やモラルなど様々な問いが観客に突き付けられる作品である。

ムンジウ監督は、この作品で2016年の第69回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。パルムドールを獲得した『4ヶ月、3週と2日』、脚本賞を獲得した『汚れなき祈り』に続いて3度目のカンヌ映画祭受賞となった。それも納得できる密度の濃い映画だと思う。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカード料金。火曜、水曜なら1000円でさらに安くなるんだけどね。