映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2019年8月31日(土)午後2時20分より鑑賞(スクリーン5/G-14)。

~映画愛に満ちたタランティーノ監督が描く1969年のハリウッド模様

クエンティン・タランティーノ監督は1991年に「レザボア・ドッグス」で監督デビューを飾って以来、数こそ多くないものの「パルプ・フィクション」「キル・ビル」「イングロリアス・バスターズ」「ジャンゴ 繋がれざる者」といった強烈な印象を残す作品を監督してきた。

監督作ではないが、脚本を担当した1993年の「トゥルー・ロマンス」も素晴らしかった。クリスチャン・スレイターパトリシア・アークエットが演じる若い男女の愛と逃避行を、凄まじいスピード感とパワーで描ききった作品にすっかりKOされてしまった。

そんなタランティーノ監督は、若い頃にはビデオショップの店員をしながら数え切れないほどの映画を観た究極の映画オタク。それゆえ、彼が関わった作品のほとんどは並々ならぬ映画愛に貫かれた作品ばかりである。

監督9作目となる最新作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(ONCE UPON A TIME IN HOLLYWOOD)(2019年 アメリカ)も同様だ。何しろ今回のドラマの舞台となるのは、時代の波によって変化にさらされた1969年のハリウッド。それだけに、従来以上にタランティーノの映画愛が炸裂している。

物語の柱は役者とスタントマンの友情物語だ。テレビ俳優のリック・ダルトンレオナルド・ディカプリオ)は今や落ち目で、脇役の悪役しか回ってこない。映画スターへの転身を目指したこともあるが、それもうまくいかなかった。焦りと不安を募らせるリック。

一方、そんなリックを支えるのは相棒のスタントマンのクリフ・ブース(ブラッド・ピット)。ただのスタントマンではなく、リックの運転手や雑用係も引き受けていた。しかし、リックが落ち目になるにつれて、彼のスタントの仕事も減っていた。それでも、彼は常にマイペースだった。そしてリックとクリフは固い絆で結ばれていた。

この2人の友情物語がドラマの中心だが、もう1人、フィーチャーされる人物がいる。それは、夫で時代の寵児となった映画監督ロマン・ポランスキーともに、リックの隣に引っ越してくる新進女優のシャロン・テートマーゴット・ロビー)だ。

リックとクリフは虚構の人物だが、ポランスキーシャロン・テートは実在の人物。そして、シャロン・テートはマンソン・ファミリーというカルト集団によって惨殺された被害者。ハリウッド史に残る陰惨な事件である。つまり、このドラマは虚実が入り乱れ、現実も大胆に改変されたドラマなのだ。

映画の中盤でシャロン・テートは、自分が出演している映画を劇場で観て、無邪気に喜ぶ。実にキュートで魅力的なシーンだ。おそらくタランティーノシャロン・テートが大好きで、惨殺事件の被害者という側面ばかり強調される彼女に、違った面からスポットライトを当てたかったのだろう。そこにも映画を偏愛するタランティーノの思い入れが感じられる。

細部へのこだわりも相変わらず半端でない。ハリウッドの街の風景から洋服、音楽まで、すべてが1969年の雰囲気を漂わせている。

そのこだわりは劇中劇にも及ぶ。本作ではリックの過去の出演作がたびたび流される。それはまさに当時のテレビドラマや映画そのままだ。さらに中盤では現在進行形でリックが悪役を演じる西部劇の撮影風景が描かれる。それもまた、それだけで独立した映画になりそうなほどのこだわりぶりだ。

そこではリックの人間ドラマが描かれる。セリフが満足に覚えられずに自分に悪態をつく。子役の少女の前で自分の苦境を嘆いて涙を流す。そうした姿から、彼がもがき苦しんでいる様子がリアルに伝わってくる。

とはいえ、それをさらに深く追求することはしない。むしろ他の要素も映画の中にどんどん詰め込んでいく。苦悩するリックに対して、クリフはヒッチハイクをしていたヒッピーの少女を拾い、彼女をヒッピーのコミューンとなっていた牧場まで送り届ける。そこで彼は緊迫の場面に遭遇する。そこはサスペンス的でもあり、ホラー的でもある。

ちなみに、そのヒッピーたちこそが、シャロン・テートを惨殺したマンソン・ファミリーなのだ。そのことを知って観ると、なおさらハラハラドキドキ度が高まるはずだ。

ドラマの本筋とは関係ないところでも、面白く見せてしまうのがタランティーノのマジックだ。いきなりあのブルース・リーが登場してクリフと対決するシーンには度肝を抜かれた。もちろん笑いの要素もある。いつものタランティーノ映画と同様に、登場するのはアクの強い人物ばかり。それらが笑いの種をまいていく。

終盤、リックは再起をかけてイタリアでマカロニ・ウエスタン映画に出演する。クリント・イーストウッドの例を挙げるまでもなく、フィクションとはいえいかにもありそうな話である。そして、その帰国後の1969年8月9日に事件が起きる。

そこではタランティーノお得意のバイオレンスアクションが全開だ。とはいえ、陰惨さはなく、むしろ笑えるところが多い。特にリックの火炎放射の件は、残酷なのに笑いをこらえられなかった。

そして事件の展開は、予想もしない意外な方向に進む。ある種のあまりにも素敵な「奇跡」と言っていいかもしれない。あれはタランティーノの願望なのだろうか。そこでもまた、タランティーノシャロン・テートへの思い入れを感じずにはいられない。

レオナルド・ディカプリオブラッド・ピットをはじめ、すべての役者が生き生きと輝いているのもタランティーノ映画らしいところ。演技派を封印したレオ様の大仰な演技はそれだけで笑えるし、ブラピは逆にクールな二枚目をひたすらカッコよく演じて魅力的。それ以外にも、マーゴット・ロビーの可愛らしさ、ダコタ・ファニングの不気味さなど見どころを挙げればきりがない。アル・パチーノ、カート・ラッセル、ブルース・ダーンといった超ベテランたちも味わい深い。

何でもアリで、やりたいことをやろうとするタランティーノの姿勢は一貫している。そのため過去の作品同様に、とっ散らかった印象は拭えない。それでも面白さは圧倒的。2時間41分の長尺をまったく飽きさせないのだから立派なものである。

映画愛に満ちた映画だけに、特に映画好きにはたまらないはず。予備知識なしでも楽しめるが、できればシャロン・テート惨殺事件の概要程度は押さえておくとよいだろう。

 

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◆「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(ONCE UPON A TIME IN HOLLYWOOD)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間41分)
監督・脚本:クエンティン・タランティーノ
出演:レオナルド・ディカプリオブラッド・ピットマーゴット・ロビーエミール・ハーシュ、マーガレット・クアリー、ティモシー・オリファント、オースティン・バトラー、ダコタ・ファニングブルース・ダーンアル・パチーノジェームズ・マースデンルーク・ペリーティム・ロスマイケル・マドセンカート・ラッセルダミアン・ルイス
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.onceinhollywood.jp/