映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「散歩する侵略者」

散歩する侵略者
シネ・リーブル池袋にて。2017年9月10日(日)午後1時50分より鑑賞(スクリーン1/G-8)

オレは宇宙人である。

というのは、もちろんウソである。ただし、宇宙人が地球人そっくりの格好で日常に紛れ込むという話はよくある。黒沢清監督の新作「散歩する侵略者」に登場する宇宙人も、地球人そっくりの格好で登場する。いや、正確にいえば、地球人の体を乗っ取って現れるのだ。

この映画は、劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの舞台劇を映画化したものだ。イキウメの舞台劇では、「太陽」入江悠監督によって2015年に映画化されている。こちらも新人類と旧人類が共存する近未来を舞台にしたSFだった。残念ながらイキウメの舞台を見たことはないのだが、きっとこういう作品が得意なのだろう。

冒頭に描かれるのは金魚すくいの場面。続いて謎の一家惨殺事件が発生する。その現場から飛び出してきたのは血だらけの女子高生。彼女が一本道を歩いてくると、その背後で車が大事故を起こす。いかにも黒沢監督の作品らしい不穏な空気が漂う幕開けではないか。

その後登場するのは1組の夫婦だ。加瀬鳴海(長澤まさみ)と夫の真治(松田龍平)。真治は数日間行方不明だったが、帰ってきた彼は見た目は前と変わらないものの、内面は別人のようになっている。戸惑う鳴海をよそに、真治は会社を辞め、毎日散歩するようになる。

一方、例の一家惨殺事件を取材するジャーナリストの桜井(長谷川博己)は、偶然出会った奇妙な青年・天野(高杉真宙)に興味を抱き、彼とともに事件のカギを握る女子高生・立花あきら(恒松祐里)の行方を追うようになる。

というわけで、この2つのエピソードが並行して描かれる。真治はどうして別人のようになってしまったのか。そして天野とあきらは何者なのか。この疑問がドラマの中心かと思いきや、その答えは早いうちにあっさりわかってしまう。

真治、天野、そしてあきらは、地球人の体を乗っ取った宇宙人なのだ。彼らは地球侵略を目論んでいて、そのために地球人のことを調べにやって来たのである。真治は鳴海に「自分は地球を侵略に来た宇宙人だ」と告白する。天野もそのことを桜井に告げる。

もちろん告白された方は、最初のうちは信じないのだが、それでも不可思議なことが起きるうちに、彼らが宇宙人であることを信じざるを得なくなるのである。

ただし、彼らの正体が明らかになっても、面白さが失われることはない。「散歩」と「侵略者」という不似合いなタイトルに象徴されるように、前半は不条理なユーモアがタップリ詰め込まれている。特に、地球人のことを理解しないまま体を乗っ取ってしまった宇宙人たちによる、あまりにも奇妙な言動が笑いの種を振りまいている。

そして面白いのは、宇宙人たちが人間の「概念」を奪い取るという設定だ。家族、所有、仕事といった様々な概念を人間から奪い取って、人間のことを学習する。奪い取られた人間はその概念をなくしてしまい、元とは違った人間になってしまう。こうした設定を通して投げかけられるのは、「人間らしさとは何か」という問いかけだろう。

その他にも、侵略者VS地球人という構図を通して、戦争について考えさせたり、現代に対する社会批判めいた部分もあったりする。

だが、それが深まることはない。あくまでもSFドラマの盛り立て役として使われるのみだ。また、過去の黒沢作品にあったように人間の深層心理をグサリと突いたり、それを背景にした心理的な恐怖をあぶりだすようなところも皆無である。

おそらく黒沢監督の今回の狙いは、過去のハリウッド映画などもふまえつつ、SFエンタメ作品としての面白さを徹底的に追求しようとしたのではないだろうか。

それが後半になると明確になってくる。地球でつかんだ情報を伝えるため通信機を作ろうとする天野とあきら。その過程では格闘アクションや銃撃アクションなどが炸裂する。そして、そんな宇宙人の野望を阻止するべく、自衛隊や政府機関などもうごめいて、ドラマのスケールはどんどん拡大していくと同時に、予測不能な展開へと突入していく。

そんな中で、鳴海と真治との関係にも微妙な変化が訪れる。以前は不仲だった2人が、宇宙人による地球侵略という緊急事態の中で、少しずつ絆を深めていく。つまり、この映画は鳴海と真治によるラブストーリーでもあるわけだ。

終盤は、飛行機による大爆撃まで飛び出すケレン味たっぷりの展開。前半は、正直なところ元の舞台劇の色合いが強くて、「わざわざ映画にする意味があるのか?」と疑問に思ったりもしたのだが、後半は映画ならではの魅力が詰まっている。

それを経て、ついに開始される宇宙人による侵略。はたして、人類は全滅するのか。鳴海と真治の運命は?

そこで大きなカギを握るのが「愛」という概念だ。宇宙人が概念を奪うという設定が、ここに至って絶妙な効果を発揮する。まさに愛は地球を救うのか?

とにもかくにも、アクションやラブストーリーなど様々な要素を盛り込みつつ、徹底的に映画的な面白さを追求したSFエンタメ映画になっている。細かなことを言えば、ウイルス感染という話の持って行きどころか迷走している感じもするし、桜井が天野たちに肩入れしていく過程もよく理解できないのだが、まあ、そのあたりは目をつぶって観るべき映画なのだろう。

豪華キャストの共演も見応えがある。松田龍平の宇宙人は想像通りのハマリっぷりだが、高杉真宙恒松祐里の若い宇宙人コンビの妖しくてハジケた演技も印象的だ。ラストにチラッと出てくる小泉今日子も含めて、脇役陣にも存在感がある。

全体を包む不穏な空気感をはじめ黒沢監督らしさはあちこちにある。黒沢作品では生死の境界線があいまいになり、生者と死者が混在することがよくあるが、今回は宇宙人と地球人の境界線が曖昧になっているドラマと言えないこともない。

とはいえ、最近の「岸辺の旅」「クリーピー 偽りの隣人」あたりとは明らかにタッチが違う。それだけにやや拍子抜けする人もいそうだが、痛快エンターティメント+さりげない温かみを持つ愛のドラマとして観れば、それなりに楽しめるのではないだろうか。あんまり難しいことを考えずに観ることをおススメします。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金にて。

◆「散歩する侵略者
(2017年 日本)(上映時間2時間9分)
監督:黒沢清
出演:長澤まさみ松田龍平高杉真宙恒松祐里前田敦子満島真之介児嶋一哉光石研東出昌大小泉今日子笹野高史長谷川博己
新宿ピカデリーほかにて全国公開
ホームページ http://sanpo-movie.jp/