映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アド・アストラ」

「アド・アストラ」
TOHOシネマズ日本橋にて。2019年9月26日(木)午後7時より鑑賞(スクリーン6/E-12)。

~ブラピによる父探しと自分探しの静かで内省的な宇宙SF

ブラッド・ピットといえば、いわずと知れた大スターだ。そのブラピが主演だけに、宇宙SF「アド・アストラ」(AD ASTRA)(2019年 アメリカ)をド派手なエンタメ映画だと思う人も多いだろう。だが、そういう人は拍子抜けするかもしれない。本作は、静かで内省的でさえある心理ドラマなのである。

いや、ド派手なシーンもあるにはある。冒頭、宇宙飛行士のロイ(ブラッド・ピット)が宇宙アンテナの修理をする。だが、そこで突然サージ(宇宙嵐)が起きて、彼らはアンテナからはるか下方の地上に向かって落下してしまう。その緊迫の様子を映し出す映像はスリリングで、高所恐怖症の人でなくても肝を冷やすだろう。

それ以降も、何度かスリリングな場面が登場する。とはいえ基軸になるのは、ロイの心の軌跡だ。彼の独白や心理テストでの答えなどを中心に、その心の内にあるものを描き出す。

ロイの父親クリフォード(トミー・リー・ジョーンズ)は伝説の宇宙飛行士だった。その父は地球外生命体の探索に旅立ってから16年後、海王星付近で消息を絶ってしまう。とっくに父は死んだと信じているロイ。だが、ある日、彼は宇宙軍の上層部から、「君の父親は生きている」と告げられる。さらに、クリフォードが進めていた「リマ計画」は、太陽系を滅ぼしかねない危険なもので、サージの原因も父にあると言われる。ロイは軍の依頼を受けて父を探しに宇宙へと旅立つ。

つまり、本作は息子が父を探すドラマである。まずは月へ行き、そこから火星へ飛び、父親がいると思われる海王星付近を目指すロイ。その過程では様々な困難があり、予想外のことが起きる。ならず者に襲われたり、謎の宇宙船内で実験動物に襲われたり……。恐らく相当な資金を投じて構築されたであろう、本格的でスケールの大きい宇宙や惑星が舞台になるだけに、かなりの迫力である。

ちなみに近未来では、月旅行は当たり前らしく、乗客は飛行機に乗るがごとく宇宙船に乗る。機内で毛布などを要求して追加料金を取られる面白い場面もある。そしても月にも火星にも人間が居住していて、普通に生活している。そのあたりも宇宙SFとして興味深い。

それでもやっぱり中心はロイの苦悩と葛藤だ。ロイは当初、常に冷静沈着で脈拍さえ乱さない人物として描かれる。だが、その心の内は揺れに揺れている。憧れだった父親が突然姿を消し、今また思わぬ形で再会の旅に出た彼の戸惑い、怒り。さらに別れた恋人との過去なども、彼の心の傷として描かれる。とにかく屈折しまくりの人間なのだ。

抑制された演技、そしてせりふ回しが印象的なブラピの演技だ。独白などが多く、ほぼ一人芝居のような場面も目立つだけに、余計に彼の演技力が引き立つ。もはやスターというよりも、完全な演技派俳優と言ってもいいだろう。彼が演じていなければ、ここまで深みのある映画にはならなかったのではないか。

紆余曲折を経て火星にたどり着いたロイ。そこから父宛てのメッセージを送るが、軍は彼に地球に帰るように命じる。それでももう引き下がれないロイは、強引に海王星付近に行こうとする。はたして、父のクリフォードとの対峙はあるのだろうか。そこは観てのお楽しみ。

ダークサイドに落ちた父と息子との対峙と言えば、「スター・ウォーズ」シリーズを思い出すが、この映画には「2001年宇宙の旅」をはじめ過去の名作SF映画を連想させる場面もあちこちにある。それはおそらくジェームズ・グレイ監督が意図したものなのだろう。宇宙SF好きの人には、そのあたりも見どころかもしれない。

父探しの旅を経て、ロイの心は変化する。ラストでは、彼が本当に大切なものかは何かを悟ったことを示唆するシーンが登場する。この映画は、紛れもなく傷ついた男の心の彷徨とその末の安寧を描いた作品なのだ。ド派手さなどを求めずに、独特の世界観の中で繰り広げられるブラピの演技を注視すべき映画だと思う。

◆「アド・アストラ」(AD ASTRA)
(2019年 アメリカ)(上映時間2時間3分)
製作・監督・脚本:ジェームズ・グレイ
出演:ブラッド・ピットトミー・リー・ジョーンズ、ルース・ネッガ、リヴ・タイラードナルド・サザーランドキンバリー・エリスローレン・ディーン、ドニー・ケシュウォーズ、ショーン・ブレイクモア、ボビー・ニッシュ、リサ・ゲイ・ハミルトン、ジョン・フィン、ジョン・オーティス
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/adastra/