映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「菊とギロチン」

「菊とギロチン」
2018年6月18日(月)ユーロライブでの特別試写会にて

6月18日、渋谷・ユーロライブにて、7月7日からの公開を前に映画「菊とギロチン」の特別試写会が行われた。

「菊とギロチン」(2017年 日本)は、「64 ロクヨン」「友罪」などの瀬々敬久監督の作品。オリジナル企画としては「ヘヴンズ ストーリー」以来8年ぶりとなる。以前にも書いたと記憶しているが、オレもこの映画にほんの少しだけ製作費をカンパした。そして、この日初めて完成作品を鑑賞する。それゆえ期待と不安が入り混じった気持ちで、試写会に臨んだのだった。

時代は大正末期、関東大震災直後の日本だ。ある日、東京近郊に女相撲の一座「玉岩興行」がやって来る。その中には力自慢の女力士に交じって、元遊女の十勝川韓英恵)や家出娘など、ワケありの女たちも集っていた。

そこに加わっていたのが、新人力士の花菊(木竜麻生)である。彼女は貧しい農家の嫁だったが、夫の暴力に耐えかねて家出して女相撲に加わったのだ。そして、「強くなって自分の力で生きたい」という一心で厳しい練習を重ねていた。

一方、その興行を見にやってきたのが、中濱鐵(東出昌大)と古田大次郎寛一郎)らアナキスト・グループ「ギロチン社」の若者たちだ。最初は面白半分に女相撲を観ている彼ら。だが、その真剣な闘いに魅了されていく…。

結論から言えば期待以上に面白い映画だった。3時間9分の長さをまったく感じさせなかった。その最大の理由は、アナキスト無政府主義者)と女相撲を結びつたアイデアにある。もともと瀬々監督は「ギロチン社」の若者たちを描きたかったようだ。

しかし、さすがにそれだけでは劇映画としては厳しい。彼らは個性的な面々ではあるが、メチャクチャな行動も多く、何よりテロを起こすことを目的としている。そこには映画的な華やケレンはない。ドラマ的な厚みにも欠ける。

そこで瀬々監督が目をつけたのが女相撲だ。日本にはかつて女相撲の興行が存在していた。時代や組織によって内容は玉石混交だったが、この映画に登場する山形発祥の「玉岩興行」のように、真剣に相撲に取り組む女力士たちもたくさんいたようだ。この女相撲アナキストを結び付けることで、映画は大きな化学変化を起こした。ドラマに厚みが生まれ、多彩な彩りが加えられたのである。

アナキストたちは、資本家を脅して金を略奪し、それを女と酒に注ぎ込んでいた。師と仰ぐ思想家・大杉栄が殺害されると、その復讐を画策するためにこの地に流れ着いていた。それでも相変わらずの迷走状態。ずさんな計画で事件を起こしたり、仲間割れを起こしたり。うわっ滑りの言動が目立つ。

そんな彼らが女相撲に魅了され、興行の宣伝を手伝うなど彼女たちと行動を共にするようになる。抑圧された女たちの真っ直ぐな生き様が、生半可な日々を送っていた男たちの背中を強烈に押したのだ。そして、自らも目的に向かって力強く行動していく。この構図が実に痛快だ。その中では、中濱と十勝川、古田は花菊との心の通い合いなども描かれる。

おびただしい数の人物が登場する群像劇だ。過去にも様々な群像劇を手がけてきた瀬々監督。そして3時間超の長さ。それでも、さすがに十分には描き切れていない人物もいる。

だが、本作にはそれを凌駕するものがある。それは破格のエネルギーだ。構想30年という瀬々監督の思い、それを全力で支えるスタッフたち、それらを受けて真剣に演技に向き合ったキャストたち。彼らのパワーが一体となってスクリーンのこちら側に伝播する。熱い魂に直撃される映画なのだ。

それを端的に表すシーンがいくつもある。劇中で中濱の「やるなら今しかない!」という叫びは、熱い思いを持つ若者の痛切な叫びであると同時に、困難な中で本作の製作を始めた瀬々監督やスタッフの思いでもあるのだろう。古田と倉知という2人の若者が、爆弾を炸裂させたのちにお互いの心情をぶつけ合うシーンも印象深い。これまた熱い魂が感じられるシーンである。

そうした熱さは観客にもきっと伝わるはずだ。自由を求めた若者たちが、もがき、苦しみ、反逆し、前を向いていく姿に大きな刺激を受けることだろう。そういう意味で、観客の背中を押す映画ともいえそうだ。朝鮮人虐殺の話をはじめ、今の時代にシンクロする要素もたくさんある。それだけに今こそ観るべき映画だと思う。

青春映画としての魅力にも満ちている。若者たちの光と影の両面がキッチリとらえられている。浜辺で女力士たちと中濱たちが踊り狂うシーンの輝きは、まさに青春の爆発だ。だが、そんな彼らが時代に翻弄され、運命を狂わされ、大きな挫折を味わうことになる。

そうなのだ。本作は、息苦しさと不穏さを漂わせる今の時代を直撃する映画であるのと同時に、時間も空間も越えた普遍的な青春ドラマでもあるのだ。

木竜麻生、東出昌大寛一郎佐藤浩市の息子)、韓英恵をはじめ、脇役に至るまですべての役者が存在感を放っているのもこの映画の魅力だ。特に、日大相撲部に指導を受けたという女力士を演じた女優たちの本気度が素晴らしい。

ラストシーンに漂うのは哀感だ。だが、そこには清々しさも感じる。力の限り闘った若者たちの姿が心地よい余韻を残してくれる。そして、「お前は何をやってるんだ!」と怠惰なオレを一喝してもくれたのである。

ちなみに、この日の特別試写会は、おもに製作費をカンパした人や、宣伝費のクラウドファンディングに参加した人などを対象としたもの。上映後には、瀬々監督をはじめ木竜麻生、東出昌大などのキャストも多数出席して舞台挨拶が華やかに行われた。

本作のエンドクレジットには、支援者として私の名前も載っている。それを見て、支援してよかったと改めて思った次第である。まさしく力作!!

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◆「菊とギロチン」
(2017年 日本)(上映時間3時間9分)
監督:瀬々敬久
出演:木竜麻生、東出昌大寛一郎韓英恵、渋川清彦、山中崇井浦新大西信満嘉門洋子大西礼芳山田真歩嶋田久作菅田俊宇野祥平、嶺豪一、篠原篤、川瀬陽太永瀬正敏(ナレーション)
*7月7日よりテアトル新宿ほかにて公開。全国順次公開予定
ホームページ http://kiku-guillo.com/

 

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「夜の浜辺でひとり」

夜の浜辺でひとり
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月17日(日)午後1時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

現在、韓国の名匠ホン・サンス監督の近作4作品を連続上映中だ。先日は、その1作目の「それから」を取り上げたが、今回は2作目。「夜の浜辺でひとり」(ON THE BEACH AT NIGHT ALONE)(2017年 韓国)である。主演は私生活でも監督の恋人であることを公言しているキム・ミニ。

過去のホン・サンス作品と同様に、これといって大した出来事は起きない。ごく日常的な会話を固定カメラで長回しで描いたシーンが中心だ。たまに話し手に合わせてカメラが左右に動くのと、話し手の顔にズームインする程度。穏やかなクラシック音楽が時々流れるのも、いつものパターンである。

だが、それでも目が離せない。会話の中から登場人物の繊細な心理が見えてくる。それを通して、様々なテーマらしきものも伝わってくる。スクリーン全体に漂う独特の空気感も魅力的だ。「同じような映画ばかり次々と……」と思いつつも、一度ハマるとなかなか抜け出せない世界なのである。

今回の主人公は女優のヨンヒ(キム・ミニ)。ドラマは2章立てで描かれる。1章の舞台はハンブルク。ヨンヒは妻子ある映画監督との不倫スキャンダルから逃れるように、韓国からハンブルクへとやってきた。現地で暮らす女友達のジヨンと街を散策し、この地に住むことを考えたりしている。

というわけで、ヨンヒとジヨンの日常会話が中心のドラマだ。ジヨンは10年暮らした元夫と別れて、ハンブルクに住んでいるという。そこに、ジヨンの現地の知り合いの人々なども絡んでくる。その何気ない会話から、いろいろなことが見えてくる。

ヨンヒは不倫相手の監督が今でも好きらしい。場所を知らせたら、「韓国から会いに行く」という連絡が入った。だが、ヨンヒは「どうせ来ない」と半信半疑でいる。それでも来て欲しい。いや、やっぱり……という彼女の揺れる心が手に取るように伝わってくるのだ。

時々、「何だ? これ」という映像が挟み込まれるのも、ホン・サンス監督の映画らしいところ。ヨンヒとジヨンにしつこく時間を聞いてくる男が出現したり、1章のラストの浜辺のシーンが謎だらけだったり。そのあたりも観客の想像力を刺激するとともに、そこはかとないユーモアにつながっている。

さて、2章は、しばらくして韓国に帰国したヨンヒが登場する。ヨンヒは東海岸の都市、江陵(カンヌン)を訪れる。先輩の女性ジュニとの約束までの間、映画館を訪れると、そこには男の先輩のチョンウがいた。近くの喫茶店にはもう一人の先輩のミョンスもいる。その後、ヨンヒはチョンウ、ミョンス、ジュニ、ミョンスの彼女と一緒に飲みに行く。

というわけで、2章の中心はヨンヒとかつての仲間たちとの会話。特に飲み屋での会話が印象深い。酒を飲みながらとりとめのない会話を繰り広げるのだが、そこにもいろいろな感情が渦巻いている。

ヨンヒは皆から魅力的になったと言われる。その一方で、彼女は酒癖が悪いのか、突然周囲に絡んだりする。それを温かく受け止める旧友たち。その場ではヨンヒとジュニとの女性同士のキスまで飛び出すが、不自然な感じはない。どこにでもありそうな会話シーンだ。

そこからも、いろいろなことが見えてくる。ヨンヒは、このまま帰国するのか、あるいはまた外国へ戻るのか決めかねている。女優に復帰するのかしないのか。それもまったく見通せない。まだ迷いの真っただ中にいるのである。

翌日、ホテルの部屋に集った彼らは、そこでも会話を繰り広げる(ここでもまた酒を飲んでいる!)。その場でのジュニとの会話から、どうやらヨンヒが再び女優に復帰する決意をしたらしいことが示唆される。

だが、ドラマはそれ℃終わらない。最後には驚きの展開が用意されている。ひとりで浜辺を訪れ砂浜に横たわるヨンヒ。心配する声に顔を上げると、そこには知り合いの映画スタッフがいる。彼らはヨンヒが付き合っていた映画監督の次回作のロケハンをしていたのだ。監督も来ていると言われたヨンヒは……。

その先はネタバレになりそうだから伏せるが、ラストにはアッと驚く展開が待っている。なるほど、これはヨンヒなりの決着なのだなぁ。ここから彼女はきっと前に進んでいくのだなぁ。そんなことが自然に伝わってくるラストだった。

それにしても、あれだけの長回しできちんとした自然な芝居をするのだから、役者たちの技量はおしなべて高い。第67回ベルリン国際映画祭で韓国人俳優初となる主演女優賞を獲得した主演のキム・ミニに加え、ホン・サンス監督の前作「それから」で不倫社長を演じたクォン・ヘヒョなど、いずれも素晴らしい演技だった。

何気ない日常を描きつつも、人生についていろいろなことを考えさせられる映画だ。それが、ホン・サンス作品に通底する「人はなぜ生きるのか?」というテーマにもつながる。とにかく奥深く、味わいのある世界だ。興味のある人はとりあえず一度観てみたらどうだろう。もしかしたら、この独特の世界にハマるかも!?

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◆「夜の浜辺でひとり」(ON THE BEACH AT NIGHT ALONE)
(2017年 韓国)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョ、チョン・ジェヨン、ソン・ソンミ、ムン・ソングン、アン・ジェホン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中
ホームページ http://crest-inter.co.jp/yorunohamabe/

 

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「ワンダー 君は太陽」

ワンダー 君は太陽
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月15日(金)午前11時40分より鑑賞(スクリーン5/F-13)。

涙腺が決壊する基準は人それぞれだろうが、それでも大半の観客の涙腺を決壊させてしまう映画がある。難病モノもその一つだ。困難な現実に直面した難病を抱えた主人公が、健気にそれを乗り越えていく姿が涙を誘う。

全世界で800万部以上を売り上げたというR・J・パラシオのベストセラー小説を映画化した「ワンダー 君は太陽」(WONDER)(2017年 アメリカ)の予告編を観た時にも、絶対にそういうタイプの映画だと確信した。観客を泣かせにかかる仕掛けが、波状攻撃のように押し寄せるに違いない。そう予想したのである。

だが、実際は違っていた。確かに泣けるのは泣けるのだが、押し付けがましさはまったくない。しかも、単に難病の主人公を描くだけでなく、より幅広い人々のドラマになっていたのである。

主人公は10歳の少年、オギー(ジェイコブ・トレンブレイ)。最初に彼の独白によって、生まれてから今日までの経緯が紹介される。オギーは、遺伝性の難病でこれまでに27回も手術をしてきた。日常生活は普通に送れるが顔に障がいが残ったこともあって、幼い頃から母イザベル(ジュリア・ロバーツ)と自宅学習を続けてきた。彼が宇宙飛行士のヘルメットをかぶっているのは、宇宙飛行士に憧れているという理由もあるが、それ以上に他人に顔を見られたくないからである。

そんな中、イザベルは夫ネート(オーウェン・ウィルソン)の反対を押し切って、5年生の新学期からオギーを学校に通わせることを決意する。

登校前の夏休みに、オギーは学校へ顔を出す。そこには優しく理解ある校長先生がいた。また、3人の同級生が案内役として学校の中を案内してくれた。上々の学校生活の滑り出しに見えたのだが……。

登校初日、オギーに対して多くの生徒が好奇の目を向ける。からかい程度で露骨なイジメなどはないのだが、そこには厳然として壁が存在する。それに対してオギーは戸惑い、傷つく。それはそうだろう。今までは優しい両親と姉のヴィア(イザベラ・ヴィドヴィッチ)に囲まれていたのだから。

こうして何度も困難な目に遭いながら、オギーは少しずつそれを乗り越えて成長していく。そんな彼の学校生活の光と影の両面を瑞々しく描いていく。彼が好きな「スター・ウォーズ」のチューバッカを出現させたり、宇宙飛行士になったオギーを登場させるなど、ファンタスティックなシーンもある。もちろん、彼を支える両親と姉の姿も生き生きと描かれる。

過剰な描写はまったくない。センスの良いユーモアに満ちた会話が展開していく。それらを通して、オギーと家族、それぞれの様々な心模様が、スクリーン越しにそこはかとなく伝わってくるのである。

しかし、まあ、オギーを演じたジェイコブ・トレンブレイの巧みな演技ときたら。2015年の「ルーム」で外の世界を知らないままに育った子供の役を見事に演じていたが、今回も出色の演技である。ただ可愛いだけでなく、オギーの心理の揺れ動きをきちんと表現している。

彼を見守る母親役のジュリア・ロバーツ、父親役のオーウェン・ウィルソンのツボを押さえた演技も見逃せない。

そして、この映画で最も驚かされたのが、オギーだけのドラマではないところだ。途中で何度かオギー以外が主人公になったドラマが描かれる。それは姉ヴィア、その友達のミランダ、オギーと最初に友達になったジャスティンなどのドラマだ。

例えば、姉ヴィアのドラマを描くパートでは、一家の生活がいつもオギーを中心に回り、常に「良い子」でいなくてはならなかった彼女の苦悩が綴られる。そして、高校で新たな出会いやチャレンジを重ねて、成長していく姿も描かれる。

そうなのだ。この映画は難病を抱えたオギーだけでなく、その周囲の人々の苦悩と成長もくっきりと刻まれた映画なのだ。それぞれのパートだけで1本の映画ができそうなぐらいの中身の濃いドラマである。

正直なところ、あまりにもきれいごとすぎる世界のようにも思える。本物の悪人は出てこないし、定番と呼べるような展開も多い。だが、観ているうちはそれも気にならない。いや、むしろ、この映画にはその方がふさわしく思えてくるのである。

ラストの修了式でのシーンも素晴らしい。例の校長先生が、実に良い味を出している(世の中、こういう先生ばっかりならいいのに)。そしてオギーのはじけんばかりの笑顔。これで感動できない人はいないのではないだろうか。

監督は瑞々しい青春映画「ウォールフラワー」(2012年)のスティーヴン・チョボスキー。演出もそうだが、共同で手掛けた脚本が実に秀逸な作品だ。

「人を見た目で判断するな」とか「ありのままを受け入れて前を向け」とか、この映画がら受け取れるメッセージはいくらでもありそうだが、そういうことに関係なく、実に温かくて心地よい世界が存在する映画なのだ。「良い映画を観たなぁ~」という感慨にふけることができたのである。

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◆「ワンダー 君は太陽」(WONDER)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間53分)
監督:スティーヴン・チョボスキー
出演:ジュリア・ロバーツオーウェン・ウィルソン、ジェイコブ・トレンブレイ、マンディ・パティンキンダヴィード・ディグス、イザベラ・ヴィドヴィッチ、ダニエル・ローズ・ラッセル、ナジ・ジーター、ノア・ジュープ、ミリー・デイヴィス、ブライス・ガイザー、エル・マッキノン、ソニア・ブラガ
*TOHOシネマズ日本橋ほかにて全国公開中
ホームページ http://wonder-movie.jp/

 

「それから」

「それから」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月14日(木)午前11時40分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

「3人のアンヌ」「自由が丘で」などで知られる韓国のホン・サンス監督。カンヌをはじめ国際映画祭の常連で世界的にも知名度が高い監督だが、何と昨年は3本も映画を撮っている。その3本すべてに出演しているのが、日本でも話題になった「お嬢さん」の主演女優キム・ミニ。実は、ホン・サンス監督とキム・ミニは最近私生活でも恋人同士らしいのだ。

「おっさん、若い女に熱を上げて、急にやる気出してんじゃねえよ!」などと無粋なことは申しますまい。名匠が次々に新作を送りだすのは、歓迎すべきことなのだから。ていうか、もともとこの監督、かなりのハイペースで映画を撮り続けていて、日本公開が追い付かないぐらいなのだ。

さて、その3本のうちの1本、「それから」(THE DAY AFTER)(2017年 韓国)が公開になった。不倫をめぐるコメディー映画である。

主人公は、小さな出版社の社長で評論も手がけるボンワン(クォン・ヘヒョ)。早朝、朝食時にいきなり妻(チョ・ユニ)から浮気を疑われてしまう。「そんなことあるはずない」と言いつつも、どうも煮え切らない彼の態度。

続いてまだ暗いうちに出社するボンワンが映る。かと思えば、彼と若い女の不倫場面が映ったりもする。やっぱり彼は不倫していたのだ!! 相手は自分の会社のたった一人の社員チャンスク(キム・セビョク)。

だが、どうも変だ。ボンワンとチャンスクの不倫場面は、現在進行形のドラマではなく、過去の出来事らしい。こうやって時間を自由に行き来して描いているのが、この映画の大きな特徴だ。

実は、ボンワンとチャンスクはすでに別れ、チャンスクは会社を辞めていたのだ。ボンワンが出社すると、チャンスクの後釜であるアルム(キム・ミニ)が出社してきていた。初出勤の日だ。だが、まもなく会社に乗り込んできたボンワンの妻は、夫の不倫相手がアルムだと誤解して、彼女を殴ってしまうのである。

この映画、不倫をめぐる変形三角関係ともいうべきドラマだが、猥雑な感じはまったくしない。何しろ全編が美しく静謐なモノクロ映像で描かれているのだ。そこには、そこはかとない品格や情感、ごく自然なユーモアが漂っている。

先ほども述べたように、時間を自由に行き来する構成だ。例えば、ボンワンが現在進行形でアルムと食事をするシーンが描かれる。そこでは「人はなぜ生きるのか?」などと言う哲学的な話も飛び出す。アルムがボンワンを「卑怯だ」と非難する場面もあるのだが、それもあくまでも人間の生き方に関わる問題として描かれる。

一方、その直後には、少し前に同じ店でボンワンとチャンスクが食事をした場面が映し出される。それは完全なる痴話ゲンカだ。チャンスクがボンワンを「卑怯だ」と非難するのも、不倫にまつわる態度を指している。こうした両者の差異が実に面白い。

過去のホン・サンス作品もそうだったが、登場人物が酒を飲んだり、食事をしながら会話をするシーンが大半だ。それを固定カメラによる長回しの映像で映していく。わずかにカメラを話し手に合わせて左右に振り、時々顔にズームインする程度である。

そんなもののどこが面白いのかと思うかもしれないが、これがなかなか面白くて味わいがあるのだ。会話の中から、それぞれの人物の微妙な心理の変化が見えてくる。それを通して人間や人生について、様々なことを考えさせられる。

ドラマは後半、大きな展開を見せる。なんと会社を辞めて姿を消したはずのチャンスクが、再びボンワンの前に現れたのだ。だが、すでに彼女の後釜にはアルムが採用されている。さあ、どうなるのか。

ボンワン、チャンスク、アルムが一堂に会して話し合う場面が面白い。「つくづく男ってバカだなぁ」と苦笑してしまう。さらに女性のしたたかさも見えてくる。

最後に描かれる後日談も印象深い。ボンワンがアルムのことを忘れていたのは、おそらくあの不倫に関わる全てのことを忘れたいという思いがあったからではないだろうか。そこに至って、先ほどの「つくづく男ってバカだなぁ」という感情だけでなく、何やら哀愁のようなものも感じてしまうのである。

登場人物はわずか4人だが、いずれも味のある演技を披露している。特にボンワン役のクォン・ヘヒョの情けなさが漂う演技が素晴らしい。

男女の愛憎劇を独特のタッチで描いた作品だ。人間の愚かさや狡猾さ、人生の理不尽さなどがユーモアとともに伝わってくる。これから吸う作品が連続で上映されるので、ホン・サンス作品未見の人は、一度体験してみてはいかがだろう。

ちなみに、最後にボンワンがアルムに贈る本が夏目漱石の本なのだが、タイトルの「それから」(原題:THE DAY AFTER)は、そこから取ったものらしい。

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◆「それから」(THE DAY AFTER)
(2017年 韓国)(上映時間1時間31分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ、キム・ミニ、キム・セビョク、チョ・ユニ、
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ http://www.crest-inter.co.jp/sorekara/

 

「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」

「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」
新宿武蔵野館にて。2018年6月12日(火)午前10時より鑑賞(スクリーン3/B-4)。

久々にドキュメンタリー映画を観た。別にドキュメンタリー映画が嫌いなわけでも、意識的に避けているわけでもないのだが、何せお金に余裕がないのでどうしても劇映画を優先することになってしまう。

そんな中、今回劇場に足を運んだのは、オレが目撃したことのある人物が取り上げられていたからだ。「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」(2017年 日本)。デヴィッド・ボウイイギー・ポップマーク・ボラン忌野清志郎、YMOをはじめ、世界的アーティストのポートレートやアルバム・ジャケットを数多く手掛けてきた日本人写真家、鋤田正義氏の活動を追ったドキュメンタリーである。

この鋤田氏、今年5月に満80歳を迎えたが、今も現役で活躍している。しかも「オレは世界的写真家だ!」などと偉ぶるところはまったくない。交流のあるミュージシャンのライブ会場にはフットワーク軽く足を運んで撮影をする。オレが目撃したのもそんな現場でだった。

この映画の構成はオーソドックスだ。本人の話に加え、被写体になった数々のミュージシャン、一緒に仕事をした人たちなど様々な人々の証言から、鋤田氏の活動の軌跡と、作品にまつわるエピソードを明らかにしていく。

日本はもとより、アメリカ、イタリアなど世界各地で開かれた展覧会に鋤田氏自ら足を運び、現地にいる所縁の人々と会話を交わす場面なども登場する。もちろん過去に撮影した写真もたくさん登場する。

意外な話も満載だ。彼の創作の原点は福岡の実家で店番をしながら、お客さんたちを観察していたことにあるらしい。また、母親を被写体にした高校時代の写真も、写真家としての原点にあるらしい(実際に、その写真が素晴らしい!)。

商業写真を手がけていた初期の頃の話も興味深い。原宿を拠点に先進的なクリエーターと鮮烈な作品を生み出している。その後、海外へ飛び出してマーク・ボランデヴィッド・ボウイイギー・ポップらを撮影したエピソードも興味深い。サディスティック・ミカ・バンドのアルバム「黒船」やYMOのアルバム・ジャケットなどの制作秘話も語られる。このあたりは、写真だけでなくロック音楽に関心のある人には、たまらない話だろう。

映画関連では、ジム・シャームッシュ監督の「ミステリー・トレイン」のスチールカメラマンを務めた際のエピソードが面白い。役者たちはわざわざ同じ演技をもう一度して、それを鋤田氏が写真撮影したという。その成果が写真集として結実している。ジャームッシュ作品で、写真集を制作したのは後にも先にもそれだけ。それほど優れた写真だったのだ。

そうした数々のエピソードを通じて伝わってくるのは、鋤田氏が常に好奇心を持ち続けてきたということだ。フィルムにこだわる写真家が多い中で、彼はデジタル機材も積極的に取り入れる。若々しく柔軟な姿勢を今も持ち続けているのである。

そして、被写体に対して愛情を持ち、その深層にあるものをカメラに収める。被写体となるアーティストたちは、彼の前で自らをさらけ出す。それを可能にしたのは、彼の人間的な魅力だろう。外見はどこからどう見ても普通のおじさん。若い頃も気のいい兄ちゃん風で、カリスマ性のかけらも感じられない。だが、なぜか人を惹きつける。観客もその不思議な鋤田氏の魅力に引き込まれてしまうのではないだろうか。

音楽や映画、写真のファンはもちろん、クリエーターを目指す若い人などにもぜひ見てもらいたい。きっと、何か創作のヒントになるものが得られるはずだ。

まあ、そんな難しいことは抜きにしても、単純に面白いドキュメンタリーですヨ。我が敬愛するミュージシャン、頭脳警察のPANTA氏をはじめ、多彩なジャンルの様々な人達が次々に登場して、興味深い話をするのだから(下記の出演者名をご覧ください!)。

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◆「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」
(2017年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:相原裕美
出演:鋤田正義、布袋寅泰ジム・ジャームッシュ山本寛斎永瀬正敏糸井重里リリー・フランキークリス・トーマスポール・スミス細野晴臣坂本龍一高橋幸宏、MIYAVI、PANTA、アキマ・ツネオ、是枝裕和箭内道彦立川直樹、高橋靖子
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://sukita-movie.com/

「ファントム・スレッド」

ファントム・スレッド
新宿武蔵野館にて。2018年6月11日(月)午前10時15分より鑑賞(スクリーン1/C-7)。

「毎日毎日映画ばかり観やがって!」と言われそうだが、この日は本当は仕事のはずだったのだ。それが出かける直前になって中止になってしまった。屋内作業にも関わらず、だ。おそらく「台風が接近していて帰りの足が心配だから」ということなのだろうが、こちらはすっかり気が抜けてしまった。「さーて、ポッカリと空いた今日をどう過ごすか?」と考えたら、つい足が新宿武蔵野館に向いてしまった。この風雨の中をわざわざ出かけるのだから、まさに映画バカの愚行である。

鑑賞したのは、「ファントム・スレッド」(PHANTOM THREAD)(2017年 アメリカ)。オートクチュールのトップデザイナーと彼のミューズを描いた作品だ。一歩間違えば、下世話なスキャンダルめいた話になりそうだが、そこはさすがに「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「ザ・マスター」のポール・トーマス・アンダーソン監督。一風変わった魅力を持つ作品に仕上げている。

1950年代のロンドンが舞台。主人公は、英国ファッション界の中心的存在として社交界から脚光を浴びる天才的仕立て屋のレイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)。最初の登場シーンが印象深い。ただヒゲをそったり、服を着たりして身支度をしているだけなのだが、そこから早くも彼の人となりが伝わってくる。

レイノルズは、有能で仕事はできるが神経質で自己中心的で気難し屋。どうやら亡くなった母親の影が今も彼を支配しているらしい。そして、彼のそばには姉のシリル(レスリー・マンヴィル)が常にいて、雑事を一手に取り仕切っていた。

結婚に縛られたくないレイノルズは独身だったが、自身の仕事のミューズとして若い女性をそばに置いていた。だが、時間が経てば熱が冷めるのは自明の理。今も一人の女性に飽きて、シリルが彼女を遠ざける算段をしている。

そんな時に新たに出会ったのが、アルマ(ヴィッキー・クリープス)という女性だ。朝食を食べるために入ったレストランでウェイトレスをしていた彼女に、レイノルズは心を奪われてしまう。

その時のレイノルズの満面の笑みときたら。普通の役者が演じたら、ただの女たらしに見えそうだが、何しろ演じているのは「マイ・レフトフット」「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「リンカーン」で3度のアカデミー主演男優賞を受賞している名優ダニエル・デイ=ルイスだ。それだけに、下世話どころか品格のようなものまで漂ってくる。アルマと朝食のメニューについて話しているだけなのに、それが2人の恋心をそのまま表してしまうのだ。

レイノルズがアルマのドレスを採寸するシーンも印象的だ。なまじのキスシーンやベッドシーンなどよりも、2人のロマンスを盛り上げる。官能的で、美しいシーンである。

こうしてアルマはレイノルズの新しいミューズとなり、彼の家に住むようになる。最初はお互いにラブラブなのだが、過去のミューズ同様に次第に関係がギクシャクしだす。レイノルズの愛は、あくまでも創作の源泉を求めるもので、その役目が果たせなくなれば愛も終わる。一種のゆがんだ愛ともいえるだろう。

朝食の時にアルマが大きな音を立てるのが癇に障るレイノルズ。そう。彼の自己中の根底には絶対に譲れない美意識や、厳格な生活のルールがある。それを侵す者は誰であろうと容赦なく否定するのだ。

こうしてアルマもまた、過去のミューズ同様に捨てられるのかと思いきや、おっとどっこい。そうはならない。アルマは敢然とレイノルズと闘うのである。2人がバトルを繰り広げる場面が用意され、両者がバチバチと火花を飛ばす。

そこで感心するのは、アルマを演じたヴィッキー・クリープスである。名優ダニエル・デイ=ルイスを相手に一歩も引けをとらない。2人の関係性の変化とともに、微妙に表情を変化させるあたりも見事な演技だ。

その後は、アルマが仕掛けた攻撃が誰の侵略も許さなかったレイノルズの領域を侵し、彼をぼろぼろにする。レイノルズの愛がゆがんだ愛なのに対して、アルマの愛もゆがんだ形で表現される。彼女が求めるのは普通の男女の愛だが、それを強烈に希求するあまりに驚きの行動をとるのだ。それによって、レイノルズとアルマの支配=被支配の関係が逆転する。

さらに、それ以降も二転三転のドラマが展開する。そこにはゾクゾクするような怖さが漂う。一見、突拍子もないように思える2人の愛の行方だが、2人が心の奥で抱える闇は、観客の誰かが抱いてもおかしくないものだろう。それゆえ、とても絵空事の物語とは思えずに、愛の困難さ、怖ろしさ、哀しさがリアルに伝わってくるのである。

この作品を深みのあるものに昇華させている原因は、クラシック音楽を中心にした格調高い音楽、そしてオートクチュールの世界を華麗に捉えたカメラワーク、ハリウッド黄金時代を意識したような映像にもある。それらも含めて観応え十分な作品だ。

ちなみに、ダニエル・デイ=ルイスは本作で引退を表明している。どんな役にも完全になりきる役者で、今回も徹底的にこだわった末の、やり切った感がそう言わせるのだろう。しかし、この人、確か以前にも一度引退宣言をしてしばらく消えていた時期もあったと記憶している。それだけに、またその気になったらぜひ復帰してもらいたいものである。

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◆「ファントム・スレッド」(PHANTOM THREAD)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間10分)
監督・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ヴィッキー・クリープス、レスリー・マンヴィル、カミーラ・ラザフォード、ジーナ・マッキー、ブライアン・グリーソン、ハリエット・サンソム・ハリス、ジュリア・デイヴィス、フィリス・マクマーン、サイラス・カーソン、リチャード・グレアム
シネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中
ホームページ http://www.phantomthread.jp/

 

「30年後の同窓会」

「30年後の同窓会」
TOHOシネマズシャンテにて。2018年6月9日(土)午後1時20分より鑑賞(スクリーン1/F-11)。

同窓会なるものにはほとんど出たことがないのだが、久々に級友に会うというのは、どんな気持ちなのだろうか。

「30年後の同窓会」(LAST FLAG FLYING)(2017年 アメリカ)は、30年ぶりに再会した旧友3人によるロードムービーである。ちなみにタイトルには「同窓会」とあるが、盛大な同窓会が開かれるわけではない。

原作は、ハル・アシュビー監督、ジャック・ニコルソン主演で1973年に公開された名作「さらば冬のかもめ」の原作者ダリル・ポニックサンが2005年に発表した小説。これは、「さらば冬のかもめ」の主要登場人物3人が登場する続編的な小説とのこと。

それを「恋人までの距離(ディスタンス)」「6才のボクが、大人になるまで。」のリチャード・リンクレイター監督が映画化した。脚本もリンクレイター監督とポニックサンが共同で手掛けて、独立した作品に仕上げている。なので「さらば冬のかもめ」を観ていなくても、全く問題ありません。

時代は2003年。バーを営むサル(ブライアン・クランストン)のもとに、かつてベトナム戦争でともに戦った旧友のドク(スティーヴ・カレル)が30年ぶりに現れる。ドクはサルを伴って、同じく戦友で今は牧師になったミューラー(ローレンス・フィッシュバーン)のもとを訪ねる。

こうして戦友2人と再会したドクは彼らに告白する。ドクは1年前に妻に先立たれ、2日前にはイラク戦争で息子が戦死したというのだ。そして、息子の軍葬に立ち会ってくれるように2人に依頼する。

この映画の最大の魅力は、主役3人のキャラが際立っているところだ。酒びたりで独身のサルは、おしゃべりでジョークばかり言う。妻と息子を相次いで亡くしたドクは、悲しみに沈んだままでいる。牧師のミューラーは厚い信仰心を示すが、旅に乗り気でなく不機嫌そうだ。彼は、かつてはけっこうヤンチャをしていたらしい。

そんな3人を演じるのはブライアン・クランストン(「トランボ ハリウッドに最も嫌われた男」)、スティーヴ・カレル(「フォックスキャッチャー」)、ローレンス・フィッシュバーン(「マトリックス」)。いずれもキャリアを重ねてきたベテラン役者だけに、熟練の演技を見せている。

そして、セリフが秀逸だ。リンクレイター監督の映画は、移動しながらセリフをやり取りする場面が多いのだが、そのセリフが抜群に面白い。おかげで3人の旅は爆笑珍道中だ。3人のキャラを生かした笑いが次々に飛び出す。まるでトリオ漫才のようである。同時に深みのあるセリフも散りばめられ、心にジンワリとくる場面があちこちに用意されている。

3人はかつての軍隊生活で楽しい思い出を共有し、それを懐かしく思っている。その一方で、政府の言いなりになって過酷な戦場に放り込まれ、そこで多くの仲間を失ってもいる。ドクはあることから刑務所にまで入っている。そうしたことから、過去を忌み嫌ってもいる。その相反する2つの思いが、さらにドラマに深みを与え、哀愁を漂わせる。まさに熟年ならではの年輪が醸し出す味わいである。

そして、この映画は笑いや懐かしさだけでなく、シビアな現実も突きつける。かつての3人の過酷なベトナム戦争の経験、そしてドクの息子のイラク戦争での戦死。さらに、ドクの息子は戦場で英雄的に死んだわけではなく、実は悲惨な死に方をしていたことがわかる。それを知ったドクは、アーリントン墓地への埋葬を拒否して、遺体を故郷に連れて帰ることにする。それが3人の旅の発端なのである。

そうやって戦争の恐ろしさをあぶりだすだけでなく、9.11以降のアメリカの息苦しさも映し出す。ドクたちは最初はトラックを借りて遺体を運ぼうとするのだが、そこで当局からテロリストと間違われてしまう。そのため、改めて列車で旅をすることになるのだ。

いくつかの脱線もありながら、ドクの自宅のあるポーツマスを目指す3人。その間にそれぞれの心理が少しずつ変化し、昔の絆を取り戻していく。もちろんお互いに年をとり失ったものもたくさんあるが、それでも前を向こうとする。

ベトナム戦争中に心に引っかかっていたある出来事にも落とし前をつけた3人は、ついにドクの家に着く。ラストには心を揺さぶる仕掛けが用意されている。静かな余韻を残すエンディングだが、そこにはほろ苦さも漂う。

繰り返しになるが、こういう映画ができるのも年輪のなせる業だろう。3人のベテラン俳優たちの演技、リンクレイター監督の味わい深い語り口によって、単なる旧友再会映画とは違う魅力を持つ作品になっている。感傷や郷愁はもちろん、それ以外にも様々な余韻が感じられるはずだ。まさに熟成した味わいを持つ映画である。

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◆「30年後の同窓会」(LAST FLAG FLYING)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間5分)
監督:リチャード・リンクレイター
出演:スティーヴ・カレルブライアン・クランストンローレンス・フィッシュバーン、J・クィントン・ジョンソン、ユル・ヴァスケス、シシリー・タイソン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://30years-dousoukai.jp/