「それから」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月14日(木)午前11時40分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。
「3人のアンヌ」「自由が丘で」などで知られる韓国のホン・サンス監督。カンヌをはじめ国際映画祭の常連で世界的にも知名度が高い監督だが、何と昨年は3本も映画を撮っている。その3本すべてに出演しているのが、日本でも話題になった「お嬢さん」の主演女優キム・ミニ。実は、ホン・サンス監督とキム・ミニは最近私生活でも恋人同士らしいのだ。
「おっさん、若い女に熱を上げて、急にやる気出してんじゃねえよ!」などと無粋なことは申しますまい。名匠が次々に新作を送りだすのは、歓迎すべきことなのだから。ていうか、もともとこの監督、かなりのハイペースで映画を撮り続けていて、日本公開が追い付かないぐらいなのだ。
さて、その3本のうちの1本、「それから」(THE DAY AFTER)(2017年 韓国)が公開になった。不倫をめぐるコメディー映画である。
主人公は、小さな出版社の社長で評論も手がけるボンワン(クォン・ヘヒョ)。早朝、朝食時にいきなり妻(チョ・ユニ)から浮気を疑われてしまう。「そんなことあるはずない」と言いつつも、どうも煮え切らない彼の態度。
続いてまだ暗いうちに出社するボンワンが映る。かと思えば、彼と若い女の不倫場面が映ったりもする。やっぱり彼は不倫していたのだ!! 相手は自分の会社のたった一人の社員チャンスク(キム・セビョク)。
だが、どうも変だ。ボンワンとチャンスクの不倫場面は、現在進行形のドラマではなく、過去の出来事らしい。こうやって時間を自由に行き来して描いているのが、この映画の大きな特徴だ。
実は、ボンワンとチャンスクはすでに別れ、チャンスクは会社を辞めていたのだ。ボンワンが出社すると、チャンスクの後釜であるアルム(キム・ミニ)が出社してきていた。初出勤の日だ。だが、まもなく会社に乗り込んできたボンワンの妻は、夫の不倫相手がアルムだと誤解して、彼女を殴ってしまうのである。
この映画、不倫をめぐる変形三角関係ともいうべきドラマだが、猥雑な感じはまったくしない。何しろ全編が美しく静謐なモノクロ映像で描かれているのだ。そこには、そこはかとない品格や情感、ごく自然なユーモアが漂っている。
先ほども述べたように、時間を自由に行き来する構成だ。例えば、ボンワンが現在進行形でアルムと食事をするシーンが描かれる。そこでは「人はなぜ生きるのか?」などと言う哲学的な話も飛び出す。アルムがボンワンを「卑怯だ」と非難する場面もあるのだが、それもあくまでも人間の生き方に関わる問題として描かれる。
一方、その直後には、少し前に同じ店でボンワンとチャンスクが食事をした場面が映し出される。それは完全なる痴話ゲンカだ。チャンスクがボンワンを「卑怯だ」と非難するのも、不倫にまつわる態度を指している。こうした両者の差異が実に面白い。
過去のホン・サンス作品もそうだったが、登場人物が酒を飲んだり、食事をしながら会話をするシーンが大半だ。それを固定カメラによる長回しの映像で映していく。わずかにカメラを話し手に合わせて左右に振り、時々顔にズームインする程度である。
そんなもののどこが面白いのかと思うかもしれないが、これがなかなか面白くて味わいがあるのだ。会話の中から、それぞれの人物の微妙な心理の変化が見えてくる。それを通して人間や人生について、様々なことを考えさせられる。
ドラマは後半、大きな展開を見せる。なんと会社を辞めて姿を消したはずのチャンスクが、再びボンワンの前に現れたのだ。だが、すでに彼女の後釜にはアルムが採用されている。さあ、どうなるのか。
ボンワン、チャンスク、アルムが一堂に会して話し合う場面が面白い。「つくづく男ってバカだなぁ」と苦笑してしまう。さらに女性のしたたかさも見えてくる。
最後に描かれる後日談も印象深い。ボンワンがアルムのことを忘れていたのは、おそらくあの不倫に関わる全てのことを忘れたいという思いがあったからではないだろうか。そこに至って、先ほどの「つくづく男ってバカだなぁ」という感情だけでなく、何やら哀愁のようなものも感じてしまうのである。
登場人物はわずか4人だが、いずれも味のある演技を披露している。特にボンワン役のクォン・ヘヒョの情けなさが漂う演技が素晴らしい。
男女の愛憎劇を独特のタッチで描いた作品だ。人間の愚かさや狡猾さ、人生の理不尽さなどがユーモアとともに伝わってくる。これから吸う作品が連続で上映されるので、ホン・サンス作品未見の人は、一度体験してみてはいかがだろう。
ちなみに、最後にボンワンがアルムに贈る本が夏目漱石の本なのだが、タイトルの「それから」(原題:THE DAY AFTER)は、そこから取ったものらしい。
◆「それから」(THE DAY AFTER)
(2017年 韓国)(上映時間1時間31分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:クォン・ヘヒョ、キム・ミニ、キム・セビョク、チョ・ユニ、
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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