映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「夜の浜辺でひとり」

夜の浜辺でひとり
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月17日(日)午後1時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

現在、韓国の名匠ホン・サンス監督の近作4作品を連続上映中だ。先日は、その1作目の「それから」を取り上げたが、今回は2作目。「夜の浜辺でひとり」(ON THE BEACH AT NIGHT ALONE)(2017年 韓国)である。主演は私生活でも監督の恋人であることを公言しているキム・ミニ。

過去のホン・サンス作品と同様に、これといって大した出来事は起きない。ごく日常的な会話を固定カメラで長回しで描いたシーンが中心だ。たまに話し手に合わせてカメラが左右に動くのと、話し手の顔にズームインする程度。穏やかなクラシック音楽が時々流れるのも、いつものパターンである。

だが、それでも目が離せない。会話の中から登場人物の繊細な心理が見えてくる。それを通して、様々なテーマらしきものも伝わってくる。スクリーン全体に漂う独特の空気感も魅力的だ。「同じような映画ばかり次々と……」と思いつつも、一度ハマるとなかなか抜け出せない世界なのである。

今回の主人公は女優のヨンヒ(キム・ミニ)。ドラマは2章立てで描かれる。1章の舞台はハンブルク。ヨンヒは妻子ある映画監督との不倫スキャンダルから逃れるように、韓国からハンブルクへとやってきた。現地で暮らす女友達のジヨンと街を散策し、この地に住むことを考えたりしている。

というわけで、ヨンヒとジヨンの日常会話が中心のドラマだ。ジヨンは10年暮らした元夫と別れて、ハンブルクに住んでいるという。そこに、ジヨンの現地の知り合いの人々なども絡んでくる。その何気ない会話から、いろいろなことが見えてくる。

ヨンヒは不倫相手の監督が今でも好きらしい。場所を知らせたら、「韓国から会いに行く」という連絡が入った。だが、ヨンヒは「どうせ来ない」と半信半疑でいる。それでも来て欲しい。いや、やっぱり……という彼女の揺れる心が手に取るように伝わってくるのだ。

時々、「何だ? これ」という映像が挟み込まれるのも、ホン・サンス監督の映画らしいところ。ヨンヒとジヨンにしつこく時間を聞いてくる男が出現したり、1章のラストの浜辺のシーンが謎だらけだったり。そのあたりも観客の想像力を刺激するとともに、そこはかとないユーモアにつながっている。

さて、2章は、しばらくして韓国に帰国したヨンヒが登場する。ヨンヒは東海岸の都市、江陵(カンヌン)を訪れる。先輩の女性ジュニとの約束までの間、映画館を訪れると、そこには男の先輩のチョンウがいた。近くの喫茶店にはもう一人の先輩のミョンスもいる。その後、ヨンヒはチョンウ、ミョンス、ジュニ、ミョンスの彼女と一緒に飲みに行く。

というわけで、2章の中心はヨンヒとかつての仲間たちとの会話。特に飲み屋での会話が印象深い。酒を飲みながらとりとめのない会話を繰り広げるのだが、そこにもいろいろな感情が渦巻いている。

ヨンヒは皆から魅力的になったと言われる。その一方で、彼女は酒癖が悪いのか、突然周囲に絡んだりする。それを温かく受け止める旧友たち。その場ではヨンヒとジュニとの女性同士のキスまで飛び出すが、不自然な感じはない。どこにでもありそうな会話シーンだ。

そこからも、いろいろなことが見えてくる。ヨンヒは、このまま帰国するのか、あるいはまた外国へ戻るのか決めかねている。女優に復帰するのかしないのか。それもまったく見通せない。まだ迷いの真っただ中にいるのである。

翌日、ホテルの部屋に集った彼らは、そこでも会話を繰り広げる(ここでもまた酒を飲んでいる!)。その場でのジュニとの会話から、どうやらヨンヒが再び女優に復帰する決意をしたらしいことが示唆される。

だが、ドラマはそれ℃終わらない。最後には驚きの展開が用意されている。ひとりで浜辺を訪れ砂浜に横たわるヨンヒ。心配する声に顔を上げると、そこには知り合いの映画スタッフがいる。彼らはヨンヒが付き合っていた映画監督の次回作のロケハンをしていたのだ。監督も来ていると言われたヨンヒは……。

その先はネタバレになりそうだから伏せるが、ラストにはアッと驚く展開が待っている。なるほど、これはヨンヒなりの決着なのだなぁ。ここから彼女はきっと前に進んでいくのだなぁ。そんなことが自然に伝わってくるラストだった。

それにしても、あれだけの長回しできちんとした自然な芝居をするのだから、役者たちの技量はおしなべて高い。第67回ベルリン国際映画祭で韓国人俳優初となる主演女優賞を獲得した主演のキム・ミニに加え、ホン・サンス監督の前作「それから」で不倫社長を演じたクォン・ヘヒョなど、いずれも素晴らしい演技だった。

何気ない日常を描きつつも、人生についていろいろなことを考えさせられる映画だ。それが、ホン・サンス作品に通底する「人はなぜ生きるのか?」というテーマにもつながる。とにかく奥深く、味わいのある世界だ。興味のある人はとりあえず一度観てみたらどうだろう。もしかしたら、この独特の世界にハマるかも!?

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◆「夜の浜辺でひとり」(ON THE BEACH AT NIGHT ALONE)
(2017年 韓国)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョ、チョン・ジェヨン、ソン・ソンミ、ムン・ソングン、アン・ジェホン
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開中
ホームページ http://crest-inter.co.jp/yorunohamabe/

 

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