映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「偶然と想像」

「偶然と想像」
2021年12月17日(金)Bunkamuraル・シネマにて。午後1時より鑑賞(ル・シネマ2/C-4)

濱口竜介監督のエッセンスが詰まった短編集。絶妙な会話が楽しめる

「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」、そして先ごろ公開されて大きな話題になった「ドライブ・マイ・カー」の濱口竜介監督。その本来のエッセンスが詰まったような映画が「偶然と想像」だ。3話のオムニバスから構成された短編集である。

濱口監督の映画の醍醐味は会話にある。本作でも、舞台は室内、登場人物はほとんど動かずに会話を重ねる。その会話はひたすら自然だ。ドラマの会話は日常会話のように余計な回り道をせずに、一定の方向に進む。それが不自然に感じられることが多いのだが、濱口監督の書くセリフはその不自然さがない。しかも、会話にきちんと意味を与えて登場人物の心理を巧みに表現する。

第1話「魔法(よりもっと不確か)」。仕事帰りのタクシーの中で、モデルの芽衣子(古川琴音)は、仲の良いヘアメークのつぐみ(玄理)から気になる男性の話をされる。ただののろけ話かと思いきや、よく聞けばそれはなんと自分の元カレ(中島歩)だとわかる。つぐみと別れた後で、芽衣子は元カレのところに押しかける。

冒頭のタクシーの中の恋バナからして自然だ。一瞬、「ドキュメンタリーなのか?」と思ったほどである。そして、白眉は芽衣子と元カレとの会話だ。突然の来訪に驚く元カレを尻目に、芽衣子は好き放題に話し出す。その根底にあるのは嫉妬か? 元カレへの未練か? 予想のつかない会話が飛び出し、会話の進展とともに2人の関係性はクルクル変化する。それが何ともスリリングなのだ。

最後には、今も本当はどちらも好き合っていることがわかる芽衣子と元カレ。だが……。

元カレを傷つけ、自分自身も傷ついたことを知った芽衣子が、東京の街をカメラに収めるラストシーンが印象深い。

第2話「扉は開けたままで」。夫と子供がいながら同級生の佐々木(甲斐翔真)と関係を続ける女子大生の奈緒(森郁月)。佐々木は大学教授で芥川賞作家の瀬川(渋川清彦)に、留年させられた腹いせに奈緒を使ってハニートラップを仕掛けようとする。だが、奈緒と佐々木の会話は予想外の展開となる。

これもまた会話が秀逸なドラマだ。特に奈緒と佐々木の会話が絶妙。エロさ満開で迫ろうとする奈緒に対して(佐々木の作品の官能小説もどきのエロ描写を朗読するところが面白い)、佐々木はそれを巧みに受け流す。そして、ズバリと奈緒の弱みを指摘する。それを聞いて、まるで心が洗い流されたかのようになる奈緒

そんな思いもよらない展開の先に、5年後の後日談を用意して、運命のいたずらを見せつけるあたりも皮肉がきいている。その偶然のいたずらに思わず苦笑させられた。

第3話「もう一度」。高校の同窓会に出席するため仙台にやってきた夏子(占部房子)は、駅のエスカレーターで同級生の女性(河井青葉)と20年ぶりの再会を果たす。ところが、彼女の家に招かれた夏子は、話がすれ違うことに気づく。

まあ、要するに同級生というのは両者の勘違いだったのである。しかし、この会話も面白い。人違いが発覚するまでの会話も面白いのだが、発覚後の会話も相当なものだ。お互いに勘違いした相手になり切って会話をする。それを通して、両者の心情が明らかになる。かつて愛した相手に抱え込んでいたわだかまり。そして昔は何者にでもなれると思っていた自分の現状に対する嘆き。

もともと知り合いではなかった2人が、ヒシと抱き合うラストシーンが心に染みる。

というわけで、タイトル通りに「偶然」と「想像」という共通のテーマを持つ3つの短編。いずれも後悔や未練を抱えて生きる登場人物の心理が、巧みに描写されている。しかもそれを会話の妙で魅せる。もちろん濱口監督の書く脚本が絶品なのだが、それを繊細に感情表現する役者たちも素晴らしい。古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉。年齢もキャリアも雑多だが、いずれも見事な演技である。

本作は、ベルリン国際映画祭銀熊賞審査員グランプリ)を獲得した。過去の作品も外国の映画祭で高く評価されていることからしても、濱口映画の会話の妙は国境を超えて理解されているようだ。

ちなみに、本作は長回しの会話を中心に展開し、時に急なズームアップが登場する。音楽はクラシックのピアノ曲。これって、どこかで観たような……と思ったら、そうそう、韓国のホン・サンス監督の映画にどことなく似ているのだ。そこはかとないユーモアが込められているところもホン・サンス作品に似ている。

とはいえ、やはり唯一無二、他に類のない映画といえるだろう。濱口監督の良さ、特徴が凝縮されたような映画である。この映画の宣伝文句「驚きと戸惑いの映画体験が、いま始まる-」が、まさしくこの映画の本質を突いていると思う。

 

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◆「偶然と想像」
(2021年 日本)(上映時間2時間1分)
監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉
Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームぺージ https://guzen-sozo.incline.life/

 


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