映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「聖杯たちの騎士」

「聖杯たちの騎士」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2017年1月9日(月・祝)午後12時25分より鑑賞。

映画は娯楽か?芸術か? というのは、昔からある論争。まあ、その両面があるというのが正解なんでしょうが、貧乏人のオレからすれば、娯楽だろうが芸術だろうが金を払った分だけ飽きさせずに楽しませてくれりゃあ、それでいいわけだ。せっかく、なけなしの金を払ったんだから。

そういう視点で言えば、テレンス・マリック監督の新作「聖杯たちの騎士」(KNIGHT OF CUPS)(2015年 アメリカ)は、娯楽性は限りなくゼロに近いし、ドラマ的な魅力にも欠けるのに、金を払った分だけは楽しませてくれる不思議な映画だ。

脚本家のリック(クリスチャン・ベイル)は、ハリウッド映画の仕事を引き受けたことをきっかけに、セレブな世界でパーティー、酒、女、ドラッグという享楽的な日々を過ごすようになる。一方で、崩壊した家族の絆を取り戻そうと奔走するリック。心の奥底に怯えや虚しさを抱えていた彼は、愛を求めて6人の美女と巡り会い、自身の生きてきた道のりを見つめ直していく……。

詳しい説明がないので、よくわからないところも多いのだが、ストーリー的にはそんなところだろう。もしかしたら、監督自身の自伝的要素があるのかもしれない。

主人公の女遍歴が中心のドラマではあるものの、そこに結婚生活が破たんした妻の存在、確執を抱える父親や弟との関係などが絡んでくる。展開的には登場人物の独白を中心に進行。それを通して、空虚感にさいなまれ、道に迷っているリックをはじめ、様々な人物の心理が伝わってくる。哲学的で人間の本質を突いたようなセリフもたびたび飛び出して、ドラマに深みを与えている。「始めよう」というセリフで、ポジティブな方向性を示すラストも印象的だ。

ただし、この映画、はっきり言ってストーリーはどうでもいい。圧倒されるのはその映像美である。初期の作品から、半端でない映像へのこだわりを見せていたマリック監督だが、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得し、オスカー監督賞候補にもなった「ツリー・オブ・ライフ」以降の作品は、それにますます拍車がかかっている。

とにかく一つとして陳腐な映像がない。自然美、街の景観、夜景、水中映像、室内シーンなど、ありとあらゆる場面が美しく描かれる。光、色彩、カメラワーク、ロケ場所の選定やセットなど、全てがこだわりまくって撮影されている。通常なら、普通に撮るシーンまで、ひとひねりが加えられているから恐れ入る。

撮影監督は「ゼロ・グラビティ」「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」「レヴェナント 蘇えりし者」で3年連続アカデミー撮影賞を受賞したエマニュエル・ルベツキ。このコンビなら、こういう映像になるのも納得。これはもはやビジュアルアート、それも世界最高峰のビジュアルアートといってもいいだろう。美術畑ではなく、クリスチャン・ベイルケイト・ブランシェットナタリー・ポートマンなどのトップスターを揃えて、商業映画の枠内でこういうことをやれるのは、マリック監督だけかもしれない。

なので、映像を観ているだけで最後まで飽きなかった。個人的にはドラマを重視して映画を観るタイプのオレだが、この映画に関してはそんなものはどうでもよい。ドラマとしての魅力には欠けるものの、アートとしては一級品。映画館でなく、美術館で観ても違和感がない。これもまた映画というわけだろう。

ちなみにマリック監督は人前に出ることを徹底して拒否してきたため、一時は架空の存在ではないかなどと言われていた人物。20年近く現場から遠ざかっていたこともある。それでも最近はけっこうコンスタントに映画を撮っているようで、次はどんな映像マジックを見せてくれるのか注目である。

●今日の映画代、1300円。本日もテアトル系の会員料金(TCGメンバーズカード)