映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

ばるぼら

ばるぼら
2020年11月26日(木)シネ・リーブル池袋にて。午前11時25分より鑑賞(スクリーン1/I-19)

~手塚親子が生み出した美しく妖しい映像世界

いまさら言うまでもないが、手塚治虫といえば日本を代表する漫画家だ。一般には「鉄腕アトム」「マグマ大使」「リボンの騎士」など子供向けの作品のイメージが強いが、大人向けの漫画作品もたくさんある。そのうちの一作で1970年代に発表された「ばるぼら」が、息子の手塚眞監督によって実写映画化された。

主人公は流行作家の美倉洋介(稲垣吾郎)。超売れっ子だが創作に行き詰まりを感じている彼は、ある日、新宿駅の片隅で、酔っ払ったホームレスのような少女ばるぼら二階堂ふみ)と出会い、自宅に連れて帰る。大酒飲みで自堕落なばるぼらに閉口しつつ、美倉は彼女の奇妙な魅力にとりつかれる。おかげで創作意欲も湧き、彼女なしではいられなくなるのだが……。

いわば芸術家とミューズの関係を描くドラマだが、そんな領域ははるかに超越する。何しろこの映画、現実と幻想を行き来し、妖の世界に観客を引き込むのだ。

序盤で美倉は洋服屋でエロい店員に誘惑され、試着室で事に及ぶ(しかもSMチック)。ところが、そこにばるぼらが出現し、その女が現実の女ではなくマネキンであることを暴露する。こんなふうに、現実と幻想の世界が入り乱れた映画なのである。

そもそもばるぼら自体も、現実の存在かどうか怪しい。それほど謎に満ちた女なのだ。だからこそ、美倉は惹かれていくのだろうが。

本作の最大の見どころは映像だろう。手塚眞監督といえば、個人的には映画監督というよりは「映像作家」というイメージが強い。今回はウォン・カーウァイ監督作品などでおなじみのクリストファー・ドイルを撮影監督に起用していることもあり、いつも以上に魅惑的な映像を作り出している。退廃的で官能的なその映像ときたら、思わず背中がゾクゾクするほどだった。

中盤では、美倉とばるぼらが全裸で絡み合うシーンが延々と続くのだが、そこもため息が出るほど美しい映像だ。本来ならエロいはずのシーンなのに、アート作品のように美しいからあまりエロくは感じられない。生身の人間同士の情交というより、この世のものではない者同士の交わりという感じだ。

美倉はどんどんばるぼらにのめり込んでいく。そこに彼を健気に支える秘書(石橋静河)、恋人(美波)、その父親の代議士(大谷亮介)、ライバルの作家(渋川清彦)などが絡んでくる。

とはいえ、ドラマ的な深みはあまり期待しない方がよい。美倉の創作に対する苦悩や、ばるぼらに翻弄されていく様子が、きっちりと描かれるわけではない。それよりも手塚監督らしい芸術性あふれる映像表現で観客を魅了し、心をざわつかせる。

心をざわつかせるといえば、中盤以降は驚愕の展開が用意されている。美倉はばるぼらとの結婚を決意する。そこで、ばるぼらはある人物に美倉を引き合わせる。ムネーモシュネー渡辺えり)というその老女が登場したのを皮切りに、ドラマはますます妖の世界に突入する。

やがて2人の結婚式……。おいおい、何だ!?これは。コイツらは何なのだ?

観ているうちにアリ・アスター監督の「ヘレディタリー 継承」を思い起こしてしまった。うーむ、そういう世界に突入するのか。ばるぼらの周辺にある謎の人形や、美倉の秘書が遭遇する奇妙な事故などもあって、ホラー映画的な怖さが最高潮に達する。さて、いったいこの先はどうなるのだろう?

と期待したのではあるが、終盤は意外にもまともな展開だった。簡単に言えば、愛する者同士の道行き&悲恋のドラマである。とりたてて驚くような場面はない。

それでも映像の美しさは相変わらずだ。道行きとはいっても、それはまるで異界を旅するよう。周囲の美しい自然や不気味な別荘(?)などの映像が情趣を高める。現実か幻想かわからない映像も随所で飛び出す。

この映画では、音楽も効果的に使われている。特に前衛的なジャズの音色が、ちょっと昔の新宿を想像させたりもして、なかなかに味わい深い。

原作は読んでいないのだが、おそらく映画化にはかなりの苦労が必要だったと思う。それを可能にしたのが稲垣吾郎二階堂ふみのキャストだろう。稲垣は若い女に籠絡される情けないエロオヤジに見えがちな美倉を、ダンディに演じている。以前からアクの強い役は絶品だったが、今回も個性的な手塚ワールドにどっぷりつかった演技を見せる。

そして何よりも二階堂ふみである。モンロー風の金髪ウィッグを着け、小汚いコートを下着の上に羽織ったその佇まいだけで、もはや無敵だろう。はすっぱな言葉遣い、まるで人形のような美しい裸体、何を取ってもこの映画の世界にふさわしい演技だ。

手塚親子が生み出したこの美しく妖しい映像世界を堪能すべき映画だと思う。

f:id:cinemaking:20201129212232j:plain

◆「ばるぼら
(2019年 日本・イギリス・ドイツ)(上映時間1時間40分)
監督:手塚眞
出演:稲垣吾郎二階堂ふみ、渋川清彦、石橋静河、美波、大谷亮介、片山萌美、ISSAY、渡辺えり
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ http://barbara-themovie.com/