映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「僕とカミンスキーの旅」

「僕とカミンスキーの旅」
YEBIS GARDEN CINEMAにて。2017年4月30日(日)午後1時45分より鑑賞(スクリーン1/E-8)。

年に1~2度、渋谷のBunkamuraザ·ミュージアムの展覧会に足を運んだりはするものの、美術方面には全く疎い。誰でも知っている有名な画家の名前ぐらいは知っているが、そこから先は皆目見当がつかない。

そんなオレだから、マヌエル・カミンスキーという画家の名前もまったく知らなかった。そのカミンスキーが登場する映画が「僕とカミンスキーの旅」(ICH UND KAMINSKI)(2015年 ドイツ・ベルギー)である。

昏睡中に東西ドイツが統一し、意識を取り戻した母がショックを受けないように、あの手この手で消滅前の東ドイツを見せ続けようとする息子を描いた2003年のドイツ映画「グッバイ、レーニン!」のヴォルフガング・ベッカー監督と主演のダニエル・ブリュールが、久々にタッグを組んだ作品だ。

映画の冒頭に流れるのは、著名な画家カミンスキーの死去を報じるニュース。それも世界各国(日本も)のニュースだ。つまり、彼は世界的な画家だったわけだ。

続いて、彼の足跡を描いた映像が流れる。それによれば、カミンスキーマティス最後の弟子でピカソの友人でもあり、ポップアート全盛の1960年代に「盲目の画家」として話題を集めた人物。モハメッド・アリやビートルズ、アンディ・ウォーホールなど著名人の写真や、カミンスキーの作品なども登場し、彼がいかに偉大な芸術家だったかが語られる。まるでドキュメンタリー映画のような滑り出し。ところが……。

実は、これ、全部真っ赤なウソなのだ。オレが知らないのも当たり前。本当はカミンスキーなどという画家は存在しない。架空の人物なのである。それを虚実入り混ぜて、いかにも本物のように見せているワケ。何とも人を食った映画ではないか。

そんなカミンスキーの自伝を書こうとするのが、自称・美術評論家の31歳の男セパスティアン(ダニエル・ブリュール)。彼は無名で金もなく、カミンスキーの自伝で一発当てようとする、いかがわしい人物だ。「カミンスキーが死ねば伝記がよけいに売れる」とまで考えている。

そこでセバスティアンは、山奥で隠遁生活を送るカミンスキーイェスパー・クリステンセン)のもとを訪れる。なんとか彼に取り入って話を聞くつもりだった。ところが、カミンスキーはただ者ではなかった。その言動はわがままで気まぐれで頑固で、いったい何を考えているか不明。そもそも彼が本当に盲目なのかどうかも怪しいところ。そして彼の周囲の人物も、娘のミリアム、家政婦、主治医など、いずれもくせ者揃いなのである。

そんなアクの強い人物キャラを生かしながら、たくさんの笑いを生み出している映画だ。特にセバスティアンがカミンスキーに振り回される姿は、ひたすら可笑しくて笑える。

ベッカー監督の演出もぶっ飛んでいる。全8章で構成されたドラマは、セバスティアンの願望(嫌いな奴を撃ち殺す!)を映像化したり、カミンスキーの作品を大胆に使ったりと縦横無尽なタッチ。カミンスキーが語る達磨大師のエピソードも、映像として登場する。「夢から覚めて現実だと思ったらそれも夢、今度こそと思ったらそれも……」という夢の多重構造のようなシーンもお目見えする。ドラマの内容同様に、演出や映像も奇想天外なのだ。

中盤では、セバスティアンがこれまでに行った関係者のインタビューが挟みこまれる。そこに登場するのも怪人物ばかり。双子の老作曲家だの、常識はずれの大食漢の老人だの、まあとにかく変な人のオンパレード。それがまた笑えるのである。

そんな中から浮上してくるのが、カミンスキーと元恋人との関係だ。それこそが伝記の大きなカギになると考えたセバスティアンは、カミンスキーを誘い出して彼女のところを目指して旅に出る。

というわけで、ここからはロードムービーになる。ただし、2人の心温まる交流が描かれるわけではない。この旅も奇想天外で予測不能だ。カミンスキーは相変わらず何を考えているかわからないし、わがままばかり言い続ける。突然気が変わったり、さっき言ったことをもう忘れていたりもする。あげくは、若い女をホテルに連れ込んだりもするのだ。やれやれ。

それ以外にも謎のヒッチハイカーなど不思議な人物が登場して、とんでもない行動を起こす。まさに珍道中が繰り広げられるのである。当然ながら、セバスティアンは右往左往しまくるばかりだ。

そのはてに、ついに2人はカミンスキーの元恋人のところへたどり着く。それがどんな再会劇だったのかは伏せておくが、人生の哀切や年月の移ろいを感じさせる印象的なシーンだ。

同様にラストの海辺のシーンも、不思議な魅力を漂わせている。セバスティアンの明確な変化が描かれるわけではないが、少なくとも自分の成功の道具としか見ていなかったカミンスキーに対して、今までとは違った感情を持つに至ったことは間違いない。

主演のダニエル・ブリュールに加え、ドニ・ラヴァン、ジェラルディン・チャップリンチャップリンの娘)あたりの渋い演技も見ものだ。そして何よりもカミンスキー役のデンマークのベテラン俳優、イェスパー・クリステンセンの怪演ぶりが見事。

何とも人を食った奇想天外なロードムービー。作品そのものよりも話題性などでカリスマを作る美術界への批判や風刺も盛り込まれている。ストレートな感動はないものの、捨てがたい味わいを持つユニークな映画だと思う。

●今日の映画代、1500円。ユナイテッド・シネマの会員料金。ちなみに、劇中でテルミンの演奏が登場することから、上映終了後にマトリョミンアンサンブルユニット「ボル⑧」によるミニ演奏会あり。テルミンの音色って味があるなぁ~。