映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」

「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」
TOHOシネマズ新宿にて。2018年2月24日(土)午後12時より鑑賞(スクリーン4/E-12)。

親の七光りを活用して世に出る業界人は多いが、それが長続きするかどうかは本人次第だ。フランシス・フォード・コッポラ監督の愛娘ソフィア・コッポラは幼い頃から父の作品に端役で出演。その後映画監督に転身した。

もちろん最初は親の七光りによるところが大きかったろう。だが、監督デビュー作「ヴァージン・スーサイズ」をはじめ「ロスト・イン・トランスレーション」「マリー・アントワネット」といった評価の高い映画を作り続けているのだから、もう父ちゃんの威光とは関係のない実力派監督である。

そのソフィア・コッポラ監督が1971年のクリント・イーストウッド主演の「白い肌の異常な夜」の原作であるトーマス・カリナンの小説を、再映画化したサスペンス・ドラマが「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」(THE BEGUILED)(2017年 アメリカ)だ。「白い肌の異常な夜」は男性が主人公の男性目線の映画だったが、こちらは女性目線の映画になっている。

ソフィア・コッポラ監督といえば、おしゃれでポップな映像で知られるが、今回はポップさこそないものの、独特の美意識に基づいた美しい映像が見られる。

冒頭のシーンからその美意識が炸裂する。舞台になるのは南北戦争中のバージニア州。ある森が映し出される。そこでは一人の少女が鼻歌を歌いながら、キノコ狩りをしている(このキノコ狩りという設定がクライマックスで大きく効いてくる)。それを神話のような世界観で描いた映像が印象的だ。

少女はまもなく敵である北軍の負傷兵を発見する。女子寄宿学校に住む彼女は、そこに負傷兵を連れていく。寄宿学校では世間から隔絶された環境の中で、園長のマーサ(ニコール・キッドマン)、教師のエドウィナ(キルステン・ダンスト)と5人の生徒が静かに暮らしていた。

マーサは、仕方なくその北軍兵士のマクバニー(コリン・ファレル)を治療する。そこでの彼女の態度が何とも意味深だ。突然現れた男性、しかも北軍兵士という異邦人を警戒し戸惑いつつも、何やら胸の奥に秘めていた欲望がチラリと顔をのぞかせている。その心の乱れっぷりを繊細に見せる。

教師のエドウィナや年長の生徒アリシアエル・ファニング)も同様に、マクバニーの存在に心乱されていく。それぞれの態度やマクバニーとの接し方は異なるが、これまで胸の奥底に隠れていた思いが表出してくる点は共通している。放題にある「欲望のめざめ」というのは、まさに言い得て妙である。その他の生徒たちもまだ幼いながらも、マクバニーの出現によってかつてない思いにかられる。

マーサ、エドウィナ、アリシアの3人には、欲望と同時に嫉妬の情も芽生え始める。誰かがマクバニーと親しくする姿を見れば、心穏やかではいられなくなる。ただし、それをドロドロの愛憎劇として描かずに、抑制的に見せていくところがいかにもコッポラ監督らしい。どんな場面でも、そこに品性が感じられるのである。

学園のたたずまいや白を基調とした女性たちの衣装などにも、そうした品性が反映されている。それがまた、このドラマの美しさ、危うさ、妖しさなどを際立たせてくれるのだ。

本作は女性たちのドラマであり、彼女たちの心理描写が秀逸なのは当然だが、同時に唯一の男性であるマクバニーの描き方も巧みである。彼は最初のうちは、負傷して介抱されているという事情もあって、実に紳士的で穏やかな人物として描かれる。

だが、その一方で、それとは違う雰囲気もわずかながら漂わせる。特に女性への接し方には、何やらジゴロ的な資質も感じさせる。「お前、そのケガでナンパしてんじゃねえよ!」と言いたくなるような言動まで見えるのだ。さらに、何やら彼が恐ろしいものを抱え込んでいるようにさえ思えてくるのである。

そして、ついにある大事件が起きてドラマが大きく動く。女たちの嫉妬の果てに起きたその出来事は、マクバニーを極限の心理状態に追い詰め、今までとは全く違う姿を暴露する。なにせ起きたことが起きたことだけに、彼がそうなるのも理解できないわけではないが、それにしてもやはり恐ろしい姿である。それによってマーサは、ついにある決断をすることになる。

このあたりの描き方もなかなかのものだ。一歩間違えば、狂気に走った女たちの蛮行に見えてしまいそうだが、けっしてそうはしない。それまでの彼女たちの心理の変遷がきっちりと描かれているから、当然の帰結として受け入れられるのである。

いや、それどころか、これはある種の女たちの自立なのではないか。南部の保守的な土地柄、女性の地位がまだ低い時代、その中で世間から隔絶された女たちが、男という異邦人に翻弄され、最後は敢然と自らの運命を切り開くべく強硬手段に打って出た。そんなふうにさえ感じてしまったのである。

いわゆる普通のサスペンスとしてはインパクトが弱いのは事実。だが、コッポラ監督の狙いは最初からそこにはなかったのだろう。描きたかったのは女性たちの心理であり、その点で大きな魅力を持つ作品なのは間違いない。「ヴァージン・スーサイズ」以来、女性の心理を描くのが巧みなコッポラ監督らしい映画だと思う。

●今日の映画代、1500円。事前にムビチケ購入。

◆「The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ」(THE BEGUILED)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間33分)
監督・脚本:ソフィア・コッポラ
出演:コリン・ファレルニコール・キッドマンキルステン・ダンストエル・ファニング、ウーナ・ローレンス、アンガーリー・ライス、アディソン・リーケ、エマ・ハワード
*TOHOシネマズ新宿ほかにて全国公開中
ホームページ http://beguiled.jp/