「西湖畔(せいこはん)に生きる」
2024年9月29日(日)新宿シネマカリテにて。午後3時10分より鑑賞(スクリーン2/A-3)
中国の若手監督グー・シャオガンの「春江水暖~しゅんこうすいだん」は鮮烈な映画だった。変わりゆく中国社会に翻弄される家族を描いたドラマなのだが、その背景に使われる風景をとらえたカメラワークが流麗でまるで山水画のようだった。特に10分近い長回しの水泳シーンは圧巻だった。
そのシャオガン監督の長編第2作が「西湖畔(せいこはん)に生きる」だ。本作は釈迦の十大弟子の1人・目連が地獄に堕ちた母を救う仏教故事「目連救母」に着想を得たという。なるほど、確かに役名にはそれにちなんだ名前がつけられている。
中国杭州市の西湖。この地の名産は龍井茶。タイホア(ジアン・チンチン)は10年前に夫が家を出て以来、茶摘みをして生計を立て、息子のムーリエン(ウー・レイ)を育て上げてきた。ムーリエンは求職中で、何とかして母を楽にしてあげようとしていた。
一方で、タイホアは10年前に失踪した夫が、すでに死んでいると考えていた。しかし、息子のムーリエンは父が生きていると信じ、探し出そうとする。
実はタイホアが夫が死んだと思う背景には、彼女が茶畑の主人チェンと親しく交際している事実がある。だが、ムーリエンにそれとなくその事実を話すと、露骨に嫌な顔をされてしまう。
そんな中、チェンの母親が息子とタイホアが恋仲だと知り、激怒して彼女を追い出してしまう。タイホアはこうして職を失ってしまう。
本作も前作同様に大自然の美しい風景が描かれる。今回は前作の川ではなく山だ。映画の冒頭でタイホアたち茶摘みの人々が、夜明け前に「山起き」という豊作を願う行事を行う場面が登場する。そこでのカメラワークが絶品。よくもまあこんなに美しく自然をとらえるものだと感心するばかり。その後も山水画のような映像が次々に映し出される。
ところがやがて様相が変わってくる。職を失い途方に暮れたタイホアは、友人に誘われてバタフライ社という会社のセミナーに参加する。その会社は表向きは足裏シートを販売していたが、裏ではマルチ商法の違法ビジネスを展開していたのだった。
このマルチ商法の会社のイベント場面がスゴイ。ド派手なパフォーマンスで、参加者を引き込んでいく。まるで、この波に乗らなければ生きていけないと言わんばかりだ。集団心理を巧みに利用し、ついには参加者を洗脳していく。
序盤の山水画のような世界とは全く異質な世界。同じ映画だとは思えない。終始圧倒され目がスクリーンにくぎ付けになるとともに、「こりゃスゲエや。なるほど人はこうやって洗脳されていくんだな」と納得。
被害に遭うのは弱い人たちだ。自身で何らかの弱みを抱え、何とかしてそれを克服しようとしている。タイホアも夫や雇い主に翻弄される人生を脱却して、自立して生きたいと思っている。そこにマルチ商法がつけ込んだわけだ。
そして、その背景には拝金主義や貧富の格差など、今の中国の様々な社会問題も存在しているのだろう。直接的にそこに言及しているわけではないが、ドラマを通じて伝わってくるものがある。
タイホアはマルチ商法にのめり込み、見た目も大きく変わり、自信満々になる。それを見た息子のムーリエンは必死に母を止める。彼もまた詐欺的な商売(老人をだまして健康器具を売りつける)に片足を突っ込んだものの、すぐにその怖さを知ってやめたのだった。
タイホアとムーリエンが雨中で対決する場面が壮絶だ。タイホアの心の叫びが響き渡る。ムーリエンも全力で母を地獄から救おうとする。
タイホア役のジアン・チンチンはドラマ「清越坊の女たち 当家主母」などで知られるそうだが、かなりの演技力の持ち主だ。一人芝居のような場面もあり、その力量がいかんなく発揮されていた。
ムーリエン役のウー・レイはドラマ「長歌行」などに出演しているらしいが、こちらも好演。端正なマスクで日本でも人気が出そう。
ムーリエンの思いも実らず、タイホアはマルチ商法を続ける。そこでムーリエンは最後の手段に出る。
終盤は再び山水画のような風景が映る。そこではファンタジー的な場面も登場する。なんと虎まで出現する。ムーリエンは母を救えるのか。
山水画のような美しい大自然の映像と、マルチ商法のド派手な映像の対比によって、人間の欲望や弱さが際立って見えた。前作よりもエンタメ寄りになったという見方もできるだろうが、シャオガン監督は作風には関心がないらしい。これからもこちらが予想もしない作風の映画を撮るのかもしれない。今後も要注目の監督だ。
◆「西湖畔(せいこはん)に生きる」(草木人間/DWELLING BY THE WEST LAKE)
(2023年 中国)(上映時間1時間58分)
監督・脚本:グー・シャオガン
出演:ウー・レイ、ジアン・チンチン、チェン・ジエンビン、ワン・ジアジア、イェン・ナン、チェン・クン、ウー・ビー、ジュー・ボージャン、ワン・チュアン、ワン・ホンウェイ、リャン・ロン、ウーバイ、リュー・シンチェン
*新宿シネマカリテほかにて公開中
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