映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「憐れみの3章」

「憐れみの3章」
2024年10月1日(火)新宿ピカデリーにて。午後1時20分より鑑賞(シアター7/C-6

~ランティモス節全開の中編映画3本。毒気の向こうに何かが見える……かも

 

アカデミー賞はじめ各賞を総なめにした「哀れなるものたち」や「女王陛下のお気に入り」を観てヨルゴス・ランティモス監督の映画を知った人は、新作「憐みの3章」を見てビックリするかもしれない。何しろ奇妙奇天烈でアクの強い作品なのだ。

といっても、「ロブスター」「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」といった彼の初期作品は、いずれも奇妙奇天烈な映画。そういう意味で、原点回帰ともいうべき作品だろう。脚本も「ロブスター」「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」でコンビを組んだエフティミス・フィリップと共同で担当している。

3つの物語から構成された映画だ。それぞれの物語は独立していて関係がない。いわば3つの中編映画(50分程度)3本立ての映画といえる。

第1章。主人公の男は勤め先の上司にすべてをコントロールされている。起床時間、朝食のメニュー、読む本、妻との性交渉まで、彼の指示に従うように要求されている。ところがある日、車で事故を起こして相手を殺害するという指示を受け、初めて拒絶する。すると妻が消え、上司からもらった贈り物がなくなり、彼からまったく相手にされなくなる。途方に暮れた男はバーである女性をナンパするが、彼女の周囲にも上司の影がちらついて……。

第2章。警官である夫。妻は研究のために船に乗り込み、海難事故に遭い行方不明。心労の夫だったが、やがて妻は無事に発見される。ところが、家に戻ってきた彼女は、甘いものが苦手なはずなのにチョコを貪り食い、足のサイズまで変わっている。男は妻は別人ではないかと疑い、無理難題を押しつける。そして、ついに妻は……。

第3章。夫と娘を捨ててカルト教団に入った妻。死者をよみがえらせる能力を持った人物を探していた。だが、夫と娘のことが気になり、少しだけ家に戻って食事をする。そこで夫は彼女を眠らせ関係を持つ。それを知った教祖は、「汚れている」と彼女を高温のサウナ室に閉じ込めたのち、見捨ててしまう。妻は何とか教団に戻ろうと、自力で超能力者を見つけ出すのだが……。

わかりにくいといえばわかりにくいドラマだ。設定が謎だらけだし、登場人物の行動も不可解。だいたい各章のタイトルに「R.M.F」なる人物の名が冠され、中年の男が劇中に台詞もなしに登場するのだが、あれは誰なのだ? ランティモス版「世にも奇妙な物語」と言った人がいるが、そんな生易しいものではない。最後まで首を傾げたままの観客もいそうだ。

一応テーマは「支配や服従」「信頼や疑念」といったところだろうが、ストレートにそのテーマを追うわけでもない。3つの章に共通しているのは、不穏な空気が流れていること。そこではピアノの単音が効果的に使われる。

ランティモス作品は、いかにも毒々しいものが多いが本作も同じ。1章では追い詰められた主人公が男を何度も車でひくし、2章では妻が夫に言われるまま自分の指を切り落とす(指だけじゃないけど……)。3章では水のないプールに落下して死ぬ女性が描かれる。そんなグロテスクで過激な描写も目立つ。

とはいえ、過去のランティモス作品と同じように最後まで見入ってしまった。その理由は独特のユーモアにある。1章では「マッケンローの壊したラケット」だの「アイルトン・セナの焼けたヘルメット」といった奇妙なアイテムがこれみよがしに登場する。2章では失踪した妻を思い出すため、夫が友人とともに妻とのエッチ場面を収録したビデオを見るというアホとしか言えない場面がある。3章ではカルト教団の奇怪な儀式などが笑いを誘う(お腹をなめて純潔かどうか判定するとか)。笑いのネタに尽きない映画だ。

そして、何よりも映像が鮮烈で魅力的だ。シニカルなランティモス監督の視点をそのまま反映させたようなやや突き放したような映像は、「おお、そう来ますか!」と思わず膝を打つような斬新さにあふれている。それを観ているだけで最後まで飽きなかった。

さらに、面白さのダメ押しともいえる仕掛けがある。この映画では主要な人物が違う役ですべての章に出てくるのだ。エマ・ストーンジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、ホン・チャウ。みんなアクの強い役をノリノリで演じている。終幕近くのエマのダンスなんてもう爆笑もの。さて、誰がどんな役をやっているかは観てのお楽しみ。

3つのドラマの結末はどれもとんでもないものだ。徹頭徹尾、ランティモス監督の毒気に当てられた。それでも面白いから、混乱しながらも最後まで観てしまった。過去の作品がそうだったように。

ランティモス監督はやっぱりただものではない。毒気や笑いの向こうに、人間の様々な側面が見えてくる。この映画のような例は極端にしても、多少なりとも自分たちに関係する心の動きが見て取れないこともない。そういう意味で、人間観察ドラマといった趣も感じられる映画である。

エンドロールでは「R.M.F」がホットドッグを食す。ケチャップが服に飛ぶ。誰なんだ? R.M.F(笑)。

◆「憐れみの3章」(KINDS OF KINDNESS)
(2024年 アメリカ・イギリス)(上映時間2時間45分)
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーンジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アチェイ、ハンター・シェーファー
* TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.searchlightpictures.jp/movies/kindsofkindness

 

 

 

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