「本日公休」
2024年9月26日(木)新宿武蔵野館にて。午後3時10分より鑑賞(スクリーン1/C-9)
~昔ながらの理髪店を営む母と今の時代を生きる子供たち。一服の清涼剤のような映画
台湾映画を取り上げるのは久々かな?
台中の理髪店を舞台にしたドラマ「本日公休」。作家やミュージックビデオの監督としても活躍する台湾のフー・ティエンユー監督が、自身の母親をモデルに脚本を書き映画にした。撮影も実家の理髪店で行ったという。
台中にある昔ながらの理髪店。ところが「本日公休」の札がかかり、店主のアールイ(ルー・シャオフェン)が行方不明。どうやら車でどこかに出かけたらしい。スマホも置いていったため連絡も取れない。近所に住む長男、たまたま実家に寄った長女は大騒動。ヘアーサロンで働く次女も巻き込んで、母がどこに行ったのかと心配する。
というわけで、ここからはこれまでの家族の肖像が描かれる。アールイは丁寧な仕事ぶりで常連客たちの信頼も厚い。常連客たちは、子供の結婚式や卒業式には必ずアールイの店を訪れて髪を整える。アールイは彼らとおしゃべりしながら、仕事をする。「そろそろ髪が伸びたから切りに来て」と電話することもある。いわば彼らの人生に寄り添うのだ。それは温かで穏やかなアナログの世界。人情のふれあいがある。
それに対して3人の子供たちは何事も合理的に考える。太陽光発電設備の販売をしているという長男は、アールイに店で最新式の掃除ロボットを導入するように勧める。ドラマ撮影の現場などでスタイリストをしている長女も、今の時代を生きている。そして次女は、今風のコストパフォーマンスの高い1000円カットの店(台湾で何というのか知らないが)の出店を考えている。
この母と子供たちの対比を軸に、前半のドラマが進んでいく。ただし、過剰にノスタルジーに流れたり、劇的な展開を追い求めることはしない。あくまでも母と子供たちそれぞれの人生を何の気負いもなく、ありのままに見せていく。
そこには、ユーモアもある。長女のドラマ撮影の現場では、何やら日本語を操るヒーローらしき人物が登場して笑いを誘う。そのほかにも笑える箇所が満載だ。
ところで、このドラマには主要な登場人物がもう一人いる。次女の元夫チュアン(フー・モンボー)だ。彼は自動車修理工をしていて、今も次女とつかず離れずの生活を送っている。そして彼はアールイ同様に昔ながらの商売をしている。友人が金に困っていると言えば、ツケをいとわず、金を貸すこともある。合理性より情を優先する。それが原因で次女と離婚したのだが、アールイとは通じるところがあり、今も親しく交流している。その交流場面が心にしみる。
後半は、ロードムービー的な展開も加わる。アールイは実は、離れた町から通い続けてくれる常連客の歯科医が病に倒れたことを知り、理髪道具を持って出張理髪に向かったのだ。その道中で田舎道を古い愛車で走る彼女の冒険譚が描かれる。そこではある農業青年(「藍色夏恋」のチェン・ボーリン)と出会い、髪を切ってやるほほえましい場面もある。そしてトラブルにも巻き込まれる。
その果てにたどりついた歯科医の家。その場面は感動的で心を揺さぶる。その後には、アールイの修業時代の若い姿が映るなど、さらに感動を誘うシーンもある。それを見て、人生や老いについて思いをはせる人も多いのではないだろうか。
終幕には、次女と元夫チュアンの新たな旅立ちなど周囲の変化を描きつつ、その変化を受け入れながらもアールイ自身はこれまでの生き方を貫き通すであろうことが示唆される。彼女にとって髪を切ることは、すなわち生きること、人生なのだ。
アールイを演じたのはアン・ホイ監督の「客途秋恨」で知られる名優ルー・シャオフェン。本作の脚本にほれ込んで24年ぶりにスクリーンに復帰したという。頑固だが温かみのある誠実なアールイを好演していた。
自身の経験を映画にすると、ともすれば激情に流れがちになるが、そうしたところもなくメリハリを利かせた人情物語だった。世知辛い世の中で、ホッとできる一服の清涼剤のような映画だった。
◆「本日公休」(本日公休/DAY OFF)
(2023年 台湾)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:フー・ティエンユー
出演:ルー・シャオフェン、フー・モンボー、ファン・ジーヨウ、アニー・チェン、シー・ミンシュアイ、リン・ボーホン、チェン・ボーリン
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://www.zaziefilms.com/dayoff/
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