映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「菊とギロチン」公開スタート

菊とギロチン
テアトル新宿にて。2018年7月7日(土)午後2時10分より鑑賞(G-17)

瀬々敬久監督の構想30年の力作「菊とギロチン」がいよいよ公開になった。これまでにも何度か書いたが、本作は一般から製作資金を募り、オレもほんの少額をカンパさせてもらった。すでに6月18日に渋谷のユーロライブで行われた支援者向けの試写会で、完成した作品を一度観たのではあるが、やはり劇場でも観たいと思い、さっそく初日に足を運んだ次第だ。

この日は、舞台挨拶付きの上映。午前10時の回の上映後と、午後2時10分の回の上映前に舞台挨拶が行われた。オレが観たのは午後2時10分の回。舞台挨拶では、瀬々監督の紹介で次々にキャストが登壇した。木竜麻生、東出昌大寛一郎韓英恵・・・。総勢約30人。テアトル新宿の舞台挨拶の登壇者最多記録らしい。

この映画を観ればよくわかるが、有名無名にかかわらずすべてのキャストが一体となって、チームで作り上げた作品であり、それにふさわしい舞台挨拶だったといえるだろう。キャストたちが一言ずつ挨拶した後には、女相撲相撲甚句「イッチャナ節」が披露されて会場は大いに盛り上がった。

その後、いよいよ上映開始。一度試写で観た時にも感じたのだが、すさまじいエネルギーに満ちた映画である。その源泉は、人と人とのぶつかり合いにあるのではないだろうか。女相撲の力士たちのぶつかり合いだけでなく、様々な登場人物がぶつかり合う映画だ。それは敵同士だけではない。味方同士もお互いの考えや思いをぶつけ合い、激しく対峙する。そこから想像を超えたエネルギーが発せられる。

二回目の鑑賞だけに、ストーリー展開や結末はわかっている。だが、それゆえ見えてくるものも多い。一度目には気づかなかった細かな点が見えてきた。特に様々なエピソードの過程がていねいに描かれているのが印象的だった。アナキスト集団のギロチン社の面々が女相撲に影響を受けるあたりは、一度目以上に説得力が感じられた。

ギロチン社の連中の迷走ぶりも、ただデタラメなのではなく、社会を変えたいという強い思いはあるものの、閉塞感漂う社会の中で何をすればよいのかわからないという焦燥感が背景にあることが理解できた。

後半で急展開を見せる女力士・勝虎と従業員の三治との関係も、一度目にはやや唐突に思えたのだが、よく見るとちゃんとそこに至る前フリが描かれていた。

もちろん一度目に観て素晴らしかったところは、今回さらに輝いて見えた。ギロチン社の中濱と古田、女力士の花菊と十勝川が集った夜の海のシーンは特に忘れ難い。十勝川の壮絶な体験の告白、それに対する中濱の謝罪などがオレの心を直撃した。

まるで大正末期にタイムスリップしたかのような世界を現出させた美術にも、改めて感服させられた。そして、やっぱり役者たちの熱い思いだ。すべての役者の演技に気持ちがこもっているから、ウソ臭さがまったくない。どのシーンも、まぎれもない真実として胸に迫ってくるのである。

3時間9分の長尺ながらまったく、その長さを感じさせない濃密な作品。上映後に客席からは大きな拍手が巻き起こった。そして、エンドクレジットの自分の名前を見て、つくづくこの映画を支援してよかったと思った。

自分が支援したから言うわけではない。今年の日本映画の中でも有数の素晴らしい映画だと思う。ぜひ劇場へ!!

f:id:cinemaking:20180708211352j:plain

「正しい日 間違えた日」

正しい日 間違えた日
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2018年7月5日(木)午後1時35分より鑑賞(スクリーン2/H-9)。

~2つの展開の違うドラマから見える恋のさや当てと人生の不可思議さ

現在、世界的に評価の高い韓国の名匠ホン・サンス監督の4作品を連続公開中だ。1作目の「それから」、2作目の「夜の浜辺でひとり」を鑑賞した身としては、やはり3作品目も観なければなるまい。

というわけで、「正しい日 間違えた日」(RIGHT NOW, WRONG THEN)(2015年 韓国)を観に行った。スクリーンに現れたのは相変わらずのホン・サンス監督の唯一無二の世界。大きなことは何も起きない。長回しで登場人物の日常会話を延々と映し出す。退屈といえば退屈なのだが、それが妙に癖になって、また観に行ってしまうのだ。

今回の舞台は韓国の水原(スウォン)という都市。映画監督のハム・チュンス(チョン・ジェヨン)がやってくる。自身の作品の上映と特別講義のためだ。だが、手違いで1日早く着いてしまい、時間を潰すために立ち寄った観光名所で、魅力的な女性ヒジョン(キム・ミニ)に出会う。

ヒジョンに声をかけるチュンスは、どう見ても下心ありありだ。その前に、映画祭のスタッフの女性とソリ遊びをするシーンからして、「何やらコイツ女にもてそうだな」オーラを出しまくりなのだ。

そんなチュンスとヒジョンが、場所を移動しながら繰り広げる何気ない会話が映し出される。もちろん、いつものように長回しの映像だ。最初はコーヒー店で。続いて絵を描いて暮らしているというヒジョンのアトリエで。そして寿司屋で酒を飲みながら。

ひたすらヒジョンを「かわいい」とほめるチュンス。彼女の絵もべた褒めだ。だが、どこか底の浅さが見えるのは気のせいか。何だか、いつも同じような手口で女を口説いているようにも思える。そんな雰囲気がチラチラと見えてきて、思わずくすくす笑わせられる場面もある。

それに対して、ヒジョンもまんざらでもない様子だ。だが、そのままスムーズに恋が進展するほど世の中は甘くない。先輩との飲み会に行く約束をしていたことを思い出したヒジョンは、チュンスを誘ってそこへ向かう。

するとすでに飲んでいた先輩たちは、チュンスに関する世間の様々な噂話を追及し、彼が既婚者であることを白状させる。ヒジョンはそれに大いに傷つき、2人はそれっきり別れてしまう。

その出来事を引きずった不機嫌なチュンスは、翌日の講義で司会者にブチ切れてその場をメチャクチャにしてしまう。

いやぁ~、男ってホントにアホだなぁ~。つくづくそう思わされるドラマである。過去のホン・サンス作品とも共通するテーマだが、あまりにも愚かで、だからこそ憎めない人間の本性が見えてくるドラマといえるだろう。

ただし、この作品はこれでは終わらない。なんと後半は前半と同じドラマをもう一度展開するのだ。ホン・サンス作品にしては上映時間が2時間1分と長いのは、そのせいなのだった。

「今は正しく あの時は間違いだった」と題された後半のドラマも、「あの時は正しく 今は間違い」と題された前半のドラマと全体的な構図は同じ。チュンスはヒジョンに好意を持ち、親しくなろうとする。前半と同様に、名所で出会い、コーヒー店で会話し、ヒジョンのアトリエに行く。だが、細部は微妙に異なっている。

アトリエでチュンスはヒジョンの絵をズバリと批判する。前半のべた褒めとはまったく違う。それによって2人はケンカをする。だが、それでも決定的な亀裂には至らない。

2人は前半同様に寿司屋で酒を飲む。チュンスはヒジョンを口説くのだが、同時に「僕には妻がいるから結婚できない」と告げる。前半とは裏腹に実に正直であけっぴろげなのだ。そのことがかえって2人を接近させたりもする。

その後も前半同様に、2人はヒジョンの先輩の家で酒を飲む。しかも、そこでしたたかに酔っぱらったチャンスは、突拍子もない行動に出る。一歩間違えば犯罪に問われてもおかしくはない醜態だが、これも正直といえば正直。結局、大ごとにならずに済む。

ラストの結末も大いに異なる。ネタバレになるので具体的な事は書かないが、チュンスとヒジョンは前半のようにケンカ別れすることなく、かといってドロドロの不倫に走るようなこともない。

さーて、この似たようでいて相反する2つのドラマ。やっぱり後半のほうがあるべき姿ということなのだろうか? 建前なんか気にせずに、本音で正直に生きろと言うことなのか? とはいえ、実際にはなかなかあんなふうにいかないのも事実。

いずれにしても、ちょっとしたボタンの掛け違いで、その後が大きく変わる恋の行方と、人生の難しさ、面白さが伝わってきたのである。相変わらず、不思議な映画を撮るホン・サンス監督なのであった。

主役の映画監督を演じたチョン・ジェヨンは、本作で第68回ロカルノ国際映画祭主演男優賞、韓国映画評論家協会賞主演男優賞に輝いた。なるほど。基本的なキャラは同じなのに、言動が異なるという難役を見事に演じていた。

その相手役のキム・ミニは、今ではホン・サンス作品のミューズとしてほとんどの映画に出演し、私生活でも恋人を公言している。そのきっかけが2015年の本作だという。そういう意味でも興味深い作品だ。

f:id:cinemaking:20180707111645j:plain

◆「正しい日 間違えた日」(RIGHT NOW, WRONG THEN)
(2015年 韓国)(上映時間2時間1分)
監督・脚本:ホン・サンス
出演:チョン・ジェヨン、キム・ミニ、コ・アソン、ユン・ヨジョン、キ・ジュボン、チェ・ファジョン、ユ・ジュンサン、ソ・ヨンファ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://crest-inter.co.jp/tadashiihi/

 

cinemaking.hatenablog.com

 

 

cinemaking.hatenablog.com

 

「パンク侍、斬られて候」

パンク侍、斬られて候
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年7月1日(日)午前10時45分より鑑賞(スクリーン9/F-13)。

~パンク魂にあふれた何でもありの暴走時代劇

芥川賞作家の町田康がパンク歌手だったのをご存知だろうか。「INU」というバンドで1981年にアルバム『メシ喰うな!』でデビューしている。その独特な歌詞がけっこう話題になったものである。当時は町田町蔵と名乗っていた町田は、現在もバンドをやっていて、そのバンド名は「汝、我が民に非ズ」という。

そして、石井岳龍という映画監督がいる。日本映画のファンの間でカルト的な人気を持つ監督で、石井聰亙と名乗っていた1980年代に「狂い咲きサンダーロード」「爆裂都市 Burst City」「逆噴射家族」など、ぶっ飛んだ映画を次々に送り出して話題を集めた。

その石井岳龍が、町田康が2004年に発表した小説を映画化した。しかも、それを脚色したのはあの宮藤官九郎だ。とくれば、これはもうぶっ飛んだ映画になるのは間違いのないところ。「パンク侍、斬られて候」(2018年 日本)である。

「超人的剣客」を自称する浪人・掛十之進(綾野剛)が街道に現れて、物乞いの老人をいきなり斬り捨てる。居合わせた地元の黒和(くろあえ)藩の藩士に十之進が語ったところでは、その老人は“腹ふり党”なる新興宗教団体のメンバーだという。十之進は腹ふり党から藩を救うために、自分を仕官させろと説く。(ちなみに、この刃傷沙汰はラストの伏線になっているので、よ~く覚えておきましょう)。

おりしも黒和藩では、内藤帯刀(豊川悦司)と大浦主膳(國村隼)の両家老が権力闘争を繰り広げていた。内藤は十之進がハッタリをかましていると見抜きながら、大浦を追い落とすために彼を抱き込む。

冒頭こそオーソドックスな時代劇風。だが、すぐにあらぬ方向へ暴走し始める。登場人物が話すのは、言い回しこそ時代劇風ではあるものの、基本的には現代の言葉。「ウィンウィン」や「プロジェクト」といった横文字が普通に語られたりするのだ。全編に挟まれるナレーションも、いかにも大仰で冗舌すぎる。

しかも登場するのは、お調子者のフリーターの十之進をはじめ、いずれも強烈かつ奇妙奇天烈な人物ばかり。ドラマの鍵を握る腹ふり党の教義が「世界は巨大なサナダムシの腹の中だ!」だったりして、悪ふざけとしか言いようのない設定が次々に飛び出す。それを照れることもなく徹底的にやっているから、もはや笑うしかないのである。

社会風刺的な要素もある。今の権力者たちや世間のありようをチクリと皮肉る。特に終盤、腹ふり党の伸長に重ねて、自分でものを考えずにひたすら流行に付き従う庶民を揶揄するあたり、なかなかの反骨心である。

主人公の苗字が「掛=カケ」というのも、何だか意味深。「お前なんかインチキだ」「この詐欺師が」などと罵られるのだが、もしかして、カケってあのカケのことなのか?

とはいえ、もちろん基本は破天荒な暴走エンターティメントだ。内藤によって左遷させられた大浦は、なぜか藩のはずれの村で猿回しを手がけることになる。家老が猿回しだと?(ちなみに、これまた終盤の伏線になっている)。

一方、すでに腹ふり党は解散していることが判明すると、内藤は自らの立場を守るべく腹ふり党の元幹部・茶山半郎(浅野忠信)をたきつけて「ネオ腹ふり党」を組織し、藩内で騒動を起こさせようと画策する。

そこで登場する茶山半郎の顔を見て、笑わない人はいないだろう。まるで天才バカボンのようなメイクで浅野忠信が怪演を見せる。これも、どこからどう見ても悪ふざけなのだが、ここまで堂々とやられたらアッパレとしか言いようがない。

そんな中、茶山半郎の身の回りの世話をする、ろん(北川景子)という女が、終盤のドラマの大きなカギを握る。

その北川景子の珍妙なダンスをはじめミュージカル的なところもあるし、人形劇も飛び出すし、ド派手なCGも飛び出すしで、まさに何でもあり状態。もちろんチャンバラもある。そして終盤はド迫力の合戦絵巻が繰り広げられる。

ただし、それはただの合戦ではない。ヤラセのはずだったネオ腹ふり党は、とんでもない暴徒の集団と化し、大混乱に突入する。それに対するのは黒和藩の武士たち……だけでは心もとないと助っ人が現れる。猿将軍・大臼延珍(永瀬正敏)である。おいおい、サルだよ、サル!! なんじゃ、こりゃ? 猿の惑星か?

終盤は世紀末的なカオスの世界だ。壮絶な合戦では超能力も飛び出し、花火まで上がる(何の花火かは、自分の目で確かめてください)。腹ふり党の人々も天に昇っていく。CG全開で描かれる黙示録的でSFチックな世界である。そして最後に訪れる復讐劇。なーるほど。やっぱりね。

しかし、まあスゴイ映画である。ジャンルレス、やりたい放題、暴走しまくり、破天荒、悪ふざけ。いろんな形容詞がありそうだが、やっぱり「パンク」という言葉が一番ピッタリかも。何しろエンドロールで流れるのはセックス・ピストルズの『アナーキー・イン・ザ・U.K.』なのだから。

過去の石井作品を多少なりとも知っている者としては、けっして違和感は持たなかったが、人によってはあきれて仰天するかもしれない。それでも尋常でないエネルギーに直撃されることは請け合いだ。この過激すぎる世界を一度お試しあれ。

f:id:cinemaking:20180703201712j:plain

◆「パンク侍、斬られて候
(2018年 日本)(上映時間2時間11分)
監督:石井岳龍
出演:綾野剛北川景子東出昌大染谷将太浅野忠信永瀬正敏村上淳若葉竜也近藤公園、渋川清彦、國村隼豊川悦司
新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.punksamurai.jp/

 

 

cinemaking.hatenablog.com

 

「ブリグズビー・ベア」

ブリグズビー・ベア
新宿シネマカリテにて。2018年6月29日(金)午後12時より鑑賞(スクリーン1/A-8)。

~25年間監禁された「クマちゃん命」の青年の成長

先日取り上げた「ワンダー 君は太陽」で顔に障害を持つ子供を巧みに演じていたジェイコブ・トレンブレイ。彼が最初に注目されたのは、監禁された女性とそこで生まれ育った息子が外界へ脱出し、社会へ適応していくまでを描いた2015年の映画「ルーム」だ。ちなみに、この映画で主人公を演じたブリー・ラーソンは、アカデミー主演女優賞を受賞した。

この「ルーム」と似たドラマの構図を持ちながら、それとはまったく違うコメディー映画に仕上げているのが「ブリグズビー・ベア」(BRIGSBY BEAR)(2017年 アメリカ)だ。誘拐事件をコメディーにするのは、なかなか難しいと推察するが、それを見事にやりのけている。

冒頭に登場する子供向け番組のビデオ。相当古いものらしく画質は悪いのだが、どうやらクマのヒーローが宇宙の平和を守るヒーローものらしい。同時に、そこに数学などの知識も詰め込んだ教育番組でもあるらしい。主人公の25歳の青年ジェームス(カイル・ムーニー)は、この「ブリグズビー・ベア」という番組が大好き。子供の頃から毎週ビデオが届く。25巻・全736話にも及ぶ大作だ。

ジェームスは父(マーク・ハミル)と母(ジェーン・アダムス)と暮らしているが、どうも普通の生活ではないらしい。彼らは小さなシェルターに住み、ジェームスは外の世界に出ることはめったにない。父は外出時に防毒マスクをつけて出かけていく。何なのだ? この一家は。

まもなく警察がやってきて、父と母を逮捕する。2人は実は赤ん坊のジェームスを誘拐した犯人だったのだ。ニセの両親はジェームスをかわいがっていたが、誘拐がバレるのを恐れて、「外の世界は危険だから」と言い聞かせてジェームスを監禁状態に置いていた。彼にとって最大の楽しみだった「ブリグズビー・ベア」は、ニセの父親がジェームスのためだけに作り上げた番組だったのである。

こうして生まれて初めて外の世界に連れ出されたジェームスは、本当の両親と高校生の妹と対面(ついでにデカい犬も)。彼らと一緒に暮らすことになる。とはいえ、隔絶された世界で「ブリグズビー・ベア」だけを観て育ったジェームスだけに、完全に世間とズレている。その半端でない言動のズレっぷりが笑いのネタになる。ジェームスの言動に加え、何だかチープでちょっとオマヌケなブリグズビー・ベアのキャラクターも、笑いを生み出していく。

この映画のスタッフはアメリカの人気バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」のチーム。カイル・ムーニーが脚本・主演を務め、デイヴ・マッカリーが監督を務めている。コメディー色が強くなるのも当然だろう。

ただし、ただの笑える映画ではない。人間ドラマもきちんと描く。基本となるドラマの構図は、「ルーム」と同様に、いかにして彼が社会に適応していくかという成長物語。その成長の原動力に、「ブリグズビー・ベア」の映画作りを据えたのがユニークなところだ。実の父親と映画を観に行った彼はいたく感心する。そして、偽の父親の逮捕によって、二度と「ブリグズビー・ベア」の新作が見られないと知った彼は、「それなら自分で映画を作ってしまおう」と思い立つのだ。

映像制作に興味のある高校生と知り合ったジェームスは、彼らとともに映画の撮影に乗り出す。ニセの両親を逮捕した元演劇青年だった刑事も秘かにそれに協力する(グレッグ・キニアがいい味出してます)。

その映画製作の過程と、初めての友人との絆、女の子との際どい経験などをリンクさせる。最初はギクシャクしていた妹の関係も、映画作りの中で良好になっていく。そんなジェームスを中心とした青春群像を生き生きと描き出す。そこには青春ドラマにふさわしいきらめきとみずみずしさがあふれている。これも、この映画の大きな魅力である。そのおかげで、多少の展開の都合よさなどは気にならない。

そんな中で、問題なのが本当の両親との関係だ。過去の忌まわしい記憶と結びつく「ブリグズビー・ベア」に対して両親は嫌悪感を持っている。それがある事件をきっかけに露わになり、ジェームスは苦しい立場に追い込まれてしまう。

そのあたりで、「ブリグズビー・ベア」に登場しているある人物をジェームスが訪ねるシーンが印象深い。そうした様々な経験を重ねて、彼は「ブリグズビー・ベア」と現実社会とは別物であることを肌で感じていく。

終盤に待ち受けているのは、両親によるサプライズだ。彼らはジェームスの過去を無理に否定せず、ありのままの息子を受け入れようとする。そこからは素直に感動できるシーンが続く。

刑務所にニセの父親を訪ねるジェームス。これもまた彼の成長を物語る。そこでのニセ父役のマーク・ハミル(もちろん「スター・ウォーズ」の)の声の演技が笑える。何とも絶妙なキャスティングだ。

最後のシーンで舞台に現れ、消えていくブリグズビー・ベア。それは、ジェームスの新たな人生の一歩をしるすものに違いない。彼はブリグズビー・ベアによって大きく成長し、ブリグズビー・ベアからの自立を果たしたのだ。

コメディーを基軸としつつも、ひたすら笑いに走るのではなく、特殊な環境で育った若者の成長のドラマをきちんと描いた作り手のバランス感覚の良さに感心した。多くの観客が温かな気持ちで映画館を後にすることだろう。クマちゃん恐るべし!!

f:id:cinemaking:20180701203902j:plain

◆「ブリグズビー・ベア」(BRIGSBY BEAR)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間37分)
監督:デイヴ・マッカリー
出演:カイル・ムーニー、クレア・デインズマーク・ハミルグレッグ・キニア、アンディ・サムバーグ、マット・ウォルシュ、ミカエラ・ワトキンス、ジェーン・アダムス、ライアン・シンプキンス、ホルヘ・レンデボルグ・Jr、ベック・ベネット、ニック・ラザフォード
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://www.brigsbybear.jp/

 

 

cinemaking.hatenablog.com

 

「告白小説、その結末」

告白小説、その結末

ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2018年6月27日(水)午後1時30分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。

~不穏な空気に包まれた女性作家と自称ファンの女の危険な関係

クリント・イーストウッドを筆頭に、リドリー・スコットウディ・アレンと高齢監督の活躍が目立つ昨今。今年84歳のロマン・ポランスキー監督も元気である。カンヌ国際映画祭パルムドール受賞作「戦場のピアニスト」をはじめ、数々の名作を発表してきた名匠の新作が「告白小説、その結末」(D'APRES UNE HISTOIRE VRAIE)(2017年 フランス・ベルギー・ポーランド)。若々しさと熟練の技が絶妙にブレンドされたミステリー・サスペンスだ。原作はデルフィーヌ・ド・ヴィガンの小説「デルフィーヌの友情」。

最初に人間の顔がアップになる。女性作家デルフィーヌ(エマニュエル・セニエ)のサイン会。彼女目線でサインを求めるファンの顔を大写しにしたものだ。何やら、ここからすでに怪しい雰囲気が漂う。同時にデルフィーヌが置かれた不安定な状態も見えてくる。

彼女は、精神を病んで自殺した母親との生活をつづった小説がベストセラーとなり、そのことが心にトゲのように刺さっていた。それを非難する親族らしき匿名の人物からの手紙もたびたび届いていた。そして、デルフィーヌは今はスランプに陥り、次回作が書けずにいる。私生活では子供たちはよそへ行き、夫とも別居中だ(頻繁に会ってはいるのだが)。

そんな不安定な状況の中、彼女の前に一人の女性が現れる。熱狂的ファンを自称する女性エル(エヴァ・グリーン)だ。彼女は有名人のゴーストライターをしているという(そういえばポランスキー監督には「ゴーストライター」という作品もあったっけ)。冒頭のサイン会で出会い、本音で語り合ううちにエルに信頼を寄せるようになったデルフィーヌは、やがてエルが家を追い出されることになったため自分の家で共同生活を始める。

スティーヴン・キング原作、ロブ・ライナー監督の「ミザリー」をはじめ、人気作家にファンが接近して次第に狂気を見せ始めるという映画は珍しくない。だが、そこはさすがにポランスキー監督だ。パターンはわかっていても、そんなことに関係なく、怖くて面白い作品に仕上げている。

何よりもうまいのが不穏な空気の生み出し方だ。先ほど述べた匿名の手紙もそうだが、謎に満ちた仕掛けがいくつも用意されている。エルと同じ電車に乗ったデルフィーヌが創作ノートを失くす一件、デルフィーヌが招待されたエルの誕生パーティーに誰一人来ない出来事などなど。

そもそも、エルがなぜデルフィーヌの向かいの家に住んでいたのか、など謎の種は尽きないのだが、そうした謎について明確な真相が明かされることはない。それでも、いや、だからこそ不穏な空気がどんどん増幅していくのである。

もちろん、その不穏さを直接的に煽るのがエルの立ち居振る舞いだ。最初はただのファンだった彼女が、デルフィーヌと距離を縮めるにつれて何かと彼女に干渉し、支配しようとする。次回作はフィクションにするというデルフィーヌに対して、今回も自分のことを書くように強く主張する。

それどころか、デルフィーヌを執筆に向かわせるためだとして、勝手に関係者にメールを送って、しばらく連絡してこないように伝えたり、デルフィーヌに成りすまして代わりに講演会に出ようとしたりするのだ。

しかし、まあ、エルを演じるエヴァ・グリーンの演技ときたら。デルフィーヌの前ではいかにも良い人っぽい笑顔を振りまくのだが、その陰で意味ありげな表情をチラリチラリと見せる。さらに、ミキサーが壊れたのにブチ切れてメチャクチャに叩き壊すヒステリックな一面も見せる。それ以外にも不可解な言動でデルフィーヌを翻弄する。背筋ゾクゾクものの恐い演技である。エマニュエル・セニエ演じるデルフィーヌが、対照的な真面目キャラだけに、なおさらその怖さが際立つのだ。

ドラマの大きな転換点になるのが、デルフィーヌの骨折だ。さすがに彼女もエルの危険性を感じ始めた直後に、階段から転落して骨折する。それは突然鳴り出したスマホに気をとられての事故だった。もしかして、それってエルの工作なのか? などと勘繰りたくなってしまうほど不可思議な出来事が続くのである。

この事件をきっかけに、デルフィーヌはエルに誘われて、田舎の別荘で一緒に暮らすことになる。ただし、デルフィーヌにはある計画があった。エルに壮絶な過去があるらしいと知った彼女は、その話を小説にしようと考える。今度は自分がエルを利用してやろうと考えるわけだ。

さ~て、この先は詳しいことは伏せるが、怖ろしい展開が待っている。地下室のネズミ退治の一件を前フリに不気味さを高め、衝撃の展開へと持ち込む巧みな構成が味わえる。

ラストの意外なオチも印象深い。いったいエルは何者だったのか。その狙いは何だったのか。いずれにしても、結果的にエルがデルフィーヌを再び檜舞台に押し出すというあまりにも皮肉な結末。スッキリ感とは対極の胸の奥に何かが詰まっているような味わいが、何とも言えない余韻を残すのである。さすがポランスキー監督!

f:id:cinemaking:20180630120720j:plain

◆「告白小説、その結末」(D'APRES UNE HISTOIRE VRAIE)
(2017年 フランス・ベルギー・ポーランド)(上映時間1時間40分)
監督:ロマン・ポランスキー
出演:エマニュエル・セニエ、エヴァ・グリーンヴァンサン・ペレーズ、ジョゼ・ダヤン、カミーユ・シャムー、ブリジット・ルアン、ドミニク・ピノン、ノエミ・ルボフスキー
*ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ https://kokuhaku-shosetsu.jp/

 

「女と男の観覧車」

「女と男の観覧車」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月24日(日)午後1時25分より鑑賞(スクリーン6/D-7)。

~愚かさと哀れさを見せつけるケイト・ウィンスレットの鬼気迫る演技

ご存知、ウディ・アレン監督の新作が登場だ。82歳にして、相変わらず年1本のハイペースで作品を撮り続けているのだからスゴイ監督である。

「女と男の観覧車」(WONDER WHEEL)(2017年 アメリカ)。映画が始まると、いつものように流れてくるジャズ音楽。軽快だったり、ムーディーだったりするノスタルジックなメロディーが全編に流れ、観客をアレン監督の世界に引きずり込む。だが、油断してはいけない。多くのアレン作品に共通する風刺コメディーのタッチをキープしつつも、今回は人間の愚かさや運命の皮肉をよりリアルに観客に突き付ける作品である。

まず目についたのが映像の色彩だ。舞台となるのは1950年代のニューヨーク郊外のリゾート地コニーアイランド。その風景を中心に、鮮やかな色遣いの映像が次々に飛び出す。その一方で、すでにコニーアイランドは往時の賑わいを失いつつあり、どこか寂れた雰囲気も漂わせる。それを表現した絶妙な色遣いが、かつては愛に輝きながら今は疲れた中年夫婦のドラマに、シニカルな味わいを加える。

主人公は、コニーアイランドの遊園地内のレストランでウェイトレスとして働く元女優のジニー(ケイト・ウィンスレット)。彼女は、回転木馬の操縦係を務める夫ハンプティ(ジム・ベルーシ)と再婚同士で結婚し、自身の連れ子リッチーとともに観覧車の見える安い部屋で暮らしていた。

だが、どうやら彼女のハンプティに対する愛はとうに消え去っている模様。そして、リッチーは放火癖のある問題児だ。そんな充たされない日々から逃れるように、ジニーは海岸で監視員のバイトをしている劇作家志望の若者ミッキー(ジャスティン・ティンバーレイク)との不倫に走る。

ジニーを演じるケイト・ウィンスレットが絶品の演技を見せる。映画に登場した最初の頃はどこか疲れた表情をたたえたジニーが、ミッキーとの恋によってどんどん美しくなっていく。現状のどうにもならない日々とは対照的に、かつて一度はあきらめた女優の夢を再燃させ、その実現をミッキーに託す女心を、十二分に表現した演技である。

だが、事態は意外な方向へ進む。ある日、ギャングと駆け落ちして音信不通だったハンプティの娘キャロライナ(ジュノー・テンプル)が突然現われたのだ。彼女は夫と別れ、警察の捜査に協力したため、命を狙われる立場になってしまったという。

そんなキャロライナを迎えた父・ハンプティの変化が面白い。自分の意のままにならず、勝手に家を出て行った娘に対して当初は悪態をつきまくるのだが、その後は一気に彼女を溺愛し、夜学に通わせたりする。その微妙な親子心を表現したジム・ベルーシの演技も味わいがある。

ドラマはジニーの不倫相手ミッキーの独白(というかカメラに向かって語りかける)を軸に構成される。この距離感もなかなか良い。ウディ・アレン映画らしく会話中心にドラマが展開するが、含蓄のあるシニカルなセリフが多いから飽きることはないはずだ。

そして、次第に露わになる「運命の皮肉」。なんと、キャロラインがミッキーと出会い、ミッキーが彼女を好きになってしまうのだ。いわば義母とその愛人、娘による三角関係。それがドロドロの愛憎劇にならずに、思わぬ方向に転がっていくのが、いかにもアレン監督らしいところ。そこでもジニーの揺れる思いが巧みに描かれる。同時にミッキーの軽薄さを浮き彫りにして、ジニーの哀れさを強調する。

やがてジニーの燃え盛る嫉妬の炎が思わぬ事態を招き、ドラマは終幕を迎える。すべてを白日の下にさらされたジニーが、ミッキー相手に心中をぶちまけるシーンは壮絶だ。そこでのケイト・ウィンスレットの演技には鬼気迫るものがある。まるで濃密な舞台劇、それも一人芝居をでも観ているかのような迫力に圧倒された。外見までもが、以前にも増して、くたびれ果てた中年女になりきっているのである。

さらに、その後のハンプティの態度には哀愁が漂う。おそらく彼自身、もはや今までのような生活を送ることはできないと予感しつつも、それでもジニーを頼らざるをえないのだろう。ここに至って、この壊れた夫と妻がともに、愚かで哀れな存在として浮き上がってくる。そして、「男も女もアホやなぁ~」と思いつつも、「これが人間なのだな」と納得させられてしまうのだった。

というわけで、ウディ・アレン監督らしいシニカルさで、男女の愛憎劇を描いた作品だ。コミカルさの中にも、不完全で、それゆえ愛すべき人間の本性に対する深い洞察力が感じられるのである。

f:id:cinemaking:20180628113304j:plain

◆「女と男の観覧車」(WONDER WHEEL)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ウディ・アレン
出演:ジム・ベルーシ、ジュノー・テンプルジャスティン・ティンバーレイクケイト・ウィンスレット、ジャック・ゴア、デヴィッド・クラムホルツ、マックス・カセラ
新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://www.longride.jp/kanransya-movie/

「焼肉ドラゴン」

「焼肉ドラゴン」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年6月23日(土)午前11時5分より鑑賞(スクリーン7/E-9)。

~困難に直面しても希望を失わない在日コリアン一家の姿が胸に響く

映画を追いかけるので手一杯で、演劇まではなかなか手が回らないのだが、数々の演劇賞を受賞した「焼肉ドラゴン」という素晴らしい舞台劇があることは噂に聞いていた。それが作者である劇作家・演出家の鄭義信によって映画化された。「焼肉ドラゴン」(2018年 日本)。鄭義信の長編監督デビュー作品である。

関西の地方都市の路地の一角にある在日コリアンの町が舞台だ。どうやらこの町にはモデルがあるらしい。1940年代に大阪・伊丹空港の拡張工事のために朝鮮半島から集められた人々の宿舎があり、戦後になって、そこが在日コリアンの集落になったという。

この映画の時代設定は、高度経済成長期で、大阪万博が目前に迫った1970年代。在日コリアンの町にある「焼肉ドラゴン」という小さな焼き肉屋が舞台になる。そこには、戦争で左腕を失った店主の龍吉(キム・サンホ)と、故郷の済州島を追われて来日した妻の英順(イ・ジョンウン)、そして長女・静花(真木よう子)、次女・梨花井上真央)、三女・美花(桜庭ななみ)の三姉妹と一人息子の時生(大谷亮平)が暮らしていた。

ドラマの幕開けは、梨花と婚約者である幼なじみの哲男(大泉洋)とのケンカから始まる。2人は婚姻届けを出しに行ったものの、哲男は役所の職員の態度が気に入らないと届けの用紙を破ってしまったという。実は、哲男は静花への思いを断ち切れず、梨花もそれを知っているのだ。静花は足が不自由だったが、哲男はその原因が自分にあると思っていた。一方、三女の美花は勤め先のキャバレーの黒服と不倫中だった。

そうやって様々な困難を抱えて苦悩する子どもたちに対して、龍吉と英順は少しでも幸せになって欲しいと願い、働き詰めに働いてきたのである。

龍吉と英順は時代に翻弄され、故郷を失い、今も日本で差別を受けている。それでも、龍吉はここで生きていくしかないと決意している。時生は日本人の学校で強烈ないじめにあうのだが、英順が韓国人学校に時生を転校させようとするのに対して、龍吉は頑として応じない。それは、まさに日本で生きていくしかないという彼の強い決意の表れだろう。

こんなふうに書くと、何やら暗い話のように思えるかもしれないが、実際はそんなことはない。鄭監督は一家の日常を生き生きと描いていく。そこにはたくさんのユーモアが込められている。笑いの連続といってもいいほどだ。切実な話が続いた後に、ちょっとした小ネタで笑いをとったりもする。

登場人物それぞれの心理がリアルに伝わってくるのも、このドラマの魅力である。特に個性的なキャラの三姉妹の苦悩や葛藤、喜びが手に取るように伝わってくる。彼女たちの両親は再婚同士で、三姉妹はそれぞれの連れ子。育った環境も微妙に違っている。両親の祖国の朝鮮半島に対する思いもまちまちだ。そのこともまた、彼らの生き方に微妙な影響を与えている。

舞台劇の映画化ではあるものの映画的な魅力も備えている。龍吉と時生が屋根の上から美しい街並みを眺めるシーンは、その典型だろう。哲男ともう一人の男が、静花をめぐって酒の飲み比べをするシーンは、まるで西部劇の決闘のようで盛り上がる。鄭監督は、これまでに「愛を乞うひと」「血と骨」など日本映画の名作の脚本も担当してきた。その経験が発揮されているのだと思う。

グッと胸に迫るシーンもたくさんある。哲男が静花に心の内をぶちまけるシーンは、なまじの恋愛映画よりも感動的だ。美花の不倫相手に対して、龍吉が自らの過去を語るシーンも胸を打つ。そして、後半に一家を大きな悲劇が襲った際の、英順の姿には涙を禁じ得ない。

そして、何よりも清々しさが漂うドラマでもある。それというのも、龍吉をはじめ家族がどんな時にも希望を失わないからだ。龍吉は口癖のように言う。「明日はきっとええ日になる。たとえ昨日がどんなでも」。どんな困難にぶち当たろうともひたむきに生きる彼らの姿が、我々観客の心にそよ風を吹き込むのだ。

このドラマは間違いなく在日コリアンたちのドラマである。いわゆる社会派映画ではないものの、過去から今に至るまでの在日コリアンを取り巻く様々な問題も、ドラマの背景として織り込まれている。だが、同時に、時代や民族を超えた普遍的な家族のドラマでもある。彼らと同様に困難や悲しみに直面する多くの人々の胸を打ち、勇気づけることだろう。

ラストで、それぞれに旅立っていく家族たち。彼らの今後を思わず想像してしまう。その後の日本や朝鮮半島の歴史を見れば、けっして楽しいばかりの人生ではなかっだたろう。それでも最後に用意された最後の笑いの小ネタに、思わずクスリとさせられてしまった。そしてまた龍吉のあの口癖を思い出すのだ。「明日はきっとええ日になる。たとえ昨日がどんなでも」。観終わって時間が経っても、一家の人々の笑顔が忘れられそうにない。

最後に、キャストの演技の素晴らしさにも触れておきたい。両親役に韓国の実力派俳優のハン・ドンギュ、イム・ヒチョルを配したのは大正解だろう。たどたどしい彼らの日本語が、逆にその胸の内をリアルに伝えてくれる。

そして、三姉妹を演じた真木よう子井上真央桜庭ななみも見事な演技だ。それぞれの個性が絶妙のハーモニーを醸し出す。特に久々に見た井上の成長ぶりに驚かされた。彼女たちに絡む大泉洋も、相変わらず良い味を出している。

f:id:cinemaking:20180624201921j:plain

◆「焼肉ドラゴン」
(2018年 日本)(上映時間2時間7分)
原作・監督・脚本:鄭義信
出演:真木よう子井上真央大泉洋桜庭ななみ、大谷亮平、ハン・ドンギュ、イム・ヒチョル、大江晋平、宇野祥平根岸季衣、イ・ジョンウン、キム・サンホ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://yakinikudragon.com/