映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「お父さんと伊藤さん」

「お父さんと伊藤さん」
渋谷シネパレスにて。2016年10月9日(日)午後3時25分より鑑賞。

「年の差カップル」などと聞くと、つい「ウソくさ~い」と思ってしまう。もちろん10歳も20歳も年の違うカップルが実際にいることは知っているが、少なくともオレの周りにはそういうケースは皆無である。ついでに言えば、オレが10歳も20歳も年の違う女の子とカップルになるなどということは、地球が滅亡しない限りありえないだろう。

まして、そのカップルが上野樹里リリー・フランキーってのはどうなんだ? そんなの絶対にありえへんだろうッ!! と観る前に思ってしまったのが、「お父さんと伊藤さん」(2016年 日本)だ。「百万円と苦虫女」「ふがいない僕は空を見た」「ロマンス」「四十九日のレシピ」など様々な映画を撮っているタナダユキ監督が、「四十九日のレシピ」と同様に、家族をテーマにした小説を黒沢久子の脚色によって映画化した作品である。

書店でアルバイトをしている34歳の彩(上野樹里)は、給食センターでアルバイトをする54歳の伊藤さん(リリー・フランキー)と同棲中。小さなアパートで、家庭菜園を楽しむなど穏やかに暮らしている。そんな中、彩は兄(長谷川朝晴)から「自分の家にいる父親を預かってくれないか」と打診される。綾は断るが、父親藤竜也)は勝手にアパートにやってきて「ここに住む」と宣言する。こうして3人の共同生活がスタートするのだが……。

映画の冒頭は、彩の独白で、かつて同じコンビニのバイト仲間で「人生の落後者」と思っていた54歳の伊藤さんと、どうしてくっついてしまったのかが軽妙に語られる。ここを観ただけで、オレは設定の荒唐無稽さなどどうでもよくなってしまった。何しろユーモアに満ちてホンワカしたムードが漂うこのシーンの空気感が、映画全体を心地よく支配してくれるのだ。

前半は彩と伊藤さん、そしてお父さんの奇妙な共同生活が描かれる。頑固で文句ばかり言っている父親。それに対して彩は素直に接することができない。父の行動が怪しいと疑って尾行してみたり、父が大事にしているダンボール箱の中身が気になって仕方なかったり。親子ゆえ完全に突き放すこともできないけれど、受け入れることもできない。そんな微妙な関係性が続く。

一方、意外に真っ当なアドバイスを送るのが伊藤さんだ。第三者の客観的目線も相まって、父と娘の接着剤的な役割を果たす。おまけに電動工具の話などで父親と伊藤さんは意気投合して、2人の間に不思議な友情も生まれてしまう。それを見ていた彩が、父親との関係についてあれこれ考えてしまう展開も面白いところ。

ちなみにこの映画には悪人は出てこない。父を彩に押し付ける形になった兄も、妻が精神的におかしくなったことなどから(その壊れ方も笑いにつながっているのだが)、やむなくそういう選択に至ったことがわかる。彩にしろ、伊藤さんにしろ、一面的ではない振れ幅のあるキャラ設定がなされていて、それもこの映画の魅力になっている。

ドラマは比較的淡々と進んでいくのだが、後半のクライマックスでは驚きの出来事が起きる。父の実家で、否応なく向き合うことになる父と彩と兄。そこでも伊藤さんが絶妙なふるまいをする。いい加減だけれど、本質的に誠実なんだなぁ。伊藤さん。そして、その後に起きる大事件。うーむ、これもある意味、荒唐無稽な展開なのだが、そういうことはもうどうでもよくなっちゃってるんです。むしろファンタジックで、この映画にふさわしい展開に思えてしまうから不思議なもの。

そして、この映画の荒唐無稽さを打ち消しているもう一つの要素がある。それは、現実の社会問題を背景に織り込んでいるということ。「高齢の親の面倒を誰が見るのか」「バイト生活から抜け出せない現実」「あっちこっちに放棄される空き家」といった実際にある状況が投影されているから、少々強引だったり都合よすぎの展開があってもリアリティが失われないわけだ(もちろん、そういう問題を真正面から取り上げているわけではないので、誤解のないように)。

安易な結論に流れないのも、この映画の良いところ。例の驚きの出来事によって、簡単に親子が和解するほど甘くはない。彩は明確な決断ができずに宙ぶらりんのままだ。ところが、そんな彼女の意志とは裏腹に、父は自ら大きな決断をして行動する。そして、最後の最後までまたしても伊藤さんが見事なフォロー。「俺は逃げないからって」、あんた、どんだけカッコいいんだ? そんなこんなで、前に踏み出す彩の背中が何やらキラキラと輝いて見えるのであった。

たとえ親子でもストレートに心が通じ合うことなどめったにない。同時に、ギクシャクしつつも親子はどこかでつながっている。観終わって、そういうことが伝わってきた。リリー・フランキー毎日新聞のインタビューで、「最終的には熱くなる。幸せの正体が少し見えたかな、と思う」と語っていたが、まさに言い得て妙である。

あまり表情を変えずに感情を表現した上野樹里、さすがの存在感の藤竜也、そして何よりもリリー・フランキーの素晴らしい演技をぜひご覧あれ。彼がいなければ、この映画はここまで魅力的にならなかっただろう。

さて、そういうわけでなかなか面白かったこの映画。だが、やはりオレにとって年の差カップルが「ウソくさ~い」というのは、依然として変わらない思いなのであった。

●今日の映画代1400円(鑑賞券を事前に購入。めったに行かない渋谷シネパレスも、なかなか良い映画館でした)