映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「タレンタイム 優しい歌」

「タレンタイム 優しい歌」
シアター・イメージフォーラムにて。2017年3月30日(木)午後1時より鑑賞(シアター2/自由席(整理番号17))。

東京・渋谷はかつてミニシアターの聖地だった。ロードショー館も多かったが、それ以上にBunkamuraル・シネマ、ユーロスペースアップリンクなどの個性的なミニシアターの存在感が際立っていた。だが、ここ数年、シネマライズ、シネクイントと歴史あるミニシアターが閉館するなど、ちょっと心配な状況もある。これ以上閉館がないことを祈るばかりである。

そんなミニシアターの中でもシアター・イメージフォーラムは、かなり異色の存在といえるだろう。2000年の開館以来、野心的な作品をラインナップしている。濱口竜介監督の上映時間5時間17分に及ぶ名作「ハッピーアワー」もここで上映されたっけ。

ちなみに、この劇場の経営母体は映像研究所を手がけていて、それも同じビルにあるらしい。そのせいかロビーが狭い!!! スクリーンが2つもあるので、上映時間が重なると朝の通勤ラッシュ並みの混雑になる。なので、オレは一度受付をした後は開場ギリギリまで、近くのカフェ・ベローチェで待機している。あそこのサンドイッチはけっこう美味い。

さて、この日もカフェ・ベローチェでサンドイッチとコービーで待機してから、久々のシアター・イメージフォーラムに向かった。鑑賞したのは、「タレンタイム 優しい歌」(TALENTIME)(2009年 マレーシア)(上映時間1時間55分)という作品。

む? 2009年? そう。この映画は2009年のマレーシア映画。女性監督のヤスミン・アフマドは、この映画の発表後に病気で急死し、これが遺作となった。まだ51歳。合掌。というわけで、ようやく公開になったこの映画、予想以上に見応えある作品だった。

舞台となるのはマレーシアの高校。この学校で音楽(歌や踊りなど)コンクールの「タレンタイム」が開催されることになった。それにかかわる高校生たちの日々を描く。

ピアノの上手な女子学生ムルー(パメラ・チョン)は、耳の聞こえないマヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)と恋に落ちる。二胡を演奏する優等生カーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)は、成績優秀で歌もギターも上手な転校生ハフィズ(ハマド・シャフィー・ナスウィップ)を嫌っていた。家族との葛藤なども抱えながら、彼らはコンクールを目指すのだが……。

ドラマの中心になるのは4人の高校生だ。ピアノの上手な女子学生ムルーの家はけっこうなお金持ち。宗教はイスラム教だが、父親は英国系。一方、インド系でヒンドゥー教徒のマヘシュは、耳が聞こえない高校生。彼はタレンタイムに出場するムルーをバイクで送迎する役目を仰せつかり、彼女と恋に落ちる。

ギターの上手な転校生ハフィズはマレー人。彼の母は重い脳腫瘍で入院している。ハフィズは学業も優秀なため、二胡を演奏する中国系の高校生カーホウから嫌われている。カーホウは父親から、一番の成績をとるように厳しく言われているのだ。

そんな彼らと家族の日常が描かれる。ムルーとマヘシュの幼い恋、カーホウのハフィズに対する嫉妬心、そしてコンクールを目指す高揚感など、あの年代に特有のキラキラしたきらめきが、フレッシュな映像によって瑞々しく綴られている。ムルーとマヘシュがバイクで街を走るシーンには、思わず胸がときめいてしまった。

ユニークな教師たちの存在もあって、ユーモアもたっぷり盛り込まれている。教師の1人が自分もコンクールに出場しようとして、女装で踊ったり……。

ただし、この映画、普通の青春映画以上の見応えがある。映画の冒頭に登場するのは高校の教室風景だ。そこには様々な民族や宗教の高校生たちがいる。マレーシアは、マレー系、インド系、中国系など様々な民族が集まる多民族国家。宗教も言語(この映画にも複数の言語が登場)も社会階層も、複雑に入り組んでいる。

中盤では、コンクール出場をかけたオーディションが行われ、様々な民族が様々な芸能を披露する。これもマレーシア社会を端的に表現したシーンだ。

この映画には、そんなマレーシアの多層社会がキッチリと織り込まれている。そして、それがやがて分断に発展する。ムルーとマヘシュの恋愛の行方からそれが露呈するのだ。マヘシュの叔父に悲劇が起き、それをきっかけに彼の母はイスラム教を毛嫌いするようになる。そのことが、2人の恋に大きな影響を及ぼすのである。

この映画で描かれたマレーシア社会は、多層構造でありながら、表面的にはそれが見事に融合しているように見える。しかし、それがほんの小さなことから大きな分断に発展することも、この映画から伝わってくる。

楽曲の良さもこの映画の魅力だ。特にムルーとハフィズによる劇中での歌(歌は吹替のようだが)が素晴らしい。だが、クライマックスのコンクールでは、両者が対照的に描かれる。ムルーは耐え難い思いを抱えて、ステージを降りる。しかし、悲劇では終わらせない。その前にマヘシュの亡き叔父と母の秘話を見せることで、2人の未来に微かな希望を灯す。

そして、ハフィズはステージで見事な演奏を披露する。しかも、そこには思わぬサプライズが待っている。それは民族や宗教も越えて結びつくことができる、次世代の若者たちの可能性を示したシーンである。

瑞々しくきらめく見事な青春映画であるのと同時に、マレーシア社会の分断と和解の可能性を描いた素晴らしい映画だと思う。オレ的に、とても好きになった。ヤスミン・アフマド監督の急死が惜しまれる。

日本でも、こういう青春映画ができないものだろうか。瑞々しい青春ドラマでありながら、社会状況もきちんと投影されるような……。

●今日の映画代、1500円。渋谷109のチケットポートで事前に鑑賞券を購入。