映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「イエスタデイ」

「イエスタデイ」
池袋HUMAXシネマズにて。2019年10月13日(日)午後4時10分より鑑賞(シネマ3/D-12)。

異世界ビートルズを盗んだ男の罪悪感とロマンス

だいぶ以前に、「ビートルズの熱狂的なファンの科学者がメンバーのDNAを使ってジョンとジョージを再生させ、ビートルズを再結成させるのだが……」という脚本をコンクールに応募したことがある。そうしたら、「面白いけれど、そんなドラマ実現できるわけがない!」と一喝されてあえなく落選してしまった。オレが書く脚本はたいてい実現不可能だと言われてしまうのだ。つまらんなぁ。日本のテレビや映画の世界は。

それはともかく、ビートルズをネタにした面白い映画が登場した。「イエスタデイ」(YESTERDAY)(2019年 イギリス)である。監督は「トレインスポッティング」「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル、そして脚本は「ノッティングヒルの恋人」「ラブ・アクチュアリー」のリチャード・カーティス。これでつまらん映画になるワケがない!

主人公は、イギリスの小さな海辺の町で暮らすシンガーソングライターのジャック(ヒメーシュ・パテル)。スーパーでバイトしながら活動を続け、幼なじみの親友エリー(リリー・ジェームズ)がマネージャー役としてサポートしてくれるのだが、にもかかわらず全く売れなかった。とうとうジャックは音楽をあきらめようする。

ところが、その直後、世界規模で12秒間の大停電が起きる。その瞬間、自転車に乗っていたジャックは車とぶつかり病院に担ぎ込まれる。やがて退院したジャックは、エリーたちの前でビートルズの名曲「イエスタデイ」を歌う。すると、みんなはそれがジャックの新曲だと思い大感激するのだった。なんと、一見交通事故前と何も変わらない世界は、歴史上からビートルズの存在が消えた世界になっていたのである。

最初は担がれていると疑ったジャックだが、ネットで「ビートルズ」と検索しても「カブトムシ」としか出てこない。そこで、覚えているビートルズの曲をステージで歌う。それをきっかけにビートルズの名曲の数々は、彼の持ち歌として世間の注目を集めるようになる。有名ミュージシャンのエド・シーラン(本人がご出演)も気に入り、ジャックはスターへの階段を駆け上る。

正直なところ、「ビートルズを誰も知らなかったら……」というネタ一発の映画である。しかも、大停電中に交通事故に遭って異世界へ……などというご都合主義極まりない展開からドラマが始まる。だが、それでも2時間弱、最後まで飽きることがない。ちゃんと面白い映画になっているのだ。

まず目につくのは、ダニー・ボイルらしいぶっ飛んだ映像だ。大停電時のケレンに満ちた映像をはじめ、ポップで大胆で鮮度の高い映像が次々に飛び出す。そのタッチは、初期の「トレインスポッティング」の頃と全く変わらない。

そして本作はコメディー映画。笑いが満載だ。ジャックの付き人役の男や両親、エド・シーラン、そしてエド・シーランのマネージャー女史など、いずれも個性的な脇役を配し、「これはコントなのか!」と思わせるような大げさなセリフや行動で笑わせる。もちろんビートルズにまつわる小ネタの数々も、笑いの源泉として使われる。

さらに、今の音楽界に対する痛烈な皮肉もある。関係者たちはあの手この手でジャックを売り出し、金を儲けようとする。「サージェント·ペパーズ·ロンリー·ハーツ·クラブ·バンド」「アビー・ロード」などのアルバムタイトルも「売れない」と却下される。「ヘイ・ジュード」は「ヘイ・デュード(相棒)」に変更されてしまう。商業主義にばかり走る今の音楽界なら、ビートルズでさえどうなっていたかわからないということだろう。

さて、ジャックは成功をつかむものの、罪悪感から逃れられない。それはそうだろう。本当は彼の曲ではなく、ビートルズの曲なのだから。ただし、ボイル監督はそんな罪悪感をジリジリとあぶりだすようなことはしない。ジャックのぶっ飛んだ悪夢などでコンパクトにそれを象徴させるのだ。

そして、もう一つ彼を苦しませるのがエリーとの関係だ。後半は2人のロマンスの比重がどんどん大きくなる。元々友達以上恋人未満だった2人の関係。だが、成功と引き換えに、ジャックと彼女との距離はどんどん離れていく。

そんな彼にとって転機となるのが、劇中にチラリと登場する謎の男女の存在だ。そして、彼らがある人物との出会いをもたらす。て、まさかあの人が登場するとは!? 誰が出てくるかは内緒だが、とにかく意表を突いた展開である(しかも、演じているのも意外な人)。

クライマックスはウェンブリーでのライブ風景。大観衆を前にしたジャックの演奏と告白。ここも大いに盛り上がるケレンに満ちた場面だ。そこからラストのハッピーすぎる後日談へとなだれ込む展開も鮮やかなものである。

ちなみに、この世界で欠落しているのはビートルズだけではない。例えばコーラはペプシはあるがコカ・コーラはない。そんな欠落しているものの一つを、最後のネタに持ってきて笑いのダメ押しをする。ご都合主義を徹底的に活用して、自由奔放に飛び回る脚本・演出にはただ脱帽するしかない。

主演のヒメーシュ・パテルはイギリスの人気TVシリーズ「EastEnders」でブレイクしたインド系の俳優。歌はもちろんギターやピアノも披露する。歌は無理にビートルズに似せようとしていないのがよかった。

そして、幼なじみのエリー役のリリー・ジェームズの愛らしさよ。「ベイビー・ドライバー」でアンセル・エルゴートの相手役をやっていた時も実に魅力的だったが、今回も負けず劣らず素敵だった。

観終わると、切なくて愛らしいジャックとエリーのロマンスが心に染みる。何よりも作り手のビートルズ愛が伝わってくる。セリフにもビートルズの歌詞がさりげなく織り込まれるし、楽曲の使い方も抜群にうまい。文句なしに楽しい映画だ。さすがダニー・ボイルリチャード・カーティスのコンビによる作品だけのことはある。

 

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◆「イエスタデイ」(YESTERDAY)
(2019年 イギリス)(上映時間1時間57分)
監督:ダニー・ボイル
出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズケイト・マッキノン、ジョエル・フライ、エド・シーラン、ジェームズ・コーデン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://yesterdaymovie.jp/