映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ミッドサマー」

「ミッドサマー」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2020年3月12日(木)午後3時15分の回(スクリーン5/G-13)。

~これは悪夢か、ファンタジーか。鮮烈な映像で描く正邪を超えた衝撃の奇祭

世界各地には奇祭と呼ばれる不思議な祭りがたくさんある。みうらじゅんは、日本の奇祭を「とんまつり(とんまな祭り)」と命名したが、そこにはどことなくのんびりとして、ユーモラスなイメージがある。だが、映画「ミッドサマー」(MIDSOMMAR)(2019年 アメリカ・スウェーデン)で描かれる奇祭は、実におぞましいものなのである。

本作のアリ・アスター監督は、長編デビュー作の前作「ヘレディタリー/継承」で名を上げた監督。ホラー映画ではあるものの、従来のホラー映画の枠にとらわれない大胆な作品で、まさに怪映画と呼びたくなるような作品だった。そして、本作ではそれにますます拍車がかかっているのだ。

簡単に言えば、アメリカ人学生たちが、スウェーデンの奇怪な集団が支配する共同体に迷い込んで、次々に殺されてゆく物語。典型的なホラー映画のネタである。だが、そこはアスター監督、そんじょそこらのホラーとは全く趣が違う。

まず特徴的なのが、主人公の異常な精神状態をドラマの背景に据えているところ。映画の冒頭で、アメリカの女子大学生ダニー(フローレンス・ピュー)は、妹が両親と無理心中するという衝撃の出来事を体験する。そのトラウマもあって、恋人のクリスチャン(ジャック・レイナー)との関係もギクシャクし始める。

そうしたダニーの主観によってドラマが進行することによって、その後の出来事をより怖ろしく感じさせるとともに、正常と異常の境界線を曖昧にしていくのである。

ダニーはクリスチャンが友達とスウェーデン旅行をすることを知る。クリスチャンの友達の一人は、スウェーデンの奥深いホルガという村の出身で、そこで行われる90年に一度開かれる夏至祭を観に行くのだという。ダニーもそれに同行することになる。

さて、こうして現地を訪れたダニーたちを迎えたのは、白い衣装に身を包んだ笑顔の村人たち。村は自然に恵まれ、美しい花々が咲き乱れ、まさに楽園のように見える場所だった。だが、それが少しずつ変化していく。その変化の見せ方が心憎いばかりに巧みだ。

祭りを中心に村人たちが示す言動は不思議なもの。歌や踊りも何となく奇妙だ。それを見て観客は「あれ?なんか変?」と思うはず。だが、けっして破滅的な奇妙さを秘めているわけではない。「昔からの伝統だし、これもアリかな」と思ってしまうのだ。

それが次第に狂気を帯びてくる。そのハイライトが祭りの中盤で行われる衝撃的な行事。詳しくは伏せるが、いわゆる「姥捨て」とも共通する行事。とはいえ、それをはるかに超えるショッキングなものだ。そこでは、いかにもホラー映画らしいエグすぎるシーンも登場する。

ここに至って、観客はこの集団が「カルトなのでは?」と思うはず。だが、これはまだほんの序の口だ。後半に進むにつれて、おぞましさと奇怪さがどんどん加速していく。外から来た人々が一人ずつ消えて、この村の秘密が次第に明らかになっていく。

そんな中、ダニーとクリスチャンの関係はさらに悪化し、ダニーはますます狂気の世界に絡めとられていく。これは彼女にとって悪夢なのか、それともファンタジーなのか。

本作は映像も鮮烈だ。一日中日の沈まないミッドサマーの中、美しさと怪しさ、そして妖しさに満ちた映像が連続する。ダニーをはじめ登場人物の見る幻覚か現実かわからない光景なども、あちらこちらに挿入される。シュールな形の建物や絵画、装飾品なども効果的に映像に取り込まれる。エグイ場面もあるホラーなのに、つい目が離せなくなってくる。

クライマックスは、女王を決定するというダンスコンテスト。これまた恍惚と陶酔に彩られた摩訶不思議なコンテストだ。そこにダニーは没入していく。そして、観ている私たちも不思議な陶酔感に包まれる。その傍らで、クリスチャンが体験するあまりにも奇妙な性体験。

ラストシーンはおぞましい惨劇だが、それを美しい絵画のように描くことで、これまた正邪を超えた世界を展開する。そして、それを目撃しながら泣きわめくダニー。だが、最後の最後に彼女は笑顔を浮かべる。あの笑顔はいったい何を意味するのだろうか。

遠いスウェーデンの村の話だし、もちろん実話ではない。だが、カルト的な共同体の姿には、普遍的な恐怖を感じさせる。宗教団体、地域共同体、会社組織などなど、あらゆる共同体にも無縁ではない話にも思える。げに恐ろしきは、異星人でもゾンビでもモンスターでもなく、人間なのかもしれない。そんなことを考えさせられた。

ダニーを演じたフローレンス・ピューの何かにとりつかれたような演技がすごい。いや、とりつかれたといえば、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター、ウィリアム・ジャクソン・ハーパーら、その他の役者たちもみんな取りつかれているかのようだ。村の老人の一人として、あのヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」のビョルン・アンドレセンも出演している。

今回も怪映画としか呼べない作品である。どうしたら、こんな作品がつくれるのだろうか。とにかくすごいものを見てしまった。様々な境界線を超越したような常識を超えた作品で、一見の価値はあると思う。

ちなみに、本作のディレクターズカット版も公開になった。オリジナル版はR15+だが、ディレクターズカット版はR18+。股間のボカシが消えてエロいシーンが増えたのか、あるいはさらにグロいシーンが増えたのか。観てみたいような、観たくないような……。

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◆「ミッドサマー」(MIDSOMMAR)
(2019年 アメリカ・スウェーデン)(上映時間2時間27分)
監督・脚本:アリ・アスター
出演:フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィル・ポールター、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ヴィルヘルム・ブロムグレン、アーチー・マデクウィ、エローラ・トーチア、ヘンリク・ノーレン、グンネル・フレッド、イサベル・グリル、ハンプス・ハルベリ、ビョルン・アンドレセン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.phantom-film.com/midsommar/