「武曲 MUKOKU」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年6月3日(土)午後1時40分より鑑賞(スクリーン2/E-06)。
剣道とは無縁である。高校の時に体育の授業で、柔道か剣道を選択しなければならないというワケのわからんシステムが存在し、何だか面倒くさそうなので剣道を避けて柔道を選んだのだが、結局、当時は持病があったため授業には参加しなかった。柔道着を着て同級生の柔道の授業をずーっと見学してするハメになり、悔し涙を流したオレなのだった。
というのは真っ赤なウソで、本当は柔道なんて全く興味がないし、投げられて痛い思いをするのは嫌なので、「超ラッキー!」と思っていたのだ。どうもスイマセン。
まあ、そんなわけで柔道のことさえよく知らいなオレが、剣道のことなんか知るはずもない。それでも、剣道や剣術を扱った映画の面白さなら理解できる。
「武曲 MUKOKU」(2017年 日本)は、芥川賞作家・藤沢周の小説「武曲」を「海炭市叙景」「私の男」の熊切和嘉監督が映画化した作品だ。
主人公は矢田部研吾(綾野剛)という青年。彼は子供の頃から、剣道の達人の父(小林薫)によるスパルタ教育を受けてきた。時には真剣まで持ち出す恐ろしい指導だ。一歩間違えば児童虐待である。そのぐらい厳しい指導だった。
そんな子供時代の厳しい稽古シーンから映画はスタートする。続いて成長した研吾と父との対決シーンへと転換するのだが、その転換の仕方が実にユニークだ。いかにも映像にこだわる熊切監督らしいシーンで、一見の価値がある。
その後は現在の研吾が描かれる。彼は、父をめぐるある事件がきっかけで剣を捨て、酒に溺れ、自堕落な生活を送っているのだった。いったい何が起きたのか?
て、最初のシーンでミエミエじゃないかぁ~。というわけで、ほとんどのメディアではそこを伏せているようだが、あえて言ってしまおう。だって、そうじゃないとこの映画の芯の部分が語れないのだから。
簡単にいえば、研吾は木刀で父と渡り合い、父を傷つけてしまったのである。そこにはお互いにいろいろな背景があるようなのだが、とにかくそれがトラウマとなって、研吾は生きる目的を失っているわけだ。
そんな研吾を心配しているのが師匠で禅僧の光邑(柄本明)。指導する高校の剣道部でたまたま見かけた羽田融(村上虹郎)に、天性の剣の才能があると見抜いた光邑は、研吾を立ち直らせるきっかけになるかもしれないと思い、彼のもとに融を送り込むのだった。
つまり、現代の鎌倉を舞台に、生きる気力を失った凄腕剣士と、天性の剣の才能を持つ少年との対決がメインとなる映画なのである。
とはいえ、オレは対決のはるか手前で引いてしまった。それというのも、研吾の自堕落ぶりがいかにもステレオタイプでつまらないのだ。髪ボサボサ、ひげ面というスタイルはともかく、酒浸りで暴れるシーンなど乱行ぶりがあまりにも陳腐すぎる。
もちろん、父に対する複雑な思いを抱え、様々な感情が行きつ戻りつしながら、ダメな生活から抜け出せないというのはよくわかるのだが、ならばこそ、もう少し工夫があっても良かったのではないか。「よし、元気になったぞ!」と思った後で、すぐにまた逆戻りするような、そんな厚みのある描き方をしてほしかった。
それでも熊切監督らしさはそれなりに発揮されている。過去の作品でも見られたように、現実ではない出来事を描いたり(主人公の幻想など)、ファンタジックなシーンやイメージショットを繰り出すなどして、映像の力で研吾の心の内を描き出していく。
同時に、彼と対決する融の屈折した心理も描かれる。彼はラップ好きの現代風の高校生でありながら、かつて台風の洪水で死にかけたことがあり、その時に味わった感覚が忘れられずにいる。ある意味、死の影に取りつかれたような少年なのだ。
やがて、そんな2人による対決が訪れる。それは嵐の中で行われる壮絶な果し合いだ。ここがこの映画の最大の見どころである。何しろ映像の迫力がハンパでない(ここでも鮮烈なイメージショットが登場する)。独特の音の使い方も緊張感を高めている。
そして、相当に訓練したであろう綾野剛、村上虹郎の殺陣が見事である。彼らが全身から醸し出す不気味な殺気が、この映画を一気に盛り上げる。まさに魂と魂のぶつかり合いなのだ。このシーンだけでも観る価値はあるだろう。
その嵐の中の対決と対照的なのが、ラストの対決だ。それはあくまでも剣道の枠の中での静かな対決。2人がそれぞれトラウマを克服したことを体現した、印象的なシーンである。
ただし、小説の映画化ということもあってか、十分に描けていないところも目につく。研吾の終盤の変身はやや唐突。融の母親の立ち位置も曖昧でよくわからない。あちこちに出てくる禅の話も中途半端だ。
そんな中でも最大の謎は、前田敦子演じる研吾の恋人だろう。いったい彼女は何のために登場させたのか。このドラマに本当に必要だったのか。うーむ、とてもそうは思えないのだが。個人的に前田敦子は好きな部類の女優なので、なおさらもったいない気がする。
なんだかんだで、けっこうケチをつけてしまったわけだが、決闘シーンなど観応え十分のところもたくさんある映画だ。リアルな人間ドラマというよりは、マンガ的な要素も含んだ現代版剣術ドラマとして観るべき映画だろう。
●今日の映画代、1500円。ユナイテッド・シネマの会員料金。