映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ザ・ウォール」

ザ・ウォール
新宿バルト9にて。2017年9月3日(日)午後1時より鑑賞(シアター3/E-9)。

伝説のスナイパーを描いた映画といえば、クリント・イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」が思い浮かぶ。あちらはイラク戦争におけるアメリカ軍のスナイパーだったわけだが、今度はイラク人スナイパーをモチーフにした映画が登場した。「ザ・ウォール」(THE WALL)(2017年 アメリカ)である。

そのモチーフとは、イラク戦争で30人以上ものアメリカ兵を殺害したと言われる実在の凄腕スナイパー、ジューバだ。となれば、その憎き敵にアメリカ兵が勇敢に挑む威勢の良い映画かと思えばさにあらず。ジューバに狙われたアメリカ兵の過酷なサバイバルを描いたドラマである。

舞台となるのは2007年のイラクの荒廃した村。冒頭に映るのは双眼鏡越しの映像だ。そこに見えるのは、瓦礫の中に残る大きな石の壁と周辺に転がる数体の死体。双眼鏡を覗くのはアメリカ兵のアイザックアーロン・テイラー=ジョンソン)とマシューズ(ジョン・シナ)だ。その場所はパイプラインの建設現場だが、要員からの連絡が途絶えたために2人が派遣されたのである。

どうやら死体はほぼ全員が頭を撃ち抜かれているらしい。いったい誰が、どこから狙撃したのか。正体は不明だが、よほどの腕前のスナイパーに違いない。2人はまだ周囲にスナイパーが潜んでいると考えて、慎重に偵察を続けていた。しかし、すでに5時間近く何の動きもない。しびれを切らしたマシューズは、「もう敵はいない」と判断し、壁に近づいていく。

その瞬間、彼は想定外の場所から銃撃され倒れてしまう。それを見てすぐに援護に向かったアイザックも脚を撃たれてしまい、崩れかけた壁の背後に辛うじて逃げ込む。まだ意識のあるマシューズは、倒れたままで「無線で助けを呼べ」と言う。そこでアイザックは近くで死んでいた男の通信機を使って、本部への連絡を試みる。だが、アンテナが壊れていたため通信はできず、助けを呼ぶことはできなかった。

応急手当で足を止血し、ナイフで銃弾を取り出したものの、まもなくアイザックは気を失ってしまう。

ここまで観ただけでも、この映画の尋常ではない緊張感が際立つ。手持ちカメラ、表情のアップ、長回しなどを多用した映像によって、アイザックの心理をリアルに切り取っている。目に見えない敵に狙われる緊迫感と恐怖、孤立無援の絶望感。それを体感するうちに、観客は自分も現場に放り込まれたような気分になってしまうのである。

やがてアイザックは意識を取り戻す。気づくと無線から声が聞こえる。近くにいる仲間だという。すぐに助けるというのだが、何かがおかしい。アイザックはその声にかすかな訛りがあると気づいて、男の正体を確認しようとする。やがて男は、自分がイラク人であることを明かす。アイザックは、それがアメリカから死に神と恐れられるスナイパー、ジューバだと確信する。

そこからはアイザックとジューバとの無線越しの会話が展開する。その間に、アイザックはジューバがどこに潜んでいるのか突き止めようとする。そこで大きな効果を発揮するのが、崩壊しかけた壁という舞台装置だ。アイザックが身を隠すには十分だが、ヘタに身動きすればまた撃たれて今度は死んでしまうかもしれない。それがハラハラドキドキ感を高める。

視点は米軍一辺倒ではない。時々、ジューバが見ているらしい双眼鏡越しの映像が登場し、無線機越しではない生の彼の声が聞こえてくる。それがさらなる緊迫感を高めるだけでなく、彼の心理までもリアルに伝える。

どうやらジューバは米軍で訓練を受けた経験を持つものの、ある出来事をきっかけにやむにやまれぬ思いから、アメリカを敵に回すことにしたらしい。イラクでアメリカがやったことの愚かさを突きつける告白だ。

一方、ジューバに促されて自らを語るアイザックも、誰にも言えなかった秘密を明かす。それもまた戦争に翻弄された男の悲劇をあぶりだす告白である。

終盤には意外な展開が起きる。必死で生き延びようとするアイザックだが、その精神と肉体は急激に消耗していく。そして、ジューバが企てている復讐劇の底知れる恐ろしさを知ることになる。

その果てに訪れる結末については、賛否両論ありそうだ。せっかく構築したジリジリするようなサバイバル劇の結末としては、もうひとひねりが足りないという意見も理解できる。ただし、戦争の愚かさや悲劇性を強調するという点では、ああいう終わり方もアリかもしれない。

前半からほぼ一人芝居を展開した「キック・アス」のアーロン・テイラー=ジョンソンの演技は、予想をはるかに超える水準だった。ライト・ナクリが演じているジューバの声も存在感十分だ。

ワンシチュエーションで展開されるスリリングなサバイバル劇。反戦映画というわけではないが、戦争の実像も伝わってくる。「ボーン・アイデンティティー」や「オール・ユー・ニード・イズ・キル」のダグ・リーマン監督が、こういう映画を撮るというのは意外だった。

この映画で描かれたイラク戦争にしても、アフガン戦争にしても、戦争は修復困難な傷跡を残す。北朝鮮問題でいろいろと物騒な世界情勢の中、改めてそのことを痛感させられた作品である。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。