映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「シェイプ・オブ・ウォーター」

シェイプ・オブ・ウォーター
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年3月2日(金)午後12時より鑑賞(スクリーン5/G-15)。

本日、第90回アカデミー賞の発表があった。作品賞の有力候補は、「スリー・ビルボード」と「シェイプ・オブ・ウォーター」だったわけだが、結局のところ「シェイプ・オブ・ウォーター」が受賞した。個人的には、心にズシリとくる「スリー・ビルボード」に軍配を上げたかったのだが……。でも、まあ、「シェイプ・オブ・ウォーター」も間違いなく良い映画だと思う。

ちなみに、「シェイプ・オブ・ウォーター」は作品賞のほかに監督賞、美術賞、作曲賞を受賞。一方、「スリー・ビルボード」は、フランシス・マクドーマンドが主演女優賞サム・ロックウェル助演男優賞を受賞した。

というわけで、数日前に観たばかりの「シェイプ・オブ・ウォーター」(THE SHAPE OF WATER)(2017年 アメリカ)の感想を。

謎の水中生物と人間の女性との異種愛を描いたファンタジー・ラブストーリーだ。と聞いて、恋愛の機微を繊細にすくい取った映画なのかと思ったら、けっこうエンタメ性にあふれた起伏ある映画だった。しかも、際どい描写まである。監督が「パンズ・ラビリンス」「パシフィック・リム」のギレルモ・デル・トロ監督なので、そうなるのも当然かもしれない。

1962年のアメリカが舞台。主人公は不幸な生い立ちで、口の利けない女性イライザ(サリー・ホーキンス)。彼女は、政府の極秘研究所で清掃員として働いていた。ある日、その研究所に不思議な生き物が運び込まれ、水槽に閉じ込められる。その生き物は、アマゾンの奥地で原住民に神と崇められていたという。イライザはその生き物に心を奪われ、人目を忍んで“彼”に会いに行くようになる。

異種愛を描いた映画というと「美女と野獣」が思い浮かぶが、本作は若い美女ではなく、孤独な中年女性という設定。それが独特の味わいを生み出している。

イライザが住むのは1階に名画座のある建物(そのため、昔の映画があちらこちらで登場する)。同じ建物に住む初老の絵描きの男性ジャイルズ(リチャード・ジェンキンス)と、職場の同僚ゼルダオクタヴィア・スペンサー)が、彼女にとって数少ない心を許せる人物だ。

ただし、ジャイルズは同性愛者だしゼルダは女性。恋人らしき存在は影も形もない。そんなイライザが入浴中に自慰行為をするというショッキングなシーンから、この映画はスタートする。そう。意外に癖のある映画なのだ。それによって、彼女が寂しい心と体を抱えていることを浮き彫りにする。

一方、彼女が惹かれる謎の水中生物の“彼”だが、その造型がよく考えられている。二足歩行という人間と共通する部分はあるものの、全身は半魚人的な不気味さ。それでいて、目の感じは魚ではなくやはり人間っぽい。性格も野生そのものの残忍さと、優しさをあわせ持っている。

イライザと“彼”が、交流する場面はそれほど多くない。しかし、イライザが職場に持参したゆで卵をあげたり、音楽を聞かせたり、手話を教えるなど印象的な場面を構築し、2人の接近ぶりを自然に見せている。まさに「愛に言葉は要らない」を地でゆく交流である。

そんな中、このドラマの敵役になるのが、研究を主導する軍人のストリックランド(マイケル・シャノン)だ。彼は最初から謎の生き物を敵視し、電流の流れる棒を使って虐待する。さらに、彼はその生き物を生体解剖しようとする。当時は米ソ冷戦時代であり、ソ連との宇宙開発競争がその背景にあるのだが、それにしてもストリックランドの残虐さが際立つ。

それをきっかけにドラマは大きく動く。“彼”を何とか救出しようとするイライザ。それに協力するジャイルズとゼルダ。そして、研究所のスタッフでありながら、実はソ連のスパイであるホフステトラー博士(マイケル・スタールバーグ)もそれに関わってくる。よくある救出劇だが、ツボを押さえて盛り上げてくれるので、なかなかハラハラさせられる。

さて、はたしてイライザは“彼”を救うことができたのか。詳細は伏せるが、後半もけっこう癖のある展開が飛び出す。何しろイライザは“彼”とセックスしてしまうのだ(直接的にその場面は出てこないが)。けっして2人はプラトニックな関係ではないのである(そこでは冒頭の自慰行為がある種の伏線になっているともいえる)。

そして、その後にユニークなシーンが用意されている。浴槽のある部屋を密閉して水で満たし、“彼”と愛の行為にふけるイライザ。だが、水が階下に漏れ出して、名画座に降り注ぐ。何ともケレンのある美しいシーンだ。

デル・トロ監督の作風はあくまでも自由だ。何と後半にはミュージカルシーンまで飛び出す。イライザがその切ない思いを歌にするのである。

歌といえば、この映画にはノスタルジックでロマンチックな音楽がたくさん登場し、イライザたちのロマンスに独特の情趣を漂わせている。また、研究所内の様子やイライザの家、街の風景などのビジュアルも印象深い。

終盤はストリックランドの執拗な追及が、“彼”とイライザに迫り、ギリギリの場面に突入する。はたして、その先にあるのは喜劇か悲劇か。いずれにしても余韻を残したラストが待っている。そしてそのラストに映る水中でのシーンが実に美しく幻想的だ。これだけでも観る価値のある映画といえるかもしれない。

口がきけないだけに、行動や表情だけですべてを表現する主演のサリー・ホーキンスの演技が見事だ。謎の生き物を演じたダグ・ジョーンズの演技も素晴らしい。そしてそして、敵役のマイケル・シャノンの憎々しさも見逃せない。狂気を帯びたその演技が、イライザと“彼”のロマンスをより切ないものにしていると思う。

美しく、切ない大人のファンタジー・ロマンスである。アカデミー作品賞にしては、あまりにも「良い話」すぎるきらいもあるが、見応えある作品なのは間違いない。すべてがこだわり抜かれており、ギレルモ・デル・トロ監督の集大成といってもいいだろう。

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◆「シェイプ・オブ・ウォーター」(THE SHAPE OF WATER)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間4分)
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンスマイケル・シャノンリチャード・ジェンキンスダグ・ジョーンズマイケル・スタールバーグオクタヴィア・スペンサー
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/