映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マイ・エンジェル」

「マイ・エンジェル」
有楽町スバル座にて。2019年8月10日(土)午後1時30分より鑑賞(自由席)。

~母親に置き去りにされた少女の揺れる心情を冷静かつ繊細に描き出す

有楽町スバル座は、昭和21年12月にオープンした歴史ある映画館だ。だが、今年10月にその53 年に渡る歴史に幕を閉じ閉館となる。それほど頻繁に足を運んだわけではないが、やはり老舗の映画館。閉館前にぜひ一度は訪れねばと思い、閉館前の最後の洋画ロードショー作品「マイ・エンジェル」(GUEULE D'ANGE)(2018年 フランス)を鑑賞してきた。

ちなみにスバル座は今どき珍しい入れ替えなしの自由席。上映前には「ムーンライト・セレナーデ」「80日間世界一周」などの映画音楽の名曲が流れノスタルジーたっぷり。まさしく古き良き映画館そのもので、こういう映画館が姿を消すのは残念至極。シネコンなどの攻勢が大きいのだろうが、何とか存続の道はなかったものかと改めて思った次第。

「マイ・エンジェル」の舞台は、南フランスのコート・ダジュールの美しい海辺の街。シングルマザーのマルレーヌ(マリオン・コティヤール)は8歳の娘エリー(エイリーヌ・アクソイ=エテックス)と暮らしていた。マルレーヌは、エリーのことを“エンジェル・フェイス”と呼んで愛情を注いでいた。

とはいえこの母娘、冒頭から何やら変である。エリーは笑顔も見せるのだが無邪気さとは無縁。どこか大人びた憂いをたたえた表情を見せたりもする。それもそのはずマルレーヌはダメ母なのだ。男にだらしがなく、酒癖が悪い。精神的な不安定さも抱えているようだ。そんな母親だから、エリーはただ無邪気にしているわけにはいかないのである。

そして事件が起きる。マルレーヌは再婚が決まっていた。その結婚披露パーティーで、したたかに酔った彼女は別の男と関係してしまい、それを再婚相手に目撃されてしまったのだ。再婚は当然破談になる。こうして彼女は気分的に落ち込んで、ますますダメな日々を送る。金も底をついてくる。

エリーは母親を何とか立ち直らせようとする。だが、そんな彼女にさらなる過酷な運命が訪れる。友人の誘いでマルレーヌは、気晴らしにナイトクラブへ行く。そこで彼女は新しい男と親しくなり、エリーを家に置き去りにしてどこかへ消えてしまうのである。

育児放棄したシングルマザーと置き去りにされた娘。いかにもお涙頂戴のドラマである。だが、この映画はそんな単純な図式に当てはまらない。マルレーヌはダメ母だが、鬼母ではない。エリーを愛していることは間違いないし、ダメな自分を変えようと試みたりもする。だが、それでもどうしても現状から脱出できないのだ。

マルレーヌを演じるのは、今や押しも押されもしない実力派俳優のマリオン・コティヤール。「エディット・ピアフ愛の讃歌~」「サンドラの週末」など多彩な役を演じ分けてきたが、今回のダメ母っぷりも堂に入ったものだ。いつものことながら、セリフだけでなく、わずかな表情の変化やしぐさで、マルレーヌの不器用な人生を演じて見せる。

そして、この映画をお涙頂戴映画にしていない最大の理由は、これが長編デビューとなるヴァネッサ・フィロ監督による演出だ。特に映像が素晴らしい。情感に頼ることなく、冷静な視点でマルレーヌやエリーの揺れ動く心情を描き出す。セリフは少ないが、アップを多用して、ほんのわずかな表情の変化を繊細に捉える。名匠ダルデンヌ兄弟の作品を思い起こさせるようなタッチの映像もある。

その映像が最大限に威力を発揮するのが後半だ。一人取り残されたエリーの心中は不安でいっぱいだ。それでも彼女は泣き叫ぶようなことはしない。時間の変化とともに千々に心が揺れ動く。そのわずかな変化を見逃すことなく、スクリーンに繊細に映し出していく。おかげでエリーの心情がリアルに伝わってきて、切ない気分になってくる。

エリーは学校では平静を装いながら母親の帰りを待つ。だが、マルレーヌは帰らない。そんな彼女の前に一人の男が現れる。海岸のトレーラーハウスに住む青年フリオだ。彼は暗い過去を抱えた孤独な男。エリーもまた孤独。互いに孤独を抱えた2人は共鳴し合うように心を通わせる。

エリーを家に帰らせようとするフリオに対して、エリーが何度も「1人になりたくない!」と叫ぶシーンがある。それまで抑えていた感情がすべて爆発したかのようで、痛切に胸に迫ってくる。それ以外にも、2人の交流には印象的なシーンがたくさんある。お互いに何度も感情がすれ違いながら、それでも2人は距離を縮めていく。エリーはフリオに父親にも似た感情を抱く。

南フランスの海辺の風景や、夜のライトに照らされた遊園地、エリーが見る夢を視覚化した映像など、幻想的な美しさに満ちた映像も、このドラマに独特の趣を与えている。

終盤は、エリーが学校で演じる劇を背景に、エリー、マルレーヌ、フリオが交錯し、衝撃的なエンディングになだれ込む。けっして安易な解決には至らないが、少なくともエリーの心情の帰結として、納得できるエンディングだった。そして、何よりも美しくて切ない結末である。

エリー役のエイリーヌ・アクソイ=エテックスが素晴らしい! 母親を慕い、絶望し、拒絶に至る心の変化をセリフ以外の部分で繊細に表現する。特にその瞳の変化が多くを物語る。無理して酒を口にし、ぬいぐるみを抱いて眠る。その多面的な表情を見事に演じていた。

これほど繊細に子供の心を表現した映画は、そうあるものではないだろう。有楽町スバル座の最後の洋画ロードショー作品が本作というのは、なかなかのセレクトだと思った。

 

f:id:cinemaking:20190811211121j:plain

◆「マイ・エンジェル」(GUEULE D'ANGE)
(2018年 フランス)(上映時間1時間48分)
監督:ヴァネッサ・フィロ
出演:マリオン・コティヤール、エイリーヌ・アクソイ=エテックス、アルバン・ルノワールアメリ・ドール、ステファーヌ・リドー
有楽町スバル座ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://my-angel-movie.com/