映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「カセットテープ・ダイアリーズ」

「カセットテープ・ダイアリーズ」
2020年7月11日(土)TOHOシネマズ池袋にて。午前11時35分より鑑賞(スクリーン1/C-6)。

スプリングスティーンで人生が変わった移民の少年。青春音楽映画の逸品

ブルース・スプリングスティーンといえば世界的なロックの大スター。1970年代から現在に至るまで活躍を続けている。特に過酷な状況下の労働者の悲哀を歌うなど、社会的なテーマを作品に織り込んだ歌詞が特徴的で、個人的にも昔はけっこうよく聴いてました。

そんなスプリングスティーンとの出会いによって人生が変わった少年を描いた青春音楽映画が、「カセットテープ・ダイアリーズ」(BLINDED BY THE LIGHT)(2019年 イギリス)だ。実話に基づいたドラマで、ガーディアン紙のジャーナリストであるサルフラズ・マンズールの自伝的な回顧録が原作とのこと。エンドロールの前には実際の彼も登場する。

舞台になるのはイギリスの田舎町ルートン。冒頭に映るのは、主人公であるパキスタン移民の子供ジャベド。友人のマットから日記帳をプレゼントされた彼は、その日から日記や詩を書くようになる。これが後年の彼の生き方の伏線になる。

続いて1987年のルートン。16歳になったジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は、保守的で閉鎖的な町に嫌気がさし、厳格で家族に対して抑圧的な父親も嫌悪していた。そのため早くこの町を出たいと願っていたが、内向的で自分に自信がない彼にとってそれはただの夢でしかなかった。

そんな中、ジャベドに勇気を与える出会いが訪れる。ある日、クラスメートがブルース・スプリングスティーンのカセットテープを貸してくれる。それを聴いたジャベドは衝撃を受ける。スプリングスティーンの詩に激しく共鳴し、それまで抑え込んでいた自分を解き放つのだ。

その描写が秀逸だ。曲を聴いてどんどん変化するジャベドの表情を映すだけでなく、彼を表に飛び出させ躍動させる。さらに、スプリングスティーンの歌詞をスクリーンに映し、ジャベドの強い共感を示すとともに、彼のこれまでの人生を回顧させる。まるで、良質のミュージックビデオのようなシーン。スプリングスティーンのことを知らない人でも、このシーンを観たならば自然にジャベドに共感できるのではないだろうか。

これをきっかけに、ジャベドは自らの人生を変えようとする。だが、そこには数々の困難が横たわっている。おりしもジャベドの父親は失業し、家庭は経済的に困窮する。そして、街には人種差別の嵐が吹き荒れ、パキスタン移民排斥の声が響く。

こんなふうに失業、人種差別といった社会問題をドラマの背景に盛り込んでいるのが本作の大きな特徴だ。特に人種差別については、「ベッカムに恋して」(2002年)や「英国総督 最後の家」(2017年)で知られる本作のグリンダ・チャーダ監督自身がインド系イギリス人ということで、自分と重ね合わせる部分も多かったのだろう。その分、力を入れて描いている。また、当時の流行なども取り入れて、時代ときっちりとリンクさせている。

とはいえ、基本は瑞々しい青春物語だ。ジャベドの成長と自立の過程を生き生きと描き出す。そこでは、さりげなく彼を後押しするクレイ先生(ヘイリー・アトレイ)や、かつてナチスと戦った隣人のエバンス(デヴィッド・ヘイマン)なども効果的に配されている。

そして青春といえば、友情と恋も必須の要件。ジャベドにカセットテープを貸したループス(アーロン・ファグラ)に加え、幼なじみのマット(ディーン=チャールズ・チャップマン)との友情が描かれる。特にマットはバンド活動をしており、ジャベドは詩を提供している。だが、ふとしたことから二人は仲違いする。

恋の方はといえば、同じ授業に出席していたイライザ(ネル・ウィリアムズ)と急接近するジャベド。イライザの両親は保守党員のサッチャー支持者。それに反発するイライザは労働党のイベントのチラシを配ったりする。そんな自分にはない奔放さがジャベドを引きつけたのかもしれない。

当然ながら本作には音楽が満載だ。もちろんその中心はスプリングスティーンの名曲の数々(本人協力による未発表曲も……)。それがピッタリの場面に流れるだけでなく、出演者が歌って踊るミュージカル風のシーンまである。特にジャベドとループスが校内放送でゲリラ的にスプリングスティーンのレコードをかけるシーンが無類の楽しさ。レストランで人種差別主義者の若者たちをやっつけるシーンも、実に痛快極まりない。そんなふうにエンターティメントとして、ケレンにあふれた作品でもあるのだ。

ちなみに、スプリングスティーン以外の曲では、ペット・ショップ・ボーイズやa-haなどの当時のヒット曲が流れる。それらの最先端の音楽と、もはや大御所となっていたスプリングスティーンとの対比が興味深かった。スプリングスティーンにハマったジャベドは、同世代からあまり理解されず、むしろマットの父親など一世代前の人々がジャベドを応援するという構図が、音楽ネタとして面白かった。

その後もジャベドには困難が待ち受ける。最大の障壁は何といっても父親だ。だが、けっして彼を単純な悪人として描くのではなく、心の奥では家族に申し訳ないと思う一面もチラリと見せる。その父親に支配されている母親にも、ここぞという場面でタンカを切らせる。さらに、従順に見えた妹にもボーイフレンドがいて内緒でクラブではしゃぐ場面を描くなど、一面的でない人物造型にも感心させられた。

スプリングスティーンと出会い、「書く」行為を追求し、恋と友情を経験して成長するジャベド。そんな彼がクライマックスではさらなる成長を示す。「スプリングスティーンへの共感→父親への反抗」という単純な図式を脱皮して、より深いところへと突き進むのだ。それを象徴するのが学校での感動的なスピーチである。ここは無条件で感動。思わずウルウルしてしまった。

ラストでは本当の旅立ちをするジャベド。そこで鳴り響く「明日なき暴走」。最高だぜ!ボス、と最後には思わず快哉を叫んだ次第。

主人公を演じたヴィヴェイク・カルラはこれが映画初出演とのこと。生き生きとした等身大の演技が見事だった。父親役のヴィヴェイク・カルラ、母親役のクルヴィンダー・ギール、妹役のミーラ・ガナトラ、クレイ先生役のヘイリー・アトレイなども存在感十分。さらに、イライザ役のネル・ウィリアムズには、「シング・ストリート 未来へのうた」(2015年)のヒロイン役のルーシー・ボーイントンと共通する魅力を感じてしまった(ちょうど同時代のドラマだし)。

その「シング・ストリート 未来へのうた」をはじめ、「はじまりのうた」(2013年)、「イエスタデイ」(2019年)など印象深い音楽映画はたくさんある。そんな中、本作は新たな音楽映画の逸品といっていいだろう。普遍的な青春ドラマであるのと同時に、人種差別など今の時代に通じる要素もある。スプリングスティーンが好きな人だけでなく、音楽好きならきっと楽しめるはず。

◆「カセットテープ・ダイアリーズ」(BLINDED BY THE LIGHT)
(2019年 イギリス)(上映時間1時間57分)
監督:グリンダ・チャーダ
出演:ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ネル・ウィリアムズ、アーロン・ファグラ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ロブ・ブライドンヘイリー・アトウェル、デヴィッド・ヘイマン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中
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