映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「パティ・ケイク$」

パティ・ケイク$
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2018年4月28日(土)午後12時10分より鑑賞(スクリーン1/D-10)

ラップにはまったく詳しくない。日本のラップ・ミュージシャンで知っているのは、ラジオで映画評をやっているライムスター・宇多丸ぐらいである。

いや、本当はもう何人か知ってますけどね。いずれにしても、ラップ方面には疎いオレなのだった。

そんなオレが、「お! ラップってなかなか面白そうじゃん」と思わせられた映画が、「パティ・ケイク$」(PATTI CAKE$)(2017年 アメリカ)である。

ダメダメな女の子が大好きなラップで成功を目指すドラマ。いわば青春スポ根ドラマのラップ版といったところだ。正直なところ全体のストーリー展開は、手垢のついたもの。なのに、それが実に魅力的な作品に仕上がっているのである。

主人公はニュージャージーに住む23歳のパティ(ダニエル・マクドナルド)。元ロック歌手の母バーブ(ブリジット・エヴァレット)は酒浸り。祖母ナナ(キャシー・モリアーティ)は車いす生活。必然的に生活は彼女の肩にかかり、掛け持ちで仕事をするが貧乏暮らしが続く。

まあ、要するにパティ一家は、ホワイト・トラッシュ、つまりまともな仕事も金もない底辺層の白人なのだ。おまけに、パティはかなり太めの体型。そのため「ダンボ」と呼ばれて周囲から嘲笑されている。

だが、それでもパティはめげない。ラップが大好きな彼女は、ラップ歌手O-Zに憧れ、自分もラップでの成功を夢見ている。同じくラッパーを目指す親友でドラッグストアで働くジェリのサポートも受けて、日々詩を書き、ラップにのめりこむ。

そんな彼女の心の内を、ぶっ飛んだ映像も交えて描くジェレミー・ジャスパー監督。O-Zが登場する夢のシーンや、道を歩くうちに空中浮遊するシーンなど、なかなか面白い仕掛けが見られる。これが長編デビューらしいが、もともとミュージックビデオなどを手がけていたようで、そのセンスの良さが伝わってくる。

ある日、パティは駐車場で行われていたフリースタイルラップバトルに参加して、対戦相手の男を圧倒する。だが、キレた相手に頭突きを食わされ鼻血を出す。相変わらず出口の見えない毎日が続くのだ。

しかし、それでもなお彼女はめげない。謎のギタリストのバスタードと知り合ったパティは、ジェリと3人でユニットを組み、デモCDを制作する。おっと、3人ではなかった。その場にたまたまいた祖母のナナも加わって、4人で演奏をするのだ。様々なアイデアで曲を仕上げていくその過程には、音楽映画としての醍醐味が詰まっている。

そうやって、つらい日々の中でも前を向くパティを、ジャスパー監督は生き生きと描いていく。それを観ているうちに彼女がどんどん魅力的に見えてきて、その一生懸命さに惹かれていく。そして自然にパティを応援したくなってくるのだ。

ちなみに、ラップの映画だけに劇中の音楽はラップが中心だが、それ以外にもブルース・スプリングスティーンの曲をはじめ、様々な曲が効果的に使われている。そのあたりも、この映画の魅力になっている。

映画の中盤で、パティは挫折を味わうことになる。なんと彼女は、ケータリングの仕事で憧れのO-Zの邸宅を訪れるのだが、そこで大きな失意を味わうのだ。

心の痛手を抱え、ジェリを裏切り、ラップを捨てるパティ。このまま落ちぶれてしまうのか。

いやいや、もちろんそんなことにはならない。終盤に待ち受けているのは大逆転劇だ。一生懸命にラップを極め、デモCDをつくり、売り込みをかけていた彼女の努力が、意外な形で実を結ぶのである。

クライマックスは新人コンテストでの迫力のステージ。そこで歌われるのは、まさに等身大の彼女の生き様だ。キラキラと輝くパティ。盛り上がりは最高潮に達する。しかも、そこでは彼女と母バーブとの音楽の絆まで見せてくれるのだ。これで感動しない人はいないだろう。

「コンテスト優勝!」などと安直な描き方をせず、それよりももっと大きな喜びをパティにもたらすラストにも感心した。周囲から嘲笑され、母親にも認められていなかったパティが最も望んでいたのは、「誰かから認められる」ということだったに違いない。それをついに実現させたのが、あのラストなのだ。だからこそ、実に心地よい余韻を残してくれるのである。

主人公のパティを演じたダニエル・マクドナルドの健気で真っすぐな演技が素晴らしい。口は悪いのだが、それもまた愛嬌になっている。特訓したというラップも本格的(ラップに詳しくないけど、たぶん)。

それとは対照的に、いかにも不幸な人生を送ってきた女性のヤサグレ感たっぷりの演技見せているのが、母のバーブを演じたブリジット・エヴァレット。けっして鬼母というわけではなく、自堕落な生活が止められないやるせなさが漂ってくる演技だった。

同じくヤサグレ感を漂わせつつ、パティを自然体で応援する祖母ナナ役のキャシー・モリアーティの演技も味わいがある(ちなみに、この人、かつて「レイジング・ブル」でデ・ニーロの相手役に抜擢された人)。

大枠は定番ストーリーなのに、それをこれだけ魅力的で楽しい青春音楽映画にするのだから大したものだ。おかげで、「一生懸命やっていればいつか夢はかなう」などという一見陳腐なメッセージが、素直に受け止められてしまうのである。

ラップに詳しくなくても問題なし。この手の青春映画が好きな方はぜひ!

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◆「パティ・ケイク$」(PATTI CAKE$)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間49分)
監督・脚本・音楽:ジェレミー・ジャスパー
出演:ダニエル・マクドナルド、シッダルト・ダナンジェイ、ブリジット・エヴァレット、マムドゥ・アチー、キャシー・モリアーティ、マコール・ロンバルディ、パトリック・ブラナ、ディラン・ブルー、ウォーレン・バブ、ワス・スティーヴンス、サー・ンガウジャー
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ http://www.patticakes.jp/