映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「アイダよ、何処へ?」

「アイダよ、何処へ?」
2021年10月8日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時10分より鑑賞(スクリーン2/C-4)

~虐殺事件の悲劇を母の視点から描いたリアルなドラマ

ユーゴスラヴィア解体の動きの中で起きたボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争。1995年7月には、ボスニアのスレブレニツァで7000人のボシュニャク人がセルビア人勢力に虐殺される事件が発生した。それを母親の視点から描いたドラマが「アイダよ、何処へ?」である。

監督はサラエボ生まれで、「サラエボの花」などこれまでも自身が体験した内戦を描いてきたヤスミラ・ジュバニッチ。ストーリー自体はフィクションだが、史実をふまえて撮られたというだけにリアルで切実さが感じられるドラマだ。

1995年、夏。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの街、スレブレニツァ。この街は国連が安全地帯に指定していたため、国連保護軍(オランダ軍が主力)が基地を置いていた。主人公のアイダ(ヤスナ・ジュリチッチ)は元教師で、今はその国連軍で通訳として働いていた。

映画の冒頭で国連保護軍の幹部は、地元住民に対して「セルビア人には侵攻させない。最後通牒をしたから空爆する」と大見得を切る。しかし、住民が「責任をとれるか?」と尋ねると、「俺はピアノ教師だ」などとはぐらかすのだった。何というやる気のなさ。

案の定、セルビア人勢力が侵攻してくる。彼らはたちまち街を制圧する。2万5000人に及ぶ街の住人たちは保護を求めて国連基地に集まってくる。だが、ゲートの中に入れたのはごく一部で、周囲はあふれた人々で混乱状態に陥る。

アイダには夫と2人の息子がいた。1人の息子は基地内に入ることができたが、夫ともう1人の息子は締め出されてしまう。アイダは大いに焦る。そんな中、セルビア人勢力の指導者であるムラディッチ将軍が交渉役の住民代表を要求すると、アイダは強引に夫を選ばせ、息子とともに施設内に導き入れる。

ここから早くもアイダの家族愛が全開だ。夫と家族を守るために、なりふり構わず行動する。まさに猪突猛進。書類を偽造することも厭わない。

カメラはそんなアイダを追い続ける。観客は彼女とともに混乱の中をひたすら走り回る。基地の内外には救いを求める群衆が多数存在する。大量のエキストラを使い、その光景を映し出す。その描写が生々しくリアルだ。

それにしても国連保護軍は無力だ。セルビア人勢力にやられっぱなしだ。セルビア人たちは基地に押しかけ、軍人がいないか確認させろと無理な要求をする。それは違法行為である。だが、国連保護軍の幹部は我が身可愛さに、それを受けいれるのだ。

セルビア側は住民を避難させるといって、バスを用意する。だが、どう考えてもおかしい。バスに乗った先は死……という疑念が拭えない。アイダはそう危惧する。彼女は夫と息子をバスに乗せまいとする。

アイダ自身は国連軍の職員として、オランダ軍とともに避難することができる。それに夫と息子も同行できるように、必死に頼み込む。だが、オランダ軍の首脳はダメだと拒否する。必死で奔走するが、次々に手段がなくなる。

他人のことなんか知ったこっちゃない。とにかく夫と息子を救うんだ。そんなアイダの圧倒的な思いが映画を貫いている。それは狂おしいほどの無上の愛である。

はたして、アイダは夫と息子を助けることができるのか。戦争という壁の前で、彼女の愛は報われるのか。タイムリミットが迫る中、ギリギリの攻防が続く。まるでサスペンス映画のようなスリルがスクリーンを覆い、一瞬たりとも目を離せない。

とはいえ、エンタメ映画のようなカタルシスはない。ラストの後日談も含めて、アイダの絶望と無力感に焦点を当て、それを通してボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争の、いや世界中の戦争の不条理さと悲劇をあぶり出すのである。

主演のヤスナ・ジュリチッチの力強い演技に目が釘付けになった。特に目力がスゴイ。ムラディッチ将軍を演じたボリス・イサコヴィッチの憎々しい悪役ぶりも印象に残る。ちなみに2人は夫婦らしい。両方ともこの映画に出演したことで、セルビア人たちの批判にさらされているという。

ついでにいえば、本物のムラディッチ将軍は、裁判で終身刑が確定している。当然だろう。

本作には直接的な暴力シーンは一切ない。それが逆にこの事件の凄惨さを想像させる。母の愛を通して戦争の真実に迫った、ドキュメンタリーよりもリアルなドラマである。

 

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◆「アイダよ、何処へ?」(QUO VADIS, AIDA?)
 (2020年 ボスニア・ヘルツェゴヴィナオーストリアルーマニア・オランダ・ドイツ・フランス・ノルウェー・トルコ)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ

出演:ヤスナ・ジュリチッチ、イズディン・バイロヴィッチ、ボリス・イサコヴィッチ、ヨハン・ヘルデンベルグ、レイモント・ティリ、ボリス・レール、ディノ・ブライロヴィッチ、エミール・ハジハフィズベゴヴィッチ、エディタ・マロヴチッチ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://aida-movie.com/

 


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