映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「侍タイムスリッパー」

「侍タイムスリッパー」
2024年10月23日(水)TOHOシネマズ日比谷にて。午後6時40分より鑑賞(スクリーン12/F-16

~侍がタイムスリップして斬られ役に。時代劇への愛がタップリ詰まったインディーズ映画

 

池袋シネマ・ロサで単館上映されていたインディーズ映画が、瞬く間に評判を呼び、ついにギャガが配給について全国で拡大上映されるに至った「侍タイムスリッパー」。遅ればせながらついに観てきた。TOHOシネマズ日比谷の大スクリーンで上映だもの凄いな。

タイムスリップもののSFだ。舞台は幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門(山口馬木也)は、長州藩士を討つよう密命を受ける。だが、標的の男と刃を交えた瞬間、落雷によって気を失ってしまう。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所だった。新左衛門は江戸幕府が140年前に滅んだことを知り愕然としながらも、撮影所の斬られ役として生きていくことを決意する……。

タイムスリップと時代劇を融合させた作品。この手の映画は他にもあったような気がするが、本作の勝利の鍵は、東映京都撮影所の特別協力を得たことにある。これはインディーズ映画としては異例なこと。

その背景には、時代劇の衰退がある。かつてはたくさんの時代劇が作られ、活況を呈していた東映京都撮影所。その頃だったら、おそらくインディーズの低予算映画になど協力してくれなかったのではないか。しかし、今は撮影所に昔のような活況はない。そんな中、低予算ながら時代劇を盛り上げる映画を作りたいという監督が現れたら、これは協力しないわけにはいかないだろう。

というわけで、本作の安田淳一監督はずっと未来映画社という会社で、インディーズ映画を撮り続けてきた。どうやら、本人も時代劇が大好きらしい。そこに撮影所の手練れのスタッフが合流したのだから鬼に金棒だ。

ストーリー的に面白いのは、主人公の会津藩士の新左衛門がタイムスリップしたのちの戸惑いや混乱をメインにしなかったこと。もちろん当初はそういう場面があるが、意外に早く彼は現代社会に馴染んでしまう。ギャップがもたらす騒動は笑いのネタにする程度で、それ以上深入りしない。

その代わりメインに持ってきているのは、新左衛門の斬られ役へのチャレンジと、役者としての生き様だ。そこには惜しみない時代劇への愛が込められている。序盤で彼がテレビ番組で時代劇を見て、感動のあまり涙を流すシーンがある。それが現代社会での彼の行動の原点。かつての自分たちの姿をきちんと記録してくれる時代劇へのリスペクトが、彼を突き動かす。

監督はじめ本作のスタッフにも時代劇への愛が貫かれている。殺陣のシーンをはじめすべてが本格的。低予算のインディーズ映画とはいえ手は抜かない。撮影所の数々の立ち回りをたっぷりと描く。

その一方で笑いもある。常に武士の言葉を発するだけでおかしいのに、何かと変な行動をする新左衛門の周囲には笑いが絶えない。特に、新左衛門がお世話になる寺の和尚夫婦との会話は爆笑ものだ。

同時にしんみりさせる場面もある。新左衛門がケーキを食べて、「日本はこんなおいしいものが食べられるほど豊かになったんですね」という趣旨のことを発言する場面がある。「いやいや、それは表面的なことでしょ」などと突っ込みを入れるのは無粋というものだろう。

新左衛門は殺陣師の弟子となり、斬られ役としての生きがいを感じるようになる。そこには、監督志望の助監督の女性・優子(沙倉ゆうの)への秘めた思いもある。

中盤以降、新左衛門の前にある大物俳優(冨家マサノリ)が現れる。その正体は驚くべきものだった。2人は一緒に映画を撮る。しかし、新左衛門は会津藩士としての葛藤が隠せない。

相手の大物俳優にも葛藤がある。なぜ彼は時代劇を離れたのか。その葛藤を通して伝わるのは、人を殺すことの重さだ。娯楽作であるこの映画に、安田監督はさりげなくそんな重たいテーマも盛り込んでいるのだ。

クライマックスはやはり迫真の立ち回り。両者がにらみ合ったまま数十秒も微動だにしない場面では、観ているこちらも息ができないほどだった。その後の対決も迫力満点。最後の結末も納得できるものだった。

本格的な時代劇ではあるものの、基本はインディーズ映画なのでどこか素人っぽさが抜けないのも逆にいい味になっている。主要なキャスト以外はよくわからない人たちが大量に出演しているし、安田監督自身、監督、脚本、撮影、編集に加え、パンフレットによれば車両係まで兼ねている。

そんな中でも、活躍ぶりが光るのが沙倉ゆうの。あんなに出ずっぱりの役なのに、助監督なども兼ねている。どうやら、彼女はこれまでも未来映画社の映画で、スタッフ兼俳優として活躍してきたらしい。演技の巧拙はともかく、この映画にはピタリとはまったキャスティングだった。

そして、何よりも主役を演じた山口馬木也とライバルの役を演じた冨家ノリマサ。この手のインディーズ映画では異例の大物キャストだ。2人とも時代劇の経験が豊富で存在感が抜群。そして、こちらも時代劇への愛が感じられる演技だった。

というわけで、時代劇への愛がタップリ詰まったインディーズ映画。文句なしに面白い娯楽映画だ。と同時に、時代劇不況のこの時代に一石を投じる作品と言えるかもしれない。

◆「侍タイムスリッパー」
(2023年 日本)(上映時間2時間11分)
監督・脚本・撮影・編集:安田淳一
出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、峰蘭太郎、庄野崎謙、紅萬子、福田善晴、井上肇、安藤彰則、田村ツトム、多賀勝一、吹上タツヒロ、佐渡山順久、高寺裕司、ムラサトシ、きらく尚賢、Rene、柴田善行、神原弘之、五馬さとし、田井克幸、徳丸新作、泉原豊、岸原柊、戸田都康、矢口恭平、吉永真也、楠瀬アキ、佐波太郎、江村修平、山本拓平、西村裕慶、谷垣宏尚、篠崎雅美、夏守陽平、橋本裕也、大野洋史、山内良、宮崎恵美子、岩澤俊治、雨音テン、水瀬望、石川典佳、結月舞、鈴木ただし、皷美佳、吉村栄義
*池袋シネマ・ロサほかにて全国公開中
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