「TOKYOタクシー」
2025年11月24日(月)TOHOシネマズ 池袋にて。午後1時20分より鑑賞(スクリーン3/D-13)
~一人の老女の人生に日本の戦後史を重ね合わせる

山田洋次監督の91本目の監督作が「TOKYOタクシー」。ご存じフランス映画「パリタクシー」(クリスチャン・カリオン監督)のリメイクである。
「パリタクシー」は当然ながら舞台がパリ。それが東京に変わっただけで、映画はずいぶん違ったものになる。おまけに、大枠こそオリジナルに沿っているとはいうものの、細かなところではかなり改編を施しているらしい。
主人公の宇佐美浩二(木村拓哉)は個人タクシーの運転手。最近は夜働くことが多い。妻(優香)は昼間スーパーで働いている。中学生の娘(中島瑠菜)は音楽大学の付属高校への推薦が決まり大喜び。しかし、その分、かなりの学費が必要になる。さらに車検代などの費用もかさむ。宇佐美と妻にとって頭の痛い日々が続く。
こうして生活のやりくりに苦しむ庶民の暮らしに焦点を当てるあたり、いかにも山田監督の作品という感じである。
そんな中、宇佐美が勤務を終えて眠りにつくと、電話がかかってくる。相手は運転手仲間。ギックリ腰になってしまい仕事に出られないので、予約のお客さまを代わりに引き受けてほしいというのだ。
宇佐美は渋々引き受ける。車を出した宇佐美は、車中で姉に電話をかける。何とか金を貸してくれないかというのである。
この電話の声の主はなんと大竹しのぶ。そして先ほどの電話の主は明石家さんま。元夫婦の声の共演。なんだ?この遊び心満点の仕掛けは。思わずニンマリしてしまったではないか。
ニンマリするところはまだある。宇佐美が客と待ち合わせするのは柴又の帝釈天の前。とくればフーテンの寅さんだ。これもまあ遊び心たっぷりですこと。
映画全体のタッチも軽快だ。喜劇を得意とする山田監督にしても、これほどの軽さは珍しいのでは?
帝釈天前でタクシーに乗り込んだのは、高野すみれ。85歳。向かうのは葉山の高齢者施設だという。ただし、その前に「東京の見納めに、いくつか寄ってみたいところがある」と言う。そこで宇佐美は東京の様々な場所を巡り始める。
最初の場所は言問橋。ここですみれの父が亡くなったという。「交通事故で?」と宇佐美が聞くと「戦争で」と答えるすみれ。空襲で幼いすみれを残して、死んでしまったのだ。
これをきっかけに、すみれは自身の人生を語り始める。それはそれは壮絶で波瀾万丈の過去だ。少しずつそれを語りながら、すみれの思い出の場所を巡る2人。
というわけで、タクシー内の会話がこのドラマの主軸になる。それは実際に走行している車ではなく車内のセットで撮影されたもの。ただし、窓から見える風景は、LEDウォールというもので背景画像を映し出し合成したもの。なので、本当に走っている車のようで臨場感たっぷり。
ただし、それでもやはり会話劇だけに俳優がポイントになる。木村拓哉はさすがに普通のおじさん役も似合うようになったが、今回は珍しく受けの芝居でいい味を出している。会話をリードするのは倍賞千恵子。それに振り回されながら、次第に彼女に親近感を抱くところを巧みに表現している。
一方の倍賞は、強さと弱さを同時に持ち合わせているすみれを自然に演じている。ときどき可愛らしさも見せる。まさしく長い間に色々な芝居を経験してきた年輪のなせる業。奥深い演技だった。このコンビが絶妙なので、観ていて最後まで全く飽きることがない。
その車内の会話のシーンの合間に挟まれるのが、すみれの回想だ。彼女の過去の起きたことを映像で見せる。在日二世の朝鮮人の青年と恋をするが別れ、その男の子供を産む。その後はDV男と結婚。そして……。
特筆すべきは、それらの出来事が日本の戦後史と結びついていることである。東京大空襲で父を失い、戦後の解放感の中で恋をして、朝鮮戦争後の帰国事業で恋人を失う。男性中心社会で苦しみ辛い日々を送った後に、再起し自立して成功を手に入れる。彼女の人生は、そのまま日本の戦後史を象徴している。それがこの映画の最大の特徴だろう。社会問題をドラマの背景に取り込むことを得意としてきた山田監督らしさを感じさせるのと同時に、オリジナルとは似て非なるものとして、この映画のアイデンティティーとリメイクする理由を明確に打ち出している。
若い頃のすみれは、蒼井優が演じている。こちらは、いつもながらの安定の演技。過去のすみれが、今のすみれと地続きの存在であることを意識させる。山田監督の映画にしては珍しく激しい場面もあるが、それも違和感を感じさせない演技だった。
宇佐美の妻役の優香、娘役の中島瑠菜など、その他の役者もいい演技をしている。山田作品ではおなじみの笹野高史に加え、小林稔侍がちらっと出ているのも嬉しいところ。
さて、タクシーで会話をするうちに宇佐美とすみれは次第に心を通わせる。外に出てベンチでコーヒーを飲んだり、横浜でレストランで食事をしたり。その末に宇佐美はすみれを目的地に送り届ける。そのあたりの交流も自然で納得できる。
その後の展開はネタバレになるので伏せるが、最後の後日談はありがちな展開。とはいえ、悲しみと同時に心が温まる。見事な余韻に浸れるのであった。
戦後80年に、こういう映画を作る山田監督はやはりただ者ではない。まさしく戦後の日本映画界とともに歩んできた歴史を感じさせる作品だ。
◆「TOKYOタクシー」
(2025年 日本)(上映時間1時間43分)
監督:山田洋次
出演:倍賞千恵子、木村拓哉、蒼井優、迫田孝也、優香、中島瑠菜、神野三鈴、イ・ジュニョン、マキタスポーツ、北山雅康、木村優来、小林稔侍、笹野高史、(声の出演)明石家さんま、大竹しのぶ
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
公式ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/
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