映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「女王陛下のお気に入り」

女王陛下のお気に入り
渋谷シネクイントにて。2019年3月5日(火)午後12時45分より鑑賞(スクリーン1/G-6)。

~ぶっ飛んだ監督が描く3人の宮廷の女たちによるドロドロ愛憎劇

前回の「グリーンブック」のレビューで触れたアルフォンソ・キュアロン監督のネットフリックス作品「ROMA/ローマ」は、急遽、全国のイオンシネマで劇場公開されることが決定したそうだ。はたしてオレは観られるのか???

それはともかく、監督賞や外国語映画賞などを受賞した「ROMA/ローマ」と同じく、今年の第91回アカデミー賞で作品賞など9部門10ノミネートされ、オリヴィア・コールマンが主演女優賞を受賞したのが「女王陛下のお気に入り」(THE FAVOURITE)(2018年 アイルランドアメリカ・イギリス)だ。18世紀初頭のイングランドの宮廷を舞台にした時代劇である。

というと、正統派の格調高い宮廷劇を思い浮かべるかもしれないが、そんな期待は抱かないほうがいい。何しろ監督はギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモスだ。この人の過去作がすごい。独身者が動物に姿を変えられるという破天荒なSFラブ・ストーリーの「ロブスター」。医療ミスにまつわる不可解な出来事を描いた不条理スリラーの「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」。いずれも奇想天外で皮肉たっぷりのクセモノ映画だ。それだけに、この映画もぶっ飛びまくっているのだ。

滑り出しは、いかにも正統派の宮廷劇風だ。18世紀初頭のイングランド。フランスとの戦争が長引く中で、アン女王(オリヴィア・コールマン)と幼なじみで側近であるサラ(レイチェル・ワイズ)との関係が描かれる。

ここで注目すべきは、アンのキャラクターだ。お世辞にも美人とはいえない彼女は、足が悪く、肥満体で痛風に悩まされている。心の中は孤独に満ち(17匹のウサギをかわいがっているが、その数は流産や死産で亡くした自分の子どもの数だという)、情緒不安定気味だった。

そんなアンを操るサラは、イングランド軍を率いるモールバラ公爵の妻で、フランスとの戦争に積極的な態度で臨んでいた。そこでアンを背後から操って、宮廷の実権を握り戦費の調達に奔走していた。見るからに有能で、人心掌握に長けた人物だ。

だが、そこに波乱の芽が生じる。サラの前に従妹のアビゲイルエマ・ストーン)が現われる。彼女は元は上流階級の娘だったが、父親の博打のかたに売り飛ばされた経験があるという。アビゲイルの懇願により、サラは彼女を召使として雇う。

このあたりから、早くも映画は不穏な空気が漂い始める。アビゲイルの登場シーンからして強烈だ。馬車から落ちたという彼女は泥だらけでサラの前に現れる。その馬車の中では男が自慰行為をしていたというワケのわからない話まで飛び出す。気づけば、バックに流れる音楽まで何やら不穏なものへと変化している。

アビゲイルは、表面的には忠実な召使を演じるものの、その瞳の奥の野心を隠そうともしない。それによって、アン女王とサラとの間にドロドロの愛憎劇が生まれていく。それをシニカルかつゴージャスかつ容赦なく描いていく。

とにかくぶっ飛んだ映画だ。どうやら美術や衣装なども時代考証を無視しているようだ。宮廷生活のあれこれも、現実のものかどうかはわからない。裸の男にトマトらしきものをぶつけるお遊びや、ユーモラスなダンスなどは、ランティモス監督の想像の産物ではなかろうか。

いずれにしても、それらの破天荒さがケレンを生み出す。3人のドロドロのバトルに陰惨さはない。あまりにも容赦なく描くものだから、それがかえって独特の笑いにつながっていく。「おいおい、そこまでやるか?」と思いつつ、つい笑ってしまうのだ。

映像もぶっ飛んでいるではないか。この手の映画では珍しく広角レンズを使った映像が多用され、スーパースロー映像なども飛び出す。それがさらに不穏さや不可思議さを高め、大いにドラマを盛り上げる。

当初は従順にサラに従う素振りを見せていたアビゲイルだが、やがてその野心を全開にする。巧みに女王の歓心を買い、信頼を得るようになったアビゲイルは、再び上流階級の身分を手にするべく攻勢を強める。サラは、そんなアビゲイルの野心に警戒心を抱くのだが……。

アビゲイルがアン女王に接近する過程では、性的な関係までもが赤裸々に描かれる。いや、もともとアンとサラとの関係にも、そうした要素があったのだ。下世話といえば下世話ではあるのだが、それでも彼女たちの心理がキッチリと描かれているから、ただの下世話では終わらない。それぞれの心の中に渦巻く孤独、野心、嫉妬心などがリアルに浮かび上がってくるのである。

終盤になると愛憎劇はさらに過激化し、とんでもない出来事が起きる。それを受けて、3人の心は千々に乱れていく。そのあたりの心理描写も怠りがない。

ラストのアンとアビゲイルのシーンが印象深い。それぞれの表情をじっくりと映し出す。その心の内にあるものは何なのか。観客に多くのことを想像させる含蓄に富んだラストである。

アカデミー主演女優賞をはじめ数々の賞に輝いたアン女王役のオリヴィア・コールマンの怪演ぶりが見事だ。気分次第でころころと変わるいくつもの表情を巧みに演じ分けている。同時に、アビゲイル役の「ラ・ラ・ランド」のエマ・ストーン、サラ役の「ナイロビの蜂」のレイチェル・ワイズの演技も素晴らしい。この3人の演技だけでも必見だ。

そしてエンドロール(ロールじゃなくて、クレジットだが)が、これまたぶっ飛んでいる。美しくユニークなデザインだが、文字が読みにくくて仕方ないのだ。このあたりも、いかにもランティモス監督らしいところ。過去のランティモス作品に比べれば控えめだが、それでも超個性派の時代劇なので、そのつもりでご鑑賞くださいませ。

 

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◆「女王陛下のお気に入り」(THE FAVOURITE)
(2018年 アイルランドアメリカ・イギリス)(上映時間2時間)
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:オリヴィア・コールマンエマ・ストーンレイチェル・ワイズニコラス・ホルト、ジョー・アルウィン、マーク・ゲイティス、ジェームズ・スミス
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/Joouheika/