映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「私をくいとめて」

「私をくいとめて」
2020年12月18日(金)テアトル新宿にて。午前10時30分より鑑賞(A-11)。

~脳内に別人格がいるおひとりさま、一歩前へ!

綿矢りさの小説と大九明子監督は相性がいい。松岡茉優主演の「勝手にふるえてろ」に続いて映画化された「私をくい止めて」は、おひとりさま生活を満喫するアラサー女性と年下男子の不器用な恋の行方を描いた映画。本作も「勝手にふるえてろ」に負けず劣らず面白い映画になっている。

主人公の黒田みつ子(のん)は31歳。おひとりさま生活の長い彼女は、平日はきちんと仕事をこなし、休日はあちこちにお出かけを楽しんでいる。今日も食品サンプル製作体験を楽しみ、本物そっくりのてんぷらのサンプルを持ち帰ってきた。そして、いつものように一人で食事をする。

だが、みつ子は寂しくはなかった。彼女の脳内には何でも答えてくれる相談役の“A”がいて、何か困ったことや悩みがあった時にはいつも正しい答えをくれたのだ。だから、おひとりさまライフを苦にせず楽しい日々を送っていた。

序盤は、みつ子のおひとりさまライフの行方をコミカルに描く。現実と虚構の狭間を超えて、もう一人の自分である“A”を相手に掛け合いを演じるみつ子。よくよく考えれば二重人格の変わり者だが、そう見せないところがのんの真骨頂だ。

そんな中、みつ子には気になる相手がいた。取引先の若手営業マン・多田(林遣都)である。近所に住んでいる縁で、ときどき夕食を作ってあげる仲になるが、多田はそれを持って帰るだけ。それ以上は何もない。

快適なおひとりさま生活を捨てて、恋に突き進むには勇気がいる。まして、フラれたら立ち直れないではないか。ならば、今のままがいいに決まっている。かくして、“A”から告白しろとせっつかれても、みつ子は必死で拒否するのだ。

そんなみつ子の味方になるのが、会社の先輩のノゾミ(臼田あさ美)。自身もおひとりさまであるノゾミは、何かとみつ子のことを気にかける。また、転職してきたやり手の上司・澤田(片桐はいり)の存在もみつ子には心強い。

普段はお気楽な日々を送っているみつ子だが、過去にはつらいこともあった。それが明らかになるのが、日帰り温泉への一人旅。その施設であった演芸会で女芸人にからむ酔客に、客席のみつ子が立ち上がり「やめなさいよ」と一喝……したかったのだが、できなかったのだ。それでも、過去に自分に降りかかったセクハラやパワハラを思い出し、涙に暮れるみつ子だった。

中盤、舞台はイタリアへ飛ぶ。結婚してイタリアで出産を控える親友の皐月(橋本愛)に誘われて、現地で年末年始を過ごす。だが、それにはハードルがあった。みつ子は極端な飛行機嫌いだった。

恋愛に一歩が踏み出せないのと同様に、飛行機嫌いもみつ子のネガティブさの表れ。それを象徴する場面だが、大滝詠一の「君は天然色」の意表を突いた使い方が効いている。その曲をバックに文字型のバルーンを飛ばすシーンは、まるでミュージカル映画のようである。

そのイタリアでは皐月の心情も描かれる。見知らぬ土地で孤独を抱えた彼女は、どうしてもみつ子に来てほしかったのだ。ちなみに皐月役の橋本愛とのんは、NHK連続テレビ小説あまちゃん」以来と共演とのこと。このイタリア編はやや長すぎる気もするのだが、「あまちゃん」ファンへのサービスか!?

帰国後もみつ子は、今までと同じように過ごそうとする。だが、事態は次第に風雲急を告げる。いよいよ多田との関係を一歩前に進めるのか。居心地の良いおひとりさま生活を犠牲にして、他人と寄り添えるのか。

終盤にはみつ子の心が大いに乱れる。それは“A”がいなくなってしまうという恐怖だ。みつ子は叫ぶ「私をくいとめて」。その瞬間、なんと“A”が目の前に現れる……。

目の前に出てきた“A”がどんなだったかは、実際に目撃してもらうしかないが、大九ワールド全開ともいうべき展開だ。「勝手にふるえてろ」もそうだったが、何でもありの映像世界を現出させる。それはとにかく痛快であるのと同時に、真理を突いた世界でもある。

本作はラブコメではあるが、単に恋愛の行方を描くだけに留まらない。もう一人の自分である“A”を脳内に置き、別人格として対話してきたみつ子の人格統合のドラマでもある。それをヘヴィーに見せつけるのではなく、ポップな味付けで描くところが大九監督の演出の妙味だ。

みつ子と皐月がそれぞれ描いた絵を上手く使ったり、澤田が出かける際にヒールに履き替えるシーンをクローズアップするなど、細部までこだわっているのも本作の特徴だ。

のんは、本当にこういう役が似合う。どう見ても完全に「変な人」なのに彼女が演じると説得力があるから凄い。おまけに飛びっきりチャーミングだ。林遣都臼田あさ美片桐はいり橋本愛らもいい味を出している。

みつ子のように、脳内に常に別人格を作り出すような人は珍しいだろうが、時として心の中に違う自分を作り出して、背中を押してもらったり自重するのはよくあること。そういう点で、男女に関係なく共感できそうなドラマである。

大九監督に背中を押されて、おひとりさま生活から一歩を踏み出そうという人もいるのではないか。そうは言っても、相手がいなけりゃしょうがないのだが。あ、私のことか(笑)。

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◆「私をくいとめて」
(2020年 日本)(上映時間2時間13分)
監督・脚本:大九明子
出演:のん、林遣都臼田あさ美若林拓也前野朋哉山田真歩片桐はいり橋本愛
*テアトル新宿ほかにて全国公開中
ホームページ https://kuitomete.jp/

「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」

ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」
2020年12月14日(月)TOHOシネマズ池袋にて。午後2時15分より鑑賞(スクリーン8/D-9)

~アッと驚く終盤だが音楽映画の魅力がタップリ

ダイアナ・ロスといえば世界的に知られたシンガーである。もはやその存在は伝説といってもいいかもしれない。そのダイアナ・ロスの娘であるトレイシー・エリス・ロスが、文字通り伝説の歌手として出演している映画が「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」である。

憧れの歌姫グレース(トレイシー・エリス・ロス)のパーソナル・アシスタントとして働くマギー(ダコタ・ジョンソン)。大好きな歌手の下で働けるとあって、無理な注文にも不平も言わずに従っていた。だが、同時に彼女には音楽プロデューサーになる夢があった。一方のグレースは、昔のヒット曲ばかりを歌わされる現状に満足できず、マネージャーの反対にもかかわらず新曲に挑戦したいとの思いを募らせる。

パーソナル・マネージャーとは要するに付き人のことである。マギーはグレースの身の回りのこまごました要求をこなしていく。その中にはわがままな要求もあるが、マギーはグレースのことが大好きなのでつらいとは思わない。

その一方で、彼女には音楽プロデューサーになるという夢がある。そのために多忙な中で、密かにグレースのライブアルバムをミキシングしていた。序盤はそんなマギーの生き生きとした日常を軽快なタッチで描いていく。

一方のグレースは大スターだ。コンサートをすれば多くの観客が集まる。だが、彼らの要求するのは昔のヒット曲。マネージャーもそれを要求する。アルバムを制作する話が来ても、ライブ盤やベスト盤の話ばかりだ。あげくはラスベガスで長期公演をする話まで飛び出してしまう。

このグレースの立ち位置が興味深い。落ちぶれた歌手が再起を目指す音楽映画はよくあるが、彼女はけっして落ちぶれているわけではない。だが、創作という面では完全に過去の人だ。劇中で40歳を過ぎた歌手がチャートの1位を獲得するケースはめったにないという話が出てくるが、まさに彼女は40歳を超えた歌手なのである。

そんなグレースに著名なプロデューサーがリミックスの話を持ち込んでくる。マネージャーも乗り気だが、グレースはあまり気が進まない。そこで、この機を逃せばチャンスはないと考えたマギーは、自らがグレースのライブをリミックスしていることを打ち明ける。あわよくば自分がプロデューサーになろうというのだ。だが、結局、マネージャーからお前は付き人なのだと怒られる。

そんな中、マギーはある魅力的な歌声を持つ若者デヴィッド(ケルヴィン・ハリソン・Jr)と偶然出会い、プロデューサーだと偽って彼のアルバム制作に乗り出すのだが……。

音楽映画の魅力がたくさん詰まった映画である。何よりも素晴らしいのがトレイシー・エリス・ロスの歌声。パワフルで、エモーショナルで、聴く者を圧倒する。何でも女優としてのキャリアはあるものの、歌声を披露するのは初めてだとか。それが信じられない歌のうまさである。

デヴィッド役のケルヴィン・ハリソン・Jrの歌も素晴らしい。甘くとろけるような魅惑の歌声で、マギーならずともメロメロになりそう。しかも、劇中ではマギー役のダコタ・ジョンソンとデュエットする場面もあり、これまた素晴らしい歌声なのだ。

会話の中に音楽ネタが満載だったり、何気なく映るレコードが洋楽ファン垂涎の的だったりするのもうれしいところ。

マギーはデヴィッドを売り出そうとする。もちろん、自分が音楽プロデューサーとして成功するためだ。その過程で2人が急接近するところはお手軽な展開だが、とにもかくにもマギーは一芝居打つ。グレースのレコ発ライブの前座に、デヴィッドを出演させようとするのだ。だが、そのことをデヴィッド本人も知らせていなかったために、土壇場でそれがダメになる。

こうしてグレースからはクビを言い渡され、デヴィッドとも仲違いした失意のマギーは、ラジオDJをしている父のもとに身を寄せる……。

そこから先は観てのお楽しみということにしておくが、終盤にはとんでもないことが待っている。まさに青天のへきれきとしかいいようがない出来事だ。そんなのアリなのかと思ったのだが、冷静に考えてみればそれまでの展開の辻褄は確かに合っている。この仕掛けには賛否両論ありそうだが、温かな空気とともに観客をハッピーにしてくれるのは確かである。

本作の背景には、40歳を過ぎて結婚もせず、子どもも持たないというグレースの選択
があるのかもしれない。それはトレイシー・エリオット・ロス自身の人生ともリンクするのだが、それについて深く追求するのはネタバレになるのでやめておく。

クライマックスの見どころはトレイシーとケルヴィンのデュエットだ。それぞれがソロを取った後で、実に快いハーモニーを聞かせる。

そして最後は、マギーのプロデュースのもとグレースが新曲をレコーディングするシーン。そこで、きっちりとマギーの成長物語に落とし前を着ける。ニーシャ・ガナトラ監督なかなかの手練れと見た。

主演のダコタ・ジョンソンの演技は初めて観たのだが、生き生きとした表情が何とも素敵。その愛らしさゆえ、ちょっと暴走しても許せてしまう個性の持ち主。この人、何と父がドン・ジョンソン、母がメラニー・グリフィスだというのでビックリ。

とはいえ、やっぱりトレイシー・エリス・ロスの存在感が圧倒的なのはキャリアの差ゆえ仕方のないところ。

マギーのサクセスストーリーとしても、グレースの新たな旅立ちのドラマとしても見応えがある作品だ。観たらきっと前向きな気持ちになれるはず。

◆「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」(THE HIGH NOTE)
(2020年 アメリカ・イギリス)(上映時間1時間54分)
監督:ニーシャ・ガナトラ
出演:ダコタ・ジョンソン、トレイシー・エリス・ロス、ケルヴィン・ハリソン・Jr、ビル・プルマン、ゾーイ・チャオ、エディ・イザード、アイス・キューブ
*TOHOシネマズシャンテほかに全国公開中
ホームページ https://www.universalpictures.jp/micro/next-dream/

 


映画『ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢』予告編<12.11(金)公開!>

 

「ハッピー・オールド・イヤー」

「ハッピー・オールド・イヤー」
2020年12月11日(金)新宿シネマカリテにて。午前10時45分より鑑賞(スクリーン1/A-8)

~断捨離を通して過去と向き合うヒロイン

断捨離は面倒だ。面倒だからなかなか手を付けない。よって、いつまでたっても家にはモノがあふれている。

そんな断捨離を決意したヒロインが主人公のドラマが「ハッピー・オールド・イヤー」である。世界的にヒットしたタイ映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」の製作スタジオ「GDH559」が、同作のチュティモン・ジョンジャルーンスックジンを再び主演に迎えた作品だ。監督は東京国際映画祭で上映された「マリー・イズ・ハッピー」などのナワポン・タムロンラタナリット。

デザイナーのジーン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)はスウェーデンに留学し、ミニマルスタイルを学んで帰国する。彼女はかつて父が営んでいた音楽教室兼自宅の小さなビルに母と兄と住んでいた。

ある日、ビルを改装してデザイン事務所にしようと考えた彼女は、家にある大量のモノを断捨離しようとする。だが、ネットで自作の服を販売する兄はミニマルスタイルをよく分かっておらず、母はリフォームそのものに反対だった。それでも内装業を営む親友・ピンク(パッチャー・キットチャイジャルーン)の協力もあり、断捨離は順調に進むかに思えたのだが……。

出だしはポップでコミカルなタッチ。テンポの良い演出、ハイセンスな音楽もあって軽快にドラマが進む。だが、ドラマは次第に哀切を帯びてくる。

ジーンのつまずきは、ピンクからのプレゼントのCDを捨てようとしたことにある。もちろんジーンはそのことを忘れていて、何の考えもなしに捨てようとしたのだが、ピンクにとってはたまったものではない。彼女は激しくジーンを非難する。

ジーンは謝るのが苦手だった。「ごめんなさい」がなかなか言えないのだ。それでもピンクに諭されて、ようやく「ごめんなさい」と言う。

そして、それをきっかけにジーンは洋服、レコード、アクセサリー、楽器など友達から借りたままだったモノを返してまわる。受け取った相手は素直に喜ぶ者もいれば、「あなたが私にどんなひどいことをしたのか分かっているのか」と怒る者もいる。いずれにしても、そこで彼女は身勝手だった過去の自分と向き合うことになる。

そんな中、ジーンにとって気になるものがあった。元恋人のエム(サニー・スワンメーターノン)から借りたカメラである。直接返しに行く勇気が持てない彼女は、小包にして送る。だが、受取拒否されて返ってきてしまう。ジーンはスウェーデンに渡ったのをきっかけに、一方的にエムとの関係を絶ったのだ。迷った末に今度は直接カメラを返しに行く。

ジーンがエムを振った理由は、自分勝手なものだった。しかも、全く何の説明もなしに消えたのだ。今さら会わせる顔がない。だから、必死になって謝る。ジーンは他人の痛みに初めて思い至ったのだ。それに対してエムは、意外なことに温かく迎えてくれる。

今さら取り戻せない過去。それでも何とかして取り戻したい過去。取り戻せる。取り戻せない。その狭間で揺れているジーン。チュティモン・ジョンジャルーンスックジンの演技が絶品だ。泣いているのか笑っているのか、微妙な表情を見せるのだが、それがジーンの心の揺れ動きをヴィヴィッドに表現する。

しかも、「コーンスープを作るから手伝って」と言うエムの言葉に従って家に入り、しばし懐かしさに心を震わせていると、やはりいたのである。ミー(サリカー・サートシンスパー)という新しい恋人が。

それはそうだろう。一方的に振ったのは自分の方だ。彼に新しい恋人がいたとて、驚くには値しない。だが、頭ではわかっていても、心の中はそうはいかない。かくして、ジーン、エム、ミーの3人は微妙な関係をしばし続けるのだ。

そして、ジーンにはもう一つの懸案があった。父のピアノである。父は家を出て今では誰も弾く者がいない。母はそれでも売ることに大反対だ。そこで、ジーンは父に電話をする。ビアノを売っていいかどうか聞くのである。

その場面も実に良いシーンである。電話の向こうの父親の声は聞こえないのだが、ジョンジャルーンスックジンの繊細な演技によって、すべてが明らかになる。タムロンラタナリット監督の演出もツボを心得ている。つらい。観ていてひたすらつらい。そんな場面である。

その後、ジーン、エム、ミーの三角関係には大きな変化が訪れる。それでもジーンは前に進もうとする。

ジーンにとっての断捨離は、過去と向き合い、葛藤しながら自分を変えていくプロセスだったのだろう。その果ての彼女の心情が、ラストの表情に現れている。ここでもまたジョンジャルーンスックジンが絶妙の演技を見せる。流れる涙の向こう側に、彼女の明日があるのだろうか。自分勝手な過去の自分とは決別できたのだろうか。もがき苦しんだ末に、見出したのは希望の光だったのだろうか。ひたすら切ないラストである。今年の名シーンの1つ!

断捨離とはかくも大変なものなのか。自分の過去と向き合わねばならないのか。ならばちょっと断捨離は先延ばしにしようかな……というのはただの言い訳である。

それにしても、こんまりの片づけ術は世界的に人気なのだなぁ。

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◆「ハッピー・オールド・イヤー」(HAPPY OLD YEAR)
(2019年 タイ)(上映時間1時間53分)
監督・脚本:ナワポン・タムロンラタナリット
出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、サニー・スワンメーターノン、サリカー・サートシンスパー、ティラワット・ゴーサワン、パッチャー・キットチャイジャルーン、アパシリ・チャンタラッサミー
*新宿シネマカリテにて公開中
ホームページ http://www.zaziefilms.com/happyoldyear/

「ミセス・ノイズィ」

「ミセス・ノイズィ」
2020年12月5日(土)TOHOシネマズシャンテにて。午前11時20分より鑑賞(スクリーン2/C-5)

~隣人の騒音おばさんは怪物なのか?

隣人トラブルはやっかいだ。ほんのささいなことがきっかけで、両者の確執が抜き差しならないものになってしまう。そのあげくに警察沙汰の事件に発展することもある。そんな隣人トラブルを描いた作品が「ミセス・ノイズィ」である。監督は「どうしても触れたくない」「ハッピーランディング」などの天野千尋

映画の冒頭、小説家の吉岡真紀(篠原ゆき子)に長女が誕生する。夫の前で、彼女は気分も新たに創作活動に邁進することを誓う。

だが、それから5年後。真紀はスランプだった。それでも郊外に引っ越したのを機に、何とか小説を書き上げようとする。そんな中、隣人の若田美和子(大高洋子)が早朝から布団をバンバンと叩く場面に遭遇する。その行動は次第にエスカレートしていく。心の平穏を乱された真紀は家族との間もギクシャクする。おまけに真紀の娘を美和子が黙って自宅へ連れて行く事態になり、真紀の苛立ちは頂点に達する。

美和子の奇行を重ねた出だしは、サスペンスというよりまるでホラー映画のよう。背筋がゾクゾクするような怖ささえ感じる。それが次第にコミカルな色を帯びていく。強烈な美和子のキャラを中心に、思わずクスリとさせられる場面がある。

序盤を観た人は思うだろう。迷惑な騒音おばさんの美和子に追い詰められるかわいそうな真紀。だが、その構図は次の展開でもろくも崩れ去る。

次に描かれるのは美和子の側から見た事実である。それまで真紀の視点で描かれたのと同じ事実が、美和子の視点から描かれる。それによると、彼女が早朝から布団を叩くのには理由があったのだ。それは彼女の夫に関わる秘密で、いかんともし難いものであった。さらに、真紀の娘を自宅に連れ帰ったのも、やむにやまれぬ事情があったのだ。彼女の傍若無人の行動にはワケがあったのである。

ここに至って観客は気づくはずだ。一つの物事に真実は一つとは限らない。二つの真実が存在することもあるのだ、と。「羅生門」スタイル(かつて黒澤明が映画「羅生門」でやったように一つの出来事を複数の視点で描く)で視点を変えて描くことで、そのことが明確になるのである。

よく考えれば、仕事にかまけて娘から目を話すなど真紀にも非はあったはずだ。そこできちんと腹を割って話せば、事態は収束したはずである。だが、仕事がうまくいかずイラついていた彼女にはとてもそんな余裕はなく、すべてを美和子のせいにしてしまう。

一方、美和子の側にも非はある。子供を連れだす際にひと言言っておきさえすれば、あれほどの大騒動にはならなかったはずである。例の布団叩きにしても、事前に事情を話しておけば問題にならなかったかもしれない。だが、不器用な彼女にはそれができない。

かくして、2人は腹の底からいがみ合うことになってしまう。

後半は社会派エンタメの様相を呈し始める。真紀と美和子のバトルの模様を真紀の軽薄ないとこがSNSに発信したところ、大騒動になってしまう。マスコミも美和子を追い掛け回す。騒音おばさんは世間の格好のネタである。

ちょうどその頃、その顛末を真紀が面白おかしく小説に仕立てると、それが大評判となってしまう。小説のタイトルは「ミセス・ノイズィ」。真紀にとっては起死回生のヒット作である。

美和子の心情を表す印象深いエピソードがある。農場で働く美和子は、「曲がったキュウリは捨てる」という方針が気にいらず、店を回って引き取ってもらおうとする。だが、どこの店に行っても断られる。美和子は言う。「世間がおかしいのだ。自分たちが正しい」。

だが、どんなに強がっても限界は来る。彼女の夫が自殺を図ったのだ。それを契機に今度は真紀が批判の矢面に立つ。真紀があんな小説を書かなければ、こんな事態にはならなかったという批判がSNS上で飛び交う。それまでは美和子を追っていたマスコミも、手のひらを返したように真紀を追う。

そんな追い詰められた真紀に、意外な人物が手を差し伸べる……。

後半は現代社会への批判だ。SNSの情報に右往左往する大衆。弱いもの叩きに血道を上げるマスコミ。それらを痛烈に風刺している。構図は教科書的だが、天野監督が人間心理をきちんと描いているから押しつけがましさはない。

それにしても、ボタンのかけ違いとはよく言ったものである。どこかの場面でお互いが相手のことを少しでも考える余裕があれば、ああはならなかったであろう。真紀も美和子もそのことに気づくまでに、あまりにも多くの犠牲を払った。

ラストになってようやく2人はそれに気づく。新装版「ミセス・ノイズィ」が誇らしげに書店に並ぶその光景が心に染みる。

このラストにも天野監督らしさが現れている。もっと破滅的な結末を用意することもできただろうが、あえてそれをしなかったところに、人間の良心を信じる天野監督の心意気を感じた。

主演の篠原ゆき子は痛い母親役がぴったりだった。オーディションで選ばれたという大高洋子の全てを飲みこむような演技も印象深い。

現代社会の縮図をきっちりとエンターティメントの中に落とし込んだ作品。観ているうちに他人事とは思えなくなってきた。

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◆「ミセス・ノイズィ」
(2019年 日本)(上映時間1時間46分)
監督・脚本:天野千尋
出演:篠原ゆき子、大高洋子、長尾卓磨、新津ちせ、宮崎太一、米本来輝、和田雅成、洞口依子、縄田かのん、田中要次、風祭ゆき
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中
ホームページ http://mrsnoisy-movie.com/

 

「サイレント・トーキョー」

「サイレント・トーキョー」
2020年12月4日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時20分より鑑賞(スクリーン7/D-11)

~渋谷の街の爆破シーンを体感するだけでもモトはとれる!?

日本では珍しいド派手な爆破シーンが満載の映画。それが「サイレント・トーキョー」である。秦建日子ジョン・レノンオノ・ヨーコの楽曲「Happy Xmas(War Is Over)」にインスパイアされて執筆した小説「サイレント・トーキョー And so this is Xmas」を映画化したクライムサスペンスだ。

クリスマスイブの東京。主婦の山口アイコ(石田ゆり子)が恵比寿で買い物をしている。その後彼女はベンチに腰を下ろす。ちょうどその頃、テレビ局に爆弾テロの犯行予告の電話が入り、来栖公太(井之脇海)は先輩とともに恵比寿の指定の場所へと向かう。そこでベンチに座ったまま動けずにいるアイコと出会った2人は、そのベンチに爆弾が仕掛けられていると告げられる。

序盤は恵比寿の爆弾騒動。たまたま買い物に来たらしいアイコと、テレビ局のバイト社員の公太が事件に巻き込まれていく。事件の真相がわからないままに、事態だけが動いていく不安がスクリーンを覆いつくす。刑事の世田志乃夫(西島秀俊)をはじめ、登場人物が事件にどう絡んでいくのかも謎だ。

犯人は次なるターゲットとして渋谷・ハチ公前を狙う。爆弾を午後6時にセットし、首相との生対談を要求してきたのだ。もちろん要求を飲まなければ爆弾は爆発する。だが、人々は興味本位で現場近くへと集まってくる。そして、実際に爆弾は爆発する。

この爆破シーンが圧巻だ。ハリウッドともいい勝負、というのは言い過ぎだろうが、それにしても渋谷の街の真ん中でこんな場面を撮影するとは。と思ったら、驚くことにこのシーンは、渋谷スクランブル交差点の巨大オープンセットを建設して撮影したものだという。どこから見ても、本物にしか見えない迫真性を持ったシーンである。この場面だけでも観る価値があるというのは言い過ぎか。

この爆破の後、犯人は東京タワーに狙いを定める。警察は須永基樹(中村倫也)という若き起業家をマークするが、彼は犯行の片棒を担がされていただけで、本当の犯人は別のところにいることがわかる。それが朝比奈仁(佐藤浩市)という人物だ。さっそく警察は朝比奈のもとに向かうのだが……。

最初のうちこそスリリングで、不穏な空気が漂うドラマだったのだが、途中からは完全に失速気味。描こうとすることはわかるのだが、それがすべてうわっ滑りになっている。山浦雅大の脚本が物足りない。原作を約100分の尺に収めるのは、並大抵の努力でないのはわかっているのだが。

だいたい話自体が杜撰だ。冒頭でアイコが椅子に腰を下ろすのだが、彼女が座る前はどうなっていたのだ?そこに仕掛けられた爆弾は、重量がかかることで爆発を抑制している。つまり、重さがなくなると爆発する。それなのに彼女が座るまでは何事もなかったのか?というわけで、よく考えればここでドラマは終わっている。

全体に都合のよすぎる展開も目につく。世田たちが須永に職質した後で、偶然渋谷の雑踏で彼を見つける展開には苦笑してしまった。あのものすごい人出でよく見つけたものである。おまけに知り合いの女の子たちも、彼を見つけて追跡する。須永君モテモテである。

そして、これは決定的な本作の欠点なのだが、筋を追うことに汲々としていて、登場人物の掘り下げが甘いのである。特に須永が犯行に加担する背景には複雑な親子関係があるらしいのだが、どうにもそれが納得できない。母ちゃんを捨てて出て行った父ちゃんが、今さら戻ってきたところで関係ないではないか。警察に突き出してやればいいのである。他の人物も似たようなものである。

なので、せっかくの豪華キャストを揃えたのに、それがまったく生きていない。あげくに佐藤浩市石田ゆり子は主演とはいっても、出番はそれほど多くないのだ。若き日の2人は、別の役者が演じているからさらにその感が強い。

そんな中、個人的に最も印象的な演技を披露していたのは広瀬アリスである。渋谷の爆破に巻き込まれたトラウマを、「これでもか!」と渾身の叫びで表現していた。妹のすずばかりが注目されるが、こちらの演技もなかなかのものである。

終盤になって犯行の全体像が浮かび上がる。日本を戦争のできる国にしようとする首相VS本当の戦争を知っている犯人、という図式はこの手の話でよく出てくるが、狂った夫から爆弾教育を仕込まれる妻の話は目新しいかも。しかし、犯行動機がイマイチ納得できずにモヤモヤ。

それにしても原作は未読なのだが、どんなものなのだろう。文句を言いながらも原作を読みたくなった私は、まんまと敵の術中にはまったのかもしれない。サイレント・トーキョー。恐るべし。

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◆「サイレント・トーキョー」
(2020年 日本)(上映時間1時間33分)
監督:波多野貴文
出演:佐藤浩市石田ゆり子西島秀俊中村倫也広瀬アリス井之脇海勝地涼、毎熊克哉、加弥乃、白石聖、庄野崎謙、金井勇太大場泰正野間口徹財前直見鶴見辰吾
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
https://silent-tokyo.com/

「佐々木、イン、マイマイン」

「佐々木、イン、マイマイン」
2020年11月29日(日)池袋シネマ・ロサにて。午後1時35分より鑑賞(シネマ・ロサ1/E-10)

~過去と決別することで輝きだす人生

熱量のある映画は面白い。それを再認識させてくれたのが「佐々木、イン、マイマイン」という映画。はっきり言って粗削りだし、詰め込み過ぎの感じも拭えないのだが、圧倒的な熱量がそれを凌駕する。「ヴァニタス」がPFFアワード2016観客賞を受賞した内山拓也監督の作品だ。

俳優になるために上京したものの鳴かず飛ばずの20代後半の悠二(藤原季節)。元恋人のユキ(萩原みのり)ともずるずると同居を続け、パッとしない日々を送る。そんなある日、バイト先で高校の同級生多田(遊屋慎太郎)と再会し、佐々木(細川岳)のことを思い出す。佐々木は教室で全裸になって踊り出すなど、周囲を沸かせるお調子者だった。悠二と佐々木、多田、木村(森優作)を合わせた4人はいつも一緒に過ごしていた。

前半は人生に疲れた主人公・悠二の視点で、楽しかった高校時代を思い起こし、感傷に浸る場面が描かれる。学校で羽目を外すにしても、佐々木の家で無駄に時間を過ごすにしても、その頃は何もかもが輝いていた。バッティングセンターでの他愛もない会話すらも、キラキラと輝いて見える。

それに比べて今の悠二は最悪だ。好きな芝居からも距離を置いて、元恋人のユキとも惰性の関係を続けていた。優柔不断。モラトリアム。

そんな中で、悠二は仲間に誘われて舞台出演の稽古をする。それはテネシー・ウィリアムズロング・グッドバイ」の舞台だった。その稽古の模様も間に挟まれる。

佐々木のような存在は誰にでも思い当たるだろう。クラスに必ずいたヒーロー。成績はけっして良くないのに、とにかくハチャメチャで人目を引く。同級生たちは苦笑しつつも、その天衣無縫さに憧れたりもする。

だが、その裏にあるのは孤独だ。映画は次第に佐々木の影の部分を映し出す。父親は家に帰らず、たまに帰ってくればほんの数時間いるだけでまたどこかにいく。そんな孤独にひたすら耐える。佐々木のハチャメチャさはその裏返しにも思えてくる。

佐々木は悠二に「役者になれ」とけしかけるが、それは佐々木自身が「仮面をかぶっている」ことの表れだったのかもしれない。

やがて、その「演技」が暴かれる。佐々木の父親が亡くなったのだ。周囲の配慮をよそに、今までと何も変わらない態度をとろうとする佐々木。だが、悠二たちはもはや彼について行くことができない。佐々木のカラ元気を知った今となっては、以前のように彼をはやし立てることはできなかった。

中盤には5年前に悠二が佐々木と再会したエピソードが描かれる。佐々木はあの時のままだった。墓参のために故郷を訪れた悠二は、突然佐々木から呼び出され会いに行く。佐々木はパチプロになっていたが、高校時代と何も変わっていないようだった。それでも、どことなく色あせて見える。高校時代の輝きはそこにはなかった。

それから5年。突如として1本の電話が入り、佐々木の消息が伝えられる……。

終盤はいささか冗長。佐々木が、パチンコ屋で横入りをする無法者に立ち向かうシーンは不要だろう。悠二がケンカ別れしたユキに対して、心情を吐露する場面も急展開過ぎる。とはいえ、この映画にはそれを凌駕するものがある。

「人生は長い長いさよならだ」という「ロング・グッドバイ」のセリフに重ねた悠二の心情はリアルだ。それは、悠二が引きずっていた過去に別れを告げることを意味する。彼はようやく前に進み始めたのだ。

そしてハチャメチャなラストシーン。悠二たちの幻想ともいえる場面で、この映画の終幕にふさわしいものに思えた。佐々木はいつまでも佐々木なのである。

悠二役の藤原季節は独特の雰囲気を持つ役者だと思う。それ以外の無名の役者たちも、いずれもいい味を出している。特に内山監督とともに脚本に参加している細川岳は、佐々木の二面性を巧みに表現していた。

とにかく圧倒的な熱量を感じる映画だった。みずみずしさと切なさにあふれた青春物語の秀作である。

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◆「佐々木、イン、マイマイン」
(2020年 日本)(上映時間1時間59分)
監督:内山拓
出演:藤原季節、細川岳、萩原みのり、遊屋慎太郎、森優作、小西桜子、河合優実、井口理、鈴木卓爾村上虹郎
新宿武蔵野館ほかにて全国公開中
ホームページ https://sasaki-in-my-mind.com/

 

「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」

「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」
2020年11月27日(金)池袋HUMAXシネマズにて。午後12時25分より鑑賞(スクリーン4/H-9)

~犯罪に手を染める少女。今の香港ならではの青春映画

一国二制度が揺らぐ香港。専門家ではないから偉そうなことはいえないが、そこには中国本土と香港の同質化があるのではないか。かつては香港と中国は明確に分かれていた。香港人と中国人はまったく違う状況下にあった。だが、今では中国人が大量に香港に流入し、定住する人も多い。そうした人々は、もともと中国の体制の中で生きてきたわけで、一国二制度など大した問題ではない。

そんな状況を背景にしたドラマが「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」である。舞台となるのは香港と中国・深圳。香港に隣り合う深圳からは、日々多くの人々が通学や通勤などで越境してくる。

16歳の高校生ペイ(ホアン・ヤオ)も深圳から香港に越境通学している。彼女と暮らす母は中国人で、離婚した父は香港人。母は毎日麻雀ばかりしているし、香港で暮らす父は別の家族を持っている。そんな問題を抱えつつも、ペイは楽しい高校生活を送っている。彼女はいつも親友のジョー(カーマン・トン)といる。2人は日本の北海道へ旅行することを計画していた。

前半はペイのキラキラした青春模様を映し出す。学校に遅刻して名前を書かされたり、旅行費用を稼ぐために、学校でスマホケースを売ったり、飲食店でバイトをしてお金を貯めたり。学校をサボって船上パーティーに参加したりもする。そんな日常をみずみずしい映像とともに、テンポよく描き出す。

だが、その後、状況は大きく変わる。ジョーは船上パーティーで知り合ったハオ(スン・ヤン)という青年と親しくなる。そんな中、ひょんなことからペイはスマホを価格の安い香港から大陸に密輸しているグループの存在を知る。その仲間にはジョーもいた。手っ取り早くお金が稼げると気づいたペイは、密輸団の仲間に加わる。

こうしてペイが犯罪に手を染める背景には貧富の格差がある。ジョーはけっこうなお金持ちの家の子らしい。一方、ペイはけっして豊かとはいえない。北海道旅行に行くためには、どうにかしてお金を稼がなければならない。そこで密輸という犯罪行為に手を染めるわけだ。

とはいえ、密輸するのはスマホである。これが麻薬だったりしたら、スリルが倍加してサスペンスとしての魅力が増すだろうが、犯罪のハードルは上がる。それに対してスマホなら、比較的簡単に密輸ができるし罪悪感も薄い。その分、リアルなドラマが展開されるのである。

聞くところによると、本作のバイ・シュエ監督は2年間をかけて入念なリサーチをして、脚本を書き上げたという。だから、ますますリアルなのだろう。

犯罪に手を染めた当初はどんどんお金が貯まってハッピーなペイ。同時にハオとの距離も縮まる。だが、そのことがジョーとの仲に亀裂をもたらす。前半のキラキラ感は、ドラマが進むにつれて微妙にくすみ始める。

スマホの密輸とはいっても犯罪は犯罪である。香港から中国を越境する時や発注相手と接触する際は緊張感が走る。薄暗い夜の映像も相まって、ノワール的な世界がそこで展開する。

そして、事態は急展開する。密輸団の女ボスが、今度はペイに拳銃の密輸をもちかける。それは断ったペイだが、そこから思わぬ方向に事態が進む。

青春映画にサスペンスの要素を取り入れたのが本作の魅力だ。高校生が気軽に犯罪に手を出すドラマといえば、タイ映画「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」を思い出すが、あちらはスリリングな犯罪シーンをはじめエンタメ性タップリの映画。それに対して本作は、エンタメ性に配慮しつつも、あくまでもリアルなドラマを追求することに専心している。

終盤はハラハラの展開が待ち受けているが、それでも「驚愕のラスト!」が用意されるわけではない。ペイはあわやのところで救われる。だが、それでもこの事件が彼女の人生にとって大きな出来事だったことは間違いない。

ラストシーンが印象的だ。母とともに山に登って香港の街を見下ろすペイ。そこで母は言う。「これが香港なのね」。何気ない一言である。特別な意味などそこにはないのかもしれない。だが、今の香港の状況を考えるとなかなかに意味深な言葉ではないか。

主演のホアン・ヤオは等身大の演技で、一人の女子高生のキラキラと迷いを表現していた。その他の若いキャスト、ペイの父母役などベテランのキャストもしっかり脇を固めている。

香港と中国の越境問題をはじめ、貧富の格差、現地の高校生事情などをリアルに重ねながら、青春のみずみずしさを描いた中国映画だ。激動の香港を知る意味でも観る価値はあるだろう。

◆「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」(過春天/THE CROSSING)
(2018年 中国)(上映時間1時間33分)
監督:バイ・シュエ
出演:ホアン・ヤオ、スン・ヤン、カーマン・トン、ニー・ホンジエ、リウ・カイチー、エレーナ・コン、チアオ・カン
*TOHOシネマズシャンテほかにて公開中
ホームページ https://www.thecrossing-movie.com/

 


「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」本編映像①


「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」本編映像②