映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「少年の君」

「少年の君」
2021年7月23日(金・祝)Bunkamuraル・シネマ1にて。午後2時30分より鑑賞(B―6)

~痛切で過酷な優等生の少女と不良少年の魂のふれあい

長尺の映画を観るには体力的にまだ不安なのだが、2時間15分程度なら何とかなるだろう。

というわけで、この日は渋谷のBunkamuraル・シネマにて、中国・香港映画「少年の君」を鑑賞。

映画の冒頭に「この映画がいじめ問題の抑止になることを願う……」というメッセージが流れる。また、映画の最後には「この出来事がきっかけで様々ないじめ対策が進んだ……」という説明もなされる。これを見て、何だかお説教臭いと思うかもしれないが、とんでもない。いわゆる教科書的な映画とは無縁な作品である。

進学校に通う成績優秀な高校3年生のチェン・ニェン(チョウ・ドンユイ)。全国統一大学入試(高考)を控え殺伐とした校内で、ひたすら参考書に向かい息を潜めて日々をやり過ごしていた。そんな中、同級生がいじめを苦に自殺する事件が起こる。ニェンは無遠慮に向けられるスマホのカメラと、生徒たちの視線に耐えられず、思わず遺体に自分の上着をかける。

すると、そのことをきっかけに今度はニェンがいじめの標的になる。そんなある日、下校途中の彼女は集団リンチを受けている少年を目撃し、その少年シャオベイ(イー・ヤンチェンシー)をとっさに救う。やがてニェンはシャオベイにボディガードをしてもらうようになるのだが……。

優等生と不良という対極的な存在のニェンとシャオベイ。だが、孤独なのは共通している。ニェンの母親や彼女の学費のため犯罪まがいの商売をしている。家には不在がちで借金取りに追われている。一方のシャオベイは親に捨てられ、学校にも行っていなかった。そんな2つの孤独な魂が交錯する。

映画はニェンとシャオベイの心のふれあいを繊細に描き出す。お互いのすれ違いや共鳴をみずみずしく見せていく。それはこれ以上ないほどピュアな純愛だ。シャオベイの家で2人がともに過ごす時間がキラキラと輝いている。

などというと、初々しいロマンス物語を想像するかもしれない。だが、ここで描かれるのはもっと痛切で過酷な現実だ。

ニェンは、自殺した女子生徒がいじめられていたことを警察に告げる。そのことで、いじめていた生徒たちは停学になるものの、高考を受けることは許される。そして、このことがさらにニェンを追い詰めていく。

ニェンに対する執拗で陰湿ないじめの防波堤になっていたのがシャオベイだ。彼はニェンに影のように寄り添い、いじめていた生徒たちに警告していた。だが、あることからシャオベイ不在の一夜が生じる。そして、その一夜にニェンは壮絶なリンチを受ける。

その出来事の後で、2人がともに髪を切り坊主頭になるシーンが印象的だ。ニェンはリンチで髪を切られていたのだが、それを丸坊主にし、さらにシャオベイも同じ髪型にする。そこには2人の様々な感情が渦巻いている。この映画には、こうした鮮烈で衝撃的な名シーンがいくつもある。

学園ドラマの趣でスタートした映画は、壮絶なイジメや過酷な受験戦争、社会から落ちこぼれた人々など中国が抱える社会問題をあぶり出しつつ、純愛映画からサスペンス、そしてフィルムノワールと多様な表情を見せていく。

終盤はいよいよ高考の日。雨の中、多くの受験生が集まり、試験に臨む。その中にはニェンもいる。そして、まさにその時、殺人事件がドラマに絡みつく。発見された生徒の遺体。犯人は誰なのか。ニェンとシャオベイの胸にある思い。真実とウソ。

事件の真相を知った刑事がニェンにある罠を仕掛ける。そこからドラマは急展開を見せる。ニェンが警察でシャオベイと対峙する場面は、この映画で最大の名シーンだろう。言葉はないものの、2人の視線が、そして表情が多くのことを物語っている。

ほろ苦く痛切な後味を残して、ドラマはいったん終幕を迎える。だが、その後に描かれる後日談を見逃してはならない。冒頭のシーンとひと続きになるその場面では、微かな希望の火が確実に灯るのである。

様々な要素を変幻自在に行き来し、独特の映像美にあふれた作品に仕上げたデレク・ツァン監督が素晴らしい。もともと俳優で、「インファナル・アフェア」シリーズでおなじみのエリック・ツァンの息子だという。

そして主演のチョウ・ドンユイは、ほとんど無表情を通しながら、その下から繊細な感情の揺れ動きを表現する演技が見事だった。チャン・イーモウ監督の「サンザシの樹の下で」(2010)のヒロイン役に抜擢されてデビューし、中国では「13億人の妹」と呼ばれているというが、ただ可愛いだけではないのだ。

一方、相手役のイー・ヤンチェンシーも堂々たる演技。ピュアさを持った不良少年を好演している。ちなみに彼はアイドルグループ「TFBOYS」のメンバーだそうだ。

第39回香港電影金像奨で作品賞、監督賞、主演女優賞など8部門を受賞。第93回アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされたというが、それに恥じない作品だ。単にいじめ問題を扱った映画というだけでなく、様々な側面を持った見事な青春ストーリーである。

 

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◆「少年の君」(BETTER DAYS)
(2019年 中国・香港)(上映時間2時間15分)
監督:デレク・ツァン
出演:チョウ・ドンユイ、イー・ヤンチェンシー、イン・ファン、ホアン・ジュエ、ウー・ユエ、チョウ・イェ、チャン・ヤオ、チャン・イーファン
新宿武蔵野館Bunkamuraル・シネマほかにて公開中
ホームページ https://klockworx-asia.com/betterdays/


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「サムジンカンパニー1995」

「サムジンカンパニー1995」
2021年7月22日(木・祝)シネマート新宿にて。午後2時50分より鑑賞(C-15)

~不正に立ち向かった女性たちの痛快エンターティメント

完全に快復したわけではないものの、おかげさまでだいぶ良くなりました。

というわけで、約1か月ぶりの映画館。鑑賞したのは韓国映画「サムジンカンパニー1995」。3人のOLが会社の不正に気づき、社会正義のために立ち上がるドラマである。

1995年。グローバル化が意識され始めた韓国・ソウル。大企業のサムジン電子で働く3人の女性社員、生産管理部のジャヨン(コ・アソン)、マーケティング部のユナ(イ・ソム)、会計部のボラム(パク・ヘス)、は、それぞれに優秀な能力を持ちながらも、高卒というだけでお茶くみや書類整理ばかりさせられていた。

そんな中、会社がTOEIC600点以上で「代理」に昇進させる方針を打ち出し、ジャヨンたちはステップアップを夢見て英語を懸命に学んでいた。ところがある日、自社工場から汚染水が川に流出している事実を知り、会社の不正を見過ごすことはできないと、3人は力を合わせて真相究明に乗り出すのだが……。

シリアスな話かと思えばさにあらず。社会問題を抱腹絶倒のエンタメ映画で描くのは、韓国映画お得意のパターン。この作品も、ひたすら明るく、コミカルな王道のエンターティメント映画に仕上がっている。

オープニングで軽く当時の社会状況を説明した後、英語教室で3人が自己紹介するシーンが登場。ジャヨン、ユナ、ボラムそれぞれのキャラの個性が際立ち、その後のドラマに起伏を与える。

3人に共通しているのは一流企業に勤務し、一見キャリアウーマン風なこと。ところが、実際は高卒でお茶くみと書類整理しかさせてもらえず、大卒の女子社員からもバカにされている。大卒女子社員が私服なのに、彼女たちは制服を着させられているのだ。

そんな彼女たちに転機が訪れる。ジャヨンがたまたま出かけた自社工場で、近くの川で大量の魚が死んでいるのを発見する。自社工場から汚染水が流出していたのだ。3人は正義感からその真相を究明し始める。

その真相究明劇が傑作だ。検査書類が偽造されていたことを突き止めた彼女たちは、探偵かスパイのような行動までとりながら、事件の黒幕を探す。その様子をテンポよく、そしてコミカルに描き出す。

3人以外も個性的なキャラが続々登場。英語を巧みに操るエリート社長、会長の息子のボンクラ常務、末期がんで会社を去った部長など、個性的&訳ありのキャラが脇を固める。しかも、どれひとつを取っても無駄なキャラがないのである。敵か味方かわからないままにうごめく彼らが、真相追跡劇の興趣を盛り上げ、サスペンス的な魅力を高めている。

数々の伏線が張られているのもこのドラマの特徴。しかも、そのどれもが後に見事に回収される。「なるほどそうだったのか!」と思わされることも、たびたびだった。

数々の困難にあいつつも、隠蔽を図る会社側に立ち向かい、じりじりと真実に迫る3人。そして、ついに真相を解明する。しかし……。

ここに至って、「ああ、やっぱり世の中はそんなに甘くないのだな」と思ったものの、このドラマに似合わない暗い結末だとも感じたのだが、何のことはない。まだまだドラマは終わらないのである。

単純な公害問題かと思いきや、社内の権力争いの様相を呈し、さらに外資による会社乗っ取り劇に突入。二転三転するドラマはまったく先が読めない展開だ。その中で、3人のヒロインたちは何度挫折してもくじけず、力強く立ち上がるのである。

主演は「グエムル -漢江の怪物-」のコ・アソン、「愛のタリオ」のイ・ソム、「スウィング・キッズ」のパク・ヘス。それぞれの魅力がいかんなく発揮されている。

最後は3人が、他のOLや男性社員も巻き込んで繰り広げる最後の戦い。その果てには想像を超えた逆転劇が……。胸のすくラストに思わず大拍手! これぞ痛快エンターティメント!!

理不尽な権力に対して、正義を貫こうとした女性たちの連帯のドラマだ。今よりも男女格差がひどかった時代のドラマとはいえ、今に通じる要素も多々あるだろう。そういう意味でも面白い映画だった。

いかにも当時のゲームを再現したようなエンドロールまで含めて、ひたすら楽しく痛快なドラマなのであった。

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◆「サムジンカンパニー1995」(SAMJIN COMPANY ENGLISH CLASS)
(2020年 韓国)(上映時間1時間50分)
監督:イ・ジョンピル
出演:コ・アソン、イ・ソム、パク・ヘス、チョ・ヒョンチョル、キム・ジョンス、キム・ウォネ、ペ・ヘソン、デヴィッド・マクイニス、ペク・ヒョンジン、パク・クニョン、イ・ソンウク、チェ・スイム、イ・ボンリョン、イ・ジュヨン
*シネマート新宿ほかにて公開中
ホームページ https://samjincompany1995.com/


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近況報告

ご心配をおかけしております。
投薬治療で体調はだいぶ回復したものの、まだ完全とは言えず、映画館にもまだ行けない状況です。

いや、今日こそは「1秒先の彼女」を新宿ピカデリーに観に行こうと思ったのですが、その前に駅前のマクドナルドで涼んでいたら、外世界のあまりの暑さに出るに出られなくなってしまったもので・・・。

そんな中、明日、明後日は1泊2日で入院治療をすることになりました。はたして、どうなりますやら。これで良くなればいいのですが。

ちなみに、映画館には行っていないものの、GYAO!で映画を何本か無料鑑賞。ちゃんとしたレビューは書けませんが、以下、簡単なメモまで。

「真木栗ノ穴」
(2007年 日本)(上映時間1時間50分)
監督:深川栄洋
出演:西島秀俊粟田麗木下あゆ美キムラ緑子北村有起哉、尾上寛之、大橋てつじ、永田耕一小林且弥田中哲司松金よね子、谷津勲、利重剛

築40年の安アパートに暮らす作家の真木栗勉(西島秀俊)は、売れない作家。ふとしたことから、彼に官能小説の依頼がもたらされる。そんな中、彼は部屋の壁に小さな「穴」を見つける。そして穴の発見にあわせるように、白い日傘をさした女(粟田麗)が引っ越して来る。真木栗は、その穴を覗いて妄想を膨らませ小説を書くのだが……。

ちょっとエッチなホラー映画。真木栗が穴を覗いたことをもとに小説を書くと、小説に書いたことが現実となり、不可思議なことが起きる。真木栗は女の怪しい魅力に取りつかれ、夢とも現実ともつかない幻想の中で、どんどん憔悴していく。

よくある幽霊話で、とりたてて目新しいところはないのだが、注目すべきは豪華俳優陣。何しろ14年前の映画だから、みんな若い。西島秀俊キムラ緑子北村有起哉田中哲司など、今では押しも押されもしない有名俳優の若き日の姿が見られる。キムラ緑子に至っては、裸になって西島秀俊と一緒に風呂に入るシーンまである。そういう点で、興味深い作品であった。


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ほえる犬は噛まない(BARKING DOGS NEVER BITE)
(2000年 韓国)(上映時間1時間50分)
監督:ポン・ジュノ
出演:ペ・ドゥナ、イ・ソンジェ、コ・スヒ、キム・ホジョン

マンションに暮らすユンジュ(イ・ソンジェ)は、出産間近の妻ウンシルに養われながら教授を目指している。だが、マンションで飼うことが禁止されている犬の鳴き声が響き渡りイラつく。一方、マンションの管理事務所で働くヒョンナム(ペ・ドゥナ)は、屋上から男が犬を投げ捨てるのを目撃し、あと一歩まで追い詰めるが取り逃がす。そんな中、ユンジュの妻も犬を飼い始めるが、ユンジュが散歩中に行方不明になる。ヒョンナムはユンジェに協力して、迷い犬のビラ貼りを手伝うのだが……。

ご存知、「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督の長編デビュー作。今回久々に観たがやっぱり面白い!

軽快なジャズに乗って描かれるヒョンナムの追跡劇は、緊迫感タップリでスリリング。その一方で、ユーモアもある。ダメダメ人間の乾坤一擲の大勝負を描くという点では、「グエムル-漢江の怪物-」「バラサイト」などの後年の作品と共通する要素がある。

ドラマの背景として社会性も散りばめられているし、ちょっとしたボタンの掛け違いがとんでもないことになる、という人間の悲哀も描き込まれている。

要するに、今に続くポン・ジュノの様々なエッセンスが早くも、この映画に現出しているのである。ペ・ドゥナ出世作としても見逃す手はない作品だ。


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「飛べない鳥と優しいキツネ」STUDENT A
(2018年 韓国)(上映時間1時間54分)
監督:イ・ギョンソプ
出演:キム・ファンヒ、スホ、チョン・ダビン、イ・ジョンヒョク

文章を書くことが得意な女子中学生ミレ(キム・ファンヒ)は家では父に虐待され、学校では友だちもいなかった。ゲームが趣味の彼女は「ワンダーリング・ワールド」というゲームを知り、魅了されていく。そんな中、現実の世界で友だちを作ろうとしたミレは、逆に心に深い傷を負ってしまう。ミレはゲーム仲間の少女に会いに行くのだが……。

韓国のウェブ漫画「女子中学生A」の実写映画化とのこと。話はよくある孤独な女子中学生の恋と友情物語なのだが、死にたい少女が、同じく死にたい年上男性と出会い、交流する中で変化していくところが特徴。お互いに心に傷を負っているからこそ、2人の言動に説得力がある。映像的にもゲームの世界を、そのまま実写化するなど斬新さが目立つ。

まあ演じているのが、「哭声 コクソン」で新人賞を受賞したキム・ファンヒと、K-POPグループ「EXO」のリーダー、スホなので、そりゃあ絵になりますよね。

特に若い人には心に響くのでは?

 


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ただいま闘病中・・・

しばらくブログを更新していなかったが、別にサボッていたわけではなく、病気なのでした。

息苦しさを感じて、前から通院している病院で診てもらったら、肺に水がたまっていてこのままいくと心不全になるとのこと。そうならないように、とりあえず薬を飲んで治療しましょうということで、現在、自宅で療養中です。

というわけで映画館にも行けず、かといって動画配信を観る気力もなく、ブログも更新できず。

いつになったら治るのがまだめどは立ちませんが、いずれまた映画の感想を書くつもりなので、どうか一つ長い目で見てもらえればありがたいなと……。よろしくお願いします。

「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」

クワイエット・プレイス 破られた沈黙」
2021年6月21日(月)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時35分より鑑賞(スクリーン7/D-9)

~「音を立てたらアウト!」というネタ一発で上出来の続編

まさか、まさかの大ヒットとなった前作「クワイエット・プレイス」。音に反応して人類を襲う「バケモノ」と、彼らと過酷なサバイバルを繰り広げる一家を描いたサスペンスホラーだ。

その続編となった今作「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」は、前作同様にエミリー・ブラント主演で、長女役のミリセント・シモンズ、長男役のノア・ジュプも続投。監督・脚本も前作同様、ブラントの夫の俳優ジョン・クラシンスキーが再び手がけた。ちなみに、役者としては今回は冒頭のみ出演。

前作の面白さは何といっても「音を立てたらアウト!」というネタ一発にある。映画にとって音は大事な要素。その音を発したら、たちまち命の危険にさらされるという理不尽さ。そこから生まれるハラハラドキドキ感が、最大の魅力だった。

前作のヒットで予算も潤沢になった今作。はたしてどんな映画になっているのか。

確かにセットなどはスケールアップし、大がかりになっている。しかし、基本は前作同様に「音を立てたらアウト!」のネタ一発映画だ。この手の続編にありがちな、新たな設定を前面に押し出すようなこともなく、身の程をわきまえたことが続編としての成功をもたらした。

それにしても、前作であれほどの極限状況に追い込まれ、夫を亡くし、農場の家も失ったエヴリンが普通にしているのはなぜだ? しかも、その夫が元気で活躍しているではないか……と思ったら、これは「Day1」。つまり、前作よりもさらに時間をさかのぼった、恐るべき“何か”が地球に現れた始まりの日なのだ。

まもなくドラマは現在地(「Day474」)に戻る。エヴリン(エミリー・ブラント)と耳の不自由な娘のリーガン(ミリセント・シモンズ)、息子のマーカス(ノア・ジュプ)、そして生まれたばかりの赤ん坊が、新たな避難場所を求めて旅をしている。

そんな中、彼らは、逃げ込んだ廃工場で謎の生存者エメット(キリアン・マーフィ)に遭遇する。

何しろ今回も、音を立てたらバケモノがすかさず襲ってくるのだ。すさまじい緊張感がスクリーンを覆う。しかも、今回は赤ん坊連れである。油断したら、すかさず泣き出してしまう。前作同様にハラハラドキドキ感はかなりのものだ。

前作でもそうだったが、観ている観客は自分たちも音を立ててはいけないような気になってくる。バケモノを刺激しないように、ひたすら身をこわばらせる。緊張感あふれる静寂が映画館全体を包み、息苦しささえ感じるほどだ。

そして今回の最大の見どころは3つのハラハラドキドキが同時進行することだ。まず描かれるのが長女リーガンの旅。ある曲(ボビー・ダーリンの「ビヨンド・ザ・シー」というのが効いている)を流しているラジオ局の存在に気づいた彼女は、その発信源らしい島へと向かう。

そんな彼女をエメットが追う。リーガンが旅立ったのに気づいた母のエヴリンが、エメットに彼女を連れ戻すように頼んだのだ。心に傷を持ち、エヴリンに対しても負い目を感じているエメットは、リーガンに合流すると彼女を守って一緒に旅をする。

一方、エヴリンは、薬品や酸素ボンベを調達するために街に出かける。

さらに、マーカスは工場内を探検する。

リーガン+エメット、エヴリン、マーカス三者三様に襲い来る危機。それを同時並行で描き出す。そのスリルもまた3倍増である。

なにせ音を立ててはいけない設定だから、身振り、手振り、表情で多くのことを物語らねばならないドラマである。そこに手話が加わることによって、なおさら非言語表現の豊かさが際立つ。特に今回は一家の父に代わって、耳の不自由なリーガンが物語の中心になっているから、余計にそれが目立つ。

次々に現れる生存者たちの攻撃から逃れ、マーカスとともに島に渡ったリーガン。そこで、彼らはバケモノにとどめを刺すことができるのか?

ラストも秀逸。リーガンとマーカスが離れた場所で、それぞれが音に錯乱したバケモノに一撃を食らわせる。それは、彼らの成長を明確に刻んだ瞬間だ。彼らこそが、荒廃した地球を救う新世代なのだ。

というわけで、余計なことをせずに「音を立てたらアウト!」というネタ一発にこだわったことで、続編も濃密なスリルに浸れる映画になっている。もちろん1作目の驚きや新鮮さはないが、続編としては上々の出来だろう。

 

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◆「クワイエット・プレイス 破られた沈黙」(A QUIET PLACE PART II)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間37分)
監督・脚本・製作:ジョン・クラシンスキー
出演:エミリー・ブラントキリアン・マーフィ、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュプ、ジャイモン・フンスー、ジョン・クラシンスキー、スクート・マクネイリー、オキエリエテ・オナオドワン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://quietplace.jp/


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「逃げた女」

「逃げた女」
2021年6月14日(月)新宿シネマカリテにて。午後2時35分の回(スクリーン1/A-8)

~解釈はあなた次第。ホン・サンス監督の独自の世界

韓国の巨匠、ホン・サンス監督の映画は独特だ。どの作品でも事件らしい事件は起こらず、登場人物の会話で構成される。それもとりとめのない会話ばかりである。そうかと思えば、突然カメラをズームしたりパンしたりして、観客の心を戸惑わせる。全てが何らかの意図を持っているようで、深読みしようと思えばいくらでも深読みできる。

第70回ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を獲得した「逃げた女」も、ホン監督らしい映画といえる。

主人公ガミ(キム・ミニ)は、夫が出張に出て時間ができたので、友達に会いに行く。最初は郊外に住むヨンスン(ソ・ヨンファ)。彼女は離婚して同性の同居人と暮らしている。彼女との会話を通して、ガミは5年前に結婚して(相手は翻訳家であることがあとあと判明)、「愛する人とはずっと一緒にいるべきだ」という夫の言葉に従って、5年間一度も離れなかったことが明らかになる。

ガミとヨンスンは他愛もない会話を続ける。ガミの持参してきた肉を焼いて食べながら、「ベジタリアンになりたい」「子牛の眼がかわいい」などと語る。そうかと思えば、ヨンスンたちが野良猫に餌をあげることに隣人がクレームを付けに来る。あるいは夜になれば、別な隣家の娘がタバコを吸いに庭に現れて、ヨンスンが彼女の身の上を案じる。

2人目の友人は街中で1人暮らしのスヨン(ソン・ソンミ)だ。ピラティスの講師をしている彼女は、数年おきに創作舞踏の公演もしているという。これもまあ他愛のない会話なのだが、その中でスヨンが最近良い居酒屋を見つけ、そこで同じマンションに住む男と仲良くなったという話が明かされる。男は離婚間近らしい。スヨンはうきうきしている。

だが、次の瞬間、一気に彼女は不機嫌になる。酔って一晩だけ関係を持って振った男が現れて、復縁を求めたのだ。「あなたのやっていることはストーカーだ」とスヨンは拒絶するが、男は納得しない。

そして、3人目の友人ウジン(キム・セビョク)とは、彼女が働く映画館(ミニシアター的な)で偶然に再会する。ここでは両者の間に微妙な空気が流れる。どうやらウジンは昔ガミが交際していた小説家と結婚しているらしい。そのことを巡って、過去には相当に大きな出来事があったようだ。ウジンはガミの手を握り、「ごめんなさい」と謝罪するが、ガミは気にしていないと告げる。

その後、映画館で映画を鑑賞したガミは、再びウジンとトークを繰り広げる。そして、ウジンの夫である小説家と偶然再会する。2人の間に気まずい空気が流れる。

というわけで、相変わらずのホン・サンス節である。恋愛、仕事、人生をはじめ様々な話題のトークを映し出していく。動きの少ない場面を、固定カメラでとらえる手法もいつも通り。そうかと思うと、会話の途中でズームインして戸惑わせるのも常套手段。何やら意味のあるような、ないような。何らかの仕掛けがあるような、ないような。

ここに出てくる女性たちは、いずれも表面的に平穏な日々を送っているように見えて、危うい影も垣間見せている。話していることは本心なのか、それとも心は別なところにあるのか。

考えてみれば、ガミにしても奇妙といえば奇妙だ。「夫は、愛する人とはずっと一緒にいるべきだと考えている」とひたすら同じセリフを繰り返す。え? これって本当のことじゃないの?

そもそもタイトルにある「逃げた女」って誰のこと? ガミ? それとも……。

謎を観客に委ねたままで、映画は唐突に終わる。とりようによっては、どうにでも解釈できる映画だ。余白の多い映画というよりは、余白だらけの映画。観客それぞれが自分で物語を紡ぐしかない。

だが、それもこれもホン監督の思惑通り。悔しいけれど、毎回映画館に足を運んでしまう。観れば観るほどクセになる。監督の思う壺だ。今回も見事に術中にはまってしまった。

これは、もう観た人ごとにあれやこれやと自由に解釈するしかない。その答えは無数にある。これも映画なのだ。

最近はすっかりホン・サンス映画の常連になったキム・ミニの不思議な存在感が魅力的。「はちどり」でヨンジ先生を演じたキム・セビョクが顔を出しているのも嬉しいところ。

 

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◆「逃げた女」(THE WOMAN WHO RAN)
(2020年 韓国)(丈衛時間1時間17分)
監督・脚本・編集・音楽:ホン・サンス
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、ソン・ソンミ、キム・セビョク、クォン・ヘヒョ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほかにて公開中
ホームページ http://nigetaonna-movie.com/


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「クローブヒッチ・キラー」

クローブヒッチ・キラー」
2021年6月13日(日)新宿武蔵野館にて。午後2時より鑑賞(スクリーン3/C-3)

~父はシリアルキラーなのか?少年の疑念の行く末は……

クローブヒッチ・キラー」は、連続猟奇殺人事件を題材にした映画。ただし、直接的な猟奇描写はほとんどない。「自分の父親はシリアルキラーではないのか?」という疑念にとりつかれた16歳の少年の不安な心を描いた心理ドラマである。

保守的な田舎町に暮らす16歳の少年タイラー(チャーリー・プラマー)は、ある日、ボーイスカウトの団長も務め、町でも信頼の厚い父親ドン(ディラン・マクダーモット)が、いかがわしい写真を持っていることを知る。さらに、ドンの小屋に忍び込み、猟奇的なポルノや不穏なポラロイド写真を見つけてしまう。ドンこそが、未解決のままに終わった10年前の連続殺人事件の犯人“クローブヒッチ・キラー(巻き結び殺人鬼)”なのではないかと疑い始めたタイラーは、一人で事件を調べていた変わり者の少女カッシ(サマンサ・マシス)に協力を求め、一緒に事件の謎を追い始めるのだが……。

舞台となるのはケンタッキー州の小さな町。熱心なキリスト教徒が多く住む保守的な町だ。そんな町で起きた10年前の連続殺人事件は人々を震撼させ、その犯人は“クローブヒッチ・キラー”と呼ばれたが、未解決のまま今日まできている。10年前を境に、犯行はぴたりと止まった。

その町に住むタイラーは、ボランティア活動にも積極的に参加する模範的な少年だ。その彼が、父の車を拝借して女の子に会いに行ったら、車の中から SM緊縛写真が出てきたのである。何しろ父親のドンは、地元の名士で家族にも優しい人物(ちなみに家族はタイラーの他に母と幼い妹がいる)。それだけに大ショックである。

しかも、女の子はその写真がタイラーのものだと勘違いして、「タイラーは変態だ!」という噂まで流す始末。

さらに、タイラーがドンの小屋に忍び込んでみると、そこには猟奇的なポルノや不穏なポラロイド写真が……。その中には、10年前の事件の被害者のものらしき写真まであるではないか!

こうなればタイラーならずとも、疑念が疑念を呼んで収拾がつかなくなるところ。「俺の父ちゃんはシリアルキラーなのか?」という思いが頭を支配し、不安で仕方なくなるはず。これまでの日常が、根底から揺らぎだすだろう。

タイラーは、事件をずっと追いかけている変わり者の少女カッシと知り合い、相談をする。本心では、父親がシリアルキラーだなどとは信じたくないタイラーだが、一度芽生えた父親ヘの疑念は、もはや止めようがない。それどころかどんどん大きくなっていく。

これが長編2作目となるダンカン・スキルズ監督と、脚本家のクリストファー・フォードは、タイラーの揺れ動く心理をリアルに映し出す。同時に過去の陰惨な出来事を覆い隠してきた町に不穏な風を吹かせ、観客に危うい結末を予期させる。

タイラーの追求に気づいた父のドンは、意外な事実を彼に告げる。シリアルキラーは、自分ではなくタイラーの叔父だというのだ。その事実を知られた叔父は10年前に自ら交通事故を起こし、車いす生活になった。ドンが隠し持っていた資料の数々は、警察に引き渡すべきか、遺族に渡すべきか、決断がつかずにそのままになっていたというのである。

「なーるほど、そういうことか!」とタイラーは納得……できるはずもない。しかし、心のどこかに父親の無実を願う気持ちがあっただけに、一応はそういうことかと思い込むのだった。

だが、しかし、カッシはそんなことでは納得しない。彼女はドンが犯人であることを確信していた。ちなみに、彼女は実はある女性の娘であることが明かされる。なるほど、だから執念深く事件を追っていたわけか。

やがて転機が訪れる。タイラーは研修でしばらく家を不在にすることになる。また、タイラーの母と妹は実家へ帰ることになる。残されるのは父のドンだけだ。はたして、そこで何が起きるのか。

ここで驚くべき演出が飛び出す。ドラマの進行を一度止め、その視点と時間軸を切り替えて再度観客に提示するのだ。この手法の効果は絶大で、最後まで緊張感が途切れない。巧みな話術で観客を引き込む。

結局のところ、真犯人が誰かは伏せておくが、最後に待ち受けているのはほろ苦いラストだ。カタルシスとは無縁。けっして誰もがスッキリするようなエンディングではない。

ただし、主人公の苦悩こそがこのドラマの主題だとするなら、このほろ苦いエンディングはそれにふさわしいものと言えるだろう。大人への成長の通過儀礼と呼ぶにはあまりにも痛々しいが、タイラーはこの苦難を彼なりに受け止めたのだ。何よりも母と妹を守るために。

ボーイスカウトの団長に任命されたタイラーと、それを見つめるカッシの複雑な表情が多くのことを物語っている。

主役のチャーリー・プラマーは、「荒野にて」で注目を浴びた若手俳優。あの時の繊細な演技は今回も健在。揺れ動く主人公の姿を見事に演じていた。父親役のディラン・マクダーモット、カッシ役のサマンサ・マシスも、存在感十分の演技だった。

 

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◆「クローブヒッチ・キラー」(THE CLOVEHITCH KILLER)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間50分)
監督:ダンカン・スキルズ
出演:チャーリー・プラマー、ディラン・マクダーモット、サマンサ・マシス、マディセン・ベイティ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームぺージ https://clovehitch-killer.net-broadway.com/


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