映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ビルド・ア・ガール」

「ビルド・ア・ガール」
2021年10月27日(水)グランドシネマサンシャインにて。午後2時25分より鑑賞(スクリーン9/e-8)

~16歳の女の子のハチャメチャな成長劇

若さは暴走である。ついつい図に乗ってとんでもない方向に走ったりする。若さゆえの無鉄砲さだ。

というわけで、若い主人公が図に乗って大暴走するドラマが「ビルド・ア・ガール」だ。英国の女性作家キャトリン・モランの半自伝的小説を、自らが脚本を手がけて映画化した。監督はドラマを中心に活躍するコーキー・ギェドロイツ。

一人の女の子の成長物語である。1993年、イギリス郊外に家族7人で暮らす16歳のジョアンナ(ビーニー・フェルドスタイン)は、学校に友だちもいない冴えない女子高生。いつも図書館で妄想しているような女の子だ。

家族もユニーク。犬の繁殖を手がけているものの、いまだに音楽が諦められない父(パディ・コンシダイン)。双子の育児に追われ精神的に参っている義母(サラ・ソルマーニ)。音楽同人誌を続ける兄。彼らは貧しいながらもどうにか暮らしていた。

そんなある日、文章を書くのが大好きなジョアンナは、兄の勧めで音楽情報誌「D&ME」のライターに応募する。といっても音楽などよくわからない彼女のこと、ミュージカル「アニー」の評を書いて送るのだった。ところがなぜかロンドンの編集部から呼び出しが。喜んで出かけると単に彼女はからかわれただけだったのだ。

落胆するも気を取り直して、無理やり売り込んだ結果、ジョアンナは力ずくでライターの仕事をつかみ取る。「ドリー・ワイルド」というペンネームを名乗り、兄から借りた金を元手に、髪を赤く染め、黒のシルクハットとコスチュームを調達して、ライヴ会場へと駆け込んでそれを記事にする。

しばらくは普通に記事を書いていたものの、そのうちにロックスターのジョン・カイト(アルフィー・アレン)に取材することになる。すると彼にすっかり夢中になったジョアンナは、冷静な記事を書けずにボツにされてしまう。さあ、早くもライター生命の危機だ。

そんな中、編集部は彼女に過激な毒舌記事を書くようにアドバイス。それに従ったジョアンナは辛口批評家“ドリー・ワイルド”として大ブレイク。注目を集めていくのだが……。

というわけで、16歳のイケてない女の子が思わぬことから大ブレイクする様子を、ギェドロイツ監督がポップに綴っていく。

面白いのが、ジョアンナの部屋の壁にかけた有名人の写真が彼女に語りかけてくること。女優のエリザベス・テイラー、作家のブロンテ姉妹、歌手のドナ・サマー、女王クレオパトラ精神科医フロイト、思想家のカール・マルクス……。彼らがそれぞれにジョアンナを励ますのだ。

全体のテンポも良くて、気の利いたミュージックビデオでも観ているような感じである。

とはいえ、ドリー・ワイルドとなったジョアンナの暴走ぶりが尋常ではない。周囲の編集者やその取り巻きに影響されて、制御不能なところまで行ってしまう。実際にどんな暴走をするのかは、ここに書くのもはばかられるほど強烈、そしてお下劣。さらに、貧乏な一家の稼ぎ頭になったのをいいことに、家族にも偉そうに振る舞うようになる。

こうしてどん底に落ちたジョアンナが、その後改心して自分を取り戻す……というのはよくあるパターン。そこでは例のロックスターのジョン・カイトとの心の触れ合いなども描かれる。

話の展開自体は定番パターンともいえるこのドラマ。それがキラキラ輝きだすのは、主役のジョアンナをビーニー・フェルドスタインが演じているから。ジョナ・ヒルの妹で、「レディ・バード」でシアーシャ・ローナンの級友役を好演し、続く「ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー」でケイトリン・デヴァーとともに主演を演じて大ブレイクした彼女。この手の役はまさにハマリ役。大暴走してもどこかユーモラスで憎めない。悩みや苦しみも共感度満点の演技で表現して、観客の心を湧きたたせる。

彼女の両親や兄役も存在感を見せているし、何よりもジョン・カイト役のアルフィー・アレンがいかにもロックスターといった風情を漂わせている。その歌声もなかなかのもの。本人のボーカルなのだろうか。主人公の運命を占う重要な役どころでオスカー女優のエマ・トンプソンも登場する。

ついでに1990年代の音楽雑誌の編集部が舞台ということで、当時のUK音楽ネタも満載。ハッピー・マンデーズマニック・ストリート・プリーチャーズプライマル・スクリーム……。あの頃を知っている人なら、なおさら楽しいはず。

孤独な女の子の成長物語だ。「間違ったら何度でもやり直せばいい」というジョアンナのメッセージが、すべてを物語っている。まあ、いくら半自伝的小説とはいえ、16歳にしてここまで暴走するやつは、めったにいないだろうけど。

 

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◆「ビルド・ア・ガール」(HOW TO BUILD A GIRL)
(2019年 イギリス)(上映時間1時間45分)
監督:コーキー・ギェドロイツ
出演:ビーニー・フェルドスタイン、パディ・コンシダイン、サラ・ソルマーニ、アルフィー・アレンフランク・ディレイン、ローリー・キナストン、アリンゼ・ケニ、タイグ・マーフィ、ジギー・ヒース、ボビー・スコフィールド、クリス・オダウド、ジョアンナ・スキャンラン、エマ・トンプソン
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://buildagirl.jp/

 


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「かそけきサンカヨウ」

「かそけきサンカヨウ
2021年10月19日(火)シネ・リーブル池袋にて。午後3時30分より鑑賞(スクリーン2/H-3)

~静かで繊細な10代の少女の恋愛と家族のドラマ

ノートパソコンが壊れた。まだ買って3年弱。諦めるのももったいないので、とりあえず修理に出そうと思い池袋のヤマダ電機に行った。その帰り道、時間はまだ午後3時過ぎ。仕事はあるが、このまま帰るのはもったいない。そこで、久しぶりにシネ・リーブル池袋を覗いたら、「かそけきサンカヨウ」の上映時間にピッタリだったので鑑賞してきた。

窪美澄の短編小説を「愛がなんだ」「街の上で」などの今泉力哉監督が映画化した。今泉監督と言えば、恋愛映画の名手として知られるが、本作も10代の若者のみずみずしい恋模様を繊細なタッチで捉えている。

主人公の国木田陽(志田彩良)は高校生。幼い頃に母の佐千代(石田ひかり)が家を出てしまい、父の直(井浦新)とふたり暮らしの彼女は、家事も自分でこなしていた。そんなある日、父が再婚することになり、再婚相手の美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたとの4人家族の暮らしが始まる。そんな中、佐千代への思いを募らせていた陽は、絵描きである佐千代の個展に、同じ美術部の陸(鈴鹿央士)を誘って出かけるのだが……。

「1つめは恋愛、2つめは友情」というセリフから映画は始まる。何とも謎めいたオープニングだ。その意味は終盤になってわかる。

続いて映るのは喫茶店に集う高校生たち。陽とその友人たちだ。楽しく語らう彼ら。話題は人生で最初の記憶。陽はその時には答えられないのだが、その後ふとした瞬間に思い出す。サンカヨウ。とても珍しい植物だ。陽はそれを母の背で見た記憶がある。それは幼い頃に家を出た実母・佐千代の背中である。

本作の恋愛ドラマは、言うまでもなく陽と陸の淡い恋物語だ。陽は同じ美術部に所属する陸が好きになる。周囲もお似合いだという。陸は陽の家にも遊びに来る。

だが、陽の告白に対して陸は「わからない」と言う。彼は心臓の病気を抱えて、夏休みに手術をする。そのため、以前は熱中していたバスケを諦め、今は何もやりたいことが見つからなかった。そのコンプレックスもあって、陸は「自分の好き」と「陽の好き」が一緒かどうかわからないと言うのだ。

そんなふたりの胸の奥底で揺れ動く感情を、今泉監督はこれ以上ないほど繊細に描写する。それはほんのちょっとした揺らぎだ。2人のささいなしぐさや表情、セリフから、彼らの心の機微を映し出す。

本作で描かれるのは恋愛ドラマだけではない。家族をめぐるドラマも描かれる。それは陽の家族のドラマだ。父と2人で暮らしていた陽。そこにやってきた父の再婚相手の美子と、その連れ子のひなた。表面的には今までと何も変わっていないように見えるが、陽の心の中にはさざ波が立つ。そのさざ波を丁寧にすくい取っていく。

陽と美子の距離感がとても良い。下手をすれば衝突しかねない場面でも、その寸前でお互いを思いやり、穏やかな関係性を保つ。その微妙なさじ加減が心地よい。

陽と実母・佐千代とのドラマも、さりげないけれど印象深い。最悪の再会をする2人。陽はそのことで大いに傷つく。その場面は、この映画で唯一といってもいい感情が激する場面だ。そして傷ついた陽を父の直が優しく受け止める。そのことが陽と佐千代との関係を良い方向に向かわせる。

ちなみに、この映画では何度か長回しの場面が登場するが、その中でも直が陽に語りかける場面は秀逸だ。ショックを受けて帰ってきた陽に対して、静かに佐千代と3人で暮らしていた時のことを語り、佐千代が家を出るに至る経緯を説明する。陽の心の中の波紋が徐々に静まっていく様子が、手に取るように伝わってくる。

家族のドラマはまだある。陸の家族のドラマだ。彼の父は海外で仕事をしていて、ほとんど日本に帰ってこない。母と祖母と暮らす陸だが、2人の仲は良くないように見える。だが、実は母の心の奥には陸が想像もしなかった思いがあったのだ。この家族に対しても、今泉監督は温かな視線を向ける。

今泉監督の繊細な演出に応えた役者たちの演技も光る。特に志田彩良が素晴らしい。どこにでもいる普通の子に見えるのだが、確固とした存在感が感じられる演技だ。彼女と義母役の菊池亜希子との静かなやり取りは、この映画の肝と言ってもいいだろう。井浦新の言わずもがなの名演、鈴鹿央士の初々しさ、西田尚美のたくましさ、石田ひかりの透明感も見逃せない。

劇的なことはほとんど起きない。静かでささやかな映画だ。悪人も登場しない。10代後半の多感な男女を中心に据えても、強い葛藤や反発はあまり描かれない。だからこそリアルに心に響く。

こういう映画はとても珍しい気がする。今泉監督ならではの世界かもしれない。その繊細さが心地よくて観ていて癖になる。観終わって穏やかな気持ちで映画館をあとにした。

 

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◆「かそけきサンカヨウ
(2021年 日本)(上映時間1時間55分)
監督:今泉力哉
出演:志田彩良井浦新鈴鹿央士、中井友望、鎌田らい樹、遠藤雄斗、石川恋、鈴木咲、古屋隆太、芹澤興人、海沼未羽、鷺坂陽菜、和宥、辻凪子、佐藤凛月、菊池亜希子、梅沢昌代、西田尚美石田ひかり
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ https://kasokeki-movie.com/

 


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「最後の決闘裁判」

「最後の決闘裁判」
2021年10月17日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時より鑑賞(スクリーン5/H-12)

~3つの真実をめぐる歴史ミステリー。今の社会とも地続きの女性のドラマ

マット・デイモンベン・アフレックといえばどちらも人気俳優だが、「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」(1998年)の脚本を担当して、アカデミー脚本賞を受賞したことでも知られている。

その2人に、女性脚本家ニコール・ホロフセナーが加わったチームが脚本を担当したのが「最後の決闘裁判」である。今なお真相は闇の中と言われる中世フランスで実際に起きた強姦事件と、それをめぐる決闘裁判の行方を巨匠リドリー・スコット監督が映画化した。

最初に「決闘裁判とは何じゃらほい?」という人のために説明すると、当時のヨーロッパでは、裁判で証言内容が食い違い真実がわからない時には、「神様なら真実を知っているだろう」というので、判決を当事者間の命を賭けた決闘に委ねていたのだ。それが決闘裁判というわけ。魔女狩りもそうだが、今となってはバカバカしいとしか言いようがないが、当時は本気でそう考えられていたのである。

さて、物語は1386年のフランスから始まる。今まさに、決闘裁判が始まろうとしていた。戦うのは騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)と従騎士のジャック・ル・グリ(アダム・ドライヴァー)。それというのも、カルージュの妻マルグリット(ジョディ・カマー)がル・グリにレイプされたと訴え出て、ル・グリがそれを否定したからだ。いったい真実はどこにあるのか。時間をさかのぼってその顛末が描かれる。

そこでユニークなのが同じ出来事をカルージュとル・グリ、そしてマルグリットの3者の視点で描くことだ。そう。ちょうど黒澤明の名作「羅生門」のように。

第1章はカルージュの視点だ。ここでの彼は世渡り下手な誠実な人間として描かれる。悪いのはル・グリなのである。自分が命を救ってやったにもかかわらず、ル・グリは次第に増長し、自分が手にするはずだった土地も、父から譲り受けるはずだった長官の地位も奪ってしまう。挙句の果てが、自分の留守中に妻をレイプしたというのだ。これが許しておけようか。

第2章はル・グリの視点から描かれる。ここでの彼は、生死を賭けて闘った友であるカルージュのためを思って行動する良い人間。悪いのはそれにいちいち反発するカルージュである。ル・グリはカルージュに何かと気を遣う。土地を手にしたのも長官の地位に座ったのも、彼が望んだことではなく、ボスのピエール(ベン・アフレック)に言われて、断れなかったからだ。そして、彼は女性からモテモテのプレイボーイ。マルグリットも彼に好意を持ち、彼もまたマルグリットのことを好きになって関係を持ってしまったのだ。レイプなんてとんでもない。

そして第3章はマルグリットの視点である。夫のカルージュはわがままで、後継ぎのことしか考えない男。マルグリットがちょっとおしゃれをすれば機嫌が悪くなり、あれこれと細かなことにまで口を出す。それじゃあル・グリはどうかといえば、一方的に自分のことを好きになって、屋敷に押しかけ、無理やり関係を持ったのである。2人ともろくなもんじゃないのだ。

というわけで、被害者の夫カルージュ、訴えられた被告人ル・グリ、そして事件を告発した被害者マルグリット、3人の視点は交わらない。同じことを経験したはずなのに、彼らが証言する「真実」はまったく異なる。観客はそれに翻弄されながら、何が真実なのかを追い求める。ミステリーとしての魅力がそこに生まれる。

だが、その中でも3番目にマルグリットの視点を持ってきたことによって、彼女の証言の重さが際立つ。そこから弱い立場に立たされていた当時の女性の受難が、くっきりと浮かび上がる。男の身勝手に翻弄され、姑の嫌味に悩まされ、それでも勇気を持ってレイプを告発したマルグリット。そんな彼女に対して、手のひらを返したような冷たい態度をとる女友達。そして裁判で浴びせられる屈辱的な質問。男の支配におとなしく従うことを強要する社会。

それらはもしかしたら、今の時代にも通じるものかもしれない。この映画は、確実に現在の#MeToo運動をはじめとする女性をめぐる様々な問題とも地続きなのだ。今の時代にもそのまま通じるドラマなのである。

終盤は冒頭の展開に戻って、いよいよ決闘が行われる。もしもカルージュが負ければ、マルグリットも偽証の罪で火あぶりとなる。これもまた当時の女性の受難を象徴するシステムだ。

はたして勝負の行方は……。

それは観てのお楽しみということにしておくが、さすがにリドリー・スコット監督。迫力満点の映像で決闘シーンを描く。かつての監督作「グラディエーター」を彷彿させる凄まじい肉弾戦に、思わず息を飲まされる。あまりのヴァイオレンスに目を背ける人もいるのではないか。

そして、その迫力のバトルの果てに映るマルグリットの表情が、何とも言えない余韻を残してドラマは幕を閉じる。

マット・デイモンアダム・ドライヴァーはさすがに実力派だけあって、それぞれの人物の多彩な側面を表現していた。その両者の間で一歩も引けを取らない演技を見せていたジョディ・カマーも印象深い。たぶん彼女の演技を観るのは初めてだが、ラストシーンのその表情は必見。観客に多くのことを考えさせる。

単なる決闘劇かと思いきや、本格派歴史ミステリーとして十分な見応え。いや、それ以上に現代と地続きの女性のドラマとして、確固とした存在感を放っている映画だ。

 

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◆「最後の決闘裁判」(THE LAST DUEL)
(2021年 アメリカ)(上映時間2時間33分)
監督:リドリー・スコット
出演:マット・デイモンアダム・ドライヴァー、ジョディ・カマー、ベン・アフレック、ハリエット・ウォルター、ナサニエル・パーカー、サム・ヘイゼルダイン、マイケル・マケルハットン、アレックス・ロウザー、マートン・ソーカス
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.20thcenturystudios.jp/movie/kettosaiban.html

 


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「人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~」

「人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~」
2021年10月11日(月)新宿シネマカリテにて。午後2時15分より鑑賞(スクリーン2/A-6)

~香港の失恋女性の再起物語。いろんな要素がギッシリと

最近、中国映画は元気だけれど香港映画はどうなんだろう。と思っていたところに公開された香港映画。「人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~」。恋人に裏切られ仕事まで失った女性が、バス運転手となって再起を図る姿を描いたドラマだ。監督・脚本は、香港に生きる男女のラブストーリーを多く手がけてきたパトリック・コン。

序盤は主人公のソック(イヴァナ・ウォン)の失恋までの経緯を綴る。冒頭で彼女は元カレのジーコウ(エドモンド・リョン)の結婚式に出席して、一騒動に巻き込まれる。なぜそうなったのか。ジーコウはチリソース店の三代目だが、正直言って仕事は無能。それに代わって、恋人のソックが商売に辣腕をふるっていたのだ。

そんな中、店に中国本土進出の話が舞い込む。ケイケイ(ジャッキー・ツァイ)という女性が持ち込んできた話で、ソックは最初乗り気でないものの、ジーコウが積極的でケイケイも熱心に計画を推進する。ジーコウは多忙になり、ソックとすれ違うことが多くなる。そんなある日、ソックはジーコウとケイケイの浮気現場に遭遇してしまう。

こうしてジーコウと別れたソックはバス運転手となり(香港名物2階建てバス!)、新たな人生を踏み出す。ところが、そこにケイケイの元カレだというレイ・ザンマン(フィリップ・クン)という男が現れ、復讐話を持ちかけてきたからさあ大変……。

というのがメインとなるストーリーだが、それ以外にも、たくさんのエピソードが描かれる。例えばソックの両親の離婚話、レイ・ザンマンと元妻との関係、病弱の妻を持つバス運転手のエピソードなどなど。次々にいろんなことが起きて、ノンストップで話が進んでいく。

しかも、タッチもめまぐるしく変わる。ストーリーだけを聞くと温かなヒューマンドラマを連想するが、それだけではない。ラブロマンス、爆笑コメディ、人情ドラマなど様々な要素がテンコ盛りで詰まっているのだ。

誰にもわかりやすいようにすべてをセリフで説明したり、場面に合わせてBGMをコロコロ変えたり。よく言えばサービス精神満載。悪く言えば過剰に詰め込み過ぎ。そこには何が何でも観客を楽しませようとする姿勢が見える。ある意味、香港映画らしい香港映画といえるかも。

そんな中、さすがに恋愛映画を多くつくってきた監督だけに、ロマンス絡みの部分はそれなりに情感が漂う。

中盤から復讐話が始まると、話はさらにハジケだす。ソックのもとに復讐話を持ち込んできたレイ・ザンマンは、「サイコパスかよ!」とツッコミを入れたくなるほどの変人。彼が行う復讐もハンパではない。最初のうちは笑って見ていたが、いくら何でもやり過ぎでしょう。

そんな復讐劇には逆転劇も用意されている。とはいえ、それがまあバタバタと忙しない。そして、いよいよラストへ突入。

ラストはソックとジーコウの新しい関係を描いて大団円。かと思いきや、最後にもうひとネタがあるのだ、これが。うーむ、ホントにサービス精神満載だな。

教訓めいたものもしっかり入れ込んでいる。人生はバスに乗ることと似ている。乗り間違えても降りて正しいバスに乗ればいい。必ず目的地に着く……。当たり前ではあるけれど、納得の教訓である。

主演のイヴァナ・ウォンは香港のシンガーソング・ライター。年齢を見ると40歳を超えているのに、童顔でとてもそうは見えない。俳優としてのキャリアもかなりあるようで、しっかりした演技を披露していた。

上映時間1時間45分のこの映画。いろんなものを詰め込んでいるから、お腹いっぱいです。深みこそないものの、気楽に観るには十分な娯楽作でしょう。

ちなみに、ソックの父が経営するレコード店が閉店間際で大賑わいする場面があるのだが、その時に父親が「香港人はこうだからなあ。もっと早くから来てくれればいいものを」というようなセリフを吐く。これって、もしかして香港の民主化運動のことを言っているのだろうか。こんなことになる前に、もっと前から熱心に活動しとけばよかったのに、と。まあ、個人的な邪推ですが。

 

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◆「人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~」(阿索的故事/THE CALLING OF A BUS DRIVER)
(2020年 香港)(上映時間1時間45分) 2020
監督・脚本:パトリック・コン
出演:イヴァナ・ウォン、フィリップ・クン、エドモンド・リョン、ジャッキー・ツァイ、スーザン・ショウ、マン・シューイー、ダニー・サマー、ナタリー・トン、ボブ・ラム、ベン・ユエン
*新宿シネマカリテほかにて公開中
ホームページ http://jinsei-driver.musashino-k.jp/

 


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「アイダよ、何処へ?」

「アイダよ、何処へ?」
2021年10月8日(金)新宿武蔵野館にて。午後2時10分より鑑賞(スクリーン2/C-4)

~虐殺事件の悲劇を母の視点から描いたリアルなドラマ

ユーゴスラヴィア解体の動きの中で起きたボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争。1995年7月には、ボスニアのスレブレニツァで7000人のボシュニャク人がセルビア人勢力に虐殺される事件が発生した。それを母親の視点から描いたドラマが「アイダよ、何処へ?」である。

監督はサラエボ生まれで、「サラエボの花」などこれまでも自身が体験した内戦を描いてきたヤスミラ・ジュバニッチ。ストーリー自体はフィクションだが、史実をふまえて撮られたというだけにリアルで切実さが感じられるドラマだ。

1995年、夏。ボスニア・ヘルツェゴヴィナの街、スレブレニツァ。この街は国連が安全地帯に指定していたため、国連保護軍(オランダ軍が主力)が基地を置いていた。主人公のアイダ(ヤスナ・ジュリチッチ)は元教師で、今はその国連軍で通訳として働いていた。

映画の冒頭で国連保護軍の幹部は、地元住民に対して「セルビア人には侵攻させない。最後通牒をしたから空爆する」と大見得を切る。しかし、住民が「責任をとれるか?」と尋ねると、「俺はピアノ教師だ」などとはぐらかすのだった。何というやる気のなさ。

案の定、セルビア人勢力が侵攻してくる。彼らはたちまち街を制圧する。2万5000人に及ぶ街の住人たちは保護を求めて国連基地に集まってくる。だが、ゲートの中に入れたのはごく一部で、周囲はあふれた人々で混乱状態に陥る。

アイダには夫と2人の息子がいた。1人の息子は基地内に入ることができたが、夫ともう1人の息子は締め出されてしまう。アイダは大いに焦る。そんな中、セルビア人勢力の指導者であるムラディッチ将軍が交渉役の住民代表を要求すると、アイダは強引に夫を選ばせ、息子とともに施設内に導き入れる。

ここから早くもアイダの家族愛が全開だ。夫と家族を守るために、なりふり構わず行動する。まさに猪突猛進。書類を偽造することも厭わない。

カメラはそんなアイダを追い続ける。観客は彼女とともに混乱の中をひたすら走り回る。基地の内外には救いを求める群衆が多数存在する。大量のエキストラを使い、その光景を映し出す。その描写が生々しくリアルだ。

それにしても国連保護軍は無力だ。セルビア人勢力にやられっぱなしだ。セルビア人たちは基地に押しかけ、軍人がいないか確認させろと無理な要求をする。それは違法行為である。だが、国連保護軍の幹部は我が身可愛さに、それを受けいれるのだ。

セルビア側は住民を避難させるといって、バスを用意する。だが、どう考えてもおかしい。バスに乗った先は死……という疑念が拭えない。アイダはそう危惧する。彼女は夫と息子をバスに乗せまいとする。

アイダ自身は国連軍の職員として、オランダ軍とともに避難することができる。それに夫と息子も同行できるように、必死に頼み込む。だが、オランダ軍の首脳はダメだと拒否する。必死で奔走するが、次々に手段がなくなる。

他人のことなんか知ったこっちゃない。とにかく夫と息子を救うんだ。そんなアイダの圧倒的な思いが映画を貫いている。それは狂おしいほどの無上の愛である。

はたして、アイダは夫と息子を助けることができるのか。戦争という壁の前で、彼女の愛は報われるのか。タイムリミットが迫る中、ギリギリの攻防が続く。まるでサスペンス映画のようなスリルがスクリーンを覆い、一瞬たりとも目を離せない。

とはいえ、エンタメ映画のようなカタルシスはない。ラストの後日談も含めて、アイダの絶望と無力感に焦点を当て、それを通してボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争の、いや世界中の戦争の不条理さと悲劇をあぶり出すのである。

主演のヤスナ・ジュリチッチの力強い演技に目が釘付けになった。特に目力がスゴイ。ムラディッチ将軍を演じたボリス・イサコヴィッチの憎々しい悪役ぶりも印象に残る。ちなみに2人は夫婦らしい。両方ともこの映画に出演したことで、セルビア人たちの批判にさらされているという。

ついでにいえば、本物のムラディッチ将軍は、裁判で終身刑が確定している。当然だろう。

本作には直接的な暴力シーンは一切ない。それが逆にこの事件の凄惨さを想像させる。母の愛を通して戦争の真実に迫った、ドキュメンタリーよりもリアルなドラマである。

 

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◆「アイダよ、何処へ?」(QUO VADIS, AIDA?)
 (2020年 ボスニア・ヘルツェゴヴィナオーストリアルーマニア・オランダ・ドイツ・フランス・ノルウェー・トルコ)(上映時間1時間41分)
監督・脚本:ヤスミラ・ジュバニッチ

出演:ヤスナ・ジュリチッチ、イズディン・バイロヴィッチ、ボリス・イサコヴィッチ、ヨハン・ヘルデンベルグ、レイモント・ティリ、ボリス・レール、ディノ・ブライロヴィッチ、エミール・ハジハフィズベゴヴィッチ、エディタ・マロヴチッチ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
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「由宇子の天秤」

「由宇子の天秤」
2021年10月7日(木)ユーロスペースにて。午後1時より鑑賞(スクリーン2/C-9)

~危ういバランスの上に立つドキュメンタリー監督。観客に「あなたならどうする?」と問いかける

前から気になっていた映画がある。ユーロスペースで公開されている春本雄二郎監督の「由宇子の天秤」だ。春本監督にとって前作「かぞくへ」に続く長編第2作となる。ベルリン国際映画祭パノラマ部門などに出品され、あちらこちらで高い評価を受けているようだ。あの町山智浩は「今年のベストワン」とまで言っている。公開から少し時間が経って、平日は多少空いているようなので観に行ってみた。

ドキュメンタリー監督の由宇子(瀧内公美)は、3年前の女子高生自殺事件を追う作品を制作していた。局の方針とぶつかりながらも、真摯な取材で真相に肉薄していく由宇子。その一方で、由宇子は父の政志(光石研)が経営する学習塾を手伝っていた。ところがある日、政志の学習塾で思わぬ問題が起き、政志が衝撃の告白をする。それをきっかけに、映像作家として自らの正義を貫いてきた由宇子は、重大な選択を迫られる……。

ドキュメンタリー制作の内幕を通して、真実の不確かさや正義の危うさをあぶり出した作品だ。現代社会の闇にも切り込んでいる。2時間半超の長尺だが、全くその長さを感じさせない。

由宇子が追う事件は、女子高生が教師とあらぬ噂を立てられ、学校によって自殺に追い込まれたというもの。教師もその後自殺している。由宇子は女子高生の父を取材し、その無念の思いをカメラに収める。

しかし、番組を放送予定のテレビ局は、あれこれと内容に口を出す。加熱した報道が事件に影響したことを批判する文言を、局側は削ろうとする。それに対して由宇子は精一杯抵抗する。彼女は真実を追求することを重視し、正義を貫こうとするのだ。

続いて、由宇子は自殺した教師の母と姉を取材する。2人とも事件で追い込まれ、SNSで住所をさらされ、今は息をひそめるようにひっそりと暮らしていた。その2人をカメラの前に引き出し(顔は隠すが)、証言をさせる由宇子。彼女の信念に揺らぎはない。

だが、衝撃的な出来事が起きる。由宇子が手伝っていた父の政志の学習塾で、萌(河合優実)という生徒が体調を崩して倒れる。そして、由宇子は政志から思わぬ告白を受けるのだ。

それをきっかけに、由宇子は真実を隠す側に回る。それはやむにやまれぬ事情があったとはいえ、彼女の信念に反する行為だった。当然、そこには葛藤もあるだろう。だが、由宇子は仕事と私生活を切り分けて、自分を納得させようとする。

ドラマの中盤で、由宇子は父と貧しい暮らしを送る萌に優しく接する。それは取材対象に誠実に向き合う彼女らしい行動ともいえるが、同時に彼女なりの贖罪の思いのようにも見える。そして萌もまた由宇子を慕うようになる。

本作の英題は「A BALANCE」。邦題の「天秤」も同様な意味だろう。由宇子は必死で「バランス」を保とうとする。仕事と私生活、真実と虚偽、正義と不正。自らの中で折り合いをつけ、何とかやり過ごそうとする。

だが、それは危うさに包まれている。映画の終盤、ついにバランスが崩れる。由宇子が追う女子高生自殺事件で、衝撃的な事実が明らかになる。それは由宇子にとって、まさに青天のへきれきともいえる事実だ。しかし、由宇子はそれを責めることはできない。なぜなら、彼女もまた嘘をついていたのだから。

そして、由宇子と萌の関係にも亀裂が走る。そこにも、真実とウソが絡んでくる。由宇子の疑念が萌を追い詰め、とんでもない出来事が起きる。それによって、それまで覆い隠していた由宇子の葛藤が露わになる。ラストはこの映画で最も衝撃的なシーンかもしれない。一瞬、そのあまりの衝撃に言葉を失くした。

由宇子は言う。「私は誰の味方にもなれません。でも、光を当てることはできます」と。その光の当て方は正しいのか。間違っているのか。いったい何が真実で何がウソなのか。何が正義で何が不正なのか。それさえもわからなくなる。観客は混乱するはずだ。そしてそんな観客に映画は鋭く突きつけるのだ。「あなただったらどうします?」と。

手持ちカメラを多用するのは、予算的な問題もあってこの手の映画の常道だが、それにしても登場人物の心理がリアルに切り取られている。長尺ということもあって、セリフ以外の余白も十二分に生かされている。

脚本も緻密に練られている。予測不能で何度も予想外の方向に話が転がる。そして、すべての登場人物が微妙なバランスの上に立つ。そのスリリングでサスペンスフルなことといったら。

主演の瀧内公美の好演が光る。愚直に真実を追い求めながら、運命のいたずらで信念が揺らぐ主人公を巧みに演じていた。繊細に感情の揺れ動きを表現する演技が絶品だ。その他の役者たちも、日本映画には欠かせない存在ばかり。さすがにみんな存在感がある。

つくり手の真摯な姿勢が伝わってくる。真実や正義といった骨太なテーマに加え、昨今の社会状況も織り込んで、鋭い問いを観客に投げかける。なるほどこれは確かに良い映画だ。今年有数の問題作である。

 

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◆「由宇子の天秤」
(2020年 日本)(上映時間2時間32分)
監督・脚本・編集:春本雄二郎
出演:瀧内公美河合優実、梅田誠弘、光石研、松浦祐也、和田光沙池田良、木村知貴、前原滉、永瀬未留、河野宏紀、根矢涼香、川瀬陽太丘みつ子
ユーロスペースほかにて公開中
ホームページ https://bitters.co.jp/tenbin/

 


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「護られなかった者たちへ」

「護られなかった者たちへ」
2021年10月4日(月)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後4時5分より鑑賞(スクリーン7/E-9)

~連続猟奇殺人の背後にある震災の不条理さと人とのつながり

ピンク映画出身で、超メジャーからインディーズ作品まで幅広く手掛けてきた瀬々敬久監督。「64-ロクヨン-」「糸」「8年越しの花嫁 奇跡の実話」などを代表作に挙げている紹介文が多いが、個人的には「ヘヴンズ ストーリー」や「菊とギロチン」などのインディーズ作品により惹かれるものがある。

その瀬々監督が、中山七里の同名ミステリー小説を映画化したのが「護られなかった者たちへ」だ。松竹、アミューズ木下グループ等が製作に参加したガチガチのメジャー作品である。

東日本大震災を背景にした猟奇監禁殺人事件をめぐるミステリーだ。東日本大震災から9年後の仙台で、福祉関係職員が全身を縛られたまま放置され餓死させられるという事件が2件続けて発生する。その残忍な殺害方法から怨恨の線が有力視されたが、被害者はいずれも人格者として知られていた人物だった。そんな中、事件を追う笘篠刑事(阿部寛)は、被害者がかつて同じ福祉保健事務所に勤務していた事実を突き止める。やがて、かつて放火事件を起こしていた利根泰久(佐藤健)という男が容疑者として浮上する……。

ミステリーではあるものの、犯人探し、謎解きといったミステリー的な魅力はイマイチのドラマだ。そもそもあの真犯人は無理があるだろう。途中で「もしや」と思ったが「いくらなんでもそれはあざとすぎる……」と思い直したぐらいだ。だいたいあの犯人なら、過去の言動と整合性が取れないではないか。あれじゃ完全なサイコパスだもの。そのあたりは原作がそうなっているのかもしれないが(スイマセン。原作は未読です)。

その代わり、人間ドラマはとてつもなく重みがあって深い。瀬々監督といえば手持ちカメラを多用することで知られているが、今回は手持ちカメラはほぼ皆無。しかし、いつも以上に登場人物の心理に鋭く切り込んでいく。特にセリフ以外の行間で語らせるところが圧巻だ。

オープニングは震災直後の混乱を描く。笘篠刑事は妻子が行方知れずになり、必死でその姿を探す。だが、やがて妻は遺体で発見される。

そして利根という男も憔悴しきっている。彼は避難所で親を亡くした少女カンちゃん(石井心咲)と、一人暮らしのけい(倍賞美津子)と知り合う。

それ以降は、震災から9年後に起きた事件の捜査劇と、過去の出来事が並行して描かれる。笘篠は怨恨の線で捜査を始め、被害者の部下の幹子(清原果耶)から生活保護行政の話を聞いて、現場に同行する

一方、過去のパートでは、利根とカンちゃん、けいが、まるで家族のような暮らしを送る姿を描く。

映画の柱となるのは、人と人とのつながりのドラマだ。震災がもたらした孤独と格差を利根、カンちゃん、けいは疑似家族のような関係を築いて、3人で肩を寄せ合って乗り越えようとする。その人間愛が心を打つ。

だが、同時にそれを許さない現実がある。利根がかつて放火事件を起こしたのは、けいが生活保護を受けられなかったことに怒ったからだ。

そう。この映画では、過去のドラマと現在進行形のドラマの多くの時間を費やして、生活保護行政の不条理さが描かれる。

なるべく生活保護の支給を減らそうと、行政側は官僚的な態度に終始する。子どもを塾に行かせようとスーパーに勤務し始めたうつ病の母にも、容赦のない態度で臨む。しかし、それには財政難を背景にした国の指示がある。同時に不正受給者の存在もそこにはある。瀬々監督は一面的な見方を排しつつ、生活保護の問題点をリアルに提示する。

この映画には完全な悪人も、完全な善人も存在しない。監禁殺人の被害者になった男は、生活保護申請者に対して非常な態度を見せる一方で、被災した墓地で倒れた墓石を一つずつ立てて回る。そこに善悪を単純に切り分ける視点はない。

「護られなかった者たちへ」というタイトルが印象深い。護られなかった者たちがいれば、そこには護ることができなかった者たちもいる。彼らの悔恨と悲嘆の思いが胸に響く。それを癒すのは、人と人とのつながりだろう。そこにかすかな救いを感じる。

今も残る震災の傷痕と、それを背景にした生活保護の問題点を、メジャーな映画でこれだけ鋭く指摘した作品はあまりないのではないか。そこに瀬々監督はじめつくり手の気骨を感じる。

阿部寛佐藤健の熱演が光る。どちらもハマリ役ということもあるが、その演技がドラマに深みを与える。

そして、脇役陣の豪華さにも注目。日本映画界を担う存在が、ベテランから若手まで揃っている。西田尚美原日出子などはたった一言、二言しかセリフがないのだ。なんと贅沢な。

東日本大震災を描いた映画は震災直後から数多くつくられてきたが、その中でもずば抜けて骨太な作品だと思う。ずしりと重たくて深い。観応え十分な映画である。

 

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◆「護られなかった者たちへ」
(2021年 日本)(上映時間2時間13分)
監督:瀬々敬久
出演:佐藤健阿部寛、清原果耶、林遣都永山瑛太緒形直人吉岡秀隆倍賞美津子岩松了波岡一喜奥貫薫井之脇海宇野祥平黒田大輔西田尚美千原せいじ、石井心咲、原日出子鶴見辰吾三宅裕司
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/mamorare/

 


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