映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ブルックリン」

「ブルックリン」
角川シネマ新宿にて。7月1日(金)午前10時45分より鑑賞。

角川シネマ新宿のロビーに、スケキヨがいた。そう、あの『犬神家の一族』の犬神佐清である。ゴムのマスクをかぶって、羽織袴を着て、鎮座ましましている。隣には座布団があるから、そこに座って記念写真を撮ることも可能ではないだろうか。小心者のオレは実行しなかったが。

いったい何の余興かというと、7月30日からスタートする「角川映画40年記念企画 角川映画祭」のPRらしい。『犬神家の一族』のほかにも『セーラー服と機関銃』『野生の証明』『野獣死すべし』『時をかける少女』『蘇る金狼』などなど、もうテンコ盛りの波状攻撃。ぜひ観たいところですが、貧乏ゆえはたしてどうなりますやら。

しかし、この日角川シネマ新宿を訪れたのは、まったく違う趣旨である。『ブルックリン』という映画を観にきたのだ。第88回アカデミー賞で作品賞、主演女優賞、脚色賞にノミネートされたというのだから、見逃すわけにはいくまい。

コルム・トビーンの小説を、『ハイ・フィデリティ』『アバウト・ア・ボーイ』の原作者で、『17歳の肖像』『わたしに会うまでの1600キロ』などの脚本家としても活躍するニック・ホーンビィが脚色。監督は『BOY A』『ダブリン上等!』のジョン・クローリー

アイルランドの小さな町で姉と母と3人で暮らす少女エイリシュ(シアーシャ・ローナン)。意地悪な女店主のいる食料品店で働く彼女は、新天地を求めて姉の協力で単身アメリカへと渡る。過酷な船旅を経てニューヨークへ降り立ったエイリシュは、ブルックリンの高級デパートで売り子として働き、同郷の女性たちと寮生活を送る……。

アイルランドの少女の成長物語である。1950年代。アイルランドからアメリカに渡ったエイリシュ。最初は内気で無口で、「はたしてこれで都会でやっていけるのか?」と誰もが思ってしまう。しかし、時間が経つにつれて徐々に明るさを取り戻し、キラキラと輝きだす。それを後押しするのが、おしゃべりな寮の女の子たち、彼女たちの面倒を見るキーオ夫人(ジュリー・ウォルターズ)、そしてフラッド神父(ジム・ブロードベント)だ。神父のサポートでエイリシュは簿記の勉強も始める。

そして、さらに大きな転機になるのが、ダンスパーティで知り合ったイタリア系の青年トニー(エモリー・コーエン)との恋。このトニーが絵に描いたような「いいヤツ」なのだ。エイリシュもまた純真な少女ということで、初々しい恋が展開される。トニーとつきあううちに、エイリシュはすっかり都会生活を満喫するようになる。

というわけで、エイリシュの微妙な心理の移り変わりを、きちんと捉えているのがこの映画の特徴。ホームシックになったり、キラキラ輝く笑顔を見せたり、その時々の彼女の心の日向と影の部分を生き生きと見せていく。エイリシュの成長の過程を的確に演じたシアーシャ・ローナンの演技が素晴らしい! 1950年代のドラマということで、ノスタルジックで趣のある映像も魅力的。

後半で、エイリシュはいったん故郷のアイルランドに帰る。それはある悲しい事情によるものだが、それまでも彼女の心の底には、常に望郷の思いが流れていた。そのため、あれほどブルックリンになじんでいた彼女の心が変化する。しかも、彼女の前にはトニーとは別の男性(ドーナル・グリーソン)も現れる。

下世話に描けば、「2人の男の間で揺れ動く女」的なドラマになりがちだが、そうならないのは「ホームタウン」という大きなテーマがあるから。エイリシュにとって、生まれ育ったアイルランドと、自分を輝かせたアメリカという2つの場所のどちらがホームタウンなのか。それが人生の大きなポイントになる。

映画の途中で賑やかなアメリカのビーチと、静かなアイルランドのビーチが登場する。それぞれに魅力と短所があって、一つに絞れないのが人情。それでも、エイリシュはアイルランドかアメリカを選択しなければいけなくなる。はたして彼女の選択は?

冒頭近くとラストを船のシーンにして、最初は年上の女性から入国などのアドバイスをもらっていたエイリシュが、最後のほうでは若い女の子にアドバイスする構成が秀逸。彼女の成長を如実に物語る。

地味な映画だが、まじめに、ていねいにつくられていて好感が持てる。主人公の人生を、自分の人生に投影させる観客も多そうだ。なるほど、オスカーにノミネートされるだけのことはある。

今日の教訓 故郷は遠きにありて思うもの・・・なのね。やっぱり。

●今日の映画代1000円(映画サービスデーだがそちらは1100円。こちらはテアトル系の会員料金で入場。100円の差は大きい。)