「スリー・ビルボード」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年2月3日(土)午前11時40分より鑑賞(スクリーン2/E-9)。
映画の見方は人それぞれだが、オレの場合には、どれだけ人間がきちんと描けているかどうかが、大きなポイントを占める。「人間ドラマ」を標榜しながら、薄っぺらだったり、単純な人間の描き方しかできていない作品は、それだけで観る意欲が失われてしまう。
その点、2017年の第74回ベネチア国際映画祭で脚本賞を獲得し、アカデミー賞でも有力候補作の一つになっている「スリー・ビルボード」(THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI)(2017年 イギリス・アメリカ)は、実によく人間が描けている作品だと思う。
娘をむごたらしく殺された母親のミルドレッド・ヘイズ(フランシス・マクドーマンド)が本作の主人公。アメリカ、ミズーリ州の田舎町エビング(架空の田舎町だが実際にありそうな設定なのが効いている)に住む彼女が、町はずれの巨大な広告看板を目にするところからドラマが始まる。もう何年も使われていない古びた看板だ。それを見つめるミルドレッドの表情が印象深い。
まもなく彼女は、あるメッセージ広告をそこに出す。「なぜ? ウィロビー署長」「犯人逮捕はまだ?」「レイプされて死亡」。事件から7か月経っても、いまだに犯人を捕まえられない警察に対する抗議のメッセージだ。その行動が巻き起こす騒動を描いたのが本作である。
というと、亡き娘のために立ち上がる健気な母親VS悪徳警察、てな図式を思い浮かべるかもしれないが、そうではない。そんな単純な構図は、あっさりと排除している。登場する人物は、いずれも多様な表情を見せる。
ミルドレッドは、青いジャンプスーツとバンダナを身に着け、警察の人間や住民たちに向かっていく。時には、まるで狂犬のような振る舞いで、どんどん暴走していく。悲劇のヒロインとはほど遠い言動だ。
しかも、ミルドレッドが娘の死に執着するのは、娘への愛情からだけでなく、事件直前の自分の言葉に対する悔恨の情がある。自分があんなことを言わなければ……という痛切な思いだ。
それ以外にも、若い女に走って自分のもとを去った元夫に対する屈折した思いなど、様々な感情がミルドレッドの内面には渦巻いている。
彼女の表情は大きくは変化しない。どちらかというと硬い表情が多い。それにもかかわらず、怒り、悲しみ、悔恨、抑えきれない衝動などの様々な感情がリアルに伝わってくる。何といっても演じるフランシス・マクドーマンドの演技がスゴイ。とにかくスゴイとしか言いようがない。1996年の「ファーゴ」でアカデミー主演女優賞を受賞するなど、その高い演技力には定評があるが、本作でその実力をあらためて思い知らされた。
警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)の人物造型も見事だ。彼はけっしてミルドレッドから非難されるような男ではない。住民から尊敬を集める存在で、殺人事件の捜査もきちんと行ってきたのだ。ミルドレッドの一方的な行動に困惑しながらも、彼は冷静に対応する。だが、そんな彼にも大きな葛藤がある。末期のがんで余命わずかと言われているのである。
ウィロビーを演じるウディ・ハレルソンの演技も素晴らしい。抑制された演技だが、その表情やセリフ、行動の端々から様々な思いが伝わってくる。
そして、この映画のもう一人の中心人物がウィロビーの部下のディクソン巡査(サム・ロックウェル)だ。彼はウィロビーと違い人種差別的で、暴力的で、すぐにキレる。そのせいで警察に抗議するミルドレッドへの怒りを隠そうとしない。だが、やがて彼のそうした性質は、生い立ちから来るものであり、本質的なところではまったく違う顔があることが、次第に明らかになってくる。こちらも典型的な悪役ではないのである。
中盤になると、衝撃的な事件が起きる。それによって、当初はわずかながら感じ取れたミルドレッドに対する住民の同情の思いは消え去り、彼女は完全な憎まれ役になってしまう。彼女と住民たちの間には、いさかいが絶えなくなる。それでも彼女は黙っていない。そして、それがまた大事件を巻き起こす。
このドラマは、観客の予想をことごとく裏切っていく。「次はこう来るだろう」と思った展開を、次々にひっくり返されてしまう。だが、それはけっして奇をてらったものではない。むしろ「なるほど」と納得させられてしまうのである。
それにしても、この映画に詰め込まれた要素は多い。憎悪や暴力があれば、それと裏腹の愛や良心、心の触れ合いなども詰め込まれている。アメリカの現状もチラリチラリと示し、はてはシニカルな笑いまで用意されている。だが、これだけのものを詰め込んで窮屈さを感じさせない。よくできた脚本だと思う。
本作の監督・脚本のマーティン・マクドナーは、もともと戯曲で名を上げた人物らしい。想像を超えた展開や含蓄あるセリフに、その片鱗が十分にうかがえる。それに加えて、セリフ以外の余白の部分で人物の感情を繊細にすくい取る演出にも感心させられた。
後半になって大きく変わるのがディクソンだ。あることから、彼は今までとは違う自分になる。そして、そこに殺人事件の犯人追及という要素が絡んでくる。
ディクソンを演じるサム・ロックウェルの演技も出色である。ヘタな役者が演じたら不自然に見えるディクソンの変化を、ごく自然に、そして重たいものとして見せてくれる。
印象的な場面の多い本作だが、ラストもまた印象深い。車の中のミルドレッドとディクソン。彼らの明確なその後は示さない。それは観客ひとりひとりに判断が委ねられている。だが、オレ的にはそこに微かな希望を感じた。彼らの胸で大きくなりつつあるものは、憎悪ではなく愛なのではないか。そう思えたのである。
脚本、演出、演技ともに一級品! 人間が実によく描けている。本作を観終わって、すぐにまたもう一度観たくなってしまった。それほど深くて、味のある作品だ。
●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。
◆「スリー・ビルボード」(THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI)
(2017年 イギリス・アメリカ)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ルーカス・ヘッジズ、ケリー・コンドン、ダレル・ブリット=ギブソン、ジェリコ・イヴァネク、キャスリン・ニュートン、サマラ・ウィーヴィング、クラーク・ピータース、サンディ・マーティン、アマンダ・ウォーレン
*TOHOシネマズシャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/threebillboards