映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「マッチポイント」

「マッチポイント」
2020年5月13日(水)GYAO!にて鑑賞。

ウディ・アレンがロンドンを舞台に描く流され男の不倫劇

ウディ・アレンの映画は大概見ている気がするのだが、実際は見逃している作品もたくさんある。なんせ多作だからねぇ~。

「おウチで旧作鑑賞」シリーズ第8弾で取り上げる「マッチポイント」(MATCH POINT)(2005年 イギリス)もそんな一作。公開当時評判になってアカデミー賞などにもノミネートされたことは記憶しているが、過去に鑑賞した記録がどこにも残っていない。なるほど、確かに観てないわ……。

アレン監督と言えば、最近はヨーロッパを舞台に映画を撮ることが珍しくなくなったが、「マッチポイント」はその転機となった作品。ニューヨークを離れてイギリスで作り上げたサスペンスタッチの恋愛模様だ。

アレン監督の映画の多くは、軽快なジャズの音色とともに始まることが多い。だが、本作のオープニングタイトルではオペラが流れる。この映画の主人公がオペラ好きなこともあって、全編でオペラが何度も流れる作品となっている。

そして始まるドラマ。最初に語られるのはテニスの話。ネットにボールがかかった時に、それが手前に落ちるか向こう側に落ちるかで試合展開は大きく変わる。それはまさしく「運」。本作では、この「運」が大きなテーマとしてクローズアップされるのだ。

ドラマの主人公は、元プロテニス・プレイヤーのクリス(ジョナサン・リース・マイヤーズ)。ツアーでも活躍していたクリスだが、選手生活に見切りをつけてテニスコーチに転身する。そこで彼のコーチを受けたのが、大金持ちのトム(マシュー・グード)。2人は親しくなり、家族ぐるみで付き合うようになる。

そんな中で、クリスは、トムの妹クロエ(エミリー・モーティマー)と恋仲になり、やがて結婚する。ところが、クリスはトムの婚約者でセクシーなアメリカ人女優のノラ(スカーレット・ヨハンソン)に心を奪われ、不倫の関係に陥ってしまう。

まあ、早い話が中盤までは、不倫男が妻と愛人との間で右往左往するありがちなドラマだ。しかし、そこはさすがにウディ・アレン。ただの陳腐なドラマでは終わらない。持ち前のシニカルさやユーモアが健在。人間のダメさ加減を巧みにあぶりだして、見応えあるドラマに仕上げている。

何しろクリスとノラの出会いからして笑ってしまう。クリスときたら、いかにも優柔不断の流され男。その前に現れたノラは、最初からエロいモード全開。絵に描いたような魔性の女なのだから、これはもう行き着く先は決まっているわけで、先を想像してニヤニヤしてしまうのだ。

クロエと結婚生活を送りつつ、ノラに未練タラタラのクリス。一緒に映画に行けるかもしれないと知って(といっても、当然トムとクロエも一緒なのだが、)、心ウキウキを抑えきれないあたりの描写もさすがに職人芸。その映画が「モーター・サイクル・ダイアリーズ」というのは何かの意味があるのか。それとも単に当時公開されていたからなのか。

観ていて感心するのが、男女関係の間合いの取り方。鮮烈な雨の中の濡れ場などを経て、どんどんのめり込むクリスに対して、「これ以上はまずいわよ」と引いていくノラ。ところが、後半になるとその立場が逆転する。

クリスとクロエの関係も微妙に変化する。当初はラブラブな両者だが、クリスがノラにのめり込むうちに隙間風が吹くようになる。それでも、後半にクリスが抜き差しならない状況になると、2人の関係はまたしても変化する。

そんなふうに恋のゲームの行方は混とんとして、一進一退、攻守所を変えていく。それはまるでテニスのゲームのよう。それを観ているだけで飽きなかった。

終盤になって、追い詰められたクリスはある衝撃的な行動に出る。それは今の生活を守るための打算のようにもみえるが、その一方でクロエに対する愛情も確実に見て取れる。劇中でクリスが、「クロエには愛を、ノラには愛欲を」感じるという実にご都合主義のことを話す場面があるが、案外それは彼にとっての真実かも。流され男は、2つの愛を追求して身動きが取れなくなるのだ。

終盤に起きる事件は、流され男が初めて自ら主体的に起こした出来事といえるかもしれない。そして、その結末もまた何とも意味深で面白い。勧善懲悪など存在しない。彼は見事に「運」に味方されてしまったのだ。

思えば、クリスにとって、トムとの出会いが幸運の始まり。クロエと結ばれ、富と地位も手に入れたわけだが、それは同時にノラと知り合い、ドロドロの不倫にはまる事態も招いた。それらはクリスにとって本当のところ幸運だったのか、不運だったのか。運に左右された彼の人生をシニカルに見つめる視線に、アレン監督らしさが感じられた。

流され男の右往左往ぶりを巧みに表現したジョナサン・リース=マイヤーズ、エロさ全開のスカーレット・ヨハンソン、いかにもお金持ちのお嬢様ながら違った心根も感じさせるエミリー・モーティマーなど、役者たちの演技も見応えがある。

ロンドンに舞台を移して新境地を開いた作品といえども、ウディ・アレンらしさは健在。最近の「女と男の観覧車」をはじめ、その後の作品とも確実につながっている作品だと思う。

◆「マッチポイント」(MATCH POINT)
(2005年 イギリス)(上映時間2時間4分)
監督・脚本:ウディ・アレン
出演:ジョナサン・リース=マイヤーズ、スカーレット・ヨハンソン、マシュー・グッド、エミリー・モーティマーブライアン・コックス、ペネロープ・ウィルトン、ユエン・ブレムナー
*動画サイトにて配信中。角川書店よりDVD発売&レンタル中