映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ボヘミアン・ラプソディ」

ボヘミアン・ラプソディ
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2018年11月15日(木)午後1時50分より鑑賞(スクリーン3/F-16)。

~楽曲の持つ力が感動を呼ぶ圧巻の音楽伝記映画

伝説のバンド“クイーン”。熱狂的なファンというわけではないが、あれだけヒット曲がたくさんあるのだから、それなりに親しみはある。アルバムも数枚だが持っている。

そのクイーンの軌跡とリード・ヴォーカルのフレディ・マーキュリーの人生を描いたのが、「ボヘミアン・ラプソディ」(BOHEMIAN RHAPSODY)(2018年 イギリス・アメリカ)である。監督は、もはや「X-MEN」シリーズのイメージが強いブライアン・シンガー。ただし、撮影最終盤に降板して、製作総指揮にクレジットされているデクスター・フレッチャーが後を引き継いだとか。

そんな面倒な話はともかく、映画のスタート前からぶっ飛んでしまった。場内に流れる20世紀FOXのファンファーレ。なんとそれが、完全にクイーンのサウンドにアレンジされているのだ。何という心憎い演出!

映画は、伝説のチャリティ・イベント“ライブ・エイド”の当日からスタートする。家を出て会場に向かい、スタンバイするフレディ・マーキュリーラミ・マレック)。いよいよステージに登場!

と言いたいところだが、いったん時代をさかのぼる。1970年のイギリス。若き日のフレディが空港で働いている。インド系移民という出自と容姿によるコンプレックスを抱えつつ、自分で曲を作り、いつかバンドを組む日を夢見ている。家に帰れば母や姉とは良好な関係だが、父親との間には確執がある。

そのあたりの事情をコンパクトに、過不足なく描く手際が鮮やかだ。なにせ冒頭近くなので、これはブライアン・シンガー監督による演出なのだろう。何にしても、全編がとてもテンポよく描かれているのが、本作の大きな長所である。

さて、フレディは毎夜のようにバーに出かけて、バンド演奏を聴いているらしい。その日の出演バンドを気に入り、演奏終了後に声をかける。すると、なんとバンドはたった今ボーカルが抜けたところだというではないか。

そんな都合のいいことがあるのか? と思わないでもないが、メンバーのブライアン・メイロジャー・テイラーが全面協力しているらしいので、実際の出来事に近いのだろう。まさに事実は小説より奇なり。こうしてフレディは、ブライアン(グウィリム・リー)、ロジャー(ベン・ハーディ)と出会うのだ。

出会いといえば、ここでもう一つの大きな出会いがあった。フレディは洋服店の店員のメアリー・オースティン(ルーシー・ボーイントン)とそのバーで出会うのだ。彼女こそがフレディが「運命の人」と呼んだ女性である。

まもなくフレディ、ブライアン、ロジャー、そしてジョン・ディーコン(ジョセフ・マッゼロ)の4人はクイーンとして演奏活動を始める。転機になったのは、車を売って金を捻出して、レコーディングを行ったことだ。たまたまそれを目にしたレコード会社の関係者が彼らを評価し、メジャーデビューと相成る。

そんなふうに、バンドが栄光をつかむまでの経緯が、様々なエピソードとともに描かれる。そこには興味深い裏話が満載だ。例えば、タイトルにもなっている『ボヘミアン・ラプソディ』という曲。レコード会社のボスが、今までと同じような曲を求めたのに対して、フレディは断固拒否。ロックとオペラを融合させた斬新な曲を完成する。だが、6分という当時としては異例の長さに、「ラジオでかけられない!」とボスは猛反発。最初はマスコミの評価も散々だった。

『ウィ・ウィル・ロック・ユー』の誕生秘話も面白い。後年、成功をつかんだものの、次第に生活が荒れていくフレディ。もともと遅刻魔の彼は、この日も他のメンバーの前になかなか姿を現さない。業を煮やしたブライアンは、他のメンバーや家族をドラムセットの台に上げて、手拍子と足拍子を取らせる。それこそが、あの名曲のイントロのもとになったのである。

そんなふうにクイーンの軌跡を描くのと並行して、フレディの壮絶な人生を描き出す。その最大のポイントは、彼が同性愛者だということだ。最初はメアリーと恋人同士として過ごしていたフレディ。だが、まもなく男性への関心に目覚めていく。そうなれば、普通はメアリーと別れるものだが、彼はそうしなかった。隣の家に住まわせ、頻繁に連絡を取る。メアリーへの愛はずっと変わらなかったのだ。

ある時、メアリーは新しい恋人(もちろん男性)を連れてフレディの前に現れる。その時のフレディの態度が印象的だ。「何で他の男を連れてくるんだよ!」とでも言いたげな表情で、明らかに不機嫌になっている。とはいえ、自分は異性としてメアリーと関係することができない。心と体の狭間で苦悩し、複雑な感情が渦巻いているのだ。

そしてフレディは孤独だった。ロックスターにありがちな展開だが、連夜のパーティーで、酒とドラッグに浸る毎日が続く。それも孤独ゆえのことだ。恋人(男性)がいるにはいるのだが、けっして満たされていない。しかも、その相手が仕事のスタッフだけに、何かと面倒なことがある。

そんな中で、他のメンバーとの軋轢も表面化していく。もともとクイーンは全員が曲を書くという異色のバンドだった。それが様々なぶつかり合いを生むのだが、当初はクリエイティブでポジティブな方向に進んでいった。しかし、やがて決定的な局面が訪れる。そこには、フレディのソロアルバムの話も絡んで、抜き差しならない状態へと突入していく。

本作で特徴的なのは、音楽で多くのことを語らせている点だ。純粋なドラマ部分だけを取り出せば、物足りなく感じるかもしれない。だが、それが音楽と一体化することで、なまじのドラマよりも奥深い世界が広がる。フレディの苦悩にしても、よりリアルに伝わってくるのである。

何せ登場するのは名曲ばかりだ。「地獄へ道づれ」「伝説のチャンピオン」「アンター・プレッシャー」「キラー・クイーン」「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」「RADIO GAGA」などなど。それらが実にタイミングよく使われ、タイミングよく終わる。

それらの楽曲は、基本的にクイーンの原曲を使っている。歌声も基本はフレディの歌声だ。だから、役者たちはそれに合わせて演技したり、演奏をするわけだ。だが、不自然さはまったく感じない。まるで劇中の役者たちが、自ら演奏しているかのようである。これは、相当な特訓をしたに違いない。

フレディを演じたラミ・マレックは、TV「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」で有名らしい。そのなりきりぶりはもちろん、フレディの苦悩を繊細に演じたところも見事だった。他のメンバーも、実によく雰囲気を出していた。

ちなみに、フレディの「運命の人」メアリーを演じたのはルーシー・ボーイントン。「シング・ストリート 未来へのうた」で主人公のマドンナ役を演じた彼女である。あの頃からキラリと光るものがあったが、ますます良い女優になっている。

圧巻はラストの21分。そう。冒頭にも登場した“ライブ・エイド”のステージが再現されるのだ。しかも完全再現である。ここでも、メンバーを演じた役者たちのなりきりぶりが半端ではない。「これが正真正銘のクイーンです」と言われても違和感がないぐらいだ。

すでにフレディの最期については誰もが知っているからバラしてしまうが、この時、彼はエイズにかかり、余命わずかであることを自覚していた。そんな中で、一度は離れたメンバーたち=家族とのもとに再び帰ってきたのだ。それがわかっているからこそ、ますますこの圧巻のステージが感動的なものになる。まさに感涙もののステージである。

音楽の力を信じてクイーンの楽曲を十二分に生かし、ドラマと見事に融合させた音楽伝記映画だ。クイーン好きでなくても、きっと楽しめるはず。

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◆「ボヘミアン・ラプソディ」(BOHEMIAN RHAPSODY
(2018年 イギリス・アメリカ)(上映時間2時間15分)
監督:ブライアン・シンガー
出演:ラミ・マレック、ルーシー・ボーイントン、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョセフ・マッゼロエイダン・ギレントム・ホランダー、アレン・リーチ、マイク・マイヤーズ、アーロン・マカスカー、ダーモット・マーフィ
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/bohemianrhapsody/