「人魚の眠る家」
東京国際映画祭P&I上映にて(TOHOシネマズ六本木ヒルズ)。2018年10月28日(日)鑑賞。
今年も参加したぞ! 東京国際映画祭。ありがたいことに関係者向けのパスをもらい、関係者向けのP&I上映にて15作品を鑑賞。今年はいろいろと忙しくて昨年よりは鑑賞本数が激減したものの、さすがに選りすぐりの映画だけにどれも充実した作品だった。感謝、感謝。
本当は、鑑賞した映画はすべてきちんとレビューを書きたいところだが、なかなかその余裕がないのが残念。それでも、なるべく日本公開される作品はレビューを書きたいと思っている。
というわけで、今回取り上げるのは特別招待作品として上映された「人魚の眠る家」(2018年 日本)。東野圭吾の小説を堤幸彦監督が映画化した。脳死と心臓死、臓器提供など死をめぐる問題は難しい。簡単に結論など出せない問題だ。それをミステリードラマの形で取り上げた作品である。堤監督はありとあらゆるジャンルの映画を撮ってきたが、基本的にはエンタメ作品中心の監督。それでも時には、こうした社会派の要素を持った作品を撮っている。
堤監督の映画といえば、映像のこだわりが半端でないのが特徴だ。それが時にはやりすぎに思えることもある。今回も冒頭で野球をしていた少年たちが、ある1軒の家(門扉に人魚のデザインが……)にボールを取りに入るシーンから堤ワールドが全開。とはいえ、全編を通してみればそれほど過剰には感じられない。むしろ抑制的といえるかもしれない。
さて、舞台になるのは少年たちが入った家である。そこに暮らすのは、播磨薫子(篠原涼子)と2人の子供。夫であるIT機器メーカー社長の和昌(西島秀俊)は別居中で、娘・瑞穂の小学校受験が終わったら、薫子と和昌は離婚することになっていた。
そんなある日、瑞穂と兄は祖母たちに連れられてプールに行く。そこで瑞穂は事故に遭い意識不明となってしまう。医師(田中哲司)からは回復の見込みはないと言われ、夫婦は一度は脳死を受け入れて臓器提供を決断する。だが、薫子は「この子は生きている!」という強い思いから直前になって翻意する。
早くもここで脳死と心臓死というテーマが浮上してくる。ドラマの中で、医師からは臓器提供なら脳死が死となり、そうでない場合には心臓死が死となる不思議な日本の制度が告げられる。日本では死は二つあるのだ。
こうして瑞穂は薫子が見守る中、眠ったまま命を長らえる。そんな瑞穂を現代の最新テクノロジーがサポートする。最初は横隔膜ペースメーカー。自発呼吸ができない瑞穂に対して、横隔膜に電気刺激を与えて、自分で呼吸できるようにするのだ。
そして続いて行われるのが、和昌の会社の研究員・星野(坂口健太郎)の研究に基づく処置だ。それは電気信号を使って機械的に手足を動かすというもの。意識不明のはずの瑞穂の手足が、電気信号によって動き出すのである。
科学に疎いオレには、こうした研究がどこまで現実に近いのかよくわからない。もしかしたら、まったくのフィクションなのかもしれないが、最近のテクノロジーの進化を考えれば、けっして絵空事とは思えない。
こうして瑞穂の状態は、ずいぶん改善したように見える。意識は回復しないものの、健康状態はかなり良好になる。薫子は未来に希望を感じて、星野もさらに成果をあげようと研究にのめり込む。だが、そんな星野に婚約者(川栄李奈)は疑念を持ち、薫子の家まで尾行する。
何やら、このあたりで一瞬、ドラマの様相が変化する。薫子と星野の関係を邪推した川栄李奈の目がアブナイ。死やテクノロジーをめぐる重いテーマのドラマだと思ったのに、これはもしやチープな殺人サスペンスに突入か? と思ったのだが、そうではなかった。その先に待つのは、さらに深い問題提起だった。
ひたすら瑞穂の回復を信じる薫子。そして自らの研究を信じて疑わない星野。その2人の思いが共鳴して、事態はエスカレートする。瑞穂は意識がないままに、電気刺激によってさらに別の反応を示す。それはもはや完全に生きた人形である。
このシーンを観て、オレは背筋が凍り付いた。それまでは瑞穂の様子を好感を持って見守っていた観客も、ここに至って疑問を感じるのではないだろうか。はたして、倫理的にこんなことが許されるのか、と。それは和昌も同様だ。自社の星野の研究に期待し、薫子同様に瑞穂の変化を喜んでいた彼も、さすがに疑問を感じ始める。
だが、それでも薫子と星野はどんどん突き進んでいく。その果てに起きたことは……。
薫子を演じる篠原涼子の演技が素晴らしい。情念のままに暴走していく薫子の姿には、背筋ゾクゾクものの恐さがある。それでもリアルさは失わない。母の思いを体現した説得力に満ちた演技のお陰で目が離せなくなる。
クライマックスの舞台劇のような演技も印象的だ。観ているうちに胸がヒリヒリと痛んできた。そして、その後に訪れるファンタジックな展開では、薫子と瑞穂の心の通い合いに素直に涙腺が緩んできた。
というわけで、母の思いを描いた人間ドラマとしてもなかなかの作品だと思う。そこに、人間の死や臓器提供、テクノロジーの進化などのテーマ性もしっかりと盛り込まれている。そのバランスがとても良い。実に観応えのあるドラマだった。
これまでにも東野圭吾の小説は何作も映画化されているが、消化不良だったり、テーマ性が薄っぺらな作品も多く、がっかりした経験も一度や二度ではない。そうした中で、本作は個人的にベストの部類に入る作品だと感じた。本日(16日)より全国公開です。
◆「人魚の眠る家」
(2018年 日本)(上映時間2時間)
監督:堤幸彦
出演:篠原涼子、西島秀俊、坂口健太郎、川栄李奈、山口紗弥加、田中哲司、斉木しげる、大倉孝二、駿河太郎、ミスターちん、遠藤雄弥、利重剛、稲垣来泉、斎藤汰鷹、荒川梨杏、荒木飛羽、田中泯、松坂慶子
*丸の内ピカデリーほかにて11月16日(金)より公開
ホームページ http://ningyo-movie.jp/